倭国の剣

 カミュとクライブは、ジョシュアの家に向かった。

 道中クライブは雪丸の状態をカミュに尋ねた。


「脇腹を木剣で打ったのか。まったく試合をするにしても、防具ぐらいつけんかい」

「すみません」

「カミュ、お前もじゃぞ。ちゃんとした防具をつけろ、訓練で怪我してどうする」

「でも、重い防具を着ると動きが鈍くなるし……」


「これじゃから、剣術や武道を極めようとする者は……いいか、お主らが身に着けようと日々訓練している技術は、人の肉体を効率良く破壊するためのもんじゃ。治すのにどれだけ手間がかかるか分かっておるのか」

「はい、理解しているつもりです」


「いいや、分かっとらん。いいか、壊すのは一瞬で出来る。しかし失われたもんは二度と戻って来んのじゃぞ…………すまん、言い過ぎた」


 クライブは自分の言葉を聞いたカミュの顔が暗く沈んでいるのを見て、目を伏せ謝罪の言葉を口にする。

 カミュは両親やロイ、そしてジョシュアの事を思い、改めてクライブが何を言いたいのか分かった気がした。


 失ったものは二度と戻ってこない。

 分かっていたつもりだった。

 甘えが有ったのかもしれない。


「はい、クライブ先生。肝に銘じておきます」

「分かったならもう良い」


 カミュはクライブが口うるさいのは、本当は優しいからだと何となく気付いていた。


 カミュは過去に訓練で幾度となく傷を負っていた。

 ジョシュアは細心の注意を払っていたが、それでも不慮の事故は起きてしまう。

 その度、カミュはクライブの治療を受けていた。


 本当にクライブが口にするように人間を診るのが嫌なら、カミュの傷を毎日確かめに来ることなどしないはずだ。

 彼はカミュの傷を毎日みて丁寧に治療してくれた。


 クライブ曰く

「女の体に傷は要らん。男は気にせんと言うが、それでも女は気にするもんじゃ」

 ということらしい。


 彼のお蔭でカミュの体に目立つ傷跡は一つもなかった。


 話している間にジョシュアの家に着いた。

 家に入り、寝室で寝ている雪丸をクライブに診てもらう。


「こいつが患畜か」

「拙者は畜生ではござらん」

「患畜は無駄口を叩くな」


「……カミュ殿、怖いでござる」

「クライブ先生は名医だから、安心しなさい」

「うぅ、獣の医者でござろう……大丈夫でござるか……」


 クライブは雪丸の言葉を無視して、クライブの脇腹を触診する。


「うぅ……痛いでござる」

「ふむ、骨は折れておらんようだ。ついでじゃ、血を少しもらおうかの」

「どっ、どういう事でござる!? 何ゆえ拙者の血を……?」


 クライブは鞄から細い針の着いたガラス管を取り出した。

 雪丸は怯えている。


「鍋を貸してくれ」

「はい」


 カミュは料理に使う鍋を井戸水で洗い、クライブに渡した。

 クライブは鞄から強い酒の入った瓶を取りだし、鍋の中に注いだ。

 その中にガラス管をつけ、良く洗いガラス管を取り出した。


「なっ、何をしているのでござるか……?」


 雪丸は自分が何をされるのかわからず、青ざめている。


「チクッとするぞ」


「まさか……カミュ殿、拙者、旅の途中で聞いたことがあるでござる。人の生き血を啜る吸血鬼という化け物の話を。その化け物に血を吸われると同じく化け物になってしまうと。まさかこの御仁はそれでは……」

「何を馬鹿なことを言っとるんじゃ」


 クライブは手際よく雪丸の腕に酒を塗り、有無を言わせず針を突き立てた。


「ああ、お仕舞いでござる。カミュ殿、拙者が化け物になりそうになったら首をはねて欲しいでござる。せめて人として死にたい……」


 クライブはガラス管から血を小瓶に移し鞄にしまった。

 その後、ガラス管を水洗いした後、再度酒で洗い綺麗にふき取って、それも鞄にしまった。


「お前はただの打ち身じゃ。死ぬわけがなかろう。……ふむ、肋骨は無事じゃ、頑丈な奴じゃわい」

「雪丸さんは大丈夫なんですね」

「うむ、病気については調べんと判らんが体の方は問題ないじゃろう。ただし剣術の稽古など激しい運動は一週間は禁止じゃ」


「先生、ありがとうございます」

「まったく、余計な仕事を増やすんじゃない。診察代はロブの所へ回しておくぞ」

「はい、後で払っておきます」

「じゃあな。お大事に」


 クライブを見送り、カミュは雪丸の元へ戻った。

 雪丸は青い顔をしている。


「ああ、拙者そのうち牙が生えて、日の光を浴びると灰になる体になってしまったのでは……」

「大丈夫よ。私も昔先生に血を採られたことがあるけど、こうやってピンピンしてるから」


「本当でござるな!?」

「ええ、たぶん……」

「そこは、はっきり大丈夫と言って欲しかったでござる」

「そんなことより、昨日の試合の時言っていた、居合について教えて欲しいの」


「居合でござるか。拙者も聞きかじっただけでござるが……元々は戦場で素早く刀を抜くために考えられた技術だったようでござる。その後いろいろな流派が生まれたようでござるが、カミュ殿が使った技は鞘を使って、振りの速度と力を上げることに特化しているようでござるな。一度納刀しなければならんため、使いどころが難しい……」


「私はジョシュアの真似をしているだけで、深く考えてはいなかったわ」

「おそらく剣聖殿はどこかで居合を見たことがあったのでござろう。カミュ殿、一度、拙者の刀を用いて技を使って見て下され」


 雪丸はベッドの脇においてあった刀を差しだした。


「使っていいの?」

「構わぬ。おそらくカミュ殿が今使っている剣よりは、技が繰り出しやすいはずでござる」

「わかったわ、お借りします」


 二人は表に出て、技を試すことにした。


「試してみるわね」


 カミュは腰に差した刀の柄を握り、抜いた。

 刀身に緩やかな刃紋が入っている。

 美しい剣だ。


 カミュがいつも使っている物より少し重い様だ。

 何度か素振りしてみる。

 感覚を確かめ鞘に戻す。


「行きます」


 そう言ってカミュは技を放った。


「思った通りじゃ。拙者が受けた時より振りが鋭い」


 雪丸が言うように、この技に関してはかなり使いやすい。

 しかし、ほかの剣技については、使い慣れた直剣の方が良さそうだ。

 カミュが悩んでいると雪丸が声をかけて来た。


「どうしたのでござる?」

「確かに雪丸さんが言うように、居合に関しては使いやすいけど、普段は慣れた直剣を使いたいわ」

「なら二振り持てば良いでござる。いつもは直剣を使い、居合の時のみ刀を使用すれば良いのでは?」


「……そうね。そうするわ。……そうなると二本作る事になるわね。お金足りるかしら。それにクリフや親方さんは刀の作り方を知ってるのかしら…」

「金の事は拙者に相談されてもどうにも出来んでござるが……刀の作り方は国の刀鍛冶の棟梁に製造方法を書いてもらった物があるゆえ何とかなるでござるよ」

「なんでそんなもの持ってるの!?」


 雪丸は得意満面の表情で言った。


「棟梁は殿に並々ならぬ恩があるでござる。殿の口添えで拙者が旅立つ時に、危険な旅路で刀を失う事もあるやもしれぬと、棟梁自ら作り方を書き記した巻物をくれたのでござる」

「雪丸さん、それ見せてもらえない」

「いいでござるよ。村長殿の家に具足と一緒に置いてあるので、あとで取ってくるでござる」

「ありがとう」


「それよりカミュ殿、拙者腹が減ったのでござるが……」

「そう言えば、もうお昼を過ぎていたわね。昨日からおかゆしか食べてないから、なにかお腹にたまるものを作りましょうか」

「かたじけない。では拙者はその間に巻物を取ってくるでござる」


 カミュは刀を雪丸に返し、彼と別れ食事の支度のため家に入った。


「……何を作ろうかしら」


 しばらく帰らないつもりだったので、腐りそうな物は処分してしまった。

 瓶詰のトマトソース、後は乾麺のパスタ、背嚢の中に保存食の干し肉。


「スパゲッティかな」


 カミュは鍋にお湯を沸かし塩をいれた。

 別の鍋で細かく切った干し肉を炒め、香りが立った所でトマトソースを入れあたためる。

 お湯が沸くまでの間に裏の菜園で育てているバジルを摘んだ。

 井戸水で洗い、良く水を切ってまな板に置く。


 お湯が沸いたところでパスタを鍋に投入し、茹で加減を見ながら、程よいところで笊にあげる。

 オリーブオイルを麺に絡め、皿に盛り付ける。

 最後に温まったトマトソースを塩で味を調え麺にかけ、バジルを乗せて完成だ。

 料理が出来上がった所で、タイミングよく雪丸が帰ってきた。


「巻物を持ってきたでござる……いいにおいでござるな」


 雪丸の腹が盛大になった。


「先に食べましょう」

「おお、有難い。では早速」


 雪丸はいそいそとテーブルに腰を下ろした。

 カミュはテーブルにフォークと料理を並べ、雪丸の向かいに腰を下ろした。


「さあ、召し上がれ」

「いただきます」

「じゃあ、私も。いただきます」


 かなりの手抜き料理だったが、干し肉の味が良かったのが功を奏し中々の出来栄えだ。


「美味いでござる。空きっ腹にしみますなぁ」

「そう、良かったわ」


 二人は空腹もあり早々と完食した。


「いやぁ、昨日も思ったでござるが、まっことカミュ殿は良い嫁になるでござるよ。拙者も国に残してきた女房殿に会いたくなったでござる」

「えっ!? 雪丸さん結婚してるの!?」


「当然でござる。早く跡継ぎを作らねばならぬゆえ、侍の家は十四、五で妻をめとるのが普通でござるよ」

「まさか、子供もいるとか……?」

「男の子と女の子がいるでござる。今年で上の子は八つ、下の子は五つになるでござる。二人にも会いたいのう」


「ずっと同い年か年下だと思ってたけど、貴方いくつなの?」

「拙者でござるか? 今年で二十四でござる」

「なんでそんなに童顔なのよ!?」


「そんなことを言われても……拙者の国では年相応に見られていたでござるよ。オーバルに来てから、やたら子ども扱いされることが多かったでござるが……」


 カミュは雪丸の事を十七、八だと思い接してきた。

 まさか年上で子供までいるとは思いもしなかった。


「民族的に童顔なのね……」

「ハハッ、拙者はカミュ殿の方が年上だと思っていたでござるよ。二十代後半ぐらいかなと……」


 カミュはキッっと雪丸を睨みつけ言った。


「……私はまだ十七歳よ……言っとくけど結婚もしてないからね」

「うっ、すまぬ。女性に年の話は禁句でござったな。それは倭国もオーバルも一緒でござるな」

「そうよ。気をつけなさい」

「カミュ殿、怖いでござる」


 その後カミュは食器を片付け、お茶をいれた。

 これも菜園でとれたミントを使ったものだ。


「すっきり爽やかな風味でござる。倭国の物とは違うが、これはこれで美味いでござる」

「ありがと。そうだ雪丸さん早速だけど巻物を見せてくれない」

「承知。これでござる」


 カミュは巻物を受け取った。

 慣れ親しんだ本とは違い紙を丸めてあり携帯しやすそうだ。

 結ばれた紐を解き、中身をみる。


「雪丸さん……全然読めないんだけど」

「当然でござるな。倭国の文字で書いてあるゆえ」

「意味ないじゃない!?」


「そんなに怒らなくても、ちゃんと拙者が読んで聞かせるでござる」

「ちょっと待って、私が聞いても鍛冶の事なんて解らないわよ」

「フム、困ったでござるな」


 カミュは少し考え口を開いた。


「ねぇ、雪丸さん、一緒にミダスに来てくれない?」

「ミダスへ?」

「ええ、そこで鍛冶屋をしている幼馴染に、刀の作り方を教えて貰いたいの」

「行きたいのは山々でござるが、拙者、路銀が尽きているゆえ旅はしばらく無理でござる」

「旅費は出すわ。ねぇお願い」

「……カミュ殿には剣聖殿の事を教えていただき、さらに立ち合いをしてもらった恩もある。分かった、付いて行くでござるよ」

「ありがとう」


「それでカミュ殿……このようなことをお願いするのは心苦しいが……ミダスについたら仕事を世話して欲しいでござる」

「……そうね。何か考えておくわ」

「かたじけない」


 その後、二人はミダスまでの旅の行程を話し合った。

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