ロッツの過去
応接室に着いたカミュ達はソファーに腰を下ろした。
「さて、さっきの話の続きだけど……私は剣聖ジョシュアの弟子よ」
「……やはりか。しかし伝説の剣聖がこんな片田舎に引っ込んでいたとはな」
「伝説の剣聖?」
カミュはロッツの言葉に首を傾げた。
「お前、弟子だろう。そんなことも知らんのか?」
「弟子になった時は、ジョシュアが剣聖って事は知らなかったし、彼も何も言わなかったわ。ジョシュアが剣聖だと知ったのは亡くなる直前よ」
「剣聖が死んだと言う噂は本当だったのか……」
「そんな噂が流れてるの?」
ロッツは苦々し気に言った。
「噂の出どころは王国の北。帝国に奪われた地域からだ。レジスタンスの士気を削ぐための、デマだと思っていたんだが本当だった様だな」
カミュはジャハドが言っていたことを思い出した。
あいつは抵抗勢力の旗印になっている、剣聖の存在が邪魔だと言っていた。
「ジョシュアは帝国のジャハドという男に殺されたわ」
「殺された!? ……ジャハド……黒鋼騎士団の団長だな」
「そうよ。あいつはジョシュアに敵わないとみると、私を殺そうとしたわ。ジョシュアは私を守るため自ら剣を捨てた」
「なるほどな……殺されたと聞いて不思議に思ったが、それで合点がいったよ」
「不思議? 何故?」
ロッツはあごひげを触りながら眉根を寄せた。
「あんまり、言いたくなかったんだが、俺は剣聖ジョシュアに勝負を挑んだ事がある。まだ十代の頃だ」
「貴方ジョシュアに会ったことがあるの!?」
「ああ、駆け出しのころだったが、その頃の俺は自分が世界で一番強いと思っていた。実際ジョシュアと戦うまでは負けなしだったしな」
「それで」
「その頃、彼は王都で騎士たちの剣術指南役をしていた。正式な弟子はいなかった様だがな。彼は伝説だった」
ロッツの話を聞いてカリンが口を開いた。
「伝説の剣聖の話は私も聞いたことがあります。果し合いで負けたことは一度だけ、銀眼の剣士に敗れたのみ。それ以外の勝負には全て無傷で勝利したとか」
「その通り、銀眼の剣士……そういえばカミュお前も銀眼だな」
「私の話は良いじゃない。それより勝負はどうなったの?」
「聞かなくても分かるだろ。俺の伸びすぎた鼻っ柱を見事にへし折ってくれたよ。手も足も出ずに負けた俺は、自分を鍛えなおすため各地の戦場を傭兵として渡り歩いた」
「拙者との御前試合はその折に……」
ロッツは雪丸を見て頷いた。
「十年以上様々な国の戦場で戦ってきた。雪丸と戦ったのは五年前ぐらいか」
「そうでござる。その後拙者は陸路でこのオーバル王国を目指したのでござる」
「わざわざ危険な陸路を選ぶとはご苦労な事だ」
「うっ、路銀が乏しく他に選択肢がなかったのでござる。まあそのお陰で腕は磨くことが出来たのでござるが」
「そうか……話を戻そう。戦場の経験で自信を取り戻した俺は、再度剣聖に挑むためこの国に戻ってきた。しかし剣聖は王都から去り行方は杳として知れなかった」
「その頃ですね。ギルド長がロッツさんをスカウトしたのは」
「そうだ。俺は剣聖に勝ちたい一心で剣術を磨いてきた。目標が無くなって傭兵を続ける意味も見失った。長年の傭兵稼業で金はあったし、田舎で牧場でもしようかと思っていた所に、バランが声をかけてくれた訳さ」
「で、ロッツはなにが不思議だったの?」
ロッツは気が付いたように話を再開した。
「俺は、戦場でジャハドを見たことがある。あいつの戦い方は本能丸出しだ。剣術なんて呼べる代物じゃない。元々の肉体の地力に加えて、自らの研鑽によって鍛え上げた筋力による、純粋な暴力だ」
カミュはジャハドとジョシュアの戦いを思い出していた。
確かに彼は大剣を振り回しているだけだった。
ただ、その速度と力が桁外れだったが。
「変わって、ジョシュアの強さは技術の高さだ。俺は一度戦っただけだが、彼の剣が老いによって鈍るとは思えん。年齢を積み重ねれば重ねる程、それは洗練されていくように思えた。俺はジャハドの野獣の剣より、ジョシュアの流水のような剣の方が強いと感じた」
「流水の剣……」
「そうだ。ジャハドの剣じゃ、ジョシュアに勝つことは出来んだろう。水を殴りつけても意味が無いように、全ていなされる。俺がカミュにいなされたようにな」
「それでテストの時、ジョシュアの事を聞いたのね」
「ああ、太刀筋がよく似ていたからな。もっともギルドにいた三年で、剣聖との勝負ついてはあまり考えなくなったが」
「どうして?」
「後進の指導が楽しくなってきたからさ。俺は教官が向いていたらしい」
ロッツは唇の端を少しあげて笑った。
そして雪丸に問いかけた。
「で雪丸。お前は剣聖に会えたのか?」
「いや、陸路での旅に時間をかけ過ぎたでござる。拙者が村にたどり着いた時には、剣聖殿はすでにお亡くなりになっていたでござる」
「そうか。残念だったな」
「しかし、拙者は満足しているのでござる。剣聖の弟子であるカミュ殿と戦うことも出来たし、貴殿とも再び会う事がかなった訳でござるから」
「雪丸は今後どうするんだ?」
「拙者、カミュ殿に頼まれている件が片付いたら、国に帰ろうと考えているでござる」
「それでまた陸路で帰るのか?」
「否、金をためて船を使おうと思っているのでござるが……その為に傭兵ギルドに所属したいのでござる」
「新規登録ですね。それでしたら私が承ります。今からなさいますか」
「カミュ殿から、何やらテストがあると聞いているのでござるが、医者から一週間は刀を握るなと言われているのでござる」
カミュは雪丸の脇腹を見ていった。
「そうよ。雪丸さんクライブ先生から、大人しくするよう言われてるんだから無理しちゃ駄目」
「分かっているでござるよ。そういう訳で、言われている期日の三日後にまた来るでござる。その時はロッツ殿。拙者と立ち合いをお願いしたい」
「別に頼まれなくても、テストで模擬戦をすることになるんだ。どれだけ腕が上がったか見てやるよ」
ロッツは雪丸に歯を見せてニヤリと笑った。
「ロッツ、私も戦ったけど、今の雪丸さんは貴方より強いわ。気を抜かないほうが良いわよ」
「ほう、カミュがそこまで言うんだ。これは相当期待できそうだな」
「カミュ殿、余り敷居を上げないで欲しいでござる」
「雪丸さん、そんなに強いんですか?」
「ええ、私が保証するわ」
それを聞いてカリンが胸元に拳を作りながら雪丸を見た。
「必ず三日後ギルドにお越しください! 優秀な方は大歓迎です!!」
雪丸はカリンの勢いに少し引いている。
「よ、よろしくお願い致す」
「はい! お待ちしております!!」
カミュは話しがまとまったようなので、ロッツ達を見て言った。
「さてと、私が剣聖の弟子ってことは、ここだけの話にしてね」
「どうしてですか? 剣聖の弟子って肩書があった方が、名前を売りやすいと思うんですけど?」
「あんまり有名になると、ジャハドに気付かれるかもしれない」
それを聞いてロッツの目がカミュを射抜いた。
「カミュ、お前何をするつもりだ」
「べっ、別に何もしないわよ」
「相手は帝国軍だ。下手な事は考えるなよ」
「分かってるわ、それより二人とも剣聖の事は内緒でお願い」
「分かりました」
「俺も了解だ」
カミュは胸を撫で下ろし続けた。
「そうだ。ここに来たのは仕事を受けに来たのよ。カリン何か仕事は無い」
「そう言う事なら受付でお話ししましょう」
「そうか。なら俺は訓練所にもどるとするか」
「ロッツ殿、では三日後」
「ああ、待ってるぜ」
カミュたちはロッツと分かれ受付に戻った。
ロビーには訓練所で試合を見ていた冒険者たちが、先ほどの戦いについて話をしている。
カミュに気付くと遠巻きに指さしたりしていた。
カミュは目立ちたくないと言いながら、目立ってしまっている現実に頭を抱えたくなった。
さっきの試合も自分の常識に当てはめて動いただけなのだが…。
やはり自分は普通ではないのだろうか?
そんなカミュに気付かず、カリンがカウンターに依頼を並べる。
「現在、カミュさんにご紹介できる依頼はこちらです」
カミュは気を取り直し、カウンターに並んだ書類を確認した。
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