第3話 元人魚姫ですが、今はただの泡です、こんにちは3
水に毒が含まれているとただの泡に指摘され調べた結果、問題があったのは、井戸水ではなく、川の水だった。
そしてその川は、王宮だけでなく、王都に住む人間が飲料用にも使っているものだ。
間違いなく、大問題である。
幸か不幸か一度摂取した程度では問題なく、定期的な摂取により死に至るものだった。なので今のところ死因が川の水だと思われる人は出ていないが、逆にある一定期間が過ぎた時に伝染病なのか何なのか分からないままに民が次々と死んでいく怪事件が起こる所だった。
何故こんな事になったのかを確認すると、どうやら毒液を毒液と知らず、川に流した馬鹿が居たようだ。泡はしばらくはそこに住む魚も食べるなと言っていた。どうやら魚も体内に毒を蓄積してしまうようで、より危険らしい。
俺はすぐに毒液の排水は止めさせる命令を下し、川の水質の改善が急務となった。
そしてその事実の公表で、俺だけでなく、多くの国民も救われた。
『私も毒を無毒化するお手伝いがしたいのですが、量が量なので、難しいですね』
「そんな事はしなくていい。解決策は科学者に考えさせるから」
俺の部屋にいる泡は、だんだん量が減っている気がする。
そう、俺を助けるために正真正銘身を削っているのだ。毒を分解もできるそうだが、毒を分解した泡は二度と自分の体に戻せないらしい。海水を多めに足した所で、本体の泡の量は決まっていて薄まるから止めろと止められた。
「私達は危機を教えてくれた君に感謝をしているんだ。だからもっと、自分の体を労わってくれ」
『大丈夫ですよ。ただの泡なので、病気になったりはしないですし』
泡は励ますようにゆらゆらと揺れる。
でも金魚鉢いっぱいだった泡が、半分ほどになってしまったのに気が付いた時、俺はこの泡が消えてしまうのが怖くなった。
もう、何度、この泡に助けられただろう。
ただ好きだからと言ってくれる泡。でも俺はこの泡に、それほどのものを与えただろうか。
『それに、私、帰る場所がないんです』
「そうなのか?」
『野良のただの泡なんですよ。私の帰りを待つ人はいないんです。私は死んだと思われてますから』
死んだと思われているとは、また物騒な話だ。そしてこの諦めたような言葉に、俺の心がズキンと痛んだ。
「帰りたいのか?」
もしも帰りたいと言われたら、俺は素直に帰してやれるだろうか。
口にしただけで、喪失感に苦しくなる。
はじめは警戒しかなかったし、今もジッと遠慮なく筋肉を見られている気がしてぞわりとすることもある。でもただの泡との生活は俺の日常の一部となっていた。自分にとって、ただの泡はただの泡ではなく、大切な泡だ。
だけど、ただの泡は恩人だ。だから、もしも彼女が帰りたいと願うのならば俺は——。
『うーん。無理ですね。姉達とは根本的に意見が合いませんし。もしも私が生きていることを知れば、姉は私を助けるために、王子を傷つけるでしょう。そんな事、私は望んでないのに』
「何故俺を傷つけようとするんだ?」
『私、呪われて、この姿なんですよ』
「呪いだと?」
俺はマジマジトただの泡を見た。
『ちょっと、魔女と取引しちゃいまして。更に姉も魔女と取引をして、王子の心臓の血を貰えば元の姿に戻れるという馬鹿げた取引をしましてね……』
「呪われてということは、元は別の姿だったのか?」
俺はこれまでに知能を持った泡というものを、このただの泡以外で会った事もなければ、聞いた事すらなかった。魔女との取引で呪われたのだと言われれば、納得がいく。
『そうですね。でも、泡人生も悪くないと思うんです。元の姿でも、人間の姿でも、毒を飲めば死にますし。二十四時間王子を見つめる事もできないですし』
「待て。二十四時間俺は見られているのか?」
『泡は寝なくてもいいみたいなので。それから、王子が食べこぼしたふりをして服に一部くっ付いて移動することもできますし、掃除の洗剤のふりをして諜報活動することもできます。案外慣れると便利なんですよね』
「……本気か?」
俺が心臓をやると言わないようにするためにわざと明るく言っているだけ……いや、本気で彼女は泡人生を謳歌してるよな。どれだけ前向きなんだよ。
きっと魔女も想定外だったはずだ。
『ええ。それに愛する人の為に色々できるって、最高じゃないですか』
「なら、俺も愛する人の為に何かやらせてくれ」
『えっ。王子、また好きな人ができたんですか? 誰ですか?』
「またってなんだ。この間の婚約の事を言っているなら、あれは好きとはまた違うからな」
好きと言うよりは、助けてもらった褒美のようなものだった。俺は誰と結婚したって同じだと思っていたから、大義名分がある相手の方が楽だし、周りも俺が婚約する事に前向きだった。
多分俺が誰にも興味を示せなかったからだろう。
これまでこんなこんな感情を持ったことはなかった。だから今俺が手にしているのが、恋なのかは分からない。そもそも相手は人間ではない。
雄雌もよく分からないただの泡だ。でも手放したくないと思うぐらいに好きで、彼女の為に何かしたいと思うぐらい愛している。
「俺は、お前が好きなんだよ」
『わ、私? えっ。私、ただの泡ですよ?!』
「それでもお前が居なくなったと考えるだけで悲しくなるぐらい、愛してる」
そう俺が言った瞬間だった。
泡が金魚鉢の中で黄金色に輝く。一瞬美しい女の顔が見えた。あれが……ただの泡?
そして光は徐々に収まり、金魚鉢の中には並々と泡があった。
「って、えっ? ただの泡?!」
『みたいですね。ただの泡です』
「待て。普通、ここで呪いが解けてめでたしめでたしってなるものだろ」
じゃなかったら、何の光だったんだ。いや。確かに、目減りした泡が元の泡になっているけど!! そうじゃない、そうじゃないだろ!!
『うーん。最初の契約が、声を失う代わりに人間になれるけれど、王子が別の女性と結婚したら泡となるというものだったんですよね。で、次に姉が契約したのが、王子の心臓の血を貰えば、元の姿に戻るというもので……。なんか変に呪いが作用しちゃったんですかねぇ。泡になったら喋れるようになったあたり、呪いがそもそも中途半端だったわけで』
ただの泡は、特に慌てた様子もなく考察する。この落ち着きっぷり。流石、泡になっても呑気に人生謳歌しているだけある。
『まあ、仕方がないで——』
「そんなわけあるか。仕方なくないだろ!」
でも泡がのんびりしてるからって、俺までのんびりできるかと言われれば違う。
『でも、それなりに泡は役立ちますよ?』
確かに役立つ。間違いなく俺はこの泡に何度も命を救われている。救われているけれど!!
「こんな中途半端な契約飲めるか。魔女に抗議するぞ。ついでに、魔女の法律に詳しい奴連れて行く」
『えっ。いや、別にこのままでも……。ちょっと、王子。ねえ。聞いて!!』
泡の生活に馴染みまくった【ただの泡】は慌てたが、知るか。ただの泡は好きだけど、ただの泡では一生を添い遂げられないだろ。
魔女と契約といったって穴がある。絶対無効にしてやる。国家権力なめるな。
俺はこの時、魔女を脅しても、この泡と結婚しようと決意したのだった。
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