第15話 もてなされるスイーツたち4


「確かにこんな時ですけど、ドキドキしますわね」


 ウキウキの杏に対し、「え? そうか?」と大して興味を観さない桐谷。


「うーん、圭樹んちでも似たようなのあるじゃん?」

「どれが似てるのか分からないけど、良いものは見ておくものだよ。僕のお祖父様もそう言ってたしね」

「……あたし、圭樹んちのじーちゃん嫌い」


 途端に機嫌を損ねる苺に、圭樹はクスリと笑って「そうだったね」と苺の背中をポンと叩いて、足を進めた。

 苺がなぜ圭樹のお祖父さんが嫌いなのかは、また別の機会に。まずは4人で蔵を拝見することに。


「こちらです。すべてこちらにあるはずなんですけど」


 と言いながら和子は飾られた作品をチェックし始めた。


「まぁ、こちらは日展で特選になった作品ですわね!」


 その傍らで杏は歓喜の声をあげ、「凄いね」と圭樹も眼福と言わんばかりにご満悦だ。


「……分かるか? 五十鈴川」

「凄いって事ぐらいわかる」


「あっそ」とこちらとは温度差があるらしい。

 そんな雰囲気の中で、「あら?」と声を挙げる和子に全員が振り返った。

「どうかましたか?」という圭樹の言葉に、和子は慌てるようにオタオタと一つの桐箱を見せた。


「いえ、なぜかこの箱が開いてて、見たら中身が……」


 空っぽ。


「最初から空だった可能性は?」


 そう聞く杏に和子は首を振る。


「空箱はすべてあちらに片付けておりますから。空箱をこのまま放置なんてことは……」


 考えられない、と続ける和子に誰もが納得した。なにせ、この家はどこを見ても綺麗だった。築年数はかなりのものだろうが、部屋は綺麗に整頓され、住んでいる人間の几帳面さを示している。


「あいつ、取ったんだ」


 苺の言葉に反論するものはいない。


「でっ、でもここは鍵がっ」


「合鍵を作ったのでは? すぐさま鍵を交換されることをおすすめいたしますわ」


 それに同調するよう、苺も頷く。


「警察呼ぼう! その箱にあいつの指紋があったら」

「まだ、盗ったとは断定できない。それに指紋があっても彼はこの家にいつでも侵入できるし肉親だから、それを証拠にも出来ない」

「なんで!? 絶対あいつじゃん!」


 息巻く苺を落ち着かせるよう、ポンポンと頭を叩いてそれから圭樹はにこりと笑った。


「そう、だからまずはその証拠をつかもう」


「え?」と聞き返したのは、苺だけでは無かった。


「待て待て待て、それって忍び込んで!? いやいやいや、流石にそれは俺は無理っ! 親父に殺される!」


 一番に反対したのは、警察官僚を親に持つ桐谷だ。


「そうですわねぇ、それはわたくしも賛成いたしかねますわ」


 勿論、良識をもった杏なら当然の答えだろう。


「いいよ! あたしと圭樹だけでもやるから!」


 ふんっと鼻息荒い苺に、「どうどう」とまた頭をポンポンした。


「こっちから見にいくんじゃなくて、向こうから持ってきてもらおう」


 そんな圭樹の提案に、誰もが「はい?」と頭に疑問付を浮かべた。

 ひとまず、リビングに戻り作品の一つがないことを報告。勿論それは美代子も知らないことで、きっと正広が持っていったのだろうという結論に。


「鍵はすぐに変えるわ。和子さん、業者さんを呼んでくださる?」


 その声に和子もすぐさま「はい」とスリッパをパタパタさせた。


「まずは以前出していたオークションのホームページを教えていだけますか?」

「えーっと、ちょっと待ってね?」


 と美代子が取り出したのは一枚のプリントだ。


「知り合いの画廊の方からお電話頂いて、それで分かったのよ」


 それはホームページをプリントしたもので、どこのサイトかもバッチリだ。それを頼りに圭樹はスマホで検索した。


「あ、でもそのアカウントだったかしら? それは削除したそうよ?」


 美代子の言うとおり、その出品者はもうどこにも見つからなかった。


「それでは、今回見つからなかった作品の名は?」

「あの箱に入っていたのは、『穂雨月』。雨に濡れた秋の穂を描いた作品よ。でも、よく考えたらそれも地方だけど美術館に買い取られた作品だから売るのは難しいかもしれないわ。そうなると……、私が何処かに片付けしまったのかしら……?」


 もう年だし、と悩む美代子に圭樹は「そうかもしれませんが」と一つの考えを口にした。


「以前オークションに出した作品も返して来られなかったのですよね? そうなると他のオークションで転売したのかもしれません。そしてそれは結構な値段が付いたのでしょう。だから彼は味をしめて今日も取りに来た、と考える方が自然かと」


 圭樹の考えに美代子も「あぁ」と納得の声を上げた。


「とりあえず、今無い作品の写真などがありませんか? それを元に探してみます」


 圭樹の言葉に、美代子は「えーっと、どこだったかしら?」と本棚を探し始めた。


「でも、無理はしないでね? 所詮身内のしでかしたこと、これ以上こんなことは無いようにわたしも気をつけるから」


 心配するような美代子の言葉に「大丈夫! 待っててね!」と苺が手を振り、一同は葉月家を後にした。





「……本気で探す気か?」


 帰り道、ボソッと呟く桐谷に「探す! 取り返す!」と即答したのは苺だ。そんな苺の頭をポンポンと撫でながら、圭樹も「そうだねぇ」と呑気に答えた。


「ってか、どーやって?」


 その答えはしかめっ面の苺からは返らず、圭樹のさわやかな笑顔が返される。


「なんのために桐谷がいると思ってるの?」


 なんのため? その問いに対する答えを桐谷は持ってるはずもなく、「ん?」と聞き返す。


「警察にはサイバーテロ対策本部があるでしょう?」

「……いや、ちょっと待て」

「ほら、社会見学だよ。そして、ほんの少しばかり力を借りるだけでね?」

「なっ!? そんなことっ」

「出来るよねぇ、桐谷なら」


 そう、彼の父親は警察のお偉いさん。


「出来るの!?」

「うっ……」


 こんなキラキラな苺の視線を向けられて、なんと答えればいいのか。


「とりあえずはさ、この絵を出してるオークションサイトが知りたいなぁ」


 ヒラリと圭樹が手にしたのは、美代子から貰った『穂雨月』の写真プリント。


「ほら、僕達素人だと時間かかっちゃうし、闇サイトだと入れないしね」

「ちょっ、俺は出来るとはっ」

「ここまで来て往生際が悪いですわ、桐谷君」

「とりあえずさ、今日はお腹空いたから、明日の放課後警察行こっか!」

「うんうん、苺はいいこと言うね。って、さっきチーズケーキ食べたでしょ?」

「あれ美味しいけどちっちゃい。10個くらい食べないと食べた気しない」

「まぁ、苺はちゃんったら。そう言えば源吉兆庵で季節限定の『陸の宝珠』が販売開始ですって」

「食べるー!」

「でもあれ、何個たべても苺のお腹は膨れないよ? 帝国ホテルの虎屋なんてどう?」

「それも食べるー!」

「いやっ、だから俺は出来るとはっ、聞けーっ!!」


 そんなこんなで、本日はお茶を頂いてお開きとなりました。

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