第13話 かつての記憶を想起して

 ――俺に親の記憶はない。

 

 勇者である親父と、その妻にしてパーティーのメンバーだった母さんは俺を孤児院に置いて戦地へと出かけて行った。

 そしてそのまま帰らぬ人となったらしい。

 最期は強敵と一騎打ちし、相打ちになったとの事。

 親父と母さんは立派に戦い立派に生きて死んでいったと涙を流しながら孤児院の先生は言っていたが、俺に言わせてみれば犬死しなかっただけマシってだけだった。


 なんにせよ、それが俺のターニングポイント。


 とにかく人はすぐに死ぬ。

 少なくとも今の世界はそれが常識。

 あいつも、あいつも、あいつも。

 どいつもこいつも、命の軽さは同じ。

 どうでも良い塵芥。

 そんな中でも俺は特別優れたジャリだった。

 だって勇者だから。

 優れていて、皆より優先されなかったらおかしいだろ?

 実際、俺は勇者として特別扱いされていた。

 だから俺は確信したんだ。

 俺の考えは間違ってないって。


 そんな俺の事を好いてくれる人はいなかった。

 別にそんな事どうでも良かった。

 だってどうでも良いのはむしろあいつ等。

 そんな奴等なんてどうでも良い。

 いつ死んでもおかしくない奴らの事を気にしてたって、しょうがないだろ?


 でも。


 そんな中、俺に対して一々「好き」だの「愛してる」だの言ってくる餓鬼がいた。

 ちっこい餓鬼。

 痩せた女。

 俺と同じ孤児院に住んでいるだけの奴。

 そいつが鬱陶しくて鬱陶しくてしょうがなかった。

 新入りの癖に話は聞かないし、俺に構われたくて仕方ないって感じだった。

 一番困ったのは、ことある事に素っ裸で突貫してくる事だった。

 そいつ曰く「ゆーわくです!」との事だが、しかしそんな事されても困るばかりだった。

 いやまあ、エロかったぜ?

 エロいし、興奮した。

 その頃の俺は女の裸なんて見慣れてなかったし、餓鬼のやせ細った身体でも十分に興奮出来た。

 

 だから俺は、その日。

 やめて欲しくて脅す為だったのかはたまたガチだったのか。

 そいつを押し倒して言ったんだ。

 

「マジでヤるぞ?」


 って。

 どうせこいつは、俺と言う勇者にくっつくだけのコバンザメ。

 甘い汁が吸いたいだけの、そう言う意味でちょっとだけ賢い餓鬼だと思ってた。

 だけど、そいつは。

 にっこり笑って言ったんだ。


「■■■■――」



  ◆



 最悪の目覚めだった。


「……」


 あれが。

 あれが、ジョンと言う勇者のルーツ。

 彼が彼である理由。

 それは当然知っていた事だけども、やはり夢と言う形でリアルに思い出してしまうと、結構辛いものがあった。

 ふー、と息を吐きベッドの近くにある水差しからコップに水を注いで一杯飲もうかと思い、止める。

 なんにせよ、今日から学園長に稽古をつけて貰うのだ。

 泣き言は言っていられないし、昔の事を思い出して感傷に浸っていられる暇はない。


 俺はとりあえず制服に着替える。

 それだけで良いと言われていた。

 後は手ぶらで問題ない、と。

 と言う事は遠出とかはしないのかと一瞬思ったが、しかし学園長はテレポートを使えるし距離とか関係ない事を思い出す。

 一体、何をするのだろう。

 とりあえず厳しいのは間違いないよな。

 やだなー。

 辛いのはイヤだなー。

 逃げ出したいな。

 ……逃げられないけど。


「……行こう」


 そう呟き、部屋を出る。

 そして寮の廊下を歩いていると、そこで予想外の人物を発見する。

 ――クレアだ。

 彼女は何やら窓から庭の方を見ているようだ。

 どこか、夢見るような恋焦がれるような眼をしている。

 放置しよう、今のところ彼女は俺の事を嫌っているみたいだし話したら厄介だと思ったが、しかしそれより先に彼女が俺の存在に気付いてしまう。


「な、なによあんた」

「いや、別に」

「あんたみたいなのがこんな早起きして、何か企んでいる訳?」

「別に、ちょっと用があるから出掛けるだけだよ」

「はぁ?」

「ていうかお前、何見てたんだ?」


 とりあえず話題がないので、彼女が見ていた方を見る。

 そしてそこで彼を見つける。

 赤い髪の少年。

 ――グレンだ。

 彼は何やら、一心不乱に木刀を振るっている様子。

 素振りをしているのは、もしかして鍛錬のつもりだろうか。

 いや、「つもり」だなんて言うのは失礼か。

 彼は本気で、強くなろうと頑張っているみたいだし。

 それよりも、だ。


「お前、あいつに話しかけに行かないのか?」

「は、はぁ!?」

「いや、そんな驚かなくても良いだろ」

「わ、私は別にグレンの事なんてどうでも良いし? あいつが頑張っていようと関係ないし」

「そうっすか」

「な、なによ。言いたい事があるなら言いなさいよ!」

「いや、好きにしたら良いと思うよ、うん」


 そしてもう一度ちらり、と視線を窓に向ける。

 すると何やらグレンはこちらに気付いたらしく、こちらに近づいてくるのが見えた。

 それを身、「あ、やば」と呟いたクレア。

 脱兎の如く廊下を走り、角を曲がって姿を消すのだった。


「は?」


 呆然とする俺。

 そして窓がとんとんと叩かれる。

 仕方がないので開けると、そこには何やら動揺した様子のグレンがいた。


「よ、よう!」

「……ジョン。君とクレア、何を話してたんだ?」

「いや、お前が頑張ってるなって話だよ」

「そう、なのか?」


 そう言いつつも信じていない様子。

 なんか、勘違いされてないこれ?

 もしかして俺とクレア、何か秘密で出会ってたみたいな勘違いされてない?

 

「なんか勘違いしているみたいだけど、俺は別にクレアの事なんてどうでも良いと思ってるぞ?」

「……」

「ほ、ホントだからな?」

「……まあ、そう言う事にしておくよ」


 そう言う事にしておくってつまりそう言う事にしないって事だと思うんだが。

 まあ、前科があるもんなー、俺。

 俺、故郷では散々クレアにチョッカイかけてた訳だし。

 それがいきなり興味ないですと言ったって信じないだろう。


「ま、良いや。とはいえ、グレン」

「なんだよ」

「鍛錬、頑張ってな」

「……、君に言われなくても、頑張るよ」


 そして少しムキになった感じの彼は再び元の位置へと走って行き、そしてそれから先ほど同じく素振りを始めた。

 なんか力が籠っていて全然自然じゃない。

 変な癖がつきそうだけど、大丈夫だろうか?

 しかしそれを指摘しても逆効果だろう。

 俺と言う人間は、彼にとって都合の良い存在ではないのだろうから。

 

 はあ、と溜息を吐く。


 なんていうか、儘ならない。

 だけどそれでも頑張っていかないと。

 気分は最悪だったが、とりあえず俺は寮の玄関へと向かって歩き出すのだった。

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