連発銃

 ハミルトン商会の倉庫は街の中心部から離れた倉庫街にあった。

 商会の倉庫には煙突がありそこから煙が出ている。

 回りには同じような建物が何十も建っているが煙突が付いているのは商会の建物だけだ。

 カミュとデイブ達は別の倉庫の影から倉庫の入り口を見張った。


「レスターについている衛視から連絡が来ました。彼は商会本部から馬車でこちらに向かっているようです」

「そう、後は待つだけね」

「カミュさん、本当に盾はいらないんですか?」


 デイブが心配そうに聞いてきた。


「防具はそのうち準備しようと思ってたんだけど、盾は使ったことがないのよ。持ちなれないものは上手く扱える自信がないわ」

「兜と胸当てだけでも用意したかったんですけど、衛視隊にはサイズの合うものが無くて……」

「大丈夫よ。筒先を見れば射線は分かるし、単発なら礫と剣でなんとかするわ」

「中にいる奴らが全員銃を装備している可能性もあります。その場合は我々の後ろに隠れて下さいね。盾で固めれば何とか凌げるはずですから」

「分かったわ」


 デイブと話していると黒塗りの馬車が倉庫の前に止まった。

 馬車の扉が開き、鎧を着た男が二人馬車を降りた。

 動きを見るかぎり、なかなかの使い手のようだ。

 男達は周囲を確認し、馬車の中に声をかけた。

 その後、中から背の高い壮年の男が降りて来る。

 銀髪を後方に撫でつけ、黒い高価そうな服を着ている鷲鼻の目つきの鋭い男だった。


「来ました。黒服の男がレスターです。鎧の男達は護衛でしょう」


 デイブが男を確認し、口を開いた。

 レスターは倉庫の入り口で中に声をかけている。

 扉には小窓があり、そこから外部を確認できる様だ。

 レスターの姿を認めたのか、倉庫のドアが開いた。

 彼らが素早く中に入るとドアは閉ざされた。

 馬車は待機したままで、中にもう人は乗っていないようだ。


「御者が邪魔ね」

「どうするんですか?」

「まあ見ていなさい」


 カミュはつぶやくと小石を掌で転がした。

 御者のこめかみを狙って礫を放った。

 御者は昏倒し御者台に座ったまま意識を失った。


「行くわよ」

「カミュさん、合図を出しますか?」

「待って、取敢えず扉を確保したいわ。ここで待ってて偵察してくる」


 カミュはそう言うとドアの小窓から死角になるように、商会の倉庫の壁際を姿勢を低くして走った。

 ドアに耳をあて中の様子をうかがう。扉の近くには人の気配は感じられなかった。

 カミュは扉をノックした。


 しばらくすると小窓が開きそこから、外の様子をうかがっているようだ。

 見つからないように再度ノックすると、扉が開き男が顔を出した。

 カミュは男の胸倉を左手でつかむと、右手で顎に掌底を放った。崩れ落ちる男を抱え、素早く引きずりだし扉を静かに閉める。

 気絶した男を倉庫の影に横たえ扉に近寄り様子をうかがう。

 まだ内部には気づかれていないようだ。


 男の腰回りを確認すると、彼の腰には剣の他にルカスが持っていた銃と同じものが下げられていた。

 警備の全員がこれを装備していてもおかしくなさそうだ。


 カミュは細く扉を開き中の様子をうかがった。

 通路が奥に続いていて所々にドアが見える。

 カミュは身をかがめたまま倉庫内に入り込んだ。

 一つ目のドアに近づき、中の様子をうかがう。中から話し声が聞こえてきた。


「最近衛視の奴らがこの辺りをうろついてるみたいだぜ。大丈夫なのか?」

「城にいる女中の一人に鼻薬をきかせてある。動きがあれば連絡が入るさ」

「抜かりなしってわけか」

「それにしてもあいつ遅いな。何やってんだ。見つかったらどやされるぞ」

「そうだな。ちょっと見て来るよ」


 カミュはドアが開いた瞬間、出てきた男の鳩尾に拳を叩き込んだ。

 もう一人が反応する前に眉間に礫を放つ。

 彼らは何もできずに昏倒した。


 室内を見まわすとどうやら警備員の詰め所のようだ。

 さっきの話ではロランの城にも内通者がいるようだ。

 今回はカブラスに話が届く前に行動したことが吉と出たようだ。

 カミュは二人をベルトで縛り、服で猿轡をかませた。一人が下げていた鍵束を抜き取る。

 この二人も銃を装備していた。


「なかなか面倒そうね」


 カミュは警備室を見まわした。

 倉庫の見取り図が壁に掛けられている。通路は倉庫の真ん中を通っており、中央部の部屋に火薬庫と書かれていた。

 他にも応接室や所長室、溶鉱炉や火薬生成室、工作室などの記述がある。

 カミュは見取り図を壁から剥がし、懐に入れた。


 それから警備室を出てさらに奥に進んだ。

 二つ目のドアの小窓から中を覗き見た。見取り図では応接室となっていた部屋だ。

 レスターと背の低い小太りの男が何やら話をしている。

 護衛達はソファーに腰かけたレスターの後ろで手を後ろに回して立っている。

 男の手には警備員が持っていたものとは、形の異なる恐らく銃と思われるものが握られていた。

 彼らの会話を聞き取ろうとカミュは耳を澄ませた。


「ふむ、連発式か。強度に問題はないのか?」

「はい、本来剣や鎧に使われる合金化した金属を、削り出して成型しております。量産化はこれからの課題ですが、強度面は問題ありません。百発程連続で試射しましたが、部品のゆるみやぐらつきも確認できませんでした」

「弾や火薬はどのように補充するのだ?」

「では実際にお見せいたします」


 男はそう言うと黒光りする銃の一部を捻った。そこから分かれて持ち手部分と筒部分が九十度に折れ曲がる。

 筒部分の後部についていた円筒状の部品を取り外し同じものと交換する。

 筒部分をもとに戻すとカチリと音がして元の形に収まった。


「この部品を交換するだけか?」

「はい、この円筒に六発こめられます。幾つか携帯すれば、弾切れの心配もないでしょう」

「この円筒に弾を込める作業が面倒そうだな」


「それも今後の課題です。現在は火薬をつめ、その後弾をのせ、押し込んだ後、グリスで固めて固定しています。最後に後部に発火部を仕込み、それをハンマーが叩くことで発砲できます」


「暴発の危険性についてはどうだ」

「その可能性は常にあります。ですがそちらも部品の精度と弾の仕組みの工夫で何とかなるでしょう」

「ふむ、よろしい。引き続き研究を続けてくれ。それと最近衛視が嗅ぎまわっているようだ。踏み込まれた場合は火薬を使って衛視共々証拠を隠滅しろ。いいな」

「わかっております。それでは引き続き単発式のご説明に移ります。ヒヒッ」


 小太りの男はいやらしく笑った。

 火薬の場所を確認して確保しないと、作戦の成功は難しそうだ。

 おそらく見取り図にあった火薬庫がそうだろう。


 カミュは通路を通って火薬庫に向かった。ドアには火気厳禁と大きく書かれている。

 抜き取った鍵束でドアを開けた。


 部屋の中には袋で小分けにされた火薬が積まれていた。これだけの量があれば倉庫を吹き飛ばすことも容易だろう。

 レスター達の話では証拠隠滅のために火薬を使えと言っていた。


 なにか仕組みがあるはずだ。そう考えカミュは部屋を見渡す。


 中央に置かれた袋の幾つかから紐が伸びている。

 紐は壁にあるパイプにつながっていた。


 パイプは天井を這って複数別れ、他の部屋に伸びているようだ。

 カミュは紐を注意深く袋から引き抜き巻き取った。

 パイプの入り口で紐をナイフで切断し、用心のため水袋の水をパイプから覗く紐と周囲の火薬袋に振りかけた。

 安心はできないがこれで証拠隠滅は防げるはずだ。


 他の部屋も様子を探る。通路では誰とも会わなかった。

 それぞれの部屋に二、三人いるだけだった。

 デイブが言うようにまだ研究段階で、量産化には至っていないようだ。


 カミュは通路を通り抜け倉庫を出てデイブと合流した。


「カミュさん、心配しましたよ。でどうでした?」

「倉庫の中は研究施設みたいな感じね。警備員たちもルカスが持っていた単発式の銃を携帯していたわ」

「それは厄介ですね」

「それと衛視に踏み込まれたら、施設を火薬を使って破壊するようレスターが指示を出していたわ。火薬の方は仕掛けを壊したから大丈夫だと思うけど、自分たちが逃げるためにどこかに抜け穴があるはずよ」

「町の地下には下水道が流れています。おそらくそれでしょう」

「そっちは押さえられる?」


 デイブは頷いた。


「下水の地図も下りられる場所も確認してあります。ただ、人員が少ないので全てをカバーできないのが痛いですが」

「倉庫には十名前後しか確認できなかったわ。作戦を変更して人員のうち二十五名を地下にまわしましょう」

「それなら地下はカバーできますが……」

「倉庫にいるのは倒した警備員を除けば、戦闘要員はレスターの連れていた二人だけだと思うわ。銃も単発式の物しか持っていなかったし、何とかなると思う。ただ倉庫にいた背の低い小太りの男が、レスターに試作品の連発銃を見せていたのが気になるけど……」

「背の低い小太りの男……」


 デイブは顎に手をあて、何かを思い出そうとしている。


「試作品を作った鍛冶屋にそんな男がいたように記憶しています。弟子の一人だったのですが、親方の指示を聞かず勝手に銃を改造し、事故を起こしたため、解雇されたと聞いています。名前は確かデュカスだったと思います」

「たぶんそいつね。ラルゴに銃の存在を教えたのもそいつじゃないかしら」

「おそらくそうでしょうね。……カミュさん先ほど言っていたように地下を固めましょう。逃がすと面倒なことになりそうです」


 デイブはそう言って衛視に指示を出した。

 彼らは頷き、他のグループに指示を伝えるために散っていった。

 しばらくして指示をだした衛視の他、衛視八名と傭兵のスティーブもカミュたちのグループに合流した。

 カミュとデイブを含め総勢十五名だ。

 他の二十五名は指示に従って地下に潜ったようだ。


 スティーブがカミュに話しかける。


「無理を言ってこっちに加わらせてもらった。護衛の一人はこっちで受け持とう」

「助かるわ。護衛の二人は結構腕が立ちそうよ。気を付けて」

「まかせな」

「頼りにしてるわ……デイブこれを見て」


 カミュは懐から倉庫の見取り図を取り出した。


「レスターと護衛、あとデュカスは応接室にいたわ。衛視たちに隠密行動は無理そうだから、飛び込んで一気におさえましょう」

「そうですね。では応接室は僕とマイク、それにカミュさん、スティーブさんで突入しましょう。他の者は二人一組で溶鉱炉、火薬生成室、工作室を受け持ってくれ。残りの五名は入り口を固めろ。では行動開始!」


 カミュたちは倉庫の入り口から入ると、一気に応接室を目指した。

 衛視たちは、ガチャガチャと鎧を鳴らせ担当した部屋を目指し通路を走った。

 応接室のドアを盾を構えたデイブが蹴り開ける。


 応接室ではレスター達を守るように護衛が剣を抜いていた。


「くそっ! 間者からの連絡はどうなっている!?」


 レスターが忌々し気に吐き捨てる。


「ハミルトン商会幹部レスター、ならびにデュカス、違法武器製造の容疑で逮捕する!」


 デイブが盾を構えながら宣言した。


「ふんッ! 衛視ごときが偉そうに。デュカス! 導火線に着火しろ!」

「はっ、はい!」


 レスターの命令でデュカスが部屋の壁にあったパイプの端のボタンを押した。

 シュッという音がして、かすかに硫黄のようなにおいが部屋に漂う。


「ではな衛視諸君、無謀な君らはここで倉庫もろとも殉職だ」


 レスターはそう言って床にある取っ手を引き上げた。

 逃げ出そうと中を覗いた彼は、鎧を着た衛視と目があった。


「レスター、ここは通行止めだ」

「くっ!」


 レスターは床の抜け穴を勢いよく閉め、扉をロックし護衛に指示を出した。


「こいつらを殺して脱出する! 急げ! デュカスさっきの試作品をよこせ! 弾もだ!」

「はい!」


 デュカスはレスターに銃と弾込めされた円筒を二つ渡した。

 その間にも護衛達がカミュたちに迫る。

 カミュはデイブの後ろから飛び出て護衛の一人と対峙した。

 もう一人はスティーブが受け持っている。


 カミュは護衛を観察した。鎧は殆ど全身を覆っている。

 兜を被っているので、顎やこめかみは狙うのが難しそうだ。

 カミュは剣を抜き、ジョシュアの講義を思い出した。

 鎧の隙間や、留め金等、全身甲冑にも弱点はある。そこを狙えば、戦闘力は奪えるはずだ。


 護衛の男がカミュに切りかかる。やはり中々の使い手だ。

 しかし鎧の重さが災いしてか動きが鈍い。

 斬撃を剣でいなし、姿勢の崩れた男の太ももに剣を振るう。

 甲冑を固定していた皮ベルトが切られ、ももを覆っていた甲冑が床に落ちた。


 カミュは間髪入れず、チェーンメイルに覆われた太ももに剣を突き入れた。

 カミュの剣はチェーンメイルを断ち切り男の足に深く突き刺さった。

 素早く剣を引き抜くと、男はうめき声をあげ床に膝をつく。下がった頭にカミュは蹴りを叩き込む。

 顎を蹴り抜かれた男は仰向けに倒れて動かなくなった。


 スティーブも盾を捨て、皮鎧の軽さを生かし、男を翻弄した。

 隙を見つけて男のわきの下、鎧の隙間に剣を差し込んだ。

 カミュの相手をした護衛はまだ生きているようだが、スティーブの方は絶命したようだ。

 護衛が一瞬で倒されたことでレスターは一瞬茫然としたが慌てて銃を構えた。


「動くな! 衛視がいるならこれが何かわかるだろう!?」


 デイブが銃を向けられたまま声を上げる。


「レスター、入り口も地下の抜け道もすでに我々が押さえている。無駄な抵抗は止めろ」

「この銃は六連発! 弾も十分ある! お前らを全員始末して逃げおおせて見せるわッ!」


 レスターはそう言うと銃の後部の部品を引き下ろし、デイブに向けて引き金を引いた。

 轟音が鳴り響き銃口が火を噴き、火薬のにおいと煙が室内に漂った。


 弾はデイブの構えた盾に当り、勢いをまともに受け後ろに倒れこむ。

 レスターはマイクとスティーブにも一発ずつ打ち込んだ。

 マイクは盾で防いだが持ちこたえられず倒れ、スティーブは躱そうとしたが左腕に銃弾を受けてしまった。


 レスターは最後にカミュに銃口を向けて引き金を引いた。

 カミュは引き金が引き絞られる直前、右にステップし銃弾を躱した。

 レスターは撃鉄を引き起こし再度引き金を引き絞る。

 カミュは今度は左にステップして再度銃弾を躱した。


「くそッ! 化け物めッ!!」


 レスターはカミュの頭を狙って引き金を引いた。

 火薬の煙で一瞬視界が遮られる。

 硝煙が立ち上る銃を持ったまま、レスターはカミュの姿を探した。


「何処に行った!」

「此処よ」


 下から声が聞こえたのと同時に顎に強い衝撃を受け、レスターの意識は暗転した。

 カミュはレスターの後ろでうずくまっていたデュカスの頭を剣の柄で殴り昏倒させた。


「誰が化け物よ……皆大丈夫!?」


 カミュは剣を収めながら三人に声をかける。


「カミュさん、僕は盾のお蔭で大丈夫です」


 デイブが体を起こしながら答えた。

 マイクもうめきながら立ち上がった。

 スティーブは腕を抑えて膝をついていたが、カミュを見て頷いた。


「スティーブ、傷を見せて」

「俺は良い……それより火薬庫を見てこい」

「……そうね、分かったわ。デイブ、スティーブをお願い」

「分かりました。カミュさん。気を付けて」


 カミュは応接室を出て火薬庫へ向かった。

 火薬庫では硫黄の匂いがしたが、パイプから覗く紐の火は消えていた。

 火の手がない事を確認したカミュは応接室に戻った。

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