倭国の侍

 カミュはミダスの町を出て南のコリーデ村を目指し、街道を南下した。

 ふとオニキスの全速力が見てみたくなったカミュは、オニキスに語り掛けた。


「さて、貴方は駿馬って聞いてるけど、どれほどの物か実力を見せて頂戴」


 カミュは鐙にかけた足で、オニキスの腹を軽く蹴った。

 とたんオニキスは加速した。風景が後方に飛んで行く。


 カミュは前傾姿勢になり、手綱を強く握った。

 素晴らしい速度だ。

 カミュは自分も気づかぬうちに声を上げて笑っていた。

 しばらく駆けて、手綱を引き駆け足に戻した。


「アハハッ、凄いわ貴方!」


 オニキスは当然だと言うように少し鳴いた。

 村で練習のために乗っていた馬は農耕馬だった。

 気の優しい良い子だったが、あの子と比べるとオニキスのスピードは桁違いだ。

 これならば予定よりも早く村に付けそうだ。


 カミュは途中の農村により、村人にお願いして一晩、馬小屋と納屋を借りた。

 オニキスを馬小屋に入れて体を拭いてやり、飼い葉と水を与えた。

 その後、納屋に入り保存食を食べた。


 いつも食べる保存食はお世辞にもおいしいと言える物ではなかったが、幌馬車で買った堅パンと干し肉は固いものの味は良く、カミュは満足して眠りについた。


 翌朝目覚めたカミュは馬小屋へ向かった。


「おはよう、オニキス。今日も頼むわね」


 カミュはオニキスを丁寧にブラッシングしてやり飼い葉と水を与え、納屋に戻り保存食をたべた。

 この村からなら今日の昼にはコリーデ村に着けるだろう。

 食事を終えたカミュは村人に礼として幾らか渡しオニキスに跨った。


「いきましょうか。オニキス」


 カミュはオニキスの腹を軽く蹴り、駆け足で村を目指した。

 コリーデ村には予想した通り昼頃に着くことが出来た。

 村に着いたカミュはまずは村長のロブに挨拶に向かった。

 オニキスを村長の家の柵につなぎドアをノックする。


「村長さん、カミュです」


 しばらくしてドアが開いた。

 見知らぬ黒髪の青年がカミュを出迎えた。

 変わった服を着た男だった。

 長い黒髪を頭の後ろで一つに縛ってポニーテールにしている。


「あの村長さんに挨拶に来たんですけど、貴方は?」

「拙者は村長殿に世話になっている、ユキマルと申す者でござる。この村では初めて見るがお主は何者だ?」

「私はカミュ、この村の人間よ。村長さんはいる?」

「村民か……しばし待たれよ」


 そう言うと青年は中に消えた。

 少し待つと村長が表に出てきた。


「カミュ、こんなに早く戻ってくるなんて、街でなにかあったのかい?」

「いいえ、大丈夫です。ちょっと用事があって一旦帰って来ただけです」

「そうかい、心配したよ。それで、街での暮らしはどうだい?」


「はい、クリフにも会えましたし、宿の主人がとても良くしてくれているので、問題なく過ごせています」

「そうか……クリフにも会えたんだね。彼は元気でやってるのかい?」

「はい、親方にしごかれているみたいだけど、元気にやってます」

「そうかい、そうかい」


 ロブは安心したように笑顔になった。


「今日はどうするんだ。家にもどるのかい?」

「はい、そうしようと思っています。それでお願いがあるんですが」

「お願い?」

「はい、ミダスで馬を借りたんですけど、預かっていただけないでしょうか?」


 村長は柵につながれているオニキスを見た。


「立派な馬だね。いいとも、馬小屋にも空きがあるから繋いでいきな」

「ありがとうございます。ところで、さっきの人は?」


「ああ、あの人はユキマルっていう、東の国から来た旅人だよ。なんでも剣の達人を探して、遥々この村まで来たらしいんだけど路銀が尽きたみたいでね。働かせてくれっていうから村の雑用をお願いしてるんだよ」


 カミュはステラで聞いた変な客の話を思い出した。

 カイルはその客はコリーデ村に向かったと話していた。


 あの人がショーユと山葵の人か……。


「剣の達人といえば、この村じゃジョシュアさんかカミュになるんだろうけど、二人ともいないと言ったらひどく落ち込んでいたなぁ」


 カミュはこれも何かの縁だと思い、ユキマルに話を聞いてみることにした。


「村長さん、彼と話せますか?」

「ああ、もちろんだ。今丁度、お昼ご飯を食べていた所だから、カミュも一緒に食べながら話せばいいよ」

「うれしい! お腹ペコペコだったんです!」


「さあ、入って入って」

「あっ、その前に先にオニキスを繋いできます」

「ああ、そうだね。馬にも飼い葉を与えておやり」

「ありがとうございます」


 カミュは馬小屋にオニキスを繋いで、体を拭いてやり飼い葉を与えた。

 ロブはカミュと一緒に馬小屋に赴き桶で水を運んでくれた。


「それにしても本当に立派な馬だ。それにとても賢そうだね」


 ロブの言葉を聞いて、オニキスは鼻を鳴らした。

 その後、二人は家に入り食堂に向かった。

 食堂では村長の奥さんとユキマルが食事をしていた。


「奥方、今日の料理も大変美味でござる。後は白米と漬物があれば言う事無いのでござるが……」

「ユキマルさん、前も聞いたけどそんなに美味しいのかい?」

「我らの国ではパンではなく、コメを三食食べまする。美味い不味いではなく、パンでは十分に力が出ない気がするのでござるよ」

「そんなもんかねぇ」


 会話の最中、ユキマルがカミュたちに気がついた。


「おや、先ほどの客人でござるな。どうしたのでござる?」

「ユキマルさん、この娘はカミュ。この村の一員だよ。君と話がしたいって言うから食事に誘ったんだ」


「改めまして、私はカミュ。よろしくね、ユキマルさん」

「おお、これはご丁寧に。拙者は東の倭国の侍、名を九条雪丸と申す。どうぞ良しなに」

「挨拶も済んだし、カミュも座って」

「はい」


 席に座ると奥さんも声をかけて来る。


「カミュお帰り、遠慮しないで、沢山食べな」

「はい、いただきます」


 食卓には大きなパンとチーズ、鍋にスープが入っている。

 メインはジャガイモと玉ねぎ、あと少しのベーコンをトマトソースで煮込んだ煮物で、この村の一般的な昼食だ。


 余れば少し味を変えて夕食になる。

 カミュはまだ一週間も経っていないのに、少し懐かしさを感じた。

 煮物を頬張ると村に帰って来た事を強く実感した。


 食事を終えると村長と奥さんは部屋に引っ込んだ。

 午後からの農作業に備えて、腹ごなしもかねて少し眠るのだろう。

 雪丸と二人になったカミュは色々聞いてみることにした。


「雪丸さんはどうして、こんな遠い異国まで遥々やってきたの?」


「良く聞いてくれた。拙者、国ではそこそこ名の知れた武芸者だったのでござる。ある時、御前試合で異国の戦士と立ち合いをしたのでござるが……その者にコテンパンにのされてしまったのでござる。殿の前で恥をかかされ、家名にも泥を塗った拙者は、腹を切るしかないと覚悟を決めたのでござる。しかし殿は拙者に世界を周り、腕を磨いて来いとおしゃられたのでござる」


「それで」


「拙者はその異国の戦士に頭を下げ、どこの国の出身か尋ねたのでござる。その時、初めて倭国が小さな島国で、西には巨大な大陸があることを知ったのでござるよ……その者はオーバル王国の出身だと言い、オーバルには自分など足元にも及ばない、剣聖と呼ばれる剣の達人がいると語ったのでござる」


「剣聖……」


「拙者、剣聖殿に教えを乞うために、海を越え、砂漠を旅し、ベッドとかいう変わった寝台にも負けず……」

「カイルに床に布団を敷いて寝てたって聞いたけど……?」


「グッ、とっ、とにかく、食いたい刺身も我慢し……」

「ささみのタタキを山葵とショーユで食べたんでしょう?」

「うぅ、カミュ殿、許して欲しいでござる。拙者の心の蝋燭は、もう風前の灯でござる」


 雪丸は泣きそうな顔をしている。


「あっ、ごめんなさい。つい気になって……」

「オホンッ、とまあ、そういった辛い旅を経て、ようやく剣聖殿が暮らしているというこの村に辿り着いたのでござるが……」

「剣の達人はいなかったと」


「そうなのでござる。しかも路銀は底をつき、にっちもさっちも行かなくなった所を、村長のロブ殿に助けられた次第」

「なるほどね」

「カミュ殿も腰に剣を下げている所を見ると剣士なのでござろう? しかもこの村の住人。剣聖殿について何かご存知ないでござるか?」


 カミュは雪丸の顔を見た。

 抜けている所はありそうだが、悪い人間ではなさそうだ。

 わざわざ、剣聖に会うために海と砂漠を超えてきたのだ。

 いなかったで終わるのは、余りに切ない。


「剣聖は確かにこの村に住んでいたわ」

「本当でござるか!? して今はどちらに?」

「二年前から、ずっと同じ場所にいるわ。案内してあげる」


 カミュは寝室をノックし、雪丸と出かけることを告げて村長の家をでた。

 雪丸は腰に刀を差しカミュを追った。


 カミュが向かった先は墓だった。


「ここよ、剣聖ジョシュアはここで眠っている」

「……そんな、すでに亡くなられていたとは……」


「雪丸さん、私と試合をしましょう」

「試合?」


「私は剣聖ジョシュアの最後の、そしておそらくただ一人の弟子よ。私と戦うことで、貴方も何か得るものがあるかも知れない」

「剣聖殿の弟子……ぜひとも一手お相手願いたい」


 雪丸の雰囲気ががらりと変わった。


「ええ、いいわ。でもここはお墓よ。眠っている人の傍で、剣戟の音をさせるなんて無粋な事はしたくない。付いて来て」

「うむ、確かに墓は死者が休む場所。刀を握るべきではござらんな」


 カミュは雪丸を連れて、ジョシュアの家に向かった。

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