カイザス工房

 翌朝目覚めたカミュは宿の裏庭で剣を振るい、風呂屋に行き汗を流した。

 帰り際、受付に座るお婆さんがカミュに声をかけてきた。


「しばらく見なかったね」

「ええ、里帰りしてたの」

「そうかい。親は大事にしな。孝行したいときに、親は無しって言うしね」

「……そうするわ」


 カミュは複雑な気持ちになったが、表には出さず風呂屋を後にした。

 宿に戻るとカイルと雪丸が握り飯を作っていた。


「カイル殿、強く握り過ぎでござる。もう少し優しくしないと、口の中でほどける感じにはならないでござるよ」

「そうか。なかなか難しいな」


 二人を見てカミュは、失われたものは戻ってこないけど、新しくできた絆を大事にしていこうと強く思った。


「ただいま。朝ご飯作ってるの?」

「おう、おかえり。雪丸に教えてもらってんだ」

「カミュ殿、おかえり」

「私も作っていいかな?」


 そう言うとカミュは流しで手を洗った。


「客に仕事させるのは気が引けるが……手伝ってくれるってんなら歓迎だ」

「カイル殿、拙者も客のはずでは……?」

「なんか、お前はこき使ってもいい気がするんだよな」

「……納得いかないでござる」


「二人とも話してないで、さっさと作っちゃいましょう。お腹ペコペコよ」

「そうだな」

「了解でござる」


 三人は宿泊客分の握り飯を作った。

 具は昨日の夕食のローストビーフ、鮭の塩焼き、マグロの水煮をマヨネーズで和えたもの、焼いたハム、ピクルス等だ。


 作り終わった後、カイルは二人をカウンターに座らせ、先ほど握った握り飯と雪丸に教わったという玉子焼き、胡瓜の塩もみ、貝の入ったスープを出した。


「雪丸のリクエストでスープと玉子には味付けにショーユを使ってある」

「おお、倭国の料理のようでござる。では早速、いただきます」

「いただきます」


 握り飯は雪丸がうるさく言っていたかいもあって、口に入れると米がほぐれる。

 丁度良い塩加減の米と中の具材の味が混ざり合いとても美味しい。

 玉子焼きも一口大に切っており、ショーユの味が効いている。

 スープは貝の出汁が良く出て、味わい深い。


 カミュは箸休めに胡瓜を食べながら、握り飯を頬張った。

 ちなみに一つ目の具材はローストビーフだった。

 味は昨日のままではなく、甘辛い味付けで食が進んだ。


「カイル、ローストビーフに何か手を加えたの?」

「そのままじゃ薄味だからな。ショーユと甘めの酒を煮詰めたものを絡めてある」

「とっても美味しいわ」

「ありがとよ」

「カイル殿、この味は倭国の照り焼きに似ているでござる。今度はぜひ魚でも試して欲しいでござるよ」

「わかったよ」


 二人は握り飯をカミュは四つ、雪丸は七つ食べ食事を終えた。


「うぅ、美味しくて食べ過ぎちゃった」

「うぷっ、拙者も欲張り過ぎたでござる」

「……小僧にも言ったがやり過ぎはよくねぇ」

「……反省してます」


「ところで今日は何をするんだ」

「昨日話したように、雪丸さんをカイザス工房に連れて行こうと思ってる」

「鍛冶屋でござるな」

「ええ、刀の作り方の説明と、貴方の武具を見てもらいましょう」


「すぐ出るのか?」

「……今は動くのが厳しいから、少ししたら出かけるわ」

「拙者もその方がありがたいでござる」

「わかったよ。少し休んでいきな」


 カイルは呆れたように二人を見た。

 休んでいる間に、カミュは雪丸の宿泊費を払っておいた。

 金額はカミュと同じく十日で四万リルだった。

 雪丸が恐縮していたが、カミュは気にしないよう言った。


 しばらく休んでカミュは雪丸と共にカイザス工房を訪れた。

 雪丸は腰に刀を差し、具足を入れた袋を背負っている。

 店は相変わらずの賑わいだ。

 店番をしている女将さんに声をかける。


「女将さん、おはようございます。クリフいますか?」

「おや、カミュちゃん、おはよう。ん、誰だいその男は?」


「彼は雪丸さんと言って、東の国から来た武芸者です」

「お初にお目にかかる、九条雪丸と申す。以後良しなに」

「カミュちゃん……その男とはどういう関係だい……?」


 女将さんはカウンターから出てカミュに近づいた。

 目が座っている。


「いや、彼とは協力関係といいますか……」

「拙者、ただいまカミュ殿に生活を支えてもらっている、しがない侍でござる」

「生活を支えてもらってる……? ヒモってことかい!?」

「いえ、そうではなく……雪丸さん余計な事言わないでよ」


「……うちのクリフとは遊びだったのかい!?」

「遊びとかそういう事じゃ無くてですね。雪丸さんには奥さんも子供もいますし……」

「もしかして浮気かい!?」

「拙者、浮気など一度もしたことは有りもうさん!」

「じゃあ、本気かい!?」


「雪丸さん、話がおかしくなるから少し黙って!」


 カウンターで騒いでいると騒ぎを聞いて奥からクリフが出てきた。


「女将さん、何を騒いでいるんですか?」

「クリフ、良い所に来た。カミュちゃんが別の男をつれて、あんたに会いに来たんだよ!」

「別の男?」

「そうさ! しかも妻帯者!」


 クリフは雪丸を見てカミュに尋ねた。


「カミュ、この人は?」

「クッ、クリフ助けて、女将さんが誤解しちゃって」


 クリフは全て察したようにため息を吐いて女将さんに言った。


「女将さん、男女を何でも色恋沙汰でくっつけちゃ駄目だよ。この前も親方に言われたじゃないか」

「だってカミュちゃんは、この雪丸って人の生活を支えてるって」


「カミュ、どういう事?」

「この人は雪丸さんって言ってジョシュアを訪ねてきたの。話を聞いていて試合することにしたんだけど、怪我させちゃってね。しばらく働けないから、その間の生活費は私が出すことにしたのよ」

「拙者、九条雪丸と申す侍でござる。カミュ殿にはお世話になっているでござる」


「あっ、クリフォードです。ヨロシク。……なるほどね。女将さん二人はそういう関係じゃないみたいですよ」

「本当かねぇ」

「二人の相手は俺がするから、女将さんは店番に戻ってください」

「……分かったよ」


 女将さんは渋々カウンターに戻った。


「カミュ、石の件だろう。奥で聞くよ」


 クリフはカミュたちを店の奥に案内した。

 工房の奥に入るのは初めてだったので、カミュは興味深くあたりを見まわした。

 店の奥には小さな応接室があり、二人はそこに通された。

 クリフに促されソファーに座ると、彼も向かいに座った。


「クリフ、ありがとう。話せば話すほどおかしな感じになっちゃって」

「女将さん、最近そういう読み物にはまってるからなぁ。で、村に行ってきたんだろう。どうだった?」

「そうね、じゃあ気を取り直して……緑光石は手に入れたわ。これよ」


 カミュは村で手に入れた緑光石の袋をテーブルに置いた。

 クリフは袋を開いて中を確認する。


「うん、これだけあれば色々試せそうだね。図書館の人とは話したの?」

「それはこれから行く予定よ。あと倭国の武器で刀っていう物を作りたいの」

「刀?」

「雪丸さん、クリフに見せてあげて」

「承知」


 雪丸は腰の刀を鞘ごと抜き、クリフに差し出した。


「どうぞ、手に取って抜いてみて下され」

「じゃあ拝見させてもらいます」


 クリフは刀を受け取り、鞘から抜いた。


「綺麗な剣だ。手入れしているようだけど、傷みもあるな」

「クリフ、前に話した技を使うには刀は最適な武器なの。刀を緑光石を使って作ることは出来ないかな。普通の刀の作り方は雪丸さんが知ってるわ」

「……俺だけじゃ何とも言えないな。親方を呼んで来るよ」


 クリフは刀を鞘に納め、雪丸に返し応接室を出て行った。

 しばらくして熊髭のいかつい男が、クリフと共に応接室に入ってきた。


「あんたがカミュか、俺はカイザス。クリフからいろいろ話は聞いてるぜ。緑光石だの異国の武器だの。難しい注文をしてくれるじゃねぇか」

「……作ることは出来ないんでしょうか?」

「フンッ、職人ってのは難しけりゃ難しいほど燃えるのよ。おいそっちの、武器をみせてみな」

「これでござる」


 雪丸は親方に刀を渡す。

 親方は刀を抜いて注意深く刀身を見ている。


「なるほど、いい仕事だ。傷みがあるのは長い間、職人に見せてねぇからだろう」

「言う通りでござる。何度か鍛冶師に見せたのでござるが、手に負えんと突き返されたでござるよ」

「だろうな。並みの鍛冶屋じゃどうにも出来ん」


「親方殿、何とかなるでござるか?」

「補修ぐらいなら出来るぜ」

「お願い致す」


 その後、親方は難しい顔をして言った。


「しかし新しく作り出すとなると難事だ。お前、こいつの作り方を知ってるらしいな」

「作り方を書き記したものを持っているでござる」

「見せな」


 雪丸は巻物を親方に渡した。


「読めねえな。お前読めるのか?」

「国の文字ゆえ」

「読んで説明しろ」


 雪丸は親方に刀の製造方法を説明した。

 親方は分かりにくい部分は、何度も雪丸に確認し紙に書きつけた。


「随分と手間のかかる作業だな」

「出来そうですか?」


 カミュは不安そうに親方に聞いた。


「鉄を使うなら作ってみせると確約出来る。ただ緑光石は扱ったことがねぇ。嬢ちゃん、クリフに聞いたが図書館に鍛冶技術を研究している奴がいるんだって?」

「はい。クリストフという研究者に、緑光石のサンプルを渡せば、その人を紹介してくれるそうです」


「そいつを此処に連れてきな。俺はもっぱら実践で腕を磨いてきた。細かい分析は苦手だ。クリフのために店にも本は置いてあるが、俺の技術は師匠から体に叩き込まれたもんだ。石の分析や合金化の素材、比率はそいつに任せたい。出来るか?」


「はい、来てもらえるよう説得してみます。……もしそれが解れば剣と刀を作っていただけますか」

「一回で完璧な物は出来ねぇよ。だが俺にも見習の時から何千本も剣を作ってきた経験がある。何とかしてみせるぜ」

「お願いします」


 カミュは親方に頭を下げた。


「頭を下げる必要はねぇ。俺も鍛冶屋として緑光石には興味がある。それに純粋に強い剣を作ってみたいってものあるしな」

「ありがとうございます」


「親方殿、実はもう一つお願いがあるのでござるが……」

「なんだ?」

「拙者の具足を見てもらいたいのでござる」

「具足?」

「鎧の事です」


 カミュが補足する。


「鎧か。見せてみな」


 雪丸は袋に入れていた具足を取り出しテーブルの上に並べた。

 親方は具足を手に取り丹念に調べている。


「知り合いに腕のいい革職人がいる。そいつとも相談して修理してやるよ」

「かたじけない」

「刀と鎧は置いていきな。修繕費は両方合わせて十万リルで良い」

「十万でござるか……」


 雪丸が金額を聞き唸っていると、カミュが横から返答した。


「分かりました」

「カミュ殿……。いいのでござるか?」

「ええ、気にしないで」

「……恩に着るでござる」


 雪丸は深々とカミュに頭を垂れた。


「あの……それで剣と刀の製作費はいくらぐらいになりそうですか?」

「そいつは、合金化に使う素材や難しさで大分変ってくるぜ。研究してる奴の話次第だな」

「そうですか……ではまず図書館に行って研究者を紹介してもらいます」

「おう、待ってるぜ」


「クリフ、ありがとう。また来るわ」

「ああ、カミュ、またな」

「親方殿、クリフ殿よろしくお願い致す」

「まかせときな」

「雪丸さん急ぎで直すようにするよ」

「感謝するでござる」


 カミュと雪丸はカイザス達に見送られ、工房を後にした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る