第五章 密造銃と暗殺者

暗殺者の影

 子爵の城に向かったカミュは、城門で馬を止めた。

 馬から降り衛兵に話かける。


「私は傭兵ギルドの傭兵カミュ、馬丁のハロルドさんに取り次いでいただけますか」

「話は聞いている。取り次ぐからここで待て」


 衛兵は門の脇の建物に声をかけ、ハロルドを呼んで来るよう伝えた。


「しかし、お前何をしたんだ? 子爵様がオニキスを貸すほどだ、余程信頼されたと見える」

「少し、手をお貸ししただけです」

「……そうか」


 衛兵はそれ以上は聞かず、口を閉じた。

 しばらく待つとハロルドがメイドと共に城門にやってきた。

 メイドは以前着替えの時に案内してくれた女性だった。


「カミュ様、お待たせいたしました。こちらへどうぞ」

「ハロルド、オニキスを返しに来ただけよ。此処で良いわ」

「いえ、子爵様からカミュ様がお見えになった際には、お通しするように言付かっております」

「そう。分かったわ。どこに行けばいいの?」


「子爵様は庭でお待ちです。私はオニキスを馬房に連れて行きますので、案内はこちらのジョアンナが致します。ジョアンナ、カミュ様をご案内してください」

「はい、畏まりました」

「ハロルド、オニキスは素晴らしい馬ね。道中快適に旅ができたわ。ありがとう。オニキス、貴方にも感謝を」


 カミュは優しくオニキスの首を撫でた。

 オニキスはカミュに顔を寄せて来た。


「ご満足いただけたなら幸いです。では私はこれで」


 ハロルドはカミュに一礼し、オニキスを連れて馬房へ向かった。


「カミュ様、よろしいでしょうか?」

「ええ、いきましょう」

「ではご案内いたします」


 カミュはメイドに連れられて城内にある庭園に案内された。

 綺麗に刈り込まれた芝生の中に、色とりどりの花が植えられおり、所々に木々が植えられている。

 中央に池があり、そのほとりに東屋が建てられていた。


「こちらです」


 メイドに促されてカミュは中に入った。

 ロランは椅子に座ってお茶を飲んでいた。


「カミュ、戻ったのか?」

「はい、先ほどミダスに到着しました」

「まあ、座って話そう」

「はい」


 カミュが子爵の向かいに腰を下ろすと、ジョアンナがお茶を入れてくれた。


「ありがとう、ジョアンナ」


 カミュが礼を言うとジョアンナは顔を赤らめた。

 このメイドは何故カミュが礼を言うと、毎回赤面するのだろうか。

 不思議に思っていると、ロランが声をかけて来る。


「旅はどうであった?」

「お貸し頂いたオニキスのおかけで、思っていたよりも早く終えることが出来ました。ありがとうございました」

「そうか。それは重畳。貸した私も鼻が高い」


「それで、お呼び頂いたのは何か御用があっての事でしょうか?」

「カミュ、お前を呼んだのは他でもない、叔父のメンデル男爵について相談があったからだ」

「あれから何か分かったのですか?」


「うむ、私を襲おうとした男は、やはり自分に暗示がかけられていたことを知らなかった。彼奴はリカルドの遠縁にあたる男でな、素性もしっかりしておる。近衛として召し抱える時も、リカルド自らが面談し為人も確認しておったようだ」


「一体いつ暗示を……」

「アインが彼を取り調べたのだが、一月ほど前、街の酒場で見知らぬ男と意気投合し、酒をおごられた事があったようだ。その日は次の日が非番だったことも手伝って、つい飲みすぎ記憶も曖昧だったらしい」


「ではその見知らぬ男というのが?」

「おそらく、暗示をかけた者であろう。今アインに足取りを追わせているが、発見には時間がかかりそうだ」


 ロランは眉根をよせ、お茶を飲んだ。


「何か手は無いのでしょうか」

「ふむ、知り合いの貴族令嬢に、催眠術に傾倒している者がおってな。彼女に知り合いの催眠術師を紹介してもらえるよう頼んである」

「催眠術師?」


「ああ、一両日中にはミダスに到着するだろう。それで男にかけられた暗示の内容が判るだろう。うまく暗示を解ければよいのだが、出来なければ彼を街から追放するより他無い」

「それで、私は何をすれば良いのでしょうか?」


「まだ確定はしておらんのだが、暗示をかけた者が暗殺を生業する者である可能性が出てきた。カブラスが子爵家子飼いの諜報部隊の一人から、暗示を得意とする暗殺者の存在を知っていると報告を受けたと言ってきた」

「暗殺者……。そいつが暗示をかけた……」


「おそらくな。其奴は自分では手を汚さず、他者に暗示をかけて、標的をしとめる事を得意としているらしい。普段は他者を使うが、暗殺者としての腕も一流らしくてな、暗示をかけるのは娯楽の為のようだ」

「なんて悪趣味な」


「まったくだな。アイン達衛視には正規のルートで捜査してもらい、暗殺者は諜報部隊に居所を探ってもらっているところだ。カミュにはその暗殺者フクロウの捕縛に協力してほしい」


 一流の暗殺者と聞いてカミュは少し思案した。


「……私でお役に立てるでしょうか?」

「謙遜するな。私を守ってくれた時見た剣の冴えは見事だった。専任の護衛として雇いたいほどだ」

「子爵様、それは……」


「分かっておる。アインから聞いた。何かしたいことが有るのだろう?」

「はい、申し訳ございません」


「よい。お前は私の家臣ではない、何をするのも自由だ。ただ暗殺者捕縛には是非協力して欲しい。フクロウが今回の主犯である可能性は高い。奴を生かして捕らえ依頼主に叔父の名が出れば、彼を退位させ従兄のエンデに爵位を継がせることもできよう」

「そのエンデ殿は信用できるのですか?」


「エンデには幼い頃、遊んでもらったこともある。叔父に似ず優しく真面目な男だ。無論、それだけで無条件に信用している訳では無い。諜報部隊に探らせた。彼なら男爵領を任せても大丈夫だろう」

「子爵様の懸念を減らせるなら、喜んで協力いたします」


「感謝する。フクロウの件は奴の居場所が判明次第、連絡させよう」

「分かりました」


 子爵は少し笑顔をみせた。


「して、カミュ。コリーデ村で何か面白いことはあったのかな?」

「はい、九条雪丸という異国の戦士に会いました」

「ほう、異国の戦士……どんな奴だ?」


 カミュはロランに雪丸との出会いや試合の話を語った。

 治療の際、血を抜き取る話のくだりではロランは声を上げて笑った。


「なかなか面白い男だ。直に会ってみたくなったぞ」

「ステラに泊まっていますから、お越しいただければ会えますよ」

「そうか。今回の件が片付いたら行ってみるとしよう」

「はい、お待ちしております」


「カミュ、今日は相談に乗ってくれてありがとう」

「いえ、お気になさらず」

「捕縛の件、よろしく頼む」

「お任せください」


「うむ、ではな。また会おうカミュ」

「はい、子爵様。失礼いたします」


 カミュは子爵に別れを告げ庭園を後にした。

 城門近くでハロルドが待っていた。


「カミュ様、宿までお送りします。こちらをお使いください」


 ハロルドの後ろには立派な馬車が止まっていた。


「ありがとう。お言葉に甘えるわ」


 カミュは馬車に乗りステラに帰った。

 御者に礼を言い、宿に入る。


「おかえり、遅かったな」

「馬を貸してくれた人と話しこんじゃって」

「そうか。飯の準備は出来てるぜ」

「ありがとう。頂くわ」

「おう、雪丸にも声をかけてくれ。カミュの隣の部屋だ」

「分かったわ」


 カミュは二階に上がり、ドアをノックした。


「雪丸さん、ご飯よ」

「承知した。すぐ行くでござる」


 カミュは一階に降り、食堂のカウンターに座った。

 程なく雪丸が降りて来る。


「部屋で寝ていたの?」

「いや、具足や刀を手入れをしていたでござる。あれらも長旅で大分くたびれてきたからのう。ここらで本職に見てもらいたいところじゃ」


「明日行くカイザス工房で見てもらったら?」

「しかし、先立つものが……」

「傭兵ギルドで仕事をするにも、武具は必要でしょうし。そのぐらいなら出すわよ」

「カミュ殿、かたじけない。仕事で報酬をもらえた暁には倍にして返そう」


 雪丸と話しているとカイルがカウンターに料理を並べた。

 メインはローストビーフだ。

 約束していたささみのタタキもある。

 他にもサラダやスープもついていた。

 雪丸の前には白い粒状の物が皿にのせられ湯気を上げている。


「カイル殿!! これは米ではござらんか!?」

「お前が泊っている間、米が食いたいってうるさかったからな。すこし仕入れてみた」

「カイル殿……拙者、主の頼みなら何でも引き受けるでござる」


「いいから食いな」

「いただきます」


 雪丸は夢中で食べている。

 カミュはその様子をみてカイルに聞いてみた。


「ねぇカイル、米ってそんなに美味しいの」

「ほのかに甘みがあって、確かにパンより食いごたえはあるな。カミュも食ってみるか?」

「そうね。試してみるわ」

「あいよ」

「カイル殿、おかわり!」

「もう食ったのか。わかったちょっと待て」


 カイルは雪丸から皿を受け取り、米を盛った。

 さらにも一枚にも盛りカミュと雪丸の前に並べた。


「拙者、こんな異国の地で米の飯にありつけるとは、想像していなかったでござる」

「私も食べてみるわね。いただきます」


 カミュはスプーンで米を掬い口に運んだ。

 噛み締めるとほのかに甘い。

 タタキと一緒に食べるとさらにおいしく感じた。


「確かに、料理とよく合うわね。特にショーユの味と相性がいいみたい」

「ああ、今日出したローストビーフもショーユと山葵がよく合うぜ。試してみな」


 カミュはカイルに言われたように、ローストビーフに山葵とショーユを付け口に運んだ。

 薄く味付けされたローストビーフにショーユはよくあった。


「とってもおいしいわ」

「気に入ってもらえて良かったよ。ローストビーフはいつもはグレイビーソースで出すんだが、カミュはショーユが気に入ってたみたいだからそっちにしてみた」

「ありがとう。カイル」


「カイル殿、おかわりでござる!」

「まだ食うのか!?」

「拙者、小夜の作った握り飯が夢に出てくるほど米に飢えておったでござる。この機会に食いだめしておく所存」


「そんなことしなくても、米は手に入るからまた出してやるよ。ところで握り飯ってなんだ?」

「米を塩をまぶした手で握った物でござる。中に好みの具を摘めて、海苔という海藻をうすく紙のように板状にして乾燥させたもので巻いて食す、倭国の携帯食でござる」

「具は何でもいいのか?」


「持ち運ぶのであれば、痛みやすいものは避けるのでござるが。すぐ食すのであれば具は好みの物を入れれば良いでござる。拙者は鮭の塩焼きが好みでござる」

「海苔はねえが、明日の朝飯に作ってみるか。雪丸、後で作り方を教えろ」

「握り飯が食えるのであれば喜んで教えるでござる!」


「カイルの料理も幅が広がって来たわね」

「ああ、いま大陸の東にある国の麺料理について調べているところだ」


 カイルはそう言ってニヤリと笑った。


「麺料理、パスタとは違うの?」

「作るときに特殊な水を使うらしくてな独特な食感があるらしい。そいつを豚や鳥からとったスープに入れて食うそうだ」

「拙者、旅の途中で食べたでござる。確かにあれは美味い。上に乗っていた豚肉や、ゆで玉子が麺とよく合っていたでござる」


「……雪丸、その話も詳しく聞かせろ」

「分かったでござる」


 その後カミュは料理を完食し、お湯をもらって部屋に戻った。

 雪丸はカイルと料理について話し込んでいた。

 近く変わった麺料理を食べることが出来そうだ。

 カミュは旅の疲れもあり、体を拭いてベッドに横になると、吸い込まれるように眠りに落ちた。

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