第6話 反省するブドウ1
翌日、やっぱりふたりは肩を並べて学校へ。
「あのね、圭樹」
「うん」
「辞めるのは辞めることにする」
「うん」
「で、あたしはあたしのやれることを頑張る」
「うん、それでいいと思うよ」
圭樹がふわりと笑ってそう答えると、苺もニコッと笑顔で返した。
「あら、意味深なお話ですのね?」
後からかけられる声に、苺は笑顔のまま「杏、おはよー!」と朝の挨拶を。続いて圭樹も「おはよう」と挨拶した。
「おはようございます。それで、なんのお話ですの?」
杏の質問に、苺は圭樹を見たけれど、笑顔のままだから、「あのね」と昨日の出来事を話すことにした。
「まあ、そんなことが! 私を呼べばよろしかったのに」
「杏を? なんで?」
「あら、勿論反論するためですわ。自分の実力の無さを棚に上げて何を仰ってるのかしらねぇ、その方。戦力にもならない分際で、苺ちゃんは頼まれて仕方なくバスケ部に一時入部したというのに、恩知らずにも程がありますわ。練習量が足りないのではなくて? もし練習量が十分なのでしたら、完全に才能の差ですわね。そうですわ、そんな役立ずな方は退部された方がバスケ部のためにもなるというもの。ま、普通の女子高生が苺ちゃんに運動能力で勝てるとは思えませんけど、それでも、そんな凡人が努力すら忘れたら何にも残りませんわね。そういう方はどこに行っても伸びませんわ。本当にお気の毒様」
「……」
おほほ、と笑う杏に苺は『杏は怒らせまい』と心に固く誓ったのでした。
「おー、来たか!」
教室に入るなり、三人に駆け寄って声をかけてきたのは桐谷だ。
「聞いたんだけどさ、五十鈴川、お前バスケ部、正式に入んの?」
「正式?」と聞き返す苺に、桐谷は「マジか」と言い返す。
「お前、レギュラーの一人を体育館の裏に呼び出して脅したってマジ?」
「はい?」
因みに、呼ばれたのは苺であることは圭樹も苺から聞いて知っているから、鞄を置く手を止めた。
「自分が入るんだから、辞めろって言ったんだろ?」
「……」
「それはマズイだろ? いくらお前が運動神経万能とはいえ──」
桐谷の冗舌が止まったのは、あまりにドアップな杏の笑顔がずいっと目の前に現れたから。
「それ、誰が仰ったの?」
笑顔なのに、目が笑ってない杏に、桐谷は背中に冷たいものを感じた。
「……あ、いや、だから噂で」
「だから、どこのどなたが流したのかしら? とりあえず、桐谷君は誰からお聞きになったの?」
「え? その……、あれ? 誰だったかなー?」
「あらあら、もう痴呆症かしら? 腕のいいドクターをご紹介いたしましょうか?」
「いや、だってさっき──」
「思い出しましたのね? さ、その方のところへ案内してくださいな」
「まっ、待て! そいつもきっと誰かから聞いてだな」
慌てる桐谷に対して、杏の笑顔は怖いほど崩れない。
「でしたら、その誰かを教えていただきましょう。そもそも、苺ちゃんの運動神経を持ってすればそんな小細工は必要無いと、知能の低い方でも分かりそうなものですけど」
おほほ、と上品に笑う杏に「はは……」と桐谷も顔を引きつらせ、視線で圭樹に助けを求める。
「仕方ないね、桐谷だから」
なのにそう言われてニコリと完全に拒否られ、桐谷は肩を落とした。
「……すんません」
「あら、なにかしら?」
「これ、話してた奴らに訂正お願いしてきます」
「桐谷君が? あら、残念。噂の根源を確かめたかったのだけど」
「いやっ、マジで俺一人でケリつけるんで!」
必死の桐谷に、杏も「仕方ないわ。お願いね?」とニコニコ笑っていた。
「苺?」
まばたきを繰り返す苺に、声をかけるとなんとも複雑な表情で圭樹を見上げる。因みに、圭樹の身長は176センチ、苺の身長は154センチなので、完全に見上げてしまうのだ。
「……怒るタイミングが無かった」
そんな苺に「そうだね」と彼女の頭をぽんと撫でて、圭樹は笑う。
「あら、怒ったりなんて美容に悪いですわ。それにこんな噂、怒るほどの価値もありませんもの」
うふふ、と笑う杏に苺も「そっか」と荷物を置いて椅子に座った。
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