ギルド一の槍使い(自称)

「雪丸さん、私はギルドに行くけど雪丸さんはどうする?」

「ギルドと言うと、傭兵ギルドでござるな。拙者の御前試合の相手だった、ロッツ殿かもしれぬ御仁がいる場所。……是非お供させていただきたい」

「分かったわ。一緒にいきましょう。でも今日は戦っちゃ駄目よ」

「……はいでござる」


 カミュは雪丸と一緒にギルドに入った。

 どうも様子がおかしい。

 こちらを見て他の傭兵たちが何やら話している。

 何かしただろうか?

 カミュはいぶかしみながら、受付にいるカリンに話しかけた。


「カリン、ご無沙汰。仕事を探しているんだけど何かある?」

「カミュさん!! どこ行ってたんですか! 宿に行っても村に戻ったとしか教えてくれないし!」

「ちょっと用事でコリーデ村に戻っていただけよ……なにかあったの?」


「カミュさんが貧民街のギャング問題を解決したって噂が流れてて、それを聞いた商人さん達が護衛を頼みたいって押しかけたり。傭兵さん達からも腕前が知りたいらしく、試合の申し込みが殺到しています」

「ああ、それで入って来た時ジロジロ見られたのね」


 カリンと話していると一人の男が話しかけて来た。

 板金鎧を着て、肩に槍を担いでいる。

 年は二十代前半ぐらいだろうか。

 茶色の髪で背はカミュより頭一つ大きい、槍を持つ腕は丸太のようだ。


「なあ、あんたがカミュか?」

「そうよ、貴方は?」

「俺はこのギルドで一番の槍使いラッシュだ。ワイバーンとジャッカル、一日で二つとも潰したって話だが、どうにも信じられねぇ」


「別に、信じなくていいわ」

「そうはいかねえ。違法な武器は使ってねぇって話だが、あれだけの人数を一人で相手に出来るわけがねぇ。毒煙かなんかを使って、無力化してから踏み込んだって見方が大方の見解だ」


 カミュはため息を吐き答えた。


「だったらそれでいいわよ」

「カミュさん、それはギルドが困ります」


 カリンが会話に割り込んだ。


「なんで?」

「アインさんの証言で、カミュさんが剣と小石しか使ってないと認められたので報酬は支払われました。市街地での毒煙の使用は犯罪行為です。もし使用を認めるとギルドからは除名されますし、犯罪者として裁かれることになります。もちろん、報酬の返却も必須です」


「……じゃあ、どうしたらいいの?」


 それを聞いてラッシュが口を開いた。


「ここにいる連中の前で俺と勝負しな」

「なんで私が貴方と戦わなくちゃならないのよ?」

「みんな、お前みたいな小娘が、そこまでの実力を持っているとは思えないからさ。俺を倒すことが出来れば全員納得するだろう。まあ怖けりゃ無理することはないけどな」


 ラッシュはニヤ付きながらそう言った。

 その言葉を聞いて今まで黙っていた雪丸が声を上げた。


「カミュ殿の実力は折り紙付きでござる! 無礼なことを申すな!」

「何だ! ガキはすっこんでな!」

「雪丸さんいいわ。……貴方を倒さないと、どうにも収まりそうに無いわね」

「カミュ殿……」


「カリン、訓練場を借りるわよ」

「……分かりました。お二人とも模擬戦ですからね。相手を必要以上に痛めつけるような行為はペナルティを課します。特にラッシュさん気を付けてください」


 ラッシュはカリンに釘を刺され忌々しそうに答えた。


「分かってるよぉ。でもまあ不慮の事故ってやつは、いつ起こるかわからんからなぁ……」


 ラッシュはカミュを見て嫌らしく笑った。


「……不慮の事故。そうね気を付けないと」


 カミュは雪丸の件を思い出し、気を引き締めてかかることにした。

 カミュとラッシュは訓練場に移動した。

 雪丸とカリン、ロビーにいた傭兵たちも訓練場についてくる。


 訓練場では数人が模擬戦をしていた。

 ロッツの姿も見える。

 カミュはロッツに声をかけた。


「ロッツ、彼と模擬戦をしたいんだけど、場所を借りてもいい?」

「模擬戦? 空いてる場所を使ってもらって構わんが……カミュ、ラッシュとやるのか?」

「ええ、やらないと収まりが付かないみたい」


「なるほど、面倒な奴に絡まれたな」

「有名なの?」

「新人つぶしのラッシュ、腕は悪くないんだが、新しい芽をつんで回るんで迷惑してるんだ」

「なんでそんなことを……」


 ロッツはあごひげをさすりながら言った。


「建前は新人に現実の厳しさを教えることらしいが、実際は自分の力を確認して悦に入ってるってところだろう」

「ふーん。なら遠慮はしないでよさそうね」


 カミュとロッツが話しているのを見て雪丸が駆け寄ってきた。


「カミュ殿!! この方でござる!! まさしく拙者が御前試合で敗れた相手は!!」

「ん? おお、久しぶりだな! たしか雪丸だったな? どうしてこの国にいるんだ?」

「拙者、ロッツ殿に敗れた後、貴殿に話を聞いた剣聖殿に教えを乞うため、遥々倭国から旅してきたでござる」

「そりゃ大変だったな。で剣聖には会えたのか?」


 雪丸が話そうとした時、しびれを切らしたラッシュが割り込んできた。


「昔話はどうでもいいんだよ!! さっさとやろうぜ!!」

「雪丸さん、取敢えず話は後にして貰っていい」

「……承知した」


「ロッツ、審判をお願いできるかしら?」

「いいぞ。じゃあ練習用の武器を……」


 ロッツが練習用に刃を潰した武器を取りに行こうとした時、ラッシュが声をかけた。


「待ちな、負けて武器のせいにされちゃたまらんぜ」

「どうするつもり?」

「腰の剣は飾りじゃねえんだろ。そいつを使いな。おれもこの槍をつかう」


 彼は手にした槍を掲げた。

 カリンが思わず声を上げる。


「ラッシュさん! 訓練で殺傷能力のある武器を使うのは認められません!」

「固いこと言うなよ。前にもやったことあるじゃねえか」

「しかし……」

「カリン、私なら構わないわよ」


「カミュさん。いいんですか?」

「そうしないと、後で何言われるか分からないもの」

「分かりました。でも気を付けてくださいね」

「分かっているわ」


 カミュは模擬戦を行うべくラッシュと対峙した。

 腰の剣を抜き、だらりと腕を下げた。

 それを見てラッシュが声を荒げる。


「構えろよ!!」

「これが私の構えよ」

「ふざけやがって! 吠え面かかせてやる」


 ロッツが二人の真ん中に立ち、確認の声をかけた。


「二人とも準備はいいか?」

「いつでもいいわ」

「はやく、やろうぜ!」

「よし、では始め!」


 ロッツの掛け声と共に試合が始まった。

 ロビーにいた傭兵たちの間では賭けが始まっている。

 下馬評はラッシュの方に傾いているようだ。

 口汚い野次も飛んでいる。


 カミュは喧騒を無視してラッシュの全身を見た。

 体全体に信号が走っている。

 随分と興奮しているようだ。


 ラッシュの足に強い反応を感じ、カミュは左に一歩ずれた。

 一瞬前までカミュがいた場所を槍が貫く。

 踏み込みの強さからして、怪我を負わせる気が満々のようだ。

 槍を引き戻しラッシュが口を開いた。


「へぇ、今のを躱すたぁ、やるじゃねぇか」

「そう?」

「ちっ、余裕ぶりやがって、これでも食らいな!」


 ラッシュは槍を素早く突き出した。

 連撃だ。

 カミュは攻撃を最小限の動きで躱しながらラッシュに近づく。

 剣で防ぐこともしていない。


 ラッシュの顔に驚愕の表情が浮かんだ。

 今まで騒いでいた傭兵たちも黙り込んでいる。

 カミュはラッシュの目の前に立ち、喉元に剣を突き付けた。


「それまで! 勝者カミュ!」


 ロッツの声が響いた。

 それを聞いて傭兵たちは声を上げる。

 落胆の声が多い中、何人かは嬉しそうに笑っている。

 カミュは睨みつけるラッシュに向かって言った。


「これで満足かしら?」

「まだだ!! もう一回やらせろ!!」

「ラッシュ、往生際が悪いぞ! お前の負けだ」


 ロッツがラッシュを制した。


「畜生!!」


 カミュは剣を収め、ラッシュに背を向けその場から去ろうとした。


「カミュ!!」


 ロッツの声で振り返るとラッシュが槍を突き出して来た。

 カミュは素早く避けるとラッシュの左に回り込み、伸びきった槍の柄を真ん中から断ち切った。


 ラッシュは真っ二つにされた槍を手に茫然としている。

 傭兵たちも信じられないものを見たように目を見開いている。


「馬鹿な……この槍は柄も鋼鉄で出来ているんだぞ……」

「これで気が済んだ?」


 ラッシュは心ここにあらずといった様子だ。

 その状況を見たカリンと雪丸が駆け寄ってくる。


「カミュさん大丈夫ですか!?」

「カミュ殿!!」

「ええ、大丈夫よ。それより彼の方が大変そうよ」


 ラッシュは視線も覚束ず、小声で何かつぶやいている。

 槍と一緒に彼の矜持も真っ二つになったようだ。

 ロッツが駆け寄り様子を見ている。


「大丈夫なの?」

「新人をいたぶってきた報いだな。こいつもいい薬になったろう」


 ロッツは観戦していた傭兵たちにラッシュを医務室に連れて行くよう指示した。


「まあ、しばらくすれば正気に戻るだろう」

「それを聞いて安心したわ」

「カミュ、テストの時も思ったが凄い腕だな。やっぱりお前、剣聖の教え子なんじゃないのか?」

「……そうね。雪丸さんの事もあるし、別の場所で話さない?」


 それを聞いてカリンが声をかける。


「内密なお話なら応接室をお使いください」

「そうだな。使わせてもらおう」


 カミュはロッツ、雪丸、カリンと共にギルドの応接室に向かった。

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