野営

 雪丸と話し終えたカミュは、村の人達に挨拶する事にした。

 雪丸の怪我で、家を見てくれている隣の奥さんやクリフの家族に、まだ挨拶出来ていなかった事を思い出したのだ。


「雪丸さん、私は村の人達に挨拶して来ようと思うけど、貴方はどうする?」

「拙者は村長殿の家に戻って、お世話になった礼と明日、村を発つ事を報告してくるでござる」

「分かったわ。私も後で村長さんの所に顔を出すわ」

「承知した。ではカミュ殿後ほど」


 雪丸を送り出し、カミュは村を回った。

 見送られてから一週間も経たず戻ったので気恥ずかしかったが、村人は心良く迎えてくれた。

 一通り挨拶を終えカミュは村長さんの家に向かった。

 家に着くと雪丸が玄関先を掃除していた。


「雪丸さん、何やってるの?」

「今までの恩返しに、何か仕事をしようとしたのでござるが、怪我の事もあって力仕事はさせてもらえないのでござる。仕方なくこうして、庭を掃き清めている次第で」

「なるほどね。村長さんは中?」

「先程、戻られた所でござる。お呼び致す」


 雪丸は箒を持って家の中に入っていった。

 少しすると村長さんが雪丸と一緒に出てきた。


「カミュ殿、村長さんを呼んで来たでござる」

「ありがとう。雪丸さん」

「では、拙者は掃除を続けるでござる。今宵はこちらでご厄介になりまする」

「分かったわ」


 雪丸は掃除に戻っていった。


「カミュ、聞いたよ雪丸さんと一緒にミダスに行くんだって?」

「はい、色々あってそういう事になりました」

「そうか。あの人も迷いが無くなったみたいだし、良かったよ」


「そうだ。村長さん、雪丸さんの診察代をお支払いします。おいくらですか?」

「ああ、そのことならお金はいらないよ。雪丸さんもよく働いてくれたし、診察代も微々たる物だったからこちらで持つよ」

「そんな、元をただせば私の不注意で……」


「そうだね……カミュ、剣の力は人を傷つけるものだ。ジョシュアさんの事を思えば、お前を止めることは出来ないけど、使い方には気をつけなさい」

「はい、クライブ先生にも言われました。気軽に考えていた部分があったのかもしれません。反省しています」


「うん、分かっているならいいんだよ……明日の朝には発つのかい?」

「はい、その予定です」

「そうか、気をつけて行くんだよ」

「はい、ありがとうございます」


 カミュは村長と話し終え彼の家を後にした。

 家に戻ったカミュは、クライブと村長に言われたことを考えた。

 今回は雪丸が丈夫だったから、事無きを得たが一つ間違えば彼を殺していたかもしれない。


 命は儚いものだ。

 思っているより簡単にそれは失われてしまう。

 そして、失ってしまえば、取り戻す術はない。

 今後、剣を振るう際、より深くそのことを考えよう。


 カミュは、考えをまとめ明日に備えて早めに休むことにした。

 簡単に夕食を済ませ、旅の用意を終えその日は床に就いた。


 翌朝、目覚めたカミュは風呂に入り、食事を済ませ村長の家に向かった。

 村長の家では甲冑を身に着けた雪丸が待っていた。


「カミュ殿、出発するでござるか?」

「ええ、行きましょう」


 カミュは雪丸と一緒に表に出てきた村長夫婦に挨拶し、オニキスを馬小屋から出した。

 オニキスはカミュを見ると顔を寄せてきた。

 鼻筋を撫でオニキスに語り掛ける。


「帰りの道中もよろしくね。オニキス」

「カミュ殿、拙者どうすればよいでござるか。徒歩では馬についていくのは難しいでござる」

「そうね。カイルには一週間ぐらいで戻るって言っちゃったし、オニキスには悪いけど二人で乗っていきましょう」

「立派な馬でござるが、二人乗りして大丈夫でござろうか?」


 オニキスは問題ないと言うように蹄で地面を掻いた。


「行けそうね」


 カミュはオニキスに跨った。

 雪丸も後に続いてカミュの後ろに跨る。


「村長さん、奥さんお世話になりました」

「ああ、道中気を付けてね」

「カミュ、落ち着いたら顔を見せに帰っておいで」

「はい」

「雪丸さん、短い間だったけど楽しかったよ。これは働いて貰った分のお給料だ。少ないが路銀の足しにしておくれ」


 村長が雪丸に皮袋を渡した。


「村長殿、こんなに……」

「よく働いてくれたからね。助かったよ」

「かたじけない」


「二人とも、体に気をつけて。特に雪丸さん、怪我してるんだから無理しちゃ駄目だよ」

「カミュ、女の子なんだから無茶しちゃ駄目よ。雪丸さんカミュを頼みます」

「まかせてくだされ」


「では行ってきます」

「村長殿、奥方、お世話になり申した。御恩は生涯忘れませぬ」

「行ってらっしゃい」


 二人は村長たちに別れを告げ、コリーデ村を後にした。


 オニキスは人、二人を乗せても変わりない速度で駆けてくれた。

 これなら来た時と同じ時間でミダスに着くことが出来そうだ。

 旅は順調に進み、日も暮れてきたので、街道沿いの小川近くで野宿することにした。


 川辺にオニキスを連れて行き水を飲ませて、体を拭いてやった。

 雪丸には焚火に使う折れ枝を集めて貰った。

 火をおこし野営の準備が整うと二人は腰を降ろし、保存食で夕食を取りながら話をした。


「一日目は無事終了でござるな」

「そうね、オニキスが頑張ってくれたおかげで、この分なら明日の昼頃にはミダスに着けそうね」

「ミダスに着いた後はどうするのでござる?」


「取り敢えず、宿をとって一晩休んでから行動しましょう。翌日は雪丸さんを鍛冶屋に連れて行こうと思ってるわ」

「刀の件でござるな」

「そう、カイザス工房って鍛冶屋さん。昨日も話したけど私の幼馴染のクリフがそこで見習をやっているの。彼と親方さんに刀の作り方を説明して欲しいのよ」

「あい、分かった」


「怪我の具合が落ち着いたら、貴方を傭兵ギルドへ連れて行こうと思ってる」

「傭兵ギルド?」

「ええ、荒事専門の仕事を斡旋してもらえるわ。雪丸さんの腕なら問題ないはずよ」

「おお、頼んでいた仕事の事でござるな。かたじけない」


「テストがあるけど、貴方ならロッツもいい点つけると思うわ」

「ロッツ……」

「どうしたの?」


「カミュ殿、拙者が旅に出る切っ掛けとなった、試合をした相手の名もロッツ殿でござる。その方の容姿を詳しく教えて下さらんか?」

「そうね。年齢は三十歳ぐらい、細身で髭を生やしていたわ」

「拙者の感覚では年は当てにならんが、細身で髭というのは一致するでござる」


「ロッツは傭兵として、戦場を渡り歩いていたそうだから、昔貴方の国にも行ったのかも。でも雪丸さんとロッツ、どちらとも戦ったけど確実に今のあなたの方が強いと思うわ」

「拙者、ロッツ殿に敗れて以来、旅の間も研鑽を積んでまいった。もしそのギルドのロッツ殿が拙者の知る者なら、再度立ち合いをお願いしたい」

「テストで模擬戦をするからそこで戦えると思うわ」


「誠でござるか!? うおおぉ! 楽しみになってきたでござる! 実はカミュ殿に見せた技もロッツ殿に勝つために磨いた物でござる!!」

「あんまり興奮しないの。まだ同一人物か解らないんだから」

「……はいでござる」


 話もそこそこに二人は交代で眠りについた。

 翌朝、朝食をすまし焚火を処理した二人は、オニキスに跨りミダスを目指した。


 オニキスは河原で草を思う存分食べたようで、調子が良さそうだ。

 ミダスには予定通り昼頃ついた。

 一度ステラにより、カイルに顔を見せる。


「ただいま、カイル」

「お帰り、カミュ予定通りだな」

「カイル殿、またご厄介になるでござる」

「おっ、雪丸じゃねえか。剣聖には会えたのか?」


「いや、彼はすでに亡くなっていたでござるよ。でも収穫はあった故、満足しているでござる」

「そうかい。お前さん、張り詰めていたものが無くなって、随分といい顔になったぜ。行って良かったな」

「誠に。拙者カミュ殿に会えたことを、神仏に感謝したい気持ちでござる」


「カミュ、お前なにかやったのか?」

「試合をしただけよ」

「試合ねぇ……」


「そうだ。カイル、雪丸さんの部屋も用意してもらえる? お金は私が出すわ」

「カミュ殿、それは拙者が払うでござる」

「貴方の怪我は私の所為だし、稼げるようになるまでは面倒見るわよ」

「……かたじけない」


「そういうことなんで、カイル部屋は空いてる?」

「ああ、大丈夫だ」

「じゃあ、雪丸さんは部屋で休んでいて。私はオニキスを返してくるわ」

「承知したでござる」


「カイル、ちょっと出て来るわね」

「おう、夕食は約束のタタキを出してやるよ」

「やったぁ! じゃあ、行ってきます」

「行ってらっしゃい」


 カミュは宿を出て、オニキスに跨り子爵の城へ向かった。

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