第17話 問題提起

 それ、オオカミ少年と呼ばれる存在を目視してまず最初に感じたのは困惑だった。

 次に拍子抜け。

 あんなものが、オオカミ少年?

 なんていうかこう、もっと化け物を想像していたのだけれども……


 そこにいたのは一人の少年だった。

 いや、普通の少年ではないのは明らかだ。

 全身ボロボロで傷だらけ。

 黒い髪はぼうぼうでまさに狼を彷彿させる。

 そしてその瞳には狂気が宿り、爛々と輝いている。

 そんな、オオカミ少年。

 彼は村人と思わしき者達に囲まれ、袋叩きにあっていた。

 ネットで拘束され、その上から長い棒で殴る。

 きっと今まで大暴れして、それで大多数の村人達は怪我をしていたり肩で息をしている。

 そこまで持っていくのに相当苦労したのが見て取れた。

 

 しかし、それでもオオカミ少年は既に沈静化されつつあったのは間違いない。

 彼等、アーサーとフローラさんと共に暴動の中心に駆け付けたは良いものの、結局は何も意味がなかったようだ。

 やる事がない。

 いや、俺が出来る事なんてそれこそ聖剣を振るう事しかないし、その腕前も人並みくらい。

 もしオオカミ少年が想像通りの化け物だったら何も出来ないどころか逃走を考えるところだった。

 だから、ある意味この結末は俺にとって良かったのかもしれない――


 と、そこで。


「……!」


 オオカミ少年と、目があった。

 かなり距離が離れている、それこそ10メートルくらい間があって、それ以前に彼は暴力によってボコボコにされている最中だというのに。

 彼はばっちりと俺の事を認識した。

 そして、静かになった。


 ……それが力を溜めているのだと気づいたのは、次の瞬間オオカミ少年がネットを力任せに破って出てきて、そしてこちらに一目散に走って来た時だった。


「……ッ!」


 あまりにも早い。

 まさに疾風。

 反応する事は不可能。

 瞬く間に距離を詰めたオオカミ少年は大きく口を開け、そして――


「い、いぃい……っ!」


 肩を、噛まれた……!

 ミチミチと肉が引き裂かれる感覚。

 力任せに身体を持っていかれそうになる。

 いや、持っていかれた。

 俺はそのまま勢いのままに倒れ、そしてその上にオオカミ少年が載って来る。

 いわゆる馬乗りという奴だ。

 そしてオオカミ少年は大口を開け、それを俺の喉へと近づけていく。

 鋭く涎に濡れて光る犬歯が頸動脈を切り裂く――


 どす、っ。


「ぎ、ぃ……!」


 オオカミ少年の胎から、剣が飛び出て来たのを見る。

 痛みで呻いたオオカミ少年は、瞬きした時には俺の上からいなくなっていた。

 代わりに俺の視界に移るのは、剣を握るアーサーの姿。

 彼はどこか驚いたような表情で俺の事を見ていた。


「お前――いや」


 何かを言いかけたがすぐに口を噤み、代わりにオオカミ少年が飛んでいった方向に目を移す。

 俺もまたそれに倣うように視線を移すとそこには、


「……」


 オオカミ少年がぴくぴくと泡を吹きながら倒れている姿。

 腹からダクダクと血が噴き出て、ずたずたになった腸が飛び出ている。

 あれは、どう見ても長くは持たない。

 いや、それどころか既にもう――


「大丈夫か?」


 アーサーがこちらに手を差し出してくる。

 俺はそれを一瞬戸惑ったのち、素直に握り返し立ち上がるのだった。



  ◆



 気づいたら起きていて、そしてあっという間に終わった出来事。

 オオカミ少年の襲撃。

 その事について話をするために村人一同は集まり話し合いをしている、らしい。

 視線の先にある大きな建物。

 この村には不釣り合いな程に大きい。

 村人全員が集まってもなお余裕があるとフローラさんが言っていた。

 彼女もまた、村人の一人としてその建物中に向っていった。


 そして残された俺はというと、


「……暇だ」


 建物の近くで一人、フローラさんとアーサーの帰りを待っていた。

 今日は一応アーサーのところに泊まらせて貰える事になったので、彼が帰ってこない事には始まらない。

 一応、話し合い自体はすぐに終わるらしいのでそこまで待つ事はないらしいが、それでも退屈なのは間違いなかった。


 それにしても、


「ここは……」


 一体、どのような世界なのだろう。

 あの霊装の中の世界。

 チェス盤、遊戯板。

 しかしそれの詳細については結局聞いていない。


 彼等、アーサーとフローラさんの言葉から察するに、この世界はどうやらそこまで平和ではなさそうだ。

 一体、何が行われているのだろうか?

 そもそも、この世界はどこまで広がっているのだろうか。

 そして何より、この世界の住民はここが遊戯板と呼ばれる霊装の中である事を認知しているのだろうか?


 ……駄目だな。

 考えれば考える程ドツボに嵌まる。

 そもそも答え合わせをしてくれる人がいない。

 学園長はいない訳だし。

 結局は自力で見つけてみせろって事なのだろうか?

 なかなかに鬼畜な事をしてくれるな……


 ………………


 …………


 ……



「……」


 それにしても。

 遅いな。

 既に数時間くらい経過しているんだけど、そんなに話し合いが難航しているのだろうか?

 いやまあ、すぐ終わると言ったがそれが具体的に何時間かは言っていないのでこの数時間が「ちょっと」の可能性もある。

 

 ただ。


「いやに、静かだな」


 話し合いを行われているとは思えないほどに、静か。

 その建物を見ていると、なんだか無性に嫌な予感がして来る。

 なんだろう、胸騒ぎがする。

 何か、最悪な出来事が起こっているのに、それに気づいていないかのような――


「……」


 ちょっと、顔を覗かせてみるか?

 別に駄目だとは言われないない。

 なに、怒られたってその時は謝れば良い。

 むしろこのまま放置される方が嫌だし。

 

 俺は自分にそうやって言い聞かせつつ、建物に近づく。

 やはり建物は静かだ。

 そして俺は一応扉にノックをする。

 返事は帰ってこなかった。


「もしもーし……?」


 声も掛けてみる。

 やはり返事が返ってこない。

 なんでだろう、聞こえないのだろうか?

 仕方ない、取り合えず中に入ってみよう。

 俺は扉を開いて





「……あ?」



 血だまりを見つけた。

 人だったものが転がっていた。

 いや、違う。

 転がっていた、というのは多分この場合間違った言葉だ。


 


 みな、まるで「気をつけ」しているかのように手足を揃え、そして首を切断されている。

 首を切断。

 間違いなく即死だ。

 そして床についた傷。

 血しぶき。

 真っ赤っか。

 

「え、あ……?」


 死体の数は、たくさん。

 眩暈がする。

 吐き気がしてくる。

 なんだ、どういう事、だ?

 なんで、こんな。

 だって、あまりにも静かだった。

 こんな凄惨な出来事が起きたとは思えないほどに。

 一体、何が起きた。

 ここで何があったら、こんな事になる――




 腹部から剣が生えて来た。


「……ぇぁ?」


 衝撃。

 身体が倒れる。

 うつ伏せに。

 地面しか見えない。

 一体何が、おき














































  ◆



「……は?」


 そして俺は目を覚ますと村の外で倒れていた。

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