試合

 カミュは雪丸を連れて、ジョシュアの家に来た。

 家の前は開けており、かつてジョシュアとジャハドもここで対峙した。


「ここなら村の皆の邪魔にもならないわ」

「おう、では早速、立ち合いを始めるでござる」

「ちょっと待って、練習用の木剣を持ってくるから」

「分かったでござる」


 カミュは家に入り荷物とマント、つば広帽をテーブルにおいて、暖炉の側に立てかけてあった木剣を二本とり外に出た。


「これを使って、貴方が普段使っている物とは多少違うでしょうけど……大丈夫かしら?」

「戦場に於いては得物等、贅沢をいっている余裕はないでござるよ」

「たしかに、戦争になればそんなこと言ってられないわね」


 カミュは雪丸に木剣を渡し家の前で対峙した。

 変わった構えだ。


 雪丸は剣を上段に構えているが頭の上ではなく右手は顔の横にあり、剣は真っすぐ上を向いていた。

 左手は柄の端を握っている。

 おそらくあの状態からの打ち下ろしが狙いだろう。


「……では参る」


 雪丸は声と共に踏み込みカミュに肉薄した。

 速い。

 踏み込みの速さが尋常ではない、今までジョシュアに教わったどの剣術とも違う。


 カミュはいつものように太刀筋を逸らそうと、雪丸の剣にそっと触れるように剣を振るった。

 しかし何時もなら逸れる太刀筋が、曲ることなくカミュを襲う。

 すんでのところで剣を引き戻し、何とか防御したカミュだったが、剣圧に押され背後に飛び退った。


「さすが剣聖殿の弟子。大した使い手でござる」

「油断していたわ……最近楽に勝てていたから、私も調子に乗っていたみたい。ウォードに偉そうなこと言えないわね」


 カミュは意識を集中し雪丸の全身をみた。

 体に流れる信号がとても静かだ。

 戦いの最中とは思えない。


 次の瞬間、雪丸の体中に信号が爆発したように流れた。

 先ほどより早い。

 全身の筋肉を使い、間合いに飛び込み、全ての力を切っ先に集中させる。

 なるほど、腕の振りだけでは逸らせない訳だ。


 カミュは再度、後方に飛び雪丸の攻撃を躱し、充分間合いを取り剣を腰に回した。

 手加減して勝てる相手ではない。

 人に使ったことはまだないが、あの技を使うしかなさそうだ。


「……その構え、居合でござるな?」

「知ってるの!?」

「刀を使った剣術の一種でござる。しかしその技は直剣では真価を発揮しづらいはず、ましてや木剣では……」

「その話、試合の後で詳しく聞きたいわ」

「……承知」


 二人は向かい合い。

 緊張が極限まで達した瞬間、交錯した。

 カミュの剣は一瞬早く雪丸の胴を打ち、そのまますれ違った。

 雪丸は振り返り、「拙者の負けでござる」一言そういうと、そのまま仰向けに倒れた。


「あっ、雪丸さん!? どうしよう……やり過ぎちゃった……」


 カミュは慌てて雪丸に近寄ると抱え起こした。

 彼は笑顔で気絶していた。


 カミュは雪丸を家に運び入れ、ジョシュアのベッドに寝かせ上着を脱がせた。

 カミュが打った部分がはれ上がっている。

 薬箱を持ってきて、練習の際に使っていた打ち身によく効く薬を塗り包帯を巻いた。

 その後、井戸水を汲み濡らしたタオルで患部を冷やす。


 カミュは村の側の森に痛み止めの薬草が生えていたことを思い出すと、家を出て森に向かった。

 薬草は程なく見つかりカミュは急いで家へと戻った。


 薬草をすりつぶしていると雪丸がうめき声を上げる。

 ベッドに近寄り患部を触ると熱を持っていた。

 カミュはタオルを絞り、患部を冷やしながら薬を作った。


 夕方になると熱も少し引いたので食事を作ることにした。

 内臓を痛めているかも知れないので、メニューはうすい麦がゆにした。

 カミュは小麦を軽く砕き、お湯に入れ少し塩を足し形がなくなるまで煮た。


 麦がゆは風邪をひいて食欲がない時に、よくジョシュアが作ってくれた物だ。


 そんな事を思い出し、カミュが食事を用意していると雪丸が目を覚ました。


「うぅ……ここは……?」

「起きちゃだめよ。肋骨がおれているかも知れないからあまり動かないほうがいいわ。打たれたところは痛む?」

「これは……カミュ殿が……?」


 治療後を見て雪丸がカミュに尋ねた。


「ええ、応急処置だけどね。ごめんなさい。思いっきりやっちゃった」

「試合で起きたことでござる。気にする必要はござらん」

「痛み止めの薬を作ったの。飲める?」

「これはかたじけない……有難く頂こう」

「これよ」


 カミュはドロッとした深緑の液体をコップに入れて、ベッド脇の椅子に腰かけ雪丸の頭を後ろから支え口に近づける。

 雪丸はコップから漂う匂いを嗅ぎ、顔をしかめた。


「……カミュ殿……疑うわけではござらんが……これは本当に薬でござるか?」

「立派な薬よ。私も昔、訓練で怪我した時に、よく飲まされたんだから」


「うぅ……しかしこの色はまるで毒の様な……」

「なによ! ジョシュアの薬が信用出来ないの!?」

「ジョシュア……剣聖殿の薬か……ええい、ままよ!!」


 雪丸は覚悟を決めてコップの中身を飲み干した。


「ぐぇぇ……苦くて渋いでござる」

「良薬口に苦しって言うでしょ。ほら、麦がゆを作ってあげたから食べなさい」


 カミュは椀に注いだかゆをスプーンで掬い、吹いて冷まし雪丸の口に運んだ。


「自分で食べられるでござる」

「黙って言う事を聞きなさい。元はと言えば私のせいなんだから、大人しく世話されなさい」

「……分かったでござる。しかしカミュ殿は手際が良いな。きっと良い母になれるでござるよ」

「っ!? なっ、何言ってるの!? これを食べたらさっさと寝ちゃいなさい!」


「分かったでござるよ。母上様」

「まったく、それだけ軽口が利けるなら大丈夫そうね……明日は村に、医者の先生が来る日だから貴方も見てもらいましょ」

「このような村にも医者が来てくれるのでござるか?」


「ええ、普段は家畜を見てもらってるんだけどね」

「拙者、牛馬と同じ扱いでござるか……」


 雪丸を寝かしつけ、残った麦がゆで食事をしていると、村長が訪ねてきた。


「カミュ、雪丸さんが戻って来ないから、心配して見に来たんだ」

「村長さん、ごめんなさい。ちょっと試合をしたんだけど、雪丸さんに怪我させちゃって」

「怪我!? 大丈夫なのかい!?」


「うん、薬も塗ったし、明日先生に診てもらうまでは、動かさないほうが良いと思うから、今日はここに泊まってもらうわ」

「そうか。何かあったらすぐ呼ぶんだよ」

「はい、ありがとう」


 村長は心配そうに、何度も振り返りながら家に帰っていった。

 村長が帰った後、カミュは風呂に入り、久しぶりに自分のベッドで眠った。


 翌朝、目覚めたカミュは雪丸の様子を見にジョシュアの寝室に入った。

 薬が効いたのか、よく眠っているようだ。

 カミュは具合を見るため包帯を外した。


 腫れは幾分収まっているようだ。

 手を当てると、熱も引いている。

 内出血により青黒く変色しているが、この分なら問題ないだろう。

 もう一度薬を塗り、新しい包帯を巻きなおした。


 食事を用意し、部屋に戻ると雪丸は目を覚ましていた。


「おはよう、気分はどう?」

「大分痛みも引いたでござる」

「ご飯は食べられる?」

「頂くでござる」


 朝食は、パンをミルクで煮て、卵を割り入れたパンがゆにした。

 味付けはシンプルに塩胡椒のみだ。

 昨日と同じように頭を支え、食べさせてやる。


「もうだいぶ動けるから、自分でやるでござるよ」

「駄目よ。先生にちゃんと見てもらうまでは安静にしていなさい」

「……分かったでござる」


 雪丸はあきらめたのか、素直に従った。


「先生は昼頃村に来ると思うから、午前中は出かけて来るわ。いい、あんまり動いちゃ駄目よ」

「はい、カミュ殿。承知しているでござる」

「痛み止めはここに置いておくから、痛みがひどくなったら飲みなさい」


 そう言って薬の入ったコップと水の入った薬缶をベッド側のサイドテーブルに置いた。


「……それはもう飲みたくないでござる」

「じゃあ、出かけて来るわね」


 カミュは雪丸を残し、クリフと緑光石を見つけた洞窟に向かった。

 洞窟の入り口は変わらず草に覆われ、知らなければ洞窟があることなど解らない。

 カミュは中に入りランプに火をともした。


 幌馬車で購入した油は混じり物が少ないのか、普段使っている時より明るく感じた。

 洞窟を奥に進むと、あの時と同じようにドームに着いた。

 カミュは懐かしくなり、中央に寝っ転がりランプの傘を外した。

 光が天井まで広がり、エメラルドグリーンの光が煌めく。


「……やっぱり綺麗」


 しばらく見ていたが、気持ちを切り替え仕事に取り掛かることにした。

 ランプに傘を取り付け、ドームの壁を照らす。

 壁にも無数の緑のラインが浮かび上がっている。


 カミュは持参してきた鶴嘴でライン近くを掘った。

 しばらく作業を続けると、持ってきた袋いっぱいに石を集めることが出来た。

 袋の大きさはオレンジより二回りほど大きいぐらいだ。

 大きさの割に結構重い。


「これだけあれば十分かな」


 カミュは一度家に戻ることにした。

 家に戻ると雪丸は寝ていた。


「言う事を聞いていい子にしてたみたいね」


 カミュは集めた石を背嚢に詰め、昼近くになったので、村の中心にある広場へ出かけた。

 広場では集められた牛や馬を初老の小柄な男性が診ていた。

 害獣に襲われ怪我をした農耕馬等を次々と診察していく。

 広場にあつめられたものは比較的軽い症状のものが殆どで彼は消毒したり、傷を縫ったりして治療を施していた。


「動かせないものについては、紙に名前を書いておけ。後でまわるからな」


 獣医のクライブ先生には、カミュも何度か世話になった。


「儂の専門は動物だ。人間は専門外だ」


 そう言いながら傷を縫ってくれたことをカミュは思い出した。


「クライブ先生、お久ぶりです」

「ん? お前はジョシュアんとこのカミュか。なんだまた怪我でもしたのか?」

「いえ、診てもらいたい人がいるんです」

「人? また人間か? 何度も言っているが儂は獣医だ。人間の治療は苦手だと言っとるじゃろうが」


「肋骨が折れているかどうかだけでも確認してもらえませんか?」

「ふむ、肋骨か……肺に刺さると厄介だな。わかった。診よう」

「ありがとうございます」

「ロブ!」

「先生、なんですか?」


 クライブに呼ばれて村長が駆け寄ってきた。


「カミュの所の怪我人をちょっと見て来る。患畜は待たせておけ」

「雪丸さんの事ですね。よろしくお願いします」

「なんじゃ、知り合いか」

「はい、家で雑用をしてもらっている異国の旅人です」


「異国人か……変な病気を持っとらんといいんじゃが」

「大丈夫だと思いますけど……」

「人間にはうつらんでも、動物にうつる病気もあるんじゃ。そっちもついでに調べるか。いくぞカミュ」

「はい、お願いします」

「先生、雪丸さんのこと、よろしくお願いします」

「言われんでも分かっとる」


 カミュとクライブはジョシュアの家に向かった。

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