第2話 オレは犬の首輪をはめられた。
「す、捨て男?」
オレは初めて聞く言葉に戸惑った。『捨て猫』とか『捨て犬』というのはよく聞くが、『捨て男』なんて聞いたことがない。『捨て男』とは一体何なんだ? それにこの姉ちゃんは誰なんだ?
オレは思わず聞いた。
「あんた誰?」
女戦士はちょっとムッとしたようだ。口を尖らせてオレを
「私の名前はアマイア。王室の第一戦士よ。あなたねえ、男の子のくせに女の子にそんな口を聞いていいと思ってるの? 今度、そんな口を聞いたら、ただじゃ済まないわよ」
アマイア? 王室? 第一戦士だって? 何なんだ一体? それに、このコスプレ姉ちゃん、何だか怖い。
とりあえず、オレはこの姉ちゃんに合わせておこうと思った。なんたって、さっき、変な魔犬から助けてくれたのだ。オレは恐る恐る聞いた。
「じゃあ、アマイアさん。『捨て男』って何?」
「あなた、ホントに何も知らないみたいね。このフィーメールランドでは、男の子は女の子に下僕として仕えるのが当たり前の姿なの。だけど、女の子から見て、下僕の男の子が不要になったら、さっさとその子を捨てるのよ。そうして捨てられたのが『捨て男』なのよ」
「女の子に、す、捨てられる?」
「そう、女の子が下僕として役に立たないと判断したら、その男の子は捨てられるのよ。あなた、首輪をしていないわね。『捨て男』の証拠ね」
「く、首輪!」
「ええ、首輪をしている男の子は、女の子に仕えてる『飼い男』の証拠。逆に首輪をしていなかったら『捨て男』の証拠よ」
オレの頭は混乱した。『飼い男』に『捨て男』だって? それじゃまるで、『飼い犬』に『捨て犬』じゃないか。おまけに首輪だって? ますます『飼い犬』だ。
そのとき、オレたちの背後から声がした。
「あっ、ここにもいた」
オレの背後から二人の若い女が現われた。二人とも、なんだか軍隊のようなそろいのいかつい制服を着ている。二人が交互に言った。
「私はフィーメールランド保険庁の役人のヤクだ」
「同じく保険庁の役人のニンだ」
役人のヤクとニンだって? オレは眼を見張った。また変なのが出てきた。
すると、横から誰かの声が聞こえた。なんと、オレの声だ。
「ヤクとニンで役人だって? ふざけてやがらあ。他にまともな名前がないのかい。バッカじゃないの?」
オレは驚いて声の方を見た。木々の間に赤い着物を着た女が見えた。ちょっとふっくらした体つきだ。オレと視線が合うと、すばやく木の陰に隠れた。
何なんだ、あの着物の女は? オレの声音で勝手なことを言わないでほしい。しかし、どうなってるんだ。次から次へと変な女が登場してくる。訳が分からず、オレの頭は混乱した。
アマイアもヤクもニンも赤い着物の女には気づかなかったようだ。ということは、さっきの言葉はオレが言ったと思われるわけだ。
役人のヤクがオレの前に立った。オレの胸倉をつかんだ。顔が真っ赤になっていた。真っ赤な顔がオレの眼の前に迫った。
「おい、『捨て男』。もう一度、言ってみな」
ヤクのツバがオレの顔に飛び散った。情けないがオレはヤクの迫力に圧倒されてしまった。
「あ、はい、あ、あの・・・・」
「こうしてやる!」
ヤクが手を高く上げて、オレの頬をめがけて振り下ろした。パチーンと大きな音が鳴った。オレは一瞬気が遠くなった。オレはよろめいた。
すると、ニンがオレの背後にまわって、オレの腕を捻じり上げた。すごい力だ。オレは身体を揺すったが、ニンの腕から逃れることはできなかった。ニンがさらに力を込めた。オレはたまらず悲鳴を上げた。
「いたたたたた。や、やめて、やめて・・・・」
ヤクが紙に何かを書いた。その紙をオレの前にかざして、こう宣言した。
「首輪をしていないので、ただいま、お前を『捨て男』として保険庁が認定して確保した。今から、24時間以内に保険庁にお前の引き取り手が現われなかったら、自動的にお前は殺処分される」
殺処分だって? どうなってるんだ。殺処分なんてイヤだ。オレは思わず叫んだ。
「さ、殺処分だって! そ、そんなバカな」
「私に対してバカとは何だ! 『捨て男』の分際で言葉をつつしめ」
ヤクが手を振り上げて、もう一度オレの頬をぶった。今度もパチーンと乾いた音がして、オレはまた気が遠くなった。二度のビンタでオレの身体から完全に力が抜けてしまった。なんでこんな目に合うの?
背後のニンがぐったりしたオレを引きずった。腕を捻じ曲げたままだ。
「さあ、こい・・・・すぐ、そこに檻があるから、檻まで連れて行ってやる」
そのとき、アマイアが声を掛けた。
「待って。これは私の『飼い男』よ」
ヤクとニンがアマイアを見た。不審そうだ。ヤクがオレの首に手を当てた。片手でオレのあごを持ち上げる。
「『飼い男』だって。あんた、これは首輪をしてないんだよ。それがどうして『飼い男』なんだい?」
「首輪はここにあるわ」
アマイアが懐に手を入れると、なんと首輪を取り出した。犬がよくしている首輪だ。しかし、あんなものがどうして懐に入っていたんだ? オレの疑問はそれ以上続かなかった。アマイアが首輪をオレの首にハメたのだ。オレの首でカチャリと鍵が掛かる冷たい音がした。オレの首が重たくなった。首輪には鎖がついていた。アマイアが鎖の端を握っているのが見えた。
「いま、私の『飼い男』の訓練をしていたのよ。首輪を外して、あの魔犬を倒せるかって」
アマイアが草むらに仰向けに倒れている魔犬を指さした。魔犬の宙に向いた四肢がまだピクピクと動いている。オレの腕をねじ上げているニンが不審そうに言った。
「これが、あの魔犬を倒したって? 嘘だろう? こんな、か弱い男が魔犬を倒せるわけがない。嘘をつくと・・」
ヤクがニンを制して、アマイアに言った。
「ニン、待て・・・・おい、あんた、『飼い男』を首輪なしで放し飼いにするのは法律違反だよ。今度見つけたら、否応なしにこれを殺処分にするからね・・・・おい、ニン、離してやれ」
ヤクがニンの上司のようだ。後ろのニンがオレの腕を離した。オレは頭と腕がすっかりしびれてしまって、その場に倒れこんでしまった。地面に両手をついて、オレは
オレは四つん這いになったまま、アマイアを見上げた。アマイアが首輪の鎖を握って、オレを見下ろしている。鎖が陽の光を反射してキラリと光った。アマイアの声がオレの頭上から落ちてきた。
「仕方ないわねえ。この先で、もっといい下僕を買うつもりだったんだけど・・・・これも何かの運命よねえ・・・・殺処分はかわいそうだから、あなた、『飼い男』として私が飼ってあげるわ。殺処分がいやだったら、これから下僕として私に仕えるのよ」
つづく
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