第9話 王女アイリス
まず最初に感じたのは香しい珈琲の香りだった。
窓から十分な光が差し込んでいる広い部屋。
淡い桜色の壁紙をしていて全体的に優しい雰囲気が漂っている。
脇にあるのは大量の本がびっしりと詰まっている本棚。
それがあるので何となくこの部屋はぱっと見書斎なのではないかと一瞬思ってしまった。
少なくとも、誰かを保護する事を目的とする堅苦しい感じはしない。
「あら?」
そして。
部屋の中心に置いてある立派な木組みの机の上には本が大量に積み上げられており、その隙間から一人の少女が本を読む手を止めこちらに視線を向けているのに気づく。
空色の髪、黄金色の瞳。
彼女の事はゲームで散々見て来たから良く知っている。
……アイリス王女だ。
「貴方、もしかして――」
「ああ、そうだ」
立ち上がり、こちらに近づいて来る彼女。
俺の方を見てくるアイリスに、学園長は首肯しながら答える。
「この者こそ、勇者ジョンだ。お前が会いたがっていた人間だ」
「やはり、そうなのですね!」
キラキラと星のように目を輝かせるアイリス。
分かってはいたが、純真無垢で穢れを知らなさそうな彼女に対し、俺はちょっとだけ距離を取りたくなる。
まっさらな彼女。
彼女を見ていると、やましい事はない筈なのに何故か悪い事をしているかのような、そんな罪悪感が湧いて来る。
綺麗過ぎる彼女を見て、欲望塗れな自身を省みようとしているのかもしれない。
なんにせよ、あまり彼女に対して悪影響を与えたくはない。
会いたいとは思いこうしてここにやって来たが、それでも早々に立ち去るべきだろう。
「勇者様、素晴らしきお方。私に貴方のお話を聞かせてくださる?」
対し。
アイリスは何かを期待するかのような表情で俺に対しそんな問いかけをしてくる。
ていうか、勇者「様」?
「素晴らしきお方」?
何をどう勘違いすれば、俺をそんな言葉で表現しようと思うんだ?
「学園長によれば、貴方は魔王軍の幹部と戦いそして勝利を勝ち取る事で、この学園を救い人々を守り抜いたとか」
「はい、いえ――確かに俺は魔王軍の幹部と戦いそして勝利を手にしましたが、それらは沢山の偶然があったからこそもぎ取る事が出来たというのが事実です」
俺は学園長を睨みつけつつ控えめに答える。
もしかして学園長、俺の事を誇張して教えていたりしないよな?
「あらあら。勇者様ったら、謙遜がお上手ですのね。魔王軍の幹部である魔族を倒す事など、我らが王国が誇る騎士団の人間でもそう簡単に出来る事ではありません」
「いえ、それは」
「それに貴方の言葉が事実だとしても、貴方は私と同じくこの学園に入学したばかりなのでしょう? 剣術や魔術などを修得してはいない、いわば成長途中の身でありながらそのような偉業を成し遂げたのです。その事実は間違いなく誇るべき事実でしょう」
なんだか、彼女の俺に対する評価がバブルってるんだけど。
いつその評価が弾けるか怖くてしょうがない。
「と、とにかく」
居心地が悪くなった俺は、仕方なく学園長に助けを求める事にした。
「学園長」
「ああ、二人きりで話したいのだな。分かった分かった」
いやなに「分かっておるぞお前の事は」みたいな表情してやがるちげーよ。
しかし彼女は俺に一方的にウインクをし、そして次の瞬間姿を消していた。
え、マジ?
ていうか彼女の能力で俺はこの部屋にやって来たんだけど、帰りはどうやって帰れば良いんだ?
「うふふ、勇者様。二人きり、ですね?」
「は、はい。その、アイリス王女」
「アイリスと、そう呼び捨てにして貰って構いません。私と貴方は、この学園では同じ生徒同士なのですから」
恐れ多くてそんな事出来ねーよ。
しかし彼女の期待に満ちた目を見ると、その望みを無下には出来なくなってしまう。
仕方なしに俺は蚊が鳴くような声で「……アイリス」と呼ぶ事にした。
すると彼女はますます瞳を輝かせ、「嬉しいわ、私の勇者様!」と手を叩いて見せた。
どうしよう、胃が痛くなってきた。
早く帰りたい。
「実を言うと私、凄く退屈でしたの。私の身を守るためという理由があるのは理解していますが、それでも学友と全く会えずこの部屋に軟禁状態で過ごすというのは精神的に苦痛なのです。分かります?」
「それはなんて言うか、分かります」
「だからこうして、話し相手が来てくださったのは、素直にとても嬉しいのです」
そう言う彼女を見ていると、なんて言うか俺も彼女とすぐ別れたいと思ってしまった事に凄く罪悪感を覚え始める。
凄く単純な奴だった。
もしくはアイリスの人間性がそう感じさせるのかもしれない。
「そうですね。それじゃあ、俺が貴方の話し相手になりますよ」
俺は半分何を言っているんだろうと思いながらアイリスに告げる。
「一応俺は勇者なので、学園長に頼めば会う事自体は出来ると思う、ので。まあ、あまり楽しい話題とかはないですけど、出来る限り話し相手にはなろうと思います、はい」
「――まあ、まあ!」
俺の言葉にアイリスは表情を綻ばせて喜んで見せる。
「勇者様、素晴らしいお方。私の退屈にわざわざ付き合ってくださるなんて、なんてお優しいお方なのでしょう!」
「退屈は誰でも辛いですからね。娯楽が本しかないというのなら、猶更です」
「ええ、そうなんです! 私、読書は別に嫌いではないのですが、それでもずっとそればかりだと飽きてしまうのです。それに、ずっとこうして椅子に座ってばかりだと肩が凝り固まってしまって」
「ああ」
そりゃあそんなお胸があれば肩が凝ってもしょうがないだろうな。
ちなみにだが、アイリスの胸はこの学園で一番大きい。
ていうかヒロインは皆総じて胸が大きいので、多分製作陣は恐らく巨乳好きが揃っているのだろう。
「だから、勇者様? このような事を初対面の人間に頼むのは大変恐縮なのですが、出来れば貴方に、マッサージをお願いしたいのです」
「――はい?」
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