タチアナ

 カミュは雪丸と二人、図書館に着いた。


「大きな建物でござるな」

「子爵様のお考えらしいわ。住民が知識を得れば、新しい物が生み出される。それが街を発展させる力になる」

「ほう、立派な考えでござる。我が殿も民が学ぶことを推奨しておられた。通ずるところがあるでござる」


「雪丸さんのご領主様も聡明な方のようね」

「うむ、拙者あの方に仕える事が出来たことは、とても運が良かったと思っておる」

「一度会えるなら、会ってみたいわ」


「……倭国は遠き地の果てゆえ、なかなか難しいでござろうな」

「そうね……。さて、入りましょうか」

「そうでござるな」


 二人は中に入り、受付の女性にクリストフを呼んでもらった。

 しばらく待つとクリストフが受付に姿を見せた。


「カミュさん、お待ちしてました。おや、そちらの方は?」

「この人は雪丸さん。武器の件で協力してもらっています」

「九条雪丸と申す。よろしくお願い致す」


「ああ、この前お話されていた剣の事ですな。私はクリストフ、ここで鉱石の研究をしています。よろしく。カミュさんここではなんですから研究室にお通しします。こちらです」


 クリストフに案内されて部屋に通された。

 彼の研究室には鉱石の標本が無数に飾られており、机の上には書類が散乱していた。


「散らかっていて申し訳ない。そちらのソファーで話をしましょう」


 クリストフに促され、ソファーに二人並んで座った。

 向かいにクリストフも腰を下ろす。


「では、早速ですが。石は手に入ったのですか?」

「はい。サンプルはどのぐらい必要ですか?」

「そうですな。前見せていただいた大きさのものが二、三個あれば有難いです」

「分かりました」


 カミュは背嚢の中の袋から緑光石を取り出し、クリストフに見せた。


「これでいいですか」

「おお!! まさしく!! これがあれば詳しく特性を調べることができます! ありがとうございます!」


 クリストフは鼻息も荒く、目を輝かせている。

 カミュは少したじろぎながら、緑光石をクリストフに渡した。

 彼は興奮で手を震わせながら石を受け取り、綿の敷き詰められた箱に丁寧にしまった。


「これで、鍛冶を研究している人を紹介していただけますか?」

「そういう約束でしたな。彼女を呼んできます。少しお待ちください」


 クリストフは緑光石の入った箱を金庫にしまい、部屋を出て行った。


「変わった御仁でござるな。さっき渡した石はそんなに値打物でござるか?」

「百年ぐらい見つかってなかったそうよ」

「ふむ、拙者、光り物には興味が無いゆえ、あそこまで興奮する気持ちが解らんでござる」

「……私も」


 二人が話しているとドアが開き、クリストフが一人の女性を連れて戻ってきた。

 黒髪の眼鏡をかけた小柄な女性だ。

 年の頃はクリストフと同じく、二十代後半ぐらいだろうか。


「お待たせしました。彼女が鍛冶技術を研究している同僚のタチアナです」

「初めまして、鍛冶技術、主に金属の合金化を研究しているタチアナです」

「初めまして、私は傭兵ギルドの傭兵、カミュと言います。よろしくお願いいたします」

「九条雪丸でござる。以後良しなに」


 自己紹介が終わるとタチアナは早速本題を切り出した。


「クリスから大まかな話は聞いています。なんでも緑光石を使って剣を作りたいとか」

「はい、強い剣を作りたいんですが、クリストフさんから緑光石単体では無理で、合金化が必要だと伺いました」

「そうですね。緑光石自体の固さは銅ぐらいです。合金化しないと鉄にも劣るでしょう」

「混ぜる金属の種類や比率はご存知ですか?」


 タチアナは眼鏡をクイッとあげ答えた。


「クリスから話を聞いて過去の文献を漁りました。金属の種類は特定済みです。比率も解っているので、あとは実践あるのみです」


「……タチアナさん、お願いがあります。三番街にあるカイザス工房に来てもらえないでしょうか?」

「カイザス工房?街にある鍛冶屋さんですね」

「はい、そこで親方さん達に、合金化について教えてあげて欲しいんです」


「……いいでしょう。市井の方たちに知識が広まるのは、子爵様の考えにも通じます。しかしカミュさん、剣を作るにはある程度の量が必要ですよ」

「そちらは多分大丈夫です。石は多めに取ってきましたから」


 多めと聞いてクリストフが身を乗り出す。


「カミュさん!そんなに大量に手に入れたのですか!? やはり優良な鉱脈が……」

「大量かどうかは分かりませんが、これぐらいあれば剣二振り分ぐらいにはなりますか?」


 カミュは背嚢から緑光石の入った袋を取り出し、テーブルに置いた。

 研究者の二人は目を見開いている。


「……この袋の中身は全部緑光石ですか?」

「はい、採取する際確認しましたから問題ないと思うんですが……」

「まさか……信じられない……」

「そんなに大変な事なのですか?」


「……カミュさん、緑光石は優良とされた鉱山でも、大量に産出された記録は残っていません。ですから王族や一部の貴族等、裕福な方たちの手にしか渡らずにきたのです。この量は異常です」


「それは私に言われてもわかりません……ただ見つけた場所はドーム型になっていましたから、人の手が入っていたのかもしれません」

「人の手が……大昔の人たちが作った場所という事でしょうか……?」


 クリストフは顎に手を当て考えこんでいる。

 その様子を見てカミュはタチアナに声をかけた。


「タチアナさん、量はこれで足りますか?」


 袋に見入っていたタチアナは、突然話しかけられビクッとして顔をあげる。

 上げた拍子に眼鏡が少しずり落ちた。

 それを直しながら答える。


「はい、これだけあれば二振り以上作っても、大分余裕があるでしょう」

「良かった。足りなかったら、また取りに行かなければならない所でした」


 それを聞いて再度クリストフが声を上げる。


「カミュさん!! 前も話しましたがご友人をぜひ紹介していただきたい!! 石が見つかった場所を是非見学したいのです!!」

「分かりました。聞いてみます」

「ありがとうございます!!」


 カミュはタチアナに視線を戻し話しかけた。


「タチアナさん、工房にはいつ来ていただけますか?」

「そうですね……二、三日中にはお伺いできると思います」


「分かりました。では工房に行く前に、三番街にあるステラという宿に寄ってください。私はそこに逗留しているので一緒に工房に行きましょう」

「了解です」


「今日はありがとうございました」

「ええ、カミュさん見学の件よろしくお願いします」

「はい、では失礼します」


 カミュはクリストフたちに別れを告げて図書館を後にした。

 カミュは洞窟があった土地の所有者についてふと気になった。


 クリフは子供のころ裏山はうちの土地だと言っていたが、子供言う事だ。

 一度確認しておかなければいけない。


 カミュは朝寄ったばかりだが再度、カイザス工房に向かいった。

 工房に着くと女将さんが変わらず店番をしていた。

 雪丸の事を変わらず不審そうに見ている。


「女将さん、クリフいますか?」

「カミュちゃん、その人とは本当になんでもないんだね?」

「うぅ、雪丸さんには剣作りに協力してもらっているだけです」


「雪丸さんだっけ? カミュちゃんのことはどう思ってるんだい?」

「カミュ殿は恩人でござる。感謝の念で一杯でござる」

「単刀直入に聞くよ? カミュちゃんに対して恋愛感情はないんだね?」

「拙者が愛しているのは、妻の小夜だけでござる」


 女将さんはそれを聞いて態度を軟化させた。


「そうかい、ならいいんだよ。クリフだね、ちょっと待ってな」


 女将さんは店の奥に消えた。

 カミュはため息を一突き、しばらく待った。


「カミュ、何のようだい? 雪丸さんの装備ならまだしばらくかかるよ」

「度々ごめんなさい。報告と聞きたいことがあるの」

「そうか。そろそろ昼時だし、飯でも食いながら話そうか。女将さん! 親方! カミュ達と飯食ってきます!」

「おう! 分かった!」


 クリフが店の奥に声をかけるとカイザスが返事を返した。


「じゃあ行こうか二人とも」


 三人は連れ立って以前食事をした木漏れ日亭に向かった。

 木漏れ日亭は昼時ということもあり、賑わっていた。


 三人はそれぞれ思い思いのものを注文した。

 カミュと雪丸は朝の食事を食べ過ぎたこともあり、パンとスープだけにした。

 クリフが不思議そうに二人を見て聞いた。


「二人とも体調でも悪いのか?」

「ちょっと朝食べ過ぎちゃって……」

「お恥ずかしい限り……」


 クリフは呆れたように二人を見た。


「二人とも子供じゃないんだから……で話って何だい?」


 カミュは気を取り直してクリフに話した。


「図書館で鍛冶を研究しているタチアナって人を紹介してもらったわ」

「タチアナ? ああ眼鏡の研究者さんだね」

「クリフ、知ってるの?」


「俺も鍛冶について図書館で調べた時に案内してもらった程度だけど」

「そう、知ってるなら話が早いわ。その人が石の合金化について工房に説明に来てくれるわ」

「何を混ぜればいいか知ってるのか?」


「金属の種類や比率なんかも調べがついてるみたい」

「おお! すごいな。なら後は作るだけだな」

「そうね。これも渡しておくわ」


 カミュは取ってきた石をクリフに渡し、気になっていた洞窟についても尋ねてみた。


「クリフ、石を見つけた洞窟のあった裏山は誰の持ち物なの」

「ああ、それか。裏山はうちの爺さんが二束三文で手に入れたものだよ。爺さんは開墾して畑にするつもりだったみたいだけど、人手が足りなかったことと、石が多くて手間がかかり過ぎるって理由で、ほったらかしになってるんだよ」


「じゃあ、石をもらっても大丈夫なのね」

「洞窟を見つけたのは俺だし、爺さんには手紙を書いておくよ。まあ石が売り物になるなら、家族には渡したいとは思うけど……」

「……取ってきた石の代金も払わないといけないわね」


「それは剣を作るために取ってきたものだし、別にいいよ」

「でも、クリフ……」

「協力するって言っただろ。気にするなよ」

「ありがとう……そうだ図書館のクリストフさんが石を見つけた場所を見たいって言ってわ。どうする?」


 カミュの質問に、クリフは腕を組んで答えた。


「うーん。今は村に帰っている余裕はないし、少し待ってもらおうか。剣作りがひと段落したら俺が里帰りも兼ねて案内するよ」

「分かったわ。彼にはそう伝えておくわ」


 その後、食事を終えクリフと別れた。

 まだ宿に戻るには時間が早い、それに剣作りに必要な資金も稼がねばならないだろう。

 カミュは雪丸と共に傭兵ギルドへ向かうことにした。

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