第10話 マッサージ
まず大前提としてアイリスという少女は純真無垢である。
なので、今回の「マッサージをして欲しい」という願いもただ単に肩が凝っているから揉んでくれると嬉しいなという単純明快な理由の筈だ。
やましい気持ちは一切ない筈なのだ。
しかし――
「……」
アイリスを背中から見る。
彼女の着ている洋服は、背中が大胆に開いている構造をしていた。
お陰でアイリスの陶磁器のような真っ白い肌が丸見えになっている。
肩甲骨の形も綺麗である。
うわぁ、女の子の背中ってこんな風になっているんだ、初めて知った。
って、そうじゃない。
役得だし凄く男子的にはラッキーな出来事なんだろうけど、俺的には不運も良いところだぞ。
相手は王族。
それだけでまず俺みたいな人間が触れて良いような相手ではない。
例えアイリスが許していたとしても、それは傍から見れば不敬と取られるだろう。
ていうか、俺自身が行動のあまりの不敬さに耐えられない。
伊達にチキンを名乗っている訳ではない。
前世と今世の魂が悪魔合体した結果、出来上がったのはおおよそ鬼畜ヤリ○ンとは言い難い奴が出来上がったのはある意味奇跡である。
「どうかしましたか?」
と、アイリスが振り返りこちらを見てくる。
俺が何もする筈がないと信じている純粋な視線。
子供っぽい訳ではない。
ただ、透き通ったガラス玉のように綺麗なのだ。
ちょっと触れただけで手の脂が付いて汚れてしまうのが目に見えているほどの純真さ。
俺のような人間でも、ものの綺麗さ美しさは分かる。
そして目の前の人間はそれこそこの世で一番綺麗で、守っていかなくてはならない存在なのだろう。
そして、俺が躊躇っているのを彼女は察したのだろう。
くすりと笑い、それから少しお茶らけた調子で彼女は言う。
「大丈夫ですよ。私は勇者様の事を信じています」
「……」
その一言がだいぶ重たいんだが。
「例え貴方が私の身体に何かをしたとしても、それはきっと何か意味があっての事でしょう」
その一言はかなり重たいんだが。
「私とて、殿方に身体を許すという意味を理解していない訳ではありません。ましてや、貴方は勇者様とはいえ今日の今会ったばかりの男性です」
「だったら」
「それを前提としたうえで、私は許すと言っているのです。貴方という人間は私に何か良からぬ事をするとは思いません」
どうしてそんな事を断言出来るのだろう。
こう言っちゃなんだが、俺、彼女の身体に欲情してないと言ったら嘘になる。
彼女の綺麗な身体。
穢れを知らない肢体。
それを自身の欲望で汚す事により得られる征服感。
達成感はとてつもないものだろう。
ああ、うん。
本当に俺は最低な人間だ。
彼女を見て、まずそんな事を考えているのだから。
それでも。
彼女は言うのだ。
俺を信用していると。
理由は分からない。
ただ、妄信じゃないという雰囲気は伝わってくる。
……本当に、もう。
まさに、毒気が抜かれるってもんだ。
「……それじゃあ、肩を揉ませて貰いますね」
「――、はい! 思い切り、ぎゅっとやってください!」
アイリスの言葉に頷き、早速俺は肩揉みを開始する。
彼女の肩を触れてみてまず最初に思ったのは「え、これ力咥えたらぽきっと行くんじゃ?」だった。
そう思ってしまうくらい、彼女の身体は細く、脆そうに思えた。
同時に、柔らかい。
女体の柔らかさとは、こういう事なのか。
初めてであるが故、この柔らかさをどう形容すれば良いか分からない。
ただ、アイリスの言う「肩が凝った」という言葉が嘘なんじゃないかと思うくらいには、彼女の身体は柔らかく、そして柔軟だった。
……そもそも、アイリスは16歳の筈。
その歳で肩が目に見えるほどに凝ると言う事はないと思う。
筋肉が凝り固まるのは分かるけど、しかしカチカチにはならないだろう。
それを解していくのが、今回俺がするべき事なのだろうが。
ゆっくり、ゆっくり。
手探りで彼女の肩を摘まみ、解していく。
「ん、んん……ん♡」
「……」
なんか、色っぽい吐息が零れてるんだけど!
え、マジ?
純粋だった子がこんなエロい声を出すとか信じられなかったんだけど。
いやまあ、彼女も原作はエロゲだし、俺も彼女のエロシーンで散々そう言う声を聴いてきたんだけどさ。
いざ、実際に会ってみたら彼女のあまりの純真無垢さに「あ、エロとは無縁な人間なんだな」って思った訳。
それが、なんという……
「んんっ、ん♡ ぁ、あぁん……っ♡」
「……」
無心無心無心無心無心無心無心無心。
何も考えるな目の前の事に集中しろお前は肩を揉むだけの機械だ――
「や、ぁ♡ ぁあ、あ♡ あ♡♡」
肩揉んでるだけなのにこんなエロい事あるぅ!?
嘘だろ、おい。
嘘だろ?
俺、本当に肩を揉んでいるだけだよな?
エッチなシーンじゃないのよ、今?
なのにどうしてこの子、こんなにエロいの??
「ん、んっ♡」
「お、終わりましたっ!」
「んん、……♡」
俺がそんな風に叫び手を離すと、彼女はこちらを振り返り「……終わり、ですか?」と尋ねてくる。
その瞳はとろんと蕩けていて、何かを期待しているかのようだった。
ヤバい。
そんな目で見ないで。
そんな目で見られると、俺も我慢出来なくなっちゃう。
だから俺は兎に角「あ、あまり肩は凝っていませんでしたねっ!」と叫ぶように言うと、彼女は相変わらず濁った瞳で「そう、ですわね」と言う。
なんにせよ、早くここから離脱しないと。
そう思ったところで、俺はその事を思い出す。
そういえば俺、ここから離れる術を持ってないじゃん!
そもそもここに来たのは彼女、学園長によって連れてこられたからだ。
来られた、というか俺がそう望んだのだが、それはさておき。
そしてここ、彼女を守るこの部屋は見たところ脱出する扉がない。
太陽光が差し込んでいるあの窓も、恐らくは開けられないだろう。
え、どうすれば良いの?
こんな空気で俺はまだこの場所にいないといけないの?
そんな絶望的な状況にそれこそ絶望する俺の前で、アイリスはくすりと笑った。
「ふふ、気持ち良かったです勇者様」
「ど、どうも……」
「イケナイ気持ちになってしまいそうなほどに、甘美な快楽でした」
肩揉んだだけなんだが?
「それとも、こう言った方がよろしいでしょうか――昂ってしまいました、と」
俺、肩を揉んだだけなんだが?
「勇者様、素晴らしいお方。貴方は不思議に思うでしょう。ただ、こうして触れ合っただけだと言うのに、私がこのようにはしたなく興奮してしまっている事に」
「……」
そうだとは言えない。
言える訳ない。
ただ、どうしてとは思った。
そう言えばアイリスと言う少女が原作でも何故か「そう言う事」に積極的で、お陰で「清楚系ビッチ」なんて不名誉な呼ばれ方をしていた。
純真無垢であるが故、染まってしまったらその事に傾倒してしまったというのがプレイヤーの見解だったが、しかし。
もしかして、違う理由があるのか?
じっとアイリスの事を見る俺に対し、彼女はもう一度くすりと笑い、そしてとても単純でどうでも良い事を話すようなトーンで、割と重要な事実を口にするのだった。
「何故なら、私。アイリス・フォン・アンブロシアの体内に流れる血には、淫魔。即ちサキュバスの血が混じっているからです」
……そんな情報、知らないっていうか初めて聞いたんだけど?
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