第四章 異国の剣士

旅の支度

 カミュは子爵の乗った馬車を見送り、宿に戻った。

 カイルが焦れた様に声を掛けてくる。


「カミュ、さっきの坊主。アインがロラン様って呼んでたが、まさか?」

「私の口からは言えないわ。本人に直接聞いて」

「……分かった」

「ごめんなさい」


「構わんさ。なんか訳ありなんだろう」

「また来るって言ってたし。彼も喜んでいたみたいだから、普通の客として扱ってあげて……」

「了解だ。飯を美味そうに食う奴は大歓迎さ」

「ありがとう、カイル」


 カイルは、ニヤリと笑うと仕事に戻った。

 カミュは明日の準備をしなければと荷物を手にした時、城で着替えたままの格好であることに気付いた。

 明日、馬を借りるときに返せばいいか、と考え消耗品を購入するため街に出ることにした。


「カイル、保存食やランプの油なんかを買いたいんだけど、どこかいい店知らない?」

「明日、村に帰るんだったな。二番街の裏通りにある幌馬車って店に行ってみな。旅慣れた奴は大体そこで買ってる。ちょっと分かりづらい場所にあるからな、地図を描いてやるよ。店主のビルはとっつきにくいが俺の名前を出せば、対応してくれるだろう」


「ありがとう、カイル。幌馬車ね。行ってみるわ」

「おう、気をつけてな」


 カイルから地図を受け取り、カミュは二番街に向かった。

 幌馬車は二番街の裏通りで隠れるように営業していた。

 店内は薄暗く、看板が無ければ素通りしてしまいそうだ。


 店の中には旅に必要な品が、所狭しと置かれていた。

 カミュは奥のカウンターに向かい、パイプを咥え本を読んでいた男に声をかけた。

 年の頃は五十代ぐらいだろうか、髭を生やした偏屈そうな男だ。


「私はカミュ、カイルの紹介で保存食なんかを買いに来たんだけど」

「カイルの知り合いか。保存食は右の棚だ。他に必要な物は?」

「ランプの油と、あと初めて馬で旅するんだけど必要な物はあるかな?」


「馬か……、日数は?」

「徒歩で五日ぐらいだったから、二、三日かな?」

「それ位なら特に必要な物はないだろう。馬はお前の物か?」

「いいえ、明日借りることになっているんだけど、まだ見てもいないわ」


「そうか……ブラシでも買っとけ。馬に気に入られりゃ、振り落とさることもねぇだろ」

「そうね。気が付かなかったわ。ありがとう」

「油は保存食の横、馬具は左の棚だ」


 男はそれだけ言うと再度本に目を落とした。

 カミュはカウンターを離れ保存食の棚の前にやってきた。

 物は溢れていたが整理されており欲しいものはすぐ見つかった。


 保存食の干し肉とランプの油を手に取り馬具の棚へ向かった。

 カミュは幼いころ故郷のリーフ村で馬の世話をした経験があった。

 ブラシはそれほど高価ではないが、これはと思う物があったので手に取りカウンターに向かった。


「これを頂戴」


 男はカウンターに置かれた物をちらっと見る。


「馬の事、少しは知ってるみたいだな」

「ええ、昔世話をしたことがあるの」

「カイルの紹介でも、気に入らねぇ奴には吹っ掛けてやるんだが……いいだろう。合わせて六千リルだ」


 カミュはブラシの値札をみる。

 値札には一万リルと書かれていた。


「……いいの?」

「分かってる奴に使われるほうが、道具にとってもいい事なのさ」

「……ありがとう」


 カミュは代金を支払った。


「カミュだったな……お前さん、気に入ったぜ。次来た時も安くしてやる」

「ええ、また寄るわ」


 支払いを済ませると、男は何も言わず本に目を落とした。

 カミュは購入した荷物を受け取り、店を後にした。

 ステラに戻るとカイルに声を掛けられた。


「幌馬車の場所はわかったか?」

「ええ、分かりにくかったけど、地図のお蔭で何とかたどり着けたわ」

「そりゃ良かった。欲しいものは手に入ったのか?」

「ええ、大分安くしてくれたみたい」


「そうか、俺の名前を出せば、ぼられる事はないと思っていたが……カミュ、お前気に入られたな」

「対応は素っ気無かったけどね」

「あいつは気に食わなきゃ、口も利かねえよ。ひどい時は店から追い出されることもある」

「そんなんで良くやって行けるわね」


「物を見る目は確かなんだ。ベテランの行商人でも幌馬車でしか買わない奴は多い。品質は折り紙付きさ」

「紹介してくれてありがとう」

「お前なら大丈夫だと思っていたが、うまく行ったようで安心したよ」


 カイルはほっとしたようで、カミュに笑顔を見せた。


「さて、飯にするかい?」

「そうね。お願いするわ」

「今日は小僧にも出した豚カツだ。用意するから座って待ってな」


 しばらく待つと、カウンターに料理が並べられた。

 パンとコーンポタージュ、そしてメインの豚カツだ。

 小皿にはソースとロランが悶絶していた辛子が添えられている。


「いただきます」


 カミュはロランが食べているのを見て、気になっていた豚カツから手を付けた。

 サクサクとした触感と豚肉の旨味が何とも言えない。

 彼が言っていたように噛み締めると、油とソースが絡まり口の中で弾けた。

 ロランと同じくカミュも残さず完食した。


「ごちそうさま。今日の料理も美味しかったわ。しばらく味わえなくなるのが残念ね」

「すぐ戻るって言ってたが、どのぐらいの予定なんだ」

「行き帰りで四、五日、村の用事で一日の予定だから、長くても一週間もあれば戻って来られると思うわ」


「分かった。帰ってきた時には、ささみのタタキを出してやるよ」

「本当!? それは楽しみね……」


 その後、カミュはカイルからお湯をもらい、二階に上がった。

 買い込んだものを背嚢に詰め、いつものように体を拭いて床に就いた。


 明日は村に戻る予定だ。

 ロランが貸してくれるといった馬はどんなだろう。

 そんなことを考えながらカミュは眠った。


 翌朝もカミュは朝日と共に目覚めた。

 日課である訓練を宿の裏庭で行い、すっかりはまってしまった朝風呂を堪能し宿に戻った。


「おはようさん、カミュ」

「おはようカイル。朝食をお願い」

「はいよ」


 カイルは手際よく朝食を準備しカウンターに並べた。

 メニューはパンに牛乳、サラダにメインはオムレツだった。


「クリフに聞いてよ……キノコのオムレツが好物なんだろ?」

「カイル……」

「胃袋を掴んどきゃ、客は離れねえからな。気ぃつけて行ってこい」

「ありがとう……いただきます」


 オムレツは母の味ともジョシュアのとも違ったが、とても美味しかった。

 朝食を終えて旅の用意も済み、しばらく待つと宿に一人の男が入ってきた。


「カミュ様はいらっしゃいますか? 主の命で馬をお持ちしました」

「私がカミュです」

「私は主家で馬丁を任されておりますハロルドです。馬はこちらです」


 男はカミュを連れ宿を出た。

 宿の外には黒毛で鼻先と足の先が白い立派な馬がいた。

 日を浴びて毛並みが艶々と輝いている。


「綺麗……」

「当家でも自慢の駿馬です。軍馬として調教しておりますので、多少の事では驚きません」


 カミュは馬に近づき首筋に優しく触れた。

 しなやかな筋肉が全身を覆っている。


「そうだ、ちょっと待ってて」


 カミュは宿に戻り、背嚢を持って戻ってきた。

 昨日購入したブラシを背嚢から取り出し手にする。


「この馬の名前は?」

「オニキスです」

「ありがとう、ハロルド。オニキス、少しの間よろしくね」


 カミュはブラシでオニキスをの体を優しく梳いた。

 オニキスは気持ちよさそうにじっとしている。

 カミュが正面に回ると顔を寄せてきた。どうやら懐いてくれたようだ。


「手馴れていますね」

「昔、馬の世話を手伝っていたの、乗るのも練習したから問題ないわ」

「それなら大丈夫ですね。早速出発なさいますか?」

「ええ、準備は出来てるわ。そうだ悪いんだけど、これを返しておいてくれないかしら?」


 そう言ってカミュはブラシを背嚢に仕舞い、代わりに綺麗にたたんだ衣服をハロルドに差し出した。


「こちらは?」

「昨日借りたままになっていたの」

「畏まりました。お預かりします」

「仕事を増やして悪いわね」

「いえ、お気になさらず」


 ハロルドと話しているとカイルが表に出てきた。


「カミュもう発つのか?」

「ええ、短い間だったけど、カイルにはとても良くしてもらって感謝してる。用事が済んだらすぐ戻ってくるわ。その時はまたよろしくね」

「おう、待ってるぜ」


 カミュはオニキスに跨った。


「じゃあ、いってきます」

「行ってらっしゃい」

「お気をつけて」


 カイルとハロルドに見送られカミュはミダスを後にした。

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