子爵の城へ
詰め所を出たカミュはステラに戻ることにした。
ステラではカイルが出迎えてくれた。
「おかえり、カミュ。クリフとは話せたのか?」
「ええ、それで明後日なんだけど、一度村に帰ろうと思うの」
「そうか。なら貰った宿泊代を返金しようか」
「いいえ、帰るのはこちらの都合だし、またすぐミダスに戻ってくるつもりだから、部屋はそのまま取っておいて欲しいの」
「解った。じゃあ明後日発つとして、残り七日分はお前さんが戻って来てから換算するとしよう」
「いいの?」
「ああ、部屋は空いているから、一部屋ぐらい構わんさ」
「ありがとうカイル」
「気にすんな。それで夕飯はどうする?」
「頂くわ。メニューは何?」
「昨日の鳥がまだあったから、シチューにした。温め直すからちょっと待ってろ」
カミュはカウンターに座り料理が出てくるのを待った。
「そう言えば、山葵とショーユの事なんだが」
「手に入りそう?」
「ああ、少し時間はかかるが、取り寄せることが出来そうだ」
「楽しみね」
「山葵は本当は、生の物の方が美味いみたいなんだが、保存がきかなくて乾燥させた粉の物しか手に入らんらしい」
「それは残念」
「この前お前に出したのも、ユキマルから貰った粉で作ったものだったし、俺も試してみたかったが……仕方ねぇな。はい、お待ちどおさん」
カウンターに料理が並べられる。
パンにメインのホワイトシチュー、それにサラダがついている。
いつもより品数は少ないが、シチューは具沢山で食べ応えがありそうだ。
「いただきます」
カミュが料理に舌鼓を打っていると、カイルが声を掛けてきた。
「カミュ、お前さん辛いのは平気か?」
「塩辛いのは苦手よ」
「塩の辛さじゃなくて、舌にピリッとくる辛さだ」
「ピリッとくる辛さ? 味の想像が出来ないわ」
「今日、ショーユの事を聞きに言った時、コイツを紹介されたんだ」
そう言ってカイルはガラスの小瓶をカウンターに置いた。
赤い液体が入っている。
「これは何?」
「こいつは唐辛子から作られた調味料だ」
「唐辛子?」
「ああ、この街は西の大陸とも貿易をしている。それでそっちの食い物も入ってくるんだ。今じゃどこの農村でも栽培している、ジャガイモやトマトなんかも元々は西の大陸から渡って来たものなんだぜ。最近入ってきた唐辛子もそうだ」
「へぇ、それでこれ美味しいの?」
「試食したんだが、俺は気に入った。結構辛いから少しだけ振って試してみてくれ」
カミュは言われたように、小瓶から一二滴シチューにかけて口に運んだ。
シチューのまろやかさの中に、辛さと酸味が加わり味にアクセントを加えている。
万人受けはしないだろうが、カミュは気に入った。
「辛いけど美味しいわ」
「そうか良かった。カミュはいつも美味そうに食ってくれるから、こっちとしても作り甲斐があるよ。カミュみたいな女の子にも、受け入れられたんならコイツも需要があるかもな。仕入れて店に置いてみるか」
「辛いのが好きな人もいるでしょうから、受けるかもしれないわね」
その後カミュは、時々調味料をかけて味の変化を楽しみながら完食した。
「ご馳走様。カイル今日も美味しかったわ」
「おう、ありがとよ」
カミュはカイルからお湯をもらって、二階に上がり体を拭いて休むことにした。
明日は子爵様との謁見がある。
孤児院と劇場の件を頼まなければならない。
どう切り出せばうまく行くだろうか。
そんなことを考えながら、カミュは眠りについた。
翌朝、朝日と共に目覚めたカミュは、宿の裏庭で剣を振るった。
最近、色々あってさぼっていたので念入りに例の技も練習した。
一通り訓練を終えて宿に戻るとカイルが朝食の準備をしていた。
「おはようカイル」
「おう、おはよう。飯にするかい?」
「ええ、お願い」
「あいよ」
カイルは手早くパンをカットすると、皿に盛り付けカウンターに並べた。
サンドイッチとサラダ、牛乳がついている。
サンドイッチは具が四種類で、各二切れずつ盛り付けられている。
かなりのボリュームだ。
「いただきます」
カミュは初めにハムと胡瓜のサンドイッチを頬張った。
辛子マヨネーズが効いていて、とても美味しい。
その後も、玉子サンド、トマトとレタスの野菜サンドと食した。
最後の一種類はなんだろう?
肌色の具をマヨネーズで和えているようだ。
「カイル、これは何のサンドイッチなの?」
「そいつはマグロって魚さ。西の外洋でとれるんだが日持ちしないから、港で水煮にしちまうのさ。それを解してマヨネーズとトウモロコシ、刻んだ玉ねぎで和えてある」
カミュは魚の話が出たので、以前聞いた変な客の事を思い出した。
「マグロは生で食べれないの?」
「漁師は船の上でさばいたものを、ショーユで食うそうだが、庶民が食べるのは火の通ったものが殆どだな。そういやぁユキマルの奴が残念がってたな。あいつの国じゃ近海でマグロが獲れるらしい。それを生で例のショーユにつけて食うらしい。美味いらしいぜ」
「ふーん、でも獲れ立てじゃないと食べれないなら、生で味わうのは無理そうね」
そう言いながらカミュはサンドイッチを頬張った。
生じゃなくても、もうこれでいいんじゃないか。
そう思えるぐらいマグロのサンドイッチは美味しかった。
「ご馳走様」
「おう、今日はたしか子爵様に呼ばれているんだったな」
「ええ、その前に訓練で汗をかいたからお風呂に行ってくるわ。ついでに服の洗濯もしたいんだけど」
「洗い物があるなら、出入りの洗濯屋がいるから一緒に出しとくぜ」
「そう? 助かるわ」
カミュは一度部屋に戻り、洗濯物をカイルに渡して宿を出た。
風呂に入り宿に戻ると、宿の前に馬車が止まっている。
中に入ると、アインがカウンターで食事をしながらカイルと話をしていた。
「おかえり、カミュ待ってたぜ」
「アイン、午前中って聞いてたけど、ずいぶん早いのね」
「子爵様に謁見するんだ。その格好のままって訳にはいかないからな」
カミュは自分の服を見る。
昨日と同じ麻の服だ。
特に汚れは無いが、子爵様と会うには問題あるのだろう。
「困ったわね。私は同じような服しかもっていないわよ」
「大丈夫だ。服はこちらで用意する。一度俺の家に寄っていく。そこで着替えてもらおう」
「貴方の家? そういえばアインは騎士様だったわね」
「ああ、ドレスの着付けも使用人がやってくれるぜ。じゃあ行こうか。カイル、ご馳走さん。相変わらずお前の作る飯はうまいな」
「おう、ありがとよ」
カミュはアインと二人宿を出て、馬車に乗ってアインの家に向かった。
「こんな馬車なんて用立てなくても、歩いて行ったのに」
「家は貴族街にある。歩きだと時間がかかるからな」
しばらく馬車に揺られていると、大きな敷地をもつ屋敷がいくつかある通りに出た。
そのうちの一つに馬車は入っていく。
「立派なお屋敷ね」
「曾爺さんの功績だ。俺は家を継いだだけさ」
馬車は屋敷の玄関前で止まった。
アインは馬車を降りて、カミュを屋敷に招き入れた。
屋敷に入ると、黒い服をきた初老の老人と女性がアインに頭を下げる。
「アイン様、お帰りなさいませ。こちらのレディがお話されていたカミュ様ですか?」
老人がアインに話しかけた。
「ああ、そうだ。カミュ、紹介しよう。彼はこの家を取り仕切ってもらっている執事のシーバスだ」
「ご紹介に与りました。執事のシーバスと申します。カミュ様以後お見知りおきください。早速ですが、お時間もあまり無いようですので、着替えをお願い致します。アンナ、ご案内をお願いします」
「畏まりました。カミュ様、メイドのアンナと申します。着替えをお手伝いいたします。こちらへどうぞ」
「えっ、ええ」
カミュはアンナに案内されるがまま、奥の衣裳部屋へ通された。
「カミュ様の赤い髪には、こちらの緑のドレスが合うかと存じます」
「アンナ、私はただの平民よ。そんな畏まったしゃべり方をする必要はないわ」
「旦那様の大切なお客様に、失礼なことは出来ません」
「…そう。解ったわ。これを着ればいいの?」
「はい、お着替えが終わりましたら、御髪を整えて、お化粧をさせていただきます」
カミュは服を脱ぎ、ドレスに着替えようとした。
「アンナ、きつくて入らないんだけど」
「大丈夫です。こちらのコルセットで締め上げれば問題ありません。しかしカミュ様、均整の取れた素晴らしいプロポーションですね」
「そうかしら?」
「ええ、しかし普段はコルセットをしてらっしゃらないようで、ウエストに問題がございます。すこしきつめに締めましょう」
アンナはカミュにコルセットを付け、思いっきり紐を引っ張った。
「ぐぇ……ア、アンナ苦しい」
「我慢して下さい。ドレスを優雅に纏うためです。白鳥も優雅に見えますが、水面下では必死に水をかいているのです。優雅さは様々な犠牲の上に成り立っているのです」
カミュは優雅さなんて要らない、自分は白鳥じゃなくて家鴨で良いと思った。
紆余曲折あったが何とかドレスを着てメイクも済ませた。
「完璧です。これならどの社交界に出ても注目の的ですよ」
「そっ、そう……ありがとう」
ドレスを着てロビーに向かうと、アレンが目を見開いた。
「驚いた。良く似合うじゃないか」
「息が苦しいわ。早く着替えたい」
「流石のカミュも、コルセットは苦手みたいだな」
「靴もヒールが高くて歩きづらい」
「まあ、少しの辛抱だ。では行こうか。お嬢様」
アインはカミュの手を取り、馬車までエスコートした。
カミュは着慣れないドレスに四苦八苦しながら、馬車に乗り込み腰をおろした。
「信じられない。貴族の女性はいつもこんなものを付けて生活しているの?」
「俺は男だからよくわからんが、まあ慣れだろうな」
「私は平民でよかったわ」
アインと話している間に馬車は貴族街を抜け、子爵の住む城へたどり着いた。
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