ミリディア子爵

 城に着いたカミュは馬車は正門を抜けて、城の正面玄関前で止まった。

 アインが先に馬車から降りて、カミュの手を取り馬車から降りるのを手伝ってくれた。


 玄関の扉横に衛兵が二人立っていが、微動だにしない。


 二人が短い階段を上り扉の前に着くと、ゆっくりと扉が開いた。

 室内は天井が高く吹き抜けになっている。

 床には部屋の真ん中に金糸で刺繍が施された赤い絨毯が敷かれている。

 絨毯の真ん中に青い服を着た黒髪の中年の男が立っていた。


「衛視隊隊長アイン・クリーガー、子爵様のご命令により傭兵ギルド傭兵、カミュ殿をお連れしました」


 アインが男に向けて声をかける。


「うむ、ご苦労。貴公がカミュ殿か、ずいぶん若いな。私は近衛隊隊長のリカルドだ。子爵様の元まで案内しよう。付いて来なさい」


 リカルドはエントランスを抜け、階段を上がった先の謁見室までカミュを案内した。


「子爵様はすでにお待ちである。ご無礼の無いように」


 そう言うと彼は扉を開けた。

 室内はカミュが泊っている部屋を十個入れても、お釣りが来るぐらい広かった。

 部屋の脇に何名か鎧を着た男が立っていた。

 おそらく衛兵だろう。


 奥の一段高い場所に豪華な椅子が据えてあり、鎧を着た人影が腰を下ろしている。

 鎧の人物の左に、禿頭の口ひげを生やした初老の男が立っている。


「衛視隊アイン・クリーガーと傭兵カミュ殿をお連れしました!」


 リカルドが初老の男に報告する。


「ご苦労。其の方は下がってよい」

「ハッ!」


 リカルドはそう言うと退室して扉を閉めた。


「カミュ殿、そこでは顔も良く見えん。近くに寄ってくれ」

「はい」


 カミュは慣れない靴に苦戦しながら、壇上の人物に近づいた。

 近くで見ると鎧の人物は兜を被っており、顔は確認できない。


 アインも倣ってカミュの横に着き跪く。

 カミュはアインを見て、自分も慌てて跪いた。


「うむ、よく来てくれた。私は街の行政を担当しているカブラスである。こちらがこの街の領主ロラン子爵様である」

「衛視隊アイン。子爵様の命により参上仕りました」

「えっと、傭兵のカミュです。お呼びにより参上いたしました」

「うむ、今回の働き、子爵様も大変お喜びである。望みがあるなら申せ。大抵のことは聞き入れよう」


 カミュはふと気配を感じて、ちらりと目だけをそちらに向けた。

 部屋の隅のカーテンの影から、金髪の十歳ぐらいの男の子がこちらを見ている。

 カミュと目が合うと素早くカーテン裏に隠れた。

 子爵様の子供だろうか。


「おい、カミュ。何ボーっとしてるんだ?」


 アインが小声で注意を促す。

 カミュは我に返り、カブラスを見た。


「望みはなんだ」

「あのー、その前に一つ質問してもよろしいでしょうか?」

「何かね?」


「その鎧、伽藍洞がらんどうですよね?」

「しっ、子爵様に向かって、何という無礼な口を!!」

「カミュ、お前何言ってんだ!? カブラス様、カミュは平民出ゆえ貴族の作法など全く知りません! どうか慈悲深い対応をお願いします!」


 アインが慌てて取り繕う。


「だって、鎧は空っぽじゃない? 人を呼びつけておいて、人形に相手をさせるなんて貴族とはいえ失礼だわ」


 カミュは思わず立ち上がり鎧を指さし言った。

 カミュには生き物の体に流れる体を動かすための信号が見える。

 鎧にはその動きが全く感じられなかった。


「貴様! まだ言うか!」

「カブラス、よい……その者には見破られているようだ」


 カブラスが更に声を上げようとするのを、声変わり前の少年の声が制止した。


「ロラン様……」


 カーテン裏から声の主が姿を現した。

 先ほど見た金髪の男の子だ。

 綺麗に切りそろえられた前髪と青い目が印象に残る。

 利発そうな顔立ちをした少年だった。


 彼は近衛兵に指示を出し、椅子に座っていた鎧を除けさせるとそこに腰かけた。

 カブラスは黙って左に立っている。


「そちの言う通り、呼びつけておいてこの対応は確かに無礼な振る舞いだった。非礼は詫びよう。私が領主のロラン・ミリディアだ」

「貴方が領主?」


「そうだ。此度の事には訳がある。そちも思ったのではないか。こんな子供が領主? と」

「はい」

「はっきり言うな。気に入ったぞ。……私は父が年老いてからの子でな。領地を受け継いだのは三年前、七歳の時だった」


「そんなに幼くて領地の運営が出来るのですか?」

「舐めてもらっては困る。私はいわゆる天才というやつでな。五歳の時には、領地運営に関する基本事項は全て学び終えておる」

「へぇ、凄い」

「まあな……そうでも言わんと、子供の私には誰もついて来んのでな」


 ロランはそう言って自嘲気味に笑った。


「それに基本が解っても、新たな問題は次々と湧いてくるので常に勉強の日々だ」

「……ご領主様も大変ですね」


「まあ、大変だからと投げ出すわけにもいかん。問題解決のため様々な人間と会うことになるが、中には子供と侮る者もいる。カブラスを代役に立ててなるべく直に会わないよう調整はしているが、そうもいかん場合はあの鎧でごまかしているのだ」


「なるほど……じゃあ、なんで今回は代役を立てなかったのですか?」

「報告を読んでそちに興味がわいた。直に見てみたかったのだ」

「実際会ってみて……どうでした?」


「まさかこんな可憐な美女が現れるとは予想外だった」

「えっ、美女……」


 美女と言われカミュは顔を赤らめる。


「一人で無法者の集団を二つも潰したと書いてあったからな。もっと怪物のような女が来ると思っていたぞ」

「怪物……」


 カミュの顔が暗く沈んだのを見て領主は己の失言に気付いた。

 取り繕うように言い募る。


「ほっ、報告書には容姿の事は言及していなかったからな。あのような事、普通の人間に出来るわけがあるまい。私がそう思ってもおかしくないだろう?」

「また、普通じゃないって言われた……」


 カミュは本格的にすね始めた。

 俯き人差し指を突き合わせている。


「子爵様、カミュは普通じゃないって言われるのが一番堪えるんです。追い打ちは止めてあげて下さい」

「うぐっ、そっ、そうか。悪かったカミュ」


 アインの説明で子爵は素直に謝った。


「カミュ、お前もいつまでも落ち込んでるんじゃない。孤児院の事、お願いするんだろう?」

「うぅ、孤児院……そうね」


 カミュは深呼吸して気持ちを切り替えた。


「子爵様。お願いがごさいます」

「うっ、うむ、なんだ、申してみよ」

「新しい孤児院の創設をお願いしたいのです」

「孤児院か……私も戦災孤児の問題には頭を悩ませていた。しかし新たに作るとなると予算がたらんな」


「すでにある建物を改修するのはいかがでしょうか?」

「カミュには何か考えがあるのか?」


 カミュはいったん深呼吸して、自分の考えを述べた。


「はい、ジャッカルのアジトだった建物は、作りがしっかりしていて、少し手を入れればそのまま使えるはずです」

「ジャッカルのアジトは、確か元マクファラン家の自宅だったはずだな。カブラス、あの建物の所有者は誰だ?」


「はい、あそこは以前は主に不動産を扱っている、ロービス商会が管理しておりましたが、買い手もつかず維持費用だけが嵩むことから、街での買い上げを陳情され、それを受けました。現在の所有はミダスになっております」


「ふむ、なら建物の問題は解決だな。次に改修費用と維持費用だ。改修費用は今回の件で浮いた予算を充てればいいだろう。問題は維持費用だ」

「それについても考えがあります」

「ほう、聞こうか」


 カミュは気持ちを落ち着けるため、両手をお腹の前で組んだ。


「館の一部を劇場に改修するんです」

「劇場? 演者はどうする?」

「今回捕らえたジャッカルのボス、ウォードは旅芸人の一座で花形を務めていたそうです。彼女に仕切って貰えばうまく行くと確信しています」


「しかし、犯罪者を野放しには出来ん」

「ええ、分かっています。勿論監視は必要でしょう。今回の処置は強制労働がわりとして対応できないでしょうか?」

「……なるほどな」


「子爵様。発言よろしいでしょうか?」

「何だアイン」


「ジャッカルの構成員たちの中には、元は職人だったものもいます。彼らに労働力として働いてもらえば、予算の削減にも貢献できるかと愚考します」


「……国から戦費の要求をされている今は金は少しでも節約したい。いいだろう。アイン、構成員の過去の経歴や為人を詳しく調べよ。問題ないようなら館の修繕改修及び劇場の運営にまわせ。本人の意思は尊重しろ。嫌だという者を無理に働かせてもいい結果は生まん」

「ハッ!了 解しました!」


「カブラス」

「はい、子爵様」

「修繕費の予算確保と建物の所有者の変更を命じる。新しい所有者はカミュだ」

「畏まりました」


「えっ!? 私が所有者になるの!?」

「お前が言い出したことだ。最後まで責任を持て。アイン、監視役として衛視から何名か出せるか?」

「ギャングの件が解決したことで、多少は余裕が出来ました。交代で監視役を回せば、何とかなると思います」


「よし、監視役には俸給に多少色を付けよう」

「それを聞けば手を上げる者も出て来るでしょう」

「アイン、報告書を読む限りは生粋の悪人ではないようだが、犯罪者であることに変わりはない。監視役は腕の立つものを選べ」

「心得ております」


 子爵は全員を見まわし頷いた。


「よし、これで話は済んだな。カミュ、本来はそちの姿を見るだけの予定であったが、こうして正体もばれてしまった。もう少し話がしたいがよいかな?」


「はい、喜んでお受けします」

「もうすぐ昼時だ。食事でもしながら話すとしようか?」

「食事ですか……」

「何か不都合でもあるのか?」


 カミュは気まずそうにいった。


「子爵様。服を着替えてもよろしいですか?」

「服?」


 ロランは不思議そうに首を傾げた。


「コルセットがきつくて、このままだと何も喉を通りません」

「フフッ……ハハハッ! わかった、楽な服を用意させよう」


 カミュは子爵が話が分かる人で良かったと、ほっと胸を撫で下ろした。

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