奇術師フクロウ
応接室ではデイブがレスター達をすでに拘束していた。
「カミュさん、火薬庫はどうなってました」
「火は消えていたけど、火薬はそのままだから安心は出来ないわ」
「分かりました。手早く証拠を集めて撤収しましょう」
「隊長、こちらは作業員を確保しました」
他の部屋を受け持っていた衛視が、作業員に手錠をはめて連れて来ていた。
「よし、外で待機しているものに引き渡せ、その後は証拠になるもの、書類、金型、実際に組みあがった銃器など目ぼしいものは全て押収しろ」
「了解です」
「カミュさんは、スティーブさんと外で待機していて下さい」
「分かったわ。気を付けてね。スティーブ立てる?」
「ああ、マイクに応急処置はしてもらった。弾は抜けてるみたいだから、大丈夫だ」
「良かったわ」
カミュはスティーブと倉庫を出た。
デイブもレスター達を連れて一旦外に出る。
デイブは待機していた衛視にレスター達を引き渡し、確保した者の護送と、地下を固めた衛視を引き上げさせるよう指示してから、倉庫内に戻っていった。
しばらくして護送用の馬車が来たので、負傷したスティーブも送ってもらった。
三十分ほどでデイブ達は戻ってきた。
他の衛視や傭兵は引き上げ、残ったのはカミュを含めた数名のみだった。
「カミュさんお待たせしました」
「証拠は押さえることが出来たの?」
「はい、図面や金型等、罪を問うには十分なものを押収することが出来ました。この証拠があればハミルトン商会の本部にも、正式に査察を行えます。ただこのことは商会にもすぐ伝わるでしょうから急がないと……」
「そうだデイブ、レスター達が話していたんだけど、子爵様の城にもスパイがいるみたいよ。女中の一人らしいけど名前までは分からないわ」
「そうですか」
デイブに驚きはない様だ。
「……あんまり驚かないわね」
「この所、空振りが多くてスパイの存在は何となく感じていました。女中ですか……レスター達に詳しく話を聞く必要があるみたいですね。逃げられないよう監視もつけないと……この倉庫は衛視隊で封鎖します。カミュさん一度詰め所にもどりましょうか」
「そうね」
カミュたちは衛視隊の詰め所に戻った。
カミュは応接室でデイブと今後の予定について話し合った。
「残念ながらレスター達を尋問している時間はありません。すぐにでも動かないと、商会にある書類などは全て処分されてしまうでしょう」
「どうするつもり?」
「先ほどの作戦に集まってもらった傭兵たちにも残ってもらっています。彼らにも協力してもらって商会本部に乗り込みましょう」
「目標は?」
「ラルゴ・ハミルトンの身柄の確保と、銃器の開発に関わる金の流れが解る書類があれば、商会が密造に関わっていたことを証明できます」
「すぐ動くの?」
デイブは頷き続けて言った。
「本来なら幾つかの手続きを踏んでカブラス様に承認を得ないといけないのですが、スパイのこともありますし直接お願いしようと思います」
「大丈夫なの?」
「商会には監視を付けていますが事は急を要します。前例もありますし結果をだせば問題ないはずです。それになにかあれば僕が責任を取ります」
「分かったわ。私も協力する」
「助かります。カミュさんがいればきっとうまく行きます。準備出来次第出発しましょう」
その後、デイブは衛視の一人に命じ、カブラスへ手紙をしたためた。
内容はハミルトン商会の捜査についての許可と、不自然な動きをする女中がいた場合、その人物を監視、逃げ出すようなら拘束することを求めたものだった。
必ずカブラス本人に渡すよう言い含めて衛視の一人を城へ向かわる。三十分ほどで彼は戻ってきた。
デイブは受け取った手紙の内容を確認し再度会議室に衛視と傭兵を集めた。
スティーブは医務室で治療を受けているようで、ここには参加していない。
「倉庫を調査したことで、ハミルトン商会の銃器密造については証拠を押収できた。しかし商会本部を放置すれば、全てレスターの独断ということにされかねない。よってこれより商会本部の捜査にむかう。疲れはあると思うが踏ん張ってほしい。傭兵の方たちにも追加報酬を用意するので引き続き協力を要請したい」
衛視隊の一人がそれに答えた。
「副隊長、地下を任された組は逃げ出した者を数人捕らえただけです。衛視隊は問題ありません」
傭兵たちもそれに続く。
「俺たちも目立った働きはしてねぇからな。仕事しねぇと金も受け取りにくいぜ」
衛視隊も傭兵たちも士気に問題はないようだ。
「ではこれよりハミルトン商会にむかう」
デイブは衛視隊を率いて詰め所を後にした。
カミュも傭兵たちと後に続いた。
時刻は夕方、日も暮れかけている。
ハミルトン商会は商業区に事務所を構えていた。
三階建てのレンガ造りの建物だ。
規模で言えば衛視隊の詰め所よりも大きい。
デイブは傭兵たちには建物の周りを固めてもらい、逃げ出す者の拘束を依頼した。
それから隊を三つのグループに分けそれぞれ担当する階をきめた。
そして正面入り口から商会に乗り込んだ。
カミュは衛視たちと別れ、デイブの後に続いた。
「衛視隊だ。これよりハミルトン商会の捜査を行う」
商会にいた男の一人が声をあげる。
「捜査だと? 許可は取ってあるのか!?」
デイブは口元に少し笑みを浮かべ言った。
「もちろんだ。ここにミダス行政官であるカブラス様の捜査許可状もある」
「クッ!」
男は踵を返して奥に逃げ込もうとした。
「取り押さえろ! 各隊は事前に決めた階の捜査を開始しろ!」
デイブが衛視に指示を出すと衛視の一人が素早く動き、男の腕をつかみ組み伏せた。
いきなりの衛視の行動に、商会の職員たちからざわめきが漏れた。
デイブは床に抑え込まれた男に近づき声をかける。
「なにか知っているのかな? まあ詳しいことは詰め所で聞こう。連れていけ……他の方たちにも聞いて貰います! これから施設内の捜査を行います! 抵抗したり、書類を処分するなどの動きをみせた者は拘束します! じっとしていれば危害は加えません! 後ほど任意で取り調べをおこないます! ご迷惑をおかけしますが捜査にご協力ねがいます! 我々は三階にむかうぞ!」
「ハッ!」
カミュはデイブに近づき尋ねた。
「デイブ、私も一緒に行っていい?」
「もちろんです。よろしくお願いします」
カミュはデイブと共に階段を上がり三階に向かった。
三階には資料室のほか、会長室が置かれていた。
デイブは資料室に衛視の半数を向かわせ、自分は会長室に踏み込んだ。
カミュは部屋に入った時に少し眩暈に似た感覚を覚えた。
気になりつつも室内に目をやる。
中央の豪華な机に金髪を後ろに撫でつけた壮年の男が腰かけていた。
「なんだね君たちは?」
「我々は衛視隊だ。ラルゴ・ハミルトンだな。違法武器製造の疑いでこの部屋を捜査する」
「違法武器?そんなものは知らんよ」
「お前の部下であるレスターもすでにとらえている。商会の倉庫からも証拠は押収済みだ。観念しろ」
ラルゴは薄く笑って口を開いた。
「それはレスターの独断だ。武器に関しては彼に一任していた。私は預かり知らんことだよ」
「そうか。とにかくこの部屋を調査する。許可状はこれだ」
デイブはカブラスの許可状を取り出しラルゴの前に突き出した。
「勝手にするがいい。何も出てこなかった時は覚悟しておけ」
そう言うとラルゴはデスクから移動し、会長室のソファーに腰を下ろした。
デイブ達はデスクの引き出しや、書棚を調べていく。
カミュは手持ち無沙汰になり、部屋の中を見回した。
ラルゴを見ると無表情で座っているが、衛視が壁の燭台の前を通る時だけ体に不自然に信号が走るのが見えた。
カミュはデイブに声をかける。
「デイブ、壁の燭台なんだけど……」
「燭台がどうかしたんですか?」
カミュとデイブの会話を聞いてラルゴが声を上げる。
「その燭台は高価な物なんだ。傷をつけたりしないよう、触らないでもらえるかな」
声は平静を装っていたが、カミュにはラルゴの体が極度に緊張していることが分かった。
カミュは無造作に燭台に近寄り手を伸ばした。
「やめろッ!! それに触れるな!!」
ラルゴがソファーから立ち上がりカミュに声を荒げる。
燭台を観察すると支える台座の部分に、わずかに擦り傷のようなものが確認できた。
カミュは燭台を持ち引き下げた。
何かが動く音がして書棚の一つが横にスライドした。
奥にカミュの背丈ほどの金庫が見える。
「隠し金庫ですか……」
デイブが金庫に近寄る。
「なかなか頑丈そうですね。ラルゴ、こいつを開けて欲しいんだが?」
「断る! その中には商会の商売に関するものが入っている。懇意にさせてもらっている貴族の方とのやり取りもあるのだ。一介の衛視風情が目にしていいものではない」
「そうか、そう言われると余計確認したくなりますね。マイク開けられるか!?」
デスクの書類を調査していたマイクが金庫に歩み寄った。
「うーん。最新式のものですね。手におえるか分かりませんがやってみましょう」
マイクは医師が使う聴診器を耳に当て金庫のダイヤルを回し始める。
しばらくダイヤルと格闘し、おもむろに前面のハンドルを捻った。
カシャっと音がしてハンドルが回った。
「そんな、王都で販売されている最新式だぞ……」
ラルゴが茫然と金庫を見つめる。
「さて、どんなお宝が出てくるのやら……」
マイクはレバーを手前に引いて金庫を開けた。
中には書類や金貨、宝石が納めれていた。デイブは書類を一枚ずつ確認していく。
その中の一枚で手を止めて中身を読み始めた。
「なにか有ったの?」
「面白いものが見つかりました。ハミルトン商会は武器製造に関してスポンサーがいたようですね」
「スポンサー?一体誰なの?」
「メンデル男爵ですよ」
「メンデル男爵? 子爵様の叔父の?」
デイブは封蝋された手紙を見せながらカミュに話した。
「ええ、この手紙にはラルゴに銃器の量産を急ぐように書かれています。手紙の封蝋と筆跡をみるに男爵本人が書いたもので間違いないでしょう。ラルゴ・ハミルトンもう言い逃れは出来ないぞ」
「……クククッ、アッハッハッ!!」
ラルゴはソファーから立ち上がり窓際に走り、振り返って叫んだ。
「私はこんなところで捕まる訳にはいかん!! フクロウ! こいつらを始末しろ!!」
「フクロウ!?」
部屋の中央に突然、梟を模した奇妙な面をつけた燕尾服の男が現れた。
カミュは自分が気配を感じなかったことに驚きを隠せなかった。
「一体どこに隠れていたの…」
「お初にお目にかかる。衛視隊の皆様。奇術師のフクロウと申します」
フクロウと名乗った男は執事のようにお辞儀をした。
「ご挨拶したばかりですが、皆様にはこの世からご退場いただきたいと存じます。ではごきげんよう」
フクロウはそう言うと無造作に左手を振った。
左手から何かが放たれ、衛視たちは次々と倒れて行った。
カミュは金庫の前にいたデイブとマイクの前に立ち剣を振るった。
甲高い金属音がして床に何かが突き刺さる。
「ほう、一度に全員しとめるつもりでしたが、なかなかの手練れがいるようですね」
フクロウの姿と気配が消えていく。
カミュは周囲を見回した。
どういうこと、ジョシュアでさえ動くときには信号を発していた。
先ほどの攻撃の際には確かに信号は視えた。
何か仕掛けがあるはずだ。
右前方にかすかな違和感を感じ、そこに向けて剣を振るう。
燕尾服の男がカミュの剣を手にした大振りのナイフで受け止めていた。
「ふむ、しっかりと術はかかっているはずなのに、私を見つけるとは……これは少々面倒ですね」
「貴方、一体私たちに何をしたの!?」
「なに、皆様にはちょっとした魔法をかけさせていただいただけですよ。しかし貴女を始末するにはもう少し仕込みが必要なようです」
フクロウはそう言うと再度姿を消した。
突然窓が割れる音が室内に響いた。
窓際にラルゴを抱えたフクロウが立っている。
ラルゴは気を失っているようだ。
「私は一度受けた依頼は必ず完遂いたします。お三方のお命は後日頂戴に上がります。その時までごきげんよう」
フクロウはラルゴを抱えたまま窓の外に身を躍らせた。
カミュたちは慌てて窓に駆け寄り下を覗き込んだが、フクロウもラルゴも発見できなかった。
下では傭兵が突然割れた窓を見上げている。
「ねえ男が窓から飛び出すのが見えた!?」
カミュが傭兵に声をかけた。
「一瞬黒い服の人影が見えたような気がしたが消えちまった!! いったい何があったんだ!!」
カミュは傭兵の言葉にうすら寒いものを感じた。
フクロウは命を取りに来ると宣言した。
果たして姿の見えない暗殺者に対抗できるだろうか。
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