第2話 栄光はそこになく――

 その後、俺は保健室を出て校庭へと向かった。

 ジョンとしての記憶を手繰り寄せてみると、今は確か、校庭で剣術の授業を行う予定だった筈。

 だとすると、ちょっとした余興が出来るかもしれないな。

 なにせ俺は勇者、才能の塊だ。

 剣術で先生だって圧倒出来るかもしれない。

 まあ、それに関しては完全に楽観的な想像だけど、間違いなく良い成績を残せるのは間違いない。

 

 わくわくするな。

 みんなの称賛の声、羨望の眼差しが俺に向けられる事を想像するだけでドキドキする。

 だけど、調子に乗るなよ俺。

 いくら上手くいく事が約束されているとはいえ、図に乗って失敗したらすべておじゃんだ。

 すべて上手くいく為には極めて冷静沈着で真面目にやらなくてはならない。

 まあ、原作の俺が本気でそのようにやったかどうかは定かではない。

 ゲームをプレイしていても、ジョンという人間はお調子者でプライドの高い奴だった。

 その癖女性への口説き文句は上手いという、典型的なチャラ男。

 それで将来的に学校中の女を食っていくというのだから恐ろしい。

 そんな事出来るのか、この俺に?


 なんにせよ、今日は剣術の授業。

 それをこなしてみて、自身の能力を確かめよう。

 天才としての能力を人に見せられるか、はたまた教わる側としていろんな事を学べるのか。

 ここは異世界なのは間違いないし、前世の時といろいろと勝手が違うだろうが、そう言う意味で勉強も楽しみである。


 そんな風に、俺はいろいろな事に希望を見出し校庭へと向かっていたのだった。

 だからこそ、失念していた。



 今は原作の時系列のどこら辺であるか、という事を。







 ドッッッッ!!!!


 それは日常的ではない――今世の常識で考えても――非日常なもの。

 爆発音。

 空気を揺らす、不穏な信号。

 びくりと身体を震わせ、何事かと音のした方を見る。

 校舎を出て、校庭へと向かう途中だった。

 音は、恐らく校門の方から聞こえて来た気がする。

 

 沈黙。


 イヤな静けさだった。

 まるでこれから何かが起きる事を予期しているかのような。

 たくさんの生徒や教師がいる筈だというのに、学校中の生命が失われたかのような、そんな空気が漂っている。

 そして――


 それは唐突に聞こえて来る。





 GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!


「な、ぁ……!?」


 それは獣の雄叫びに似ていた。

 かつて前世でテレビで見た、怪獣の鳴き声っぽいと他人事のように思う。

 しかし、ここは現実。

 エロゲの世界と言っても、間違いなく俺が生きている現実の世界――!



 そして。

 唐突に。

 悲鳴が。

 聞こる。



 絹を引き裂く、なんてものじゃない。

 それは断末魔。

 血の匂いすら漂ってきそうな、悲壮感漂う声色。

 一体、何が……?

 その正体はすぐに俺の視界の中に飛び込んできた。


 漆黒の毛並み。

 二足歩行。

 爛々と輝く鋭い瞳。

 尖った獣の耳。

 そして筋骨隆々なその腕には石剣が握られている。


「あ、れは」


 知識にはあった。

 そうだ、あれはゲームのイベントCGで見た事がある。

 ――ワーウルフ。

 原作のプロローグにて起きた、学校襲撃イベントにて登場する、魔物だ。


 悲鳴が聞こえてくる。

 ワーウルフは剣を振り回しながら人々を追い回している。

 ……悲鳴が遠くからも聞こえてくる事から察するに、襲撃は間違いなくここ以外でも起きているのは間違いない。

 

 どうする、俺?

 さあ、活躍の場が早速現れたぞ。

 剣を取れ。

 呼べばすぐに、聖剣は手元にやって来る。


「うぅ、ぁあ、あ……!」


 無双の始まりだ。

 ヒーローになれ。

 ハーレムを築くチャンスだ。

 救世主になって女どもを跪かせ崇拝させろ――


「あ、ああああああああああああああっ!」


 喉から出てきたのは、悲鳴だった。

 信じられないほど恐怖に歪んだ声。

 死が迫って来る。

 石剣と鋭い顎という物質的な死が、ゆっくりと確かに俺へと近づいて来る。

 

 恐い。

 怖い。

 恐い怖い恐い怖い恐い怖い恐い怖い恐い怖い恐い怖い恐い怖い恐い怖い!!!!

 あんなのと、戦えるわけないだろ!

 体格が全然違う、あんなぶっとい腕から繰り出される剣撃なんて受け止められる筈がない!

 食らったら最期、死――!


 リアルな恐怖。

 リアルな地獄。


 それが俺を追い立てる。


 だから俺は。


 走った。

 逃げた。

 

 出来るだけ、遠くに。

 人々を置き去りにして。

 ただただ、戦地から遠くへと。


 どこかで人と魔物が戦っているのを聞いた。

 加勢する事なんて出来やしない。

 そんな事、出来る筈がない。

 そんな事したら、死んじゃうじゃないか――!


 そして俺は、気づけば学校の周囲を囲う高い壁の近くへとやって来ていた。

 そこで、俺は視る。

 見てしまう。


「た、助け――っ!」


 一人の少女が、巨大な魔物に襲われているところを。

 しかもただの魔物ではない。

 全身が黒い鱗で覆われている、巨大な爬虫類のような生き物。

 しかしその瞳には理知的な光が宿っている。


「は、はは! そうだ、泣け、鳴け! どうせ助けは来ない。ユーシャ様もいるらしいが、お前なんて木っ端な奴を助けには来ない!」


 人語を理解する魔物。

 魔族。

 それが発した言葉に胸が締め付けられる。

 

 俺は、勇者だ。

 今、ここにいる。

 だけど、あんなのと戦ったら死んでしまう。

 死にたくない。

 死にたくない。


「い、イヤだ……死にたく、なぁ……!」


 倒れ、這い蹲りながらゆっくりと逃げようとしている少女の悲痛な声。

 それはまるで俺を非難するかのように。


 鉄剣を振りかぶる魔族。

 天高く持ち上げられた剣先が、今、振り下ろされる――




 ガギンッッッッ!!!!


「あ?」


 魔族が驚きの声を上げる。

 一撃を防がれたからだろう。

 そして、その一撃を防いだ主とは。


「ら……っ!!!!」

「……ちっ!」


 剣を思い切り弾き、そしてそのまま手に持っている剣、聖剣で魔族の胴体を狙う。

 しかし魔族は見た目の大きさの割に素早い動きでその一閃を避け、距離を取る。


「お前、なんだ?」


 魔族の問いに対し、俺は。


「おぉ、俺はぁ!」


 震える声。

 足が震える。

 それでも名乗りだけは果敢に。


「勇者だ! 文句あっか!!!!」

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