銃器密造
カウンターに並んだ書類を確認する。
ギルドに入ってきた時にカリンが言っていたように、商人たちからの護衛依頼が何件か混じっている。
その中に衛視隊からの依頼が一件あった。
詳しく内容を確認した。
報酬は三十万リルと高額だが、衛視隊への捜査協力とだけ書かれており、内容については一切触れられていない。
依頼主はカブラスで、担当者はデイブとなっていた。
「カリン、この案件だけど、内容が全く分からないんだけど?」
「そちらは私たちにも知らされていないんです。詳しい情報はギルド長だけがご存知です。内容については担当者と面談の後に説明するとのことです」
「少しでも情報はないの?」
「そうですね…。わたしも噂程度ですが、何か別の事件が起きたため、衛視隊の半数がそちらにかかりっ切りになっているらしいです。それで急遽人員確保のためギルドに依頼が出されたとか。あとギルド長からは信頼のおける者にのみ、この依頼は斡旋するよう言われています」
事件、おそらくロランの暗殺未遂のことだろう。
アインやデイブ、衛視隊には見知った顔もいる。
カミュは依頼を受けることに決めた。
「カリン、この依頼を受けるわ。手続きをお願い」
「分かりました。ではカミュさんギルドカードの提示をお願いします」
「分かったわ」
カミュはカリンにギルドカードを渡し書類の処理が終わるまで待った。
「カミュさん、依頼の受諾処理は完了しました。この案件は依頼を受けた方、この場合はカミュさんお一人で衛視の詰め所に行ってください」
「そう、分かったわ。雪丸さん悪いんだけど、ステラに戻っていてもらえる?」
「承知した。カミュ殿お気をつけて」
「ありがとう。カリンそれじゃ行ってくるわね」
「はい、よろしくお願いします」
カミュは雪丸と別れ、ギルドを出て衛視の詰め所に向かった。
詰め所に入ると、以前来た時より衛視の数が少ないように感じた。
おそらくアイン達はロランの件で走り回っているのだろう。
受付にギルドの依頼で来たことを告げ、担当のデイブを呼んでもらった。
しばらくして二階からデイブが顔をのぞかせた。
「ギルドに出した依頼、カミュさんも引き受けてくれたんですね。貴女なら面談の必要はないですね」
「詳しい内容を教えてもらえる?」
「ではこちらへどうぞ」
カミュはデイブの案内で詰め所二階の応接室に通された。
「カミュさんは事情はご存知かと思いますが、一応説明しておきますね」
「ええ、お願い」
「子爵様の件で衛視隊の約半数が、暗殺者の捜索に回されています。それで元々予定されていた、ハミルトン商会への手入れに割ける人員が不足しました」
「ハミルトン商会。確かルカスの実家だったわね」
「そうです。ハミルトン商会は違法な武器を密造している疑いが以前から持たれていました」
「違法な武器?」
「ルカスが持っていた火薬を使った武器です。我々は銃と呼んでいます」
「銃…」
デイブは頷き話を続けた。
「元々火薬を研究していた図書館の研究者が、鍛冶屋に持ち込んで試作品を作ったのが一年程前でした。試作品は子爵様に献上され、どう運用するか検討していた所だったのですが、ラルゴ・ハミルトンはどこからか噂を聞きつけ、秘密裏に製造体制を確保したようです」
カミュはルカスに打たれた時の事を思い出した。
あの時は偶々躱せたが、弾のスピードと威力は恐ろしいものがある。
あれがあれば、子供でも大の大人を殺すことが出来るだろう。
「…あの武器。銃が一般的に普及すれば大きな影響が出そうね」
「僕が知る限り、あれはまだこの町にしかないものです。しかし大量に出回れば、悪事に利用する輩も出て来るでしょう。子爵様も取り扱いには慎重を期すように厳命されていました。今回ルカスが使っていたことで、ハミルトン商会への疑いは限りなく黒に近づきました」
「それで手入れをしようとしていたわけね」
「はい、こちらでも内々に調べを続けて、ようやく尻尾を掴んだ矢先に、子爵様が襲撃され人手が足りなくなってしまいました。ここで時間を掛ければ証拠も処分され、犯罪を立証できなくなります」
「だからギルドに応援を頼んだのね」
「その通りです。ですが今のところ応募は芳しくありません」
カミュは依頼の書類を思い出し納得した。
「あれじゃ、人は集まらないでしょうね。内容が分からないんじゃ、誰でも二の足を踏むわ」
「それは分かっているんですが…、仕事の内容が内容だけに公にする訳にもいかず、ギルド長には信頼できそうな人だけに声をかけてもらうようお願いしました」
「証拠の場所は目星がついてるの?」
「はい、商会が所有している倉庫が一番の有力候補です。そこに幹部のレスターが、頻繁に出入りしているのを確認しています」
「レスター……どんな人なの?」
「レスターは商会の武器製造を統括している人物です。銃の製造も恐らく彼が担当しています」
「銃は量産されているの?」
デイブは首を振った。
「いえ、まだそこまでの数はそろっていないはずです。銃が献上されてすぐ子爵様が、研究者と鍛冶屋を情報保護のため城に招きました。しかし構造自体はそんなに複雑ではありませんし、火薬自体はある程度の知識があれば、品質は落ちますが製造できます。押収したルカスの銃を見るに、まだ実用レベルには至っていないでしょう」
「それを聞いて安心したわ」
「ですが、それも時間の問題です。研究を続ければ精度の高い物も、やがて製造されるはずです」
「早めに手を打たないとまずい訳ね」
「製品が完成し、密売されるような事態になれば犯罪の温床となりかねません」
「この街も色々厄介ごとが多いわね。分かったわ。早速行動しましょうか」
デイブはカミュの言葉に慌てた。
「カミュさん! まだ人員が予定の数に全然足りていませんよ!」
「でも時間を掛ければ証拠が消されちゃうんでしょう」
「それはそうなんですけど……」
「ギャングの時に見たでしょ。私結構強いのよ。……それに銃なんて危ないもの野放しにしておけないわ」
銀の瞳が真っすぐにデイブを捉えた。
デイブはカミュの目を見て覚悟を決めた。
「……そうですね。この街が生み出したもので、人々を不幸にするわけにはいかないですもんね。……やりますか」
「ええ、やりましょう」
「ついて来てください」
デイブは立ち上がり、応接室から出て衛視たちがいる事務室の扉を開いた。
そして側にいた衛視の一人に声をかけた。
「詰め所にいる動ける者に声をかけて一階の会議室に集めてくれ。至急だ。ギルドにも連絡をいれて依頼を受けた傭兵を集めてくれ」
「副隊長、一体何事ですか?」
「以前から計画していたハミルトン商会の件を実行する」
「しかし人員が…」
「こちらのカミュさんに協力してもらう」
「えっ! あのギャング団を一人でつぶした……」
「そうだ。子爵様の事もあり、予定が先延ばしになっていたが、今より作戦を開始する。レスターの居場所は確認できるか?」
「はい、私服を三人付けているのですぐ確認できます」
デイブは頷き指示を出した。
「よし、レスターが倉庫に入った所を確保する。恐らく相手は銃を使うだろう。鎧兜を着用のうえ、盾も用意しろ。相当な至近距離でなければそれで防げるはずだ」
「分かりました」
指示を受けた衛視が人員を集めるべく走り去った。
「デイブ、貴方副隊長だったの?」
「柄じゃないんですけどね。一応騎士なのでそれで就いたようなもんですよ。では我々も会議室に向かいましょうか」
二人は一階に降りて会議室に入った。
長机と椅子が並べられ、正面奥には一段高い場所に机と椅子が置いてあった。
一時間程して衛視隊が三十名、傭兵が十名ほど会議室に集まった。
全員指示通り鎧兜を装備して、盾も持っている。
傭兵の中には軽装のものもいたが、衛視が使う盾を貸してもらったようだ。
デイブが一同を見まわして口を開いた。
「忙しい所集まってもらってすまない。以前より計画していたハミルトン商会の手入れを行う」
デイブの言葉に一同はざわついた。
衛視の一人が声を上げる。
「人員を確保してから実行する予定だったのでは?」
「確かにそのつもりだったのだが、すでに当初の予定より大分ずれ込んでいる。今回はギャング団の件に協力してもらった、カミュさんも参加してくれる運びとなった。彼女の事はみんな噂だけでも知っているだろう」
全員の目が壁際に立っていたカミュに向かった。
いきなり注目され、カミュは顔に血が上るのを感じ帽子で顔を隠した。
ある程度場が収まるのを待ってデイブは話を再開した。
「ギャング団の時の手並みを見ても、彼女が参加してくれれば計画は成功すると確信している! 危険は大きいが皆協力してくれ!」
衛視たちはいっせいに立ち上がり敬礼をした。
傭兵たちも頷いた。
「では作戦を説明する」
作戦は単純だった。
レスターが倉庫に入って現場に指示を出している所を急襲。
証拠品を押収しレスター以下作業に携わっている者を現行犯逮捕する。
気取られないように数名単位に分かれて行動し、笛を合図に一気に倉庫につめよる。
逃走防止のため三分の一は、数か所ある倉庫の出入り口を固める手はずとなった。
「ではこれより作戦を開始する。市内循環を装い数名ずつ詰め所を出てくれ。作戦開始!」
衛視たちは何名かに別れ、会議室を後にした。
カミュもデイブと一緒に会議室を出ようとした時、傭兵の一人が声をかけてきた。
皮鎧と剣を装備した黒髪の男だ。
年の頃は三十手前ぐらいだろうか。
「よう、カミュさん。俺は傭兵のスティーブってもんだ。あんたに一言礼が言いたくてな」
「礼? 何のこと?」
「ラッシュとの試合見てたぜ。あいつには弟分のビリーが世話になってな。ビリーの奴はラッシュに試合で足をやられたんだ。歩けるようにはなったんだが、走ることは出来なくなっちまった」
「そんな…」
「傭兵が走れなくなっちまったら、戦場には出られねぇ。あいつは泣きながら田舎に帰ったよ。俺は腹の虫がおさまらなくて、何度もラッシュに模擬戦を申し込んだが、あいつは自分より強い奴とは戦おうとしねぇ。悶々としていた所にあんたが現れて、槍ごと奴のプライドを真っ二つにしてくれた……スカッとしたぜ、ビリーに代わって礼を言う。ありがとよ」
スティーブはカミュに深々と頭を下げた。
カミュは慌てて手を振った。
「あれは成り行きで、ああなっただけよ。お礼を言われるような事じゃないわ」
「それでも感謝している。俺に出来ることがあれば何でも言ってくれ、喜んで協力するぜ」
「……わかったわ。なにかあれば相談するかも」
「おう、じゃあな」
スティーブは傭兵たちと会議室を出て行った。
「カミュさん、なにがあったんですか?」
二人のやり取りを見てデイブが聞いてきた。
「ギルドでちょっとね」
「さっきのスティーブさんは、なかなかに名の売れた傭兵ですよ。この依頼を紹介されるってことはギルドの信頼も厚い。そんな人が頭をさげるなんてよっぽどの事をしたんですね」
「うーん。ただ試合をしただけなんだけどなぁ……」
「ハハハッ、カミュさんの事だから、また何か普通じゃないことを……」
デイブが言い終わる前にカミュは彼を睨みつけた。
「すいません!!」
カミュの眼光を受けてデイブは押し黙り、直立して気をつけの姿勢を取った。
額には冷や汗が滲んでいる。
「……行くわよ」
「はい!!」
カミュの言葉にデイブは、会議室を出ていくカミュを慌てて追いかけた。
部下の衛視たちはデイブを呆れたように見ていた。
これではどちらが上司か分からない。
彼らは気を取り直して二人の後を追った。
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