第14話 もてなされるスイーツたち3


「……あいつのこと、覚えてないとダメかな?」

「忘れていいと思うよ、苺」

「えぇ、悪党の常套文句ですけど本当に口にされる方、初めて見ましたわ」

「え? 俺、よく聞くけど」


 そんな彼らの会話に、美代子は苦笑いして「出来るなら忘れて?」とお願いした。


「本当にごめんなさいね。こんな身内の恥を晒すようなことになってしまって……」

「あら、美代子さんのせいではありませんわ。何にしても、私達が居て良かったですわ。でも、これでもう来ないって事にはならないのが残念でなりませんけど」


 どう考えても、彼は何度でもこの家を訪れるだろう。


「──なんとかしよう!」


 そう言い出したのは、苺だった。

 誰もがきょとんとする中、何故か一番に口を開けたのは桐谷だった。


「いやいや、待て待て。五十鈴川、お前何する気だ?」


 言われて「うーん」と考えて、「それは今から考える」ときっぱり答える。いや、答えではないけど、彼女は決心したように言い放つ。


「えーと、苺ちゃん。なんとかっていうのは、先程のろくでなし……」


 そこまで言って杏は、美代子を見て「コホン」と咳払いをし、「先程の殿方をなんとかって話ですの?」と言い換えた。

 すると苺は悩むでもなく「うん」と頷く。


「苺、なんとかって彼は悪い人かもしれないけど、それを苺が殴っちゃうと、苺が警察に捕まるよ?」

「うん、だからそれ以外の方法で。みんなで考えたらきっといい方法が見つかるよ。今日はあたし達が居たから追い返せたけど、次は居ないかもしれない。そしたらあいつ、絶対ドロボーしてお爺さんの絵を売っちゃう。それは嫌だ」


 言ってることは正しいが、それを考えて行動するとなると……。


「ふふ、優しい良い子たちばかりね。でもこれは身内のことだから気にしないで。なんか空気、悪くなっちゃったわね。和子さん、コーヒーでも入れ直しましょう」


 美代子の声に和子も「はい」と笑顔で返し、キッチンへ向かう。


「うー、でも納得行かない! おばあちゃんの物でしょ? しかもそれってすっごく大切な物なんでしょ?」


 苺の言葉に美代子は、苦い笑みを浮かべ「そうね」と零した。


「本物ではなくても、私にとっては大切なものね……」


 その言葉を理解して、圭樹は「甥の方が持って帰った掛け軸って……」と尋ねると、彼女は肯定するようコクリと頷いた。


「主人の作品ではあるのだけど、相剥ぎ本なの。そこの掛軸と同じ」


 そう言って美代子は壁に飾られた『雪樹』を眺めた。


「相剥ぎ本は言わば、コピーみたいなものだから、主人はほとんど捨ててたの。それを見て私、思わず『勿体無い』と言ってしまったの」


 恥ずかしそうにそう話す美代子に、杏は「それはそうですわ!」と少しばかり鼻息荒く返した。


「相剥ぎ本はコピー機のコピーとは違いますもの。勿論、本物とも言い難いかもしれませんが、それはそれで立派な作品だと思います」


 杏の意見に圭樹も「僕もそう思います」と続けた。


「この『雪樹』に至っては、落款まであります。そういう意味でも本物だと僕も思います」


 二人の言葉に、美代子は目の端に涙を滲ませて、「ありがとう」と口にした。


「これを『ニセモノ』だと言われても、私は構わないと思っていたの。主人が残してくれたものですもの。でも、そう言ってもられるとやはり嬉しいものね」


 そんな美代子の言葉に、苺は険しい顔を見せた。


「それなら、余計でも許せない。お爺さんがおばあちゃんのために残したものを勝手に売るなんて!」


「まぁ、分からなくもないな」と同調したのは桐谷。

「苺ちゃんの気持ちは、分からないでも無いですけど……」と揺れる杏。

「そうだねぇ、取り返してあげたいけど……」と、具体的なことを口にした圭樹に、苺の目が輝いた。


「うん、取り返そう!」


 しまったと口を塞いでも、もう遅い。


「ね、どうやったら取り返せるかな?」

「いや、苺……」

「ね、おばあちゃん、あいつの家って何処?」

「え? 正広の? あ、えと……、どこだったかしら? ねぇ、和子さん」


 聞かれた美代子も視線を泳がせながら、お手伝いの和子に助けを求める。


「はっ? あ、そ、そうですね、えーっと住所は……」


 そして、苺の視線は真っ直ぐに和子に向けられ、今度は彼女があたふた。


「苺、それやったらドロボーだから」

「向こうが先にドロボーしたんだよ? それを取り返すのは正当防衛じゃん?」

「いえ、それはちょっと違うかと、苺ちゃん……」


 杏に言われて、苺は少し考えると次は桐谷へ向いた。


「なら桐谷、取り返してきてよ」

「おう? へっ? 俺!? なんで!?」

「警察じゃん?」

「親がな! 俺は違う!」

「なら頼んで」

「いやいや、他人でも親戚だろ? そもそも被害届をだな」


 などど、桐谷のクセにマトモなことを言うから、苺の大きな目がキッと釣り上がる。


「役立ず! 困ってる人がいるのに助けないとか人の風下にも置けないな!」

「……苺、風上だから」

「なんで? 風上のほうが気持ちいいじゃん?」

「いや、そーゆー意味じゃないしね。ってか、今回ばかりは桐谷の方が正しいというか」

「おばあちゃん! 絶対取り返してあげる! みんなで頑張るから!」

「え? そう……、え?」


 美代子は苺にガシッと両手を握られて逃げられずに、それでも助けを求めて他の三人を見るが、圭樹に至ってはすでに溜息をついてる。


「みんなって、苺……」

「うん、あたしと圭樹、杏と桐谷でみんな」

「は? なんで俺がはいんの!?」

「桐谷、お前人でなしか? 困ってる人を見たら助けるのがフツーだろ?」

「苺ちゃん、取り返すと言ってもドロボーはさすがにわたくし……」

「なら、合法に取り返す!」

「どうやって?」


 そう聞く圭樹に苺はニカッと笑った。


「それも皆で考える!」


 その答えに、圭樹はまた項垂れた。

 そう、これはもう彼女の中で決定事項なのだ。そしてそれは何を言っても覆らないことを知ってるから、彼はもう一度ため息をついて顔を上げた。


「えーっと、それでその絵は売れたのですか?」


 そんな質問に苺の目はさらに輝く。その状況に桐谷は「マジか?」とちいさく呟き、杏も「まぁ……」と自分の口元を抑えた。そして、聞かれた美代子も目を丸くして「え、それは……」と驚きながらも話し始めた。


「結局、売れなかったのよ。出品してた作品は県立美術館所蔵品だったから、それを指摘されて『コピーだ』って書き込まれて……。だったわよね? 和子さん」


 確かめる美代子に、和子も大きく頷いた。


「ですから、奥様と二人で良かったと。その後、そのアカウントは削除されたみたいですが」

「……よそに出品したんだろうね」


 先程も、別の作品を取りに来たくらいだ。これに懲りて諦めた、というわけでは無いらしい。


「それで、『あの部屋に掛けてた』という絵は、どんな絵なんですか?」

「え? あぁ、正広が言ってた絵ね。あれは都内の画廊で飾ってくれてたのを、どこかの社長がどうしてもと、買ってくださった作品の相剥ぎ本なの」

「それなら、あまり世間の目には触れてないですね」


 そんな圭樹の言葉に「なるほど、ですわ」と杏も頷いた。


「ん? どういうこと?」

「一般の方にはあまり知られていない作品、ということですわ」


 そこまで説明されて、苺も「あぁ!」と声を上げた。


「それなら『ニセモノだ!』って言われにくいってこと?」


 ちゃんと正解にたどり着いた苺に、圭樹は薄く笑みを浮かべて頷いた。


「でも、もう安心よ。ほとんどの作品は蔵に納めたもの」


 なんちゃって探偵を前に、美代子は「ふふ」と笑いながらコーヒーを口にした。


「ここにある『雪樹』はあまりにも有名ですもの。それにさすがの正広もこれを盗んだりしないわ」


 確かにこの作品は有名になりすぎて、『本物』として売ることは出来無いだろう。


「では、他に無くなってる作品はありませんか?」

「え?」


 思いがけない圭樹の質問に、美代子は声を上げて、それから和子の顔を見上げた。


「ない、わよねぇ?」


 聞かれ、和子も「え、ええ、恐らく」と曖昧な答えを返した。


「流石に蔵までは……、ネットで見てから蔵にも鍵をつけましたし」

「それ以前には取り付けていなかった、ということですわね」


 そんな杏の指摘に、美代子と和子は顔を見合わせて、和子は慌ててスリッパをパタパタさせた。


「あ、あの、ちょっと見てきますね?」

「そうね、お願いするわ」

「僕達も見ても? こんな機会といっては失礼過ぎますが、滅多に拝見出来ないものですので」


 にこりと笑う圭樹に、美代子は戸惑いながらも「え、えぇ、それは構わないけど」と答えてくれた。

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