第4話 救われたものと、

「知らない天井だ……」


 いや、知っている天井だった。

 具体的に言うとさっき見たばっかりの保健室の天井。

 こうして目が醒めたって事は、俺は生き残った事でもあるし、その事実に行き着いた俺はほっと胸を撫で下ろす。

 それにしても、一体あのあとどうなったのだろう?

 あの子は無事なのだろうか?

 魔物と魔族は、どうなったのだろう。

 原作的には一応打撃を受けたものの学校自体が崩壊する事はなかった筈。

 プロローグで起きる出来事そのままだとしたら、の話だけど。

 

「ほう? どうやら目を覚ましたようじゃなぁ」

「ん?」


 と、横から不意に声を掛けられる。

 視線を声のした方へと移し、少し驚く。

 そこには、いや、声色から何となく分かっていたが、そこにいたのは女の子だった。

 ただし格好が凄くあれだ。

 いわゆるビキニアーマー。

 その上に青く輝く裏地のマントを羽織っている。

 左目には黒い眼帯がつけられており見えない。

 そんなあまりにも特徴的な女の子。

 俺は慄きながら呟く。


「ち、痴女……」

「だーれが痴女じゃこれでも私の霊装じゃあ!」

「れ、霊装?」

「勝負服とも言う。なんにせよ、勇者よ。もう一度言うが、目を覚ましたようじゃな。安心したぞ」


 そう言ってくる彼女の事を改めて視る。

 金髪で片目は翠色の小さな女の子。

 その割に話し方は不遜にして大胆不敵。

 この子は――間違いない。


「学園長?」

「なんじゃ、以前よりは随分と落ち着いた感じになったもんじゃのう。死に掛けて魂が入れ替わりでもしたのか?」

「いや……」


 微妙に本質を突かれた事にはらはらする。

 そういえば最初彼女に会った時、俺は彼女の事をナンパしたな。

 ちなみに原作に置いて、彼女はサブヒロインである。

 そして割と早い段階で堕とされ、わんこプレイしたり集会中にみんなも前で奴隷宣言させたりと好き勝手やる訳である。

 そんな彼女の名前は、グラー・シーザー。

 現時点で最強の槍使いである。


 俺は彼女に質問した。


「学校は、どうなりましたか?」

「大丈夫とは言えんのう。なにせ魔王軍とその幹部が直々に襲ってきたのじゃ。何人かの生徒と教師が亡くなった。その損害は大きいと言えよう」

「そんな……」

「だが、しかし。勇者、ジョン。お前がその魔王軍の幹部の一人を倒してくれたお陰で、戦線は崩壊。一方的に魔物達を屠る事が出来た。そのお陰で被害は想定よりは抑えられたと言えるだろう」

「それは――」

「良かった、そう言うべきじゃのう。私からもお前には感謝の言葉を述べるべきだろう――ありがとう、ジョン」

「……!」


 その言葉が。

 俺は素直に嬉しかった。

 ビビッて逃げて、格好悪くて。

 それでもたった一つ、胸を張って出来た事があった。

 それで救えた命があった。

 その事実は、俺の心を温かくしてくれた。


「ま、何にせよじゃ。体調に異常がないのならばすぐに寮に戻ると良い。一応お前は勇者、寮部屋は特別仕様になっておるからこの部屋より居心地が良かろう」

「ええ、分かりました」

「それでは、な。学園長としての事後処理が残っているので、ここで私は帰らせて貰おう。では、な」


 そう言い、彼女は踵を返し部屋から出て行くのだった。



  ◆



 それからしばらくベッドの上で休んだのち、俺も帰る事にした。

 暇だったし、やる事がなかったからだ。

 とぼとぼとだだっ広い学校の中を歩く。

 魔王軍が襲ってきたというのに思いのほか学校の中は綺麗だった。

 多分、学園長の能力により元通りにされたのだろう。

 

 それにしても、と俺は周囲を見渡しながら思う。

 前世を取り戻してから学校をゆっくり見るのは今が初めてだ。

 すべてが目新しく感じる。

 挙動不審に思われるかもだけど、だけどそうせざるを得なかった。


 そんな風にして歩きながら寮に辿り着き。


「……ん?」


 近くから、声を聴いた。

 何やら複数人が怒鳴っているような、そんな感じの雰囲気。

 穏やかではないが、しかしその時は何故か対岸の火事を覗く野次馬根性が働き、俺はふらふらと声のする方向へと歩いて行った。

 そこは、寮の陰で人があまり寄り付かなそうな場所。

 逆に言うとやましい事をするにはもってこいの場所。

 そこで、行われていたのは――


「ねえ、何か言いなよあんた」

「……っ!」


 二人の女の子が、一人の女の子を見下ろす図。

 一人は頭から服までびしょ濡れになっている。

 晴れているのに何故と思ったが、そもそもこの世界はファンタジー。

 水を呼び出す魔法だってあるだろう。

 そして、その少女には見覚えがあった。

 

「あの子……」


 俺が助けた、女の子。

 ボブカットの白髪で伏せた瞳は桜色。

 どこか影のある表情をして地面を見ている。


 これは、あれだ。

 いじめの現場、か?

 だとしたらあの子は、いじめられっ子だったのだろうか?

 

「黙ってたら分からないっての! どうしてあんたみたいな女が生き残って、あの子が死ななきゃならなかったの!」

「……!」


 それは。

 俺にとって衝撃だった。

 その言葉の意味する事は、つまり。


「あんたは良いわよねぇ、勇者様に救って貰って。その間にあの子、ミナは魔物に食われて死んだのよ」


 その言葉を聞き、少女は震える。

 何故、震えるのだろう。

 罪悪感?

 だとしたら、それは間違っている。

 だって彼女もまた被害者で。

 責められるべきは、むしろ――


「お、お前等!」

「……ッ!」


 俺は声を張り上げ、三人に近づく。

 振り向いた二人は声に驚き、そして勇者である俺が来た事に再び驚く。


「あ、あんた。勇者――!」

「お前等に一つ言っておく」


 そう啖呵を切ってから、俺は勢いよく頭を下げた。


「ごめん、こんな言葉では済まされないけど、ごめん。そのミナって子が誰なのかは知らないけど、俺はその子を守れなかった」

「いや、あんた――」


 一人は呆然とし、そしてもう一人はきっと俺の事を睨みつけて来た。


「そんな言葉で私達の友達が帰って来るとでも?」

「……そうは思っていねぇ。だけど、お前達の気が済むのなら」


 俺は自身の身体を指差し、言う。


「俺の事をどうしてくれても、構わない」

「……そう」

「ちょ、アンナ!」


 叫ぶ少女に対し、俺の事を睨みつけていた方の子は「はあ」とため息を吐き、それから一人勝手に離れて行く。


「ちょ、ちょっと!」

「白けた。帰るよ」

「う、うん……」


 そうして帰っていく二人をしばらく見つめていた後、俺は改めて振り返り白髪の少女に手を差し伸べた。


「大丈夫か?」

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