第18話 デジャヴ

「は」


 激痛を感じる。

 思わず腹部に手をやり、しかしそこに傷跡がない事からそれが幻痛だと気づく。

 恐る恐る、恐々と立ち上がり周囲を見渡す。

 そこは俺が最初にこの世界へと足を踏み入れた際にいた場所。

 つまりは村、アルセルの村の前だ。

 その時と違うのは、以前は気づけばこの場所に立っていたが今回は寝転がっていたという事。

 だから何だという話でもあるが。


「……は」


 意味が分からない。

 何が、何が起こった。

 俺は記憶を振り返る。

 気づけばこの遊戯板の世界の中にいて、そしてそこで二人の男女に出会った。

 そしてオオカミ少年という正体不明のエネミーを見る。

 それはすぐに駆除されたが、オオカミ少年の事で村人達は一つの場所に集まり話し合いをする事になった。

 そして。

 それで――


「……」


 死体。

 血の海。

 肉の列。

 まさに地獄絵図。

 しかし、そんな凄惨な様子に目を奪われていた俺は、背後から何者かに襲われた筈だった。

 その傷は間違いなく致命傷。

 というかあの後、間違いなくとどめを刺された。

 だというのに。


「……生きてる」


 生きている。

 俺は。

 今もこうして。

 これは、どういう事だ?

 時間が、巻き戻ったとでも言うのか?

 いや、でも、そうとしか考えられない――





「ようこそ、アルセルの村へ!」


 俺は思わず言葉を失い息を呑んだ。

 

 村の方から走って来たその少女。

 元気一杯な笑顔を浮かべるその子は。


「ふろーらさん……?」


 思わずそう呟いてしまって、しまったと自分の失態に気付く。

 もしこれがタイムリープ的な現象だとしたら、俺が彼女の事を知っているのはおかしい。

 事実、


「え、えっと……?」


 彼女はどこか困ったような、少しだけ怯えたような表情を見せる。


「……私の事、知っているのですか?」


 少なくとも向こう側は俺の事を知らないらしい。

 そして割とまずい失敗をしてしまった事も分かった。

 俺はとりあえず何とかして誤魔化そうと思考を巡らせ、その結果出て来た言葉は、


「し、知り合いにフローラって貴方によく似た人がいて!」


 メチャクチャ無理のある言い訳しか出てこなかった。

 

「そ、そうなんですかー」

「うん、そう!」

「それはそれは、そんな偶然があるんですね! すっごい!!」


 嘘だろ、信じた感じだぞ。

 彼女は「凄いなー」とか目を輝かせつつこちらに尋ねてくる。


「その、私に似た私じゃないフローラさんはどのような人なんですか?」

「え、っとその。俺もそこまで深く知り合っている訳じゃないですけど、凄く元気一杯で親切な人だと思ってます」

「へー、そうなんですね!」

「おい、何やってんだ?」


 ――まるでそれは。


 そう、デジャヴのようだった。


「……」


 アーサー。

 傷一つない彼の姿があった。

 

「話に花を咲かせているようだけど、そういうのはせめて村の中でやってくれ、危ないから」

「あ、あー。ごめんねアーサー、すぐに行くよ」

「ったく、あんたもそれで、良いな?」

「あ、ああ」


 俺は頷きながら考える。

 村の方へと歩きながら、魔力を練る。

 もし。

 もし世界の時間が巻き戻ったというのならば。

 次に起こる事は、決まっている。

 即ち――



「オオカミ少年が出たぞー!」


 ……しかし、今度は様子が少し違った。


「……!」


 一直線にこちらへと突っ込んでくる影があった。

 それは件のオオカミ少年。

 今回はネットで捕獲され袋叩きに合っていない。

 どういう事だ?

 タイムリープだと思ったけど、何か変化が起きた?

 ……いや、今はそれを考えるのはよそう。

 今は目の前に迫るオオカミ少年を対処しないと。


「せっ!」


 俺は聖剣を抜刀し、オオカミ少年の横腹を思い切り殴りつける。

 致命傷は狙わない。

 ただその一撃はオオカミ少年にとっては大ダメージだったらしく、ごろごろと地面を転がった後、ピクピクと震えながら倒れ伏せる。

 立ち上がる様子はない。

 そのままどうしようかと思っていると、村の者達がそのオオカミ少年を拘束しどこかへと連れて行ってしまう。

 ……いや、別に問題ないか。

 むしろ問題は、この後。


「なあ、その。アーサー……?」


 彼はどこか意外そうな目でこちらを見ていた。


「お前」

「な、なに?」

「いや、そりゃあこのご時世、旅の人間はそれなりに戦えなくちゃやってけないよな、うん」


 一人納得したようだが、俺があのオオカミ少年を倒したのがそんなに意外だったのだろうか?

 首を傾げるよりも前に、アーサーが「とにかく」と遠くにある例の大きな建物を見た。


「悪いな、あんた。これから俺達はあのオオカミ少年の事で話し合いをする事になると思う。終わるまでちょっと待っててくれないか?」

「あ、そ。その事だけどさ」


 俺は何とか「そこに同行出来ないか?」と頼み込んだが、しかしフローラさんの方から「ごめんね、一応村の人間しか入れない事になっているんです」と申し訳なさそうに言われてしまう。

 そこで食い下がる訳にはいかない。

 俺は今日のたった今この村を訪れた旅人でしかない。

 そいつが急に深入りしようとしたら怪しまれるだろう。


「わか、った」


 だから俺は渋々といった感じを出さないように。

 ゆっくりと首肯するしかなかった。

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