第16話 もてなされるスイーツたち2


「わざわざ足を運ばせてごめんなさいね?」


 そう美代子が言えば、和子が「どうぞ」とコーヒーを置いてくれた。


「あ、彼女はうちの家政婦さんの和子さん。もう長くて家族みたいなものね?」

「まあ、光栄ですわ、奥様。それでお菓子はご用意した資生堂パーラーのチーズケーキで宜しいですか?」


「チーズケーキ!」と一番に反応したのは苺で、その姿に美代子は笑いながら「ええ、それで」と答えた。


「あの時は、本当に助かったわ。それでお礼なんだけど」


 その言葉を遮るように「美味しい!」と声を上げたのは苺だ。


「これ、普通のチーズケーキじゃない! なにこれ!?」


「ふふ、良かったですわ。季節限定の苺のチーズケーキですって。珍しいので、つい」


 そう答える和子に、苺は満面の笑みで「美味しい!」ともう一度彼女なりの賛辞を述べた。


「それでお礼なんだけど」

「これでいい!」


 苺はそう言って、残ったチーズケーキを口のなかに放り込む。


「うん、美味しい! ありがとう、おばあちゃん」


 にっこり微笑む苺に対し、美代子は苦笑いだ。


「こんなものじゃ済まないわ。ここに草履と鞄のセットを」


 その言葉通り、後に控えた和子が手に桐の箱を持っていたのだが、苺は遮るように「いいよ」と言った。


「あれ、借り物だし、充希さんも気にしてないし。寧ろ、表彰されたことにうちのママと一緒に喜んでたし、これで十分だって」


 苺の説明に、圭樹もその時のことを思い出し笑いながら付け加えた。


「そうだったね。記念に鼻緒の切れた草履と賞状を床の間に飾るんだって、二人して大騒ぎだったね」

「うん、うちには床の間ないのにね」


 そう言いながらコーヒーを啜れば「あちっ!」と跳ねるから、「ほら、苺」と隣から圭樹がハンカチを差し出す。


「猫舌なんだから気を付けて」

「お抹茶の勢いで飲んでしまったー!」

「あらあら、苺ちゃんったら。申し訳ありません、お水をいだけますか?」

「ってか、どこ行っても人騒がせな奴だなぁ」


 調子に乗ってそう言えば、隣から鋭い視線を浴びせられビクッと震える。


「付き添いの分際で、何を仰ってるのかしら? 別に付いてこなくてもよろしかったのに」

「は、支倉ぁー!」

「うーん、本当になんで桐谷までいるの?」

「つっ、冷たいっ!」


 そんな寸劇に、和子は笑いながら「はい、お水です」と苺に渡した。

 和やかな雰囲気の中、ドアの開く音がして、全員が振り返った。けれど、そこに人の姿はない。


「……えーと、他の家族の方、ですかね?」


 笑顔を引きつらせながらの桐谷の言葉に、美代子は大きくため息をついた。


「ごめんなさいね、驚かせて。きっと甥の正広だわ。和子さん」


 呼ばれて和子は、軽く頭を下げてリビングから出ていった。


「一緒に住んでいらっしゃいますの?」


 杏の言葉に、美代子は苦笑混じりの笑顔を浮かべ、首をふる。


「勝手に入ってくるのよ。うちには子供が居なかったから、主人が弟の子をことさら可愛がって……。それで合鍵を持ってるのね」


 そう美代子が言い終えるや否や、バンッとリビングドアが開く音と、「正広さん!」と和子の制する声がリビングに飛び込んできた。


「おばさん! あの部屋に掛けてた絵、どこやっ──」


 そこまで叫んで、苺達の存在に気がついたらしい。


「……なんだ? お前ら」


 歓迎には程遠い質問に、イラッとした顔を見せたのは苺。けれど気にすることなく、彼は「ま、いーや」と美代子に詰め寄った。


「あの絵、出せよ。俺、気に入ってたんだよね」


 出される手に、美代子はビクッと体を震わせながらも、「……帰ってちょうだい」と言い放った。


「あぁ?」

「お客様なの。見れば分かるでしょう? 帰って」

「だからぁ、あの絵を出してくれたら帰る──、痛ってぇ!!」


 伸びる手が美代子の腕を掴む寸前、正広の手を掴んだ苺は、そのまま後ろ手に捻り上げた。


「帰れ。嫌がってるのに分かんないの?」

「はっ、離せっ! 痛ぇっ! 帰る! 帰るから離せって、うわぁっ!」


 その言葉に苺はパッと離して、前のめりになる彼の背中をトンっと押せば、彼はそのまま床に転がった。


「いってぇ! なんなんだよ! お前はっ!」

「うーん、お客?」

「ですわねぇ。こうしておもてなしもされてますから、見ればお分かりになるかと。貴方はここのご家族かしら? でしたら家主である美代子さんの意を汲んで下がるべきですわ。お客なのだと言うなら、順番をお待ちになるのね。あぁ、美代子さんが『帰って』と仰るのですから、やはり帰るべきですわね」


 杏のいつもの言葉の応酬に「ぐぅ」と言葉を詰らせ、それでもすぐさま立ち上がらその背の高さを生かして全員を見下ろした。


「おっ、俺はこの家のっ」

「もうあなたとは赤の他人です、正広。この間持って帰った掛け軸、ネットオークションで見ました。あれは売り物ではないとあの人も言っていたでしょう? それを……」


 悲しむような、非難するような美代子の視線に、正広は顔を赤くして苛立ちを露わにした。


「うっせぇな! おじさんが俺にやるって約束してたんだよ! それをどうしようと俺の勝手だろうが!」


 そこにいた4人とも、話を理解して目配せを、そして「あー」とスマホを取り出して動き出したのは桐谷だった。


「美代子さん、なんでしたら警察に相談します? 俺の親父警察のそれなりんとこ居るんですぐに連絡付きますけど?」


「はぁ?」と顔をしかめる正広を横目に、杏も「それが宜しいですわね」と続ける。

 それをハッタリととったのか、それとも本当のことなのか、それは分からないがどちらにしても劣勢な状況に、正広はギリッと奥歯を軋ませた。


「──っ、帰る! 覚えてろよ!」


 そんな安物っぽい悪役のセリフを吐き捨てると、彼は部屋から出ていき、それを見届けるためかその後ろを和子が付いていった。


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