催眠術師アルバ

 カミュは窓から離れ室内を見回す、この部屋に入った衛視はデイブとマイクを含めて五名。

 デイブとマイク以外は倒れている。

 二人は倒れた三人の衛視たちに駆け寄り首元に手を当てていたが、程なく首を振った。


「駄目です。全員すでにこと切れています」


 床に目を落とす。

 人差し指の先ほどの小さな刃物が床に刺さっていた。

 フクロウが腕を振った時、投げた物はこれだろう。

 その内の一つを拾い上げる。


「これが凶器ね」


 カミュは刃物をデイブに渡した。

 デイブは受け取り布に包んで、鞄に入れた。


「全員、鎧の隙間を狙われ喉を割かれています。衛視隊の鎧が機動性を重視してフルプレートでなかったことが仇になりました」


 デイブが項垂れて悔しそうにつぶやいた。

 カミュはデイブの肩に手を置いて言った。


「貴方の所為じゃないわデイブ……彼らの為にも必ずフクロウとラルゴを捕まえましょう」


 デイブはカミュを見上げて頷いた。


「……そうですね。フクロウが現れたことを隊長にも報告しないと…」


 デイブは立ち上がり、資料室を調査していた衛視を会長室に呼んだ。

 彼らは同僚が殺されたことにひどく動揺した。

 デイブは殺し屋のフクロウが現れた事を説明し、衛視の一人に詰め所から応援を呼んで来るよう指示を出した。

 その後、衛視たちは手分けして会長室の調査に当たった。


 隠し金庫の中身以外、会長室からは目ぼしいものは見つからなかった。

 その他の階では、何人か逃げ出そうとしたものが、捕らえられていた。

 デイブは応援に駆け付けた衛視に、亡くなった三名の遺体を搬送させた。

 商会で働いていた者に衛視たちで軽く聞き取りを行ったが、逃げようとした者以外は武器の密造については、全く知らされていないようだった。

 デイブは逃げようとした者以外の身元を確認し家に帰した。

 その後、商会を封鎖し立ち入り禁止にした。


 デイブは商会に数名の衛視を残し、衛視傭兵共々捕らえたものを連れて詰め所に戻ることにした。

 カミュもそれに同行した。

 詰め所に戻るとデイブは傭兵に捜査協力への感謝をつたえ、解散してもらった。

 事態の説明を求める声も出たが、捜査に関わることだからと無理やり納得してもらった。


「カミュさん、少し良いですか。マイク、君も一緒に来てくれ」


 デイブは二人を連れて応接室に入った。

 ソファーに座りカミュはデイブに言った。


「フクロウのことね」

「そうです。奴は我々三人の命を奪うと宣言しました。今後の対応を決めておきたいです」

「……私にはフクロウが突然部屋に現れたように見えたわ。デイブとマイクはどうだった」

「僕もカミュさんと同じです。ラルゴが叫んだ後、急に表れたように見えました」

「俺も同じように感じました」


 カミュはフクロウの言葉を思い出し口を開いた。


「確かフクロウは催眠術を使って、刺客を操っていたわよね?」

「はい、隊長からはそう聞いています」

「私たちは暗示をかけられているかもしれない」

「まさか……」


 マイクが驚きを抑えきれずつぶやく。


「フクロウと剣を交えた時、あいつは術が掛かっているのにとつぶやいたのよ」

「本当ですか!?」

「私は子爵様が知り合いに催眠術師を紹介してもらうって聞いたわ」


 デイブが答える。


「その方なら、数日前から城に逗留してもらっています。今は暗示をかけられた者がいないか調べてもらっています」

「その人に会えないかしら、私たちにかけられた暗示を探ってもらいたいわ」


 デイブと話していると、応接室のドアが開いた。


「デイブ!フクロウが現れたって本当か!?」


 アインがデイブに足早に駆け寄りながら声を上げる。


「隊長……本当です。衛視にも犠牲者が三名出ました……」

「そうか……他に被害者は?」

「傭兵のスティーブさんが、ハミルトン商会のレスターに撃たれ左腕を負傷しました。命に別状はありません。他に目立った負傷を負った者はいませんでした」

「分かった。カミュ、今回は衛視隊への協力感謝する」


 アインはカミュに目を向け礼を言った。


「仕事をしただけよ。感謝の必要はないわ。それよりデイブとも話していたんだけど、子爵様の城にいる催眠術師に会わせてもらえないかな」

「術師殿に?」

「ええ、フクロウは催眠術を使うんでしょう?」

「うむ、情報ではそう聞いている」

「フクロウの気配は私もデイブ達も、まったく感じることが出来なかったわ。恐らく術をかけられている。対抗策を練らないと……」

「術を……分かった早急に手配しよう。それでデイブ、他に急ぎ報告することはあるか?」

「詳細な報告は後ほど書類にまとめますが、ラルゴ・ハミルトンはメンデル男爵と通じていました。この手紙が証拠です」

「何!?」


 デイブはアインに商会で見つけた手紙を渡した。

 アインは受け取り内容を確認する。


「……この手紙は子爵様にお見せしたほうが良さそうだな」

「他に城の女中の一人にスパイが潜り込んでいるようです」

「なんだと!?」

「カブラス様にはすでに報告していますが、女中にも暗示がかけられていると厄介です。急いだほうがいいでしょう」


 アインは少し考え口を開いた。


「カミュ、デイブ、マイク。三人は俺と一緒に城に向かおう。すぐに術師殿にみてもらうんだ」

「分かったわ……アイン、私たちに手錠をはめて」

「何?」

「どんな暗示か分からない。急に暴れるかもしれないわ」

「分かった。しかしお前に暴れられたら、止める自信は俺にはないぞ……」

「むぅ……じゃあ縄でぐるぐる巻きにしなさいよ」

「やれやれ、分かったよ」


 アインはカミュに後ろ手で手錠をはめ、カミュの手足を縄で拘束した。

 デイブ達は手錠をはめ縄をかけただけにとどめた。

 そして、衛視二人に声をかけデイブ達につけた。


「この三人はフクロウに暗示をかけられている可能性がある。対処のため城へむかう。行くぞ」


 そう言ってアインはカミュを両手で抱き上げた。

 いわゆるお姫様抱っこだ。


「ぶふっ!! 隊長!!」


 デイブが堪え切れず噴出している。

 カミュの顔は真っ赤になっている。


「ちょっ、ちょっと待って! ものすごく恥ずかしいんだけど!」

「事態は急を要する。もしお前に子爵様暗殺の暗示でもかけられていたら大事だからな。我慢しろ」


 アインはカミュを抱き上げたまま、詰め所を出て衛視隊の馬車にのせた。

 詰め所の中を移動する時、衛視たちは目を丸くして二人を見た。

 アインに続きデイブ達も馬車に乗る。

 座席に座らされ、カミュはアインを睨んだ。


「アイン……覚えてなさい」

「拘束はお前が言い出したことだろう」

「それにしたって……あんな運び方しなくてもいいでしょう」

「俺はこれでも騎士だからな。レディは丁重に扱うよう教育されているのさ」

「うぐ……」


 カミュは顔を赤らめて黙り込んだ。

 レディと言われ、二の句が継げなくなったようだ。

 カミュが黙ったのを見て、デイブがアインに声をかけた。


「隊長、術師殿は暗示をとけるのでしょうか?」

「俺も捜査に走り回って詳しくは聞いていないが、近衛兵にかけられた暗示は解くことができたようだ」

「なら我々も……」

「とにかく、急ごう」


 カミュたちを乗せた馬車は子爵の城を目指した。

 城へ着き馬車は正門を通り、正面玄関で止まる。

 カミュは再びカミュはアインに抱き上げられた。

 カミュは顔は赤いが何も言わなかった。

 諦めたらしい。

 アインは入り口で衛兵に声をかけた。


「衛視隊のアイン・クリーガーだ。子爵様が招いた術師殿に至急面会したい。取次ぎを頼む」


 近衛兵はアインに抱かれたカミュを見て、目をしばたかせたが、表情を戻し答えた。


「まずは隊長に報告します。少しお待ちください」


 近衛兵はそう言って城内に消えた。

 しばらくして、近衛隊隊長のリカルドが姿を見せた。


「アイン、それにカミュ殿。これはいったいどういう事だ?」

「リカルド様、詳しい話は後ほど、術師殿とお会いできますか?」

「術師殿は、今は部屋でお休みのはずだ」


 リカルドはカミュと後ろでつながれているデイブ達をみて頷いた。


「緊急事態のようだな。いいだろう。そこの控室で待て。術師殿をお呼びする」


 リカルドは近衛の一人に案内させ、カミュたちを控室に通させた。

 アインは控室のソファーにカミュを座らせ、その横に座った。

 デイブ達はソファーの後ろに立って、リカルドを待った。


 二十分程してリカルドが黒いドレスを着た女性を連れて控室に現れた。

 女性は青い宝石で装飾された黒いベールをかぶっている。

 首には同じく青い宝石のネックレスを身に着け、二の腕までの黒いフィンガーレスグローブを付けている。

 プラチナブロンドで淡いグリーンの瞳の美しい女性だ。


「待たせたな。こちらが現在子爵家に逗留されている、催眠術師のアルバ殿だ」

「アルバと申します。術を使い皆様の心の痛みを軽くすることを生業にしております」

「衛視隊のアイン・クリーガーです。お休みの所、お呼び立てして申し訳ない。アルバ殿、早速ですがこの三名を診ていただきたい。

 彼らは暗殺者フクロウの暗示にかかっている可能性があるのです」

「何!? フクロウだと!?」


 リカルドは思わず声を上げる。

 アルバはそれには動じず、カミュたちを見て、少し微笑み頷いた。


「承知いたしました。ではまずそちらの女性から」

「アルバ殿、危険では……」

「リカルド様ご心配頂いてありがとうございます。しかしこれが私の務めでございますので」


 そう言ってアルバはカミュの前に立ち、腰をかがめカミュの両頬を軽く持ち、瞳を覗き込んだ。

 淡いグリーンの瞳がカミュの顔を映している。


「銀の瞳……まるで星の様……ご安心を短い眠りから覚めれば暗示は解けていますから」


 アルバはそう言って、カミュの瞳を指で優しく閉じた。

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