ウォードの過去
予想以上に話が早く終わったため、カイザス工房を出た時も日はまだ高かった。
ステラに帰っても良いが、夕食までには時間がある。
ウォードの事が気になったカミュは、アインに話を聞くため衛視の詰め所に向かうことにした。
一番街にある衛視の詰め所は、武骨な作りの建物だった。
大きさは傭兵ギルドより少し小さい、三階建ての建物だった。
中に入ると住民が何人か衛視と話している。
周囲で起きたトラブルについて相談しているようだ。
受付に見知った顔を見つけたカミュは彼に近づいた。
向こうも気付いたようで声をかけて来る。
「カミュさん、どうしたんですか? 詰め所にくるなんて」
「こんにちは、デイブ。アインと話したいんだけど、取り次いでもらえるかな?」
「すいません。隊長は今は巡回に出ています。でも出たのは大分前だから、そろそろ帰ってくると思いますよ」
「解ったわ。待たせてもらってもいいかな?」
「ええ、どうぞ」
カミュはロビーに有った長椅子に座り、アインを待つことにした。
しばらく待つと衛視を数名引き連れて、アインが詰め所に入ってきた。
彼はカミュに気付くと、衛視たちに指示を出し、こちらにやってきた。
「カミュ、子爵様との謁見は明日だぞ?」
「解ってるわ。今日来たのは別の要件よ」
「何だ?」
「ねぇ、アイン。ジャッカルは高利貸しとか、悪質な奴らばかり狙っていたって聞いたんだけど本当なの?」
「そのことか。ああ、事実だ。しかし高利貸しとは言っても、法を破っている訳じゃないからな。まあ被害を訴えてきた者の中には、グレーに近い奴もいたが……」
「アイン、ウォードと直接話せないかな?」
「今取り調べ中だから、本来は駄目なんだが……そもそもお前がいなけりゃ、捕縛も出来なかった訳だしな。いいだろう、特別に許可しよう」
「ありがとう」
「こっちだ。ついて来い」
アインはカミュを連れて詰め所の奥に向かった。
扉を開け地下に下りていく。
「幹部は詰め所の留置所に入れてある」
アインについていくと、地下には牢が並んでいた。
「男どもは数人まとめて入れてあるが、あいつは女だからな。独房につないでいる。ここだ」
牢は他の物より小さいが寝台とトイレが設置されている。
ウォードは寝台に腰かけ、足を組んで物憂げに頬杖をついていた。
カミュに気付くと、微笑みを浮かべた。
「あら、カミュじゃない。何の用かしら?」
「ウォード……貴女と少し話をしたい」
「何が聞きたいの? このホテルの感想なら意外と快適よ。三食昼寝付き、ホテルマンに私好みの美形がいれば、言うことなしだったんだけどね」
ウォードは妖艶に笑いながら言った。
「……貴女は部下に悪質な連中しか襲うなと、命令していたと聞いたわ。何故そんなことをしたの?」
「別に義賊を気取っていた訳じゃないわよ。そういう連中の方が金回りが良いから襲っていただけ」
ウォードは皮肉げに語った。
「……ウォード、本当はどうなの?」
カミュはウォードを見つめた。
二人はしばらく見つめ合っていたが、ウォードはため息を吐き、肩を竦めて両手を上げた。
「そんなに真っすぐな目で見ないで。解ったわよ。話してあげる。私はね、金貸しや阿漕な商人が大嫌いなの」
「……どうしてそこまで嫌うの?」
「聞きたい? 長くなるわよ」
「聞きたいわ。アイン椅子を貸してもらえるかしら?」
「解った。ちょっと待ってろ」
アインは牢の管理室から丸椅子を二つ持ってきた。
「ありがとう。アインも一緒に聞くの?」
「当然だ。容疑者と一般人を二人だけにする訳ないだろう? それに動機の解明にもつながりそうだしな」
「解ったわ。ウォード待たせたわね。話を続けて」
「はいはい」
そう言って彼女は話し始めた。
「……こう見えて私は良いとこのお嬢様だったのよ。そこそこ大きな商家でね……」
ウォードはここミダスで裕福な商人の娘だった。
彼女の父親はやり手の商人で、手広く商売をしていた。
彼は暴利を貪ったり、安価で商品を売ることはせず、適正価格で物を売ることを信条にしていた。
安価で売れば、商品を作った職人にしわ寄せが行き、最終的には品質の低下を招く。
誰も得をしない結果になるというのが彼の考えだった。
そんな父をウォードは尊敬し、優しい母と一緒に幸せに暮らしていた。
彼女の生活に変化が訪れたのは、彼女が十一歳の時だった。
父が病に倒れ、そのまま帰らぬ人となったのだ。
商会は父が支えていたようで、部下たちは彼の指示に従って動いていただけだった。
有能すぎる上司の下では部下は育たない。
商会は母が後を継いだが、業績は右肩下がりを続けた。
今まで融資を申し出ていた銀行や金貸しも、掌を返したように借金の返済を迫ってきた。
母は頑張っていたが業績を回復させることは出来ずついには破産した。
母は商会をたたみ、所有していた屋敷や土地等を売却して借金の返済に充てた。
借金は返せたが、無一文になった彼女たちは貧民街に移り住んだ。
母は元は良家のお嬢様だったが、駆け落ち同然に父と一緒になったので実家に頼ることは出来なかった。
彼女は手に職は持っておらず、賃金の安い内職や衣服の洗濯等で日々の糧を得ていた。
それでも足りない分は評判の良くない金貸しから借りてやり繰りをしていた。
月の終わりには借金取りが家に来て利息を支払う。
彼らに頭を下げる母を見るのはたまらなく嫌だった。
その頃のウォードは裕福だったころの感覚が抜けず、街になかなか馴染めなかった。
同年代の子供たちに高飛車にふるまい虐められることもあったらしい。
そんな日々でもいい事もたまにはあった。
ある日、ガラの悪い連中に絡まれたウォードを一人の少年が助けてくれたのだ。
「格好良かったのよ……あっという間に三人を倒して、怯えて座り込んだ私を優しく立たせてくれたわ」
彼女はその話をしている間は、いつもの妖艶な雰囲気は鳴りを潜め少女のような顔になった。
その灰色の髪の少年は「家まで帰れるか?」とウォードに尋ねた。
彼ともう少し一緒に居たかったウォードは首を振り一人じゃ怖いと駄々をこねた。
少年は「しょうがねぇなぁ」と彼女の手を握り家まで送ってくれた。
彼のことが気になったウォードは色々質問した。
彼は孤児で今は年下の赤い髪の女の子と暮らしているらしい。
そのことが気に入らなかったウォードはつい高飛車な態度を取ってしまった。
しかしそんな事を気にする様子もなくニコニコと笑って話を続けてくれた。
別れ際に少年はウォードに言った。
「お前、もっと笑え。可愛いんだからもったいないぜ。じゃあな」
少年に言われた事で彼女は笑うようになった。
そうすると今まで虐めていた周りの子達も仲良くしてくれるようになった。
「あの人には感謝してるわ。それっきり会ってないけど思えばあれが初恋だったのね。舞い上がっていて名前を聞くのを忘れていたことを後になって後悔したわ。…話がそれたわね」
「灰色の髪……」
おそらくその少年はロイだろう。
彼はカミュが知っている範囲でも何度か同じような事をしていた。
「貴女、心当たりがあるの? もし何か知っているんなら教えて欲しんだけど」
「……何でもない。話をつづけて」
「……解ったわ」
それ以降も貧しい暮らしは変わらなかった。
母は働きづめの生活がたたって、体を壊しあっけなく死んでしまった。
金貸し達は借金の形に家財道具を一切合切、売り払い、ウォード自身も旅芸人の一座に売られた。
そこで鞭使いの師匠にしごかれ技を身に着けた。
成長したウォードはスタイルの良さとどこか陰のある妖艶な美貌で一座の花形になった。
そして稼いだ金で自分を買い戻し故郷であるミダスに一年程前帰ってきた。
絡んできた男を叩きのめしたらなぜか慕われた。
慕ってくる者達を邪険も出来ず、気が付けばジャッカルというグループのボスになっていた。
その後は仲間の為に悪事に手を染め、どうせやるなら恨みのある相手に似たものを狙うことにした。
「ウォードって名前は師匠が引退する時、名前を引き継いだのよ。まさか師匠もこんな悪名になるなんて思ってなかったでしょうね。調べればわかるでしょうけど、本名はアイリス・マクファラン……」
「マクファラン!? お前マクファラン商会の娘か!?」
今まで黙って聞いていたアインが突然声を上げた。
「アイン知ってるの?」
「ああ、大きな商会だった。ジャッカルがアジトにしていた屋敷は元はマクファラン家の物だった。自宅として使用していたはずだ……」
「あそこをアジトにしたのは懐かしかったからってのが大きいわ。話を戻しましょう。他に聞きたいことはある?」
カミュはいくつか気になっている事があったので、質問することにした。
「ええ、戦いの最中、貴女が叫んでいた奪われる側に回らないっていうのは……?」
「成り行きとはいえ慕ってくれる仲間が出来た。負ければそれを奪われる。……思わず本音が出たみたい」
「ウォード……貴女、意外とお人好しね」
「フフッ、そうね……自分でも意外だったわ」
「……ねぇ、もう一つ聞いていいかしら?」
「なあに?」
「ジャッカルのメンバーはどんな人たち?」
「あいつらは元居た場所から放り出された者たちよ」
「放り出された?」
「ええ、兵士や職人……変わったところだと大きな商会の経理とかもいたわね」
「なんで放り出されたの?」
「上官や親方とそりが合わなかったらしいわ。あいつら短気で融通が利かないから、不正や汚職みたいな自分の信条に反する事が我慢できなかったみたい。詳しくは聞いていないけどね。仕事が無くて、行き場所も失い、やけになって暴れていた連中が多かった」
「あと一つ聞きたい。なんでミダスに帰ってきたの?」
「……戻った時は芸を披露できる小さな劇場を開こうと思っていた。故郷だったし、もしかしたらあの人に会えるかもっていう淡い期待もあった。……なんでここまで本心を話しちゃったのかしら。きっとあなたがどことなく、あの人に似ていたからかもね」
カミュはウォードの話を聞いて少し考えた。
「ウォード、劇場を開けるって言ったら協力してくれる?」
「カミュ!? 何を言い出すんだ!!」
「アイン、少し黙ってて」
「しかし……」
カミュに真剣な目で見つめられアインは渋々返答した。
「……わかったよ」
「ありがとう。でウォードどうなの?」
「……それが出来るなら喜んで協力するわ。でもしばらくは無理ね。私は監獄行きでしょうから」
「私は明日、子爵様と会う予定よ。その時に今回の件の報酬で孤児院の創設を願い出るつもり」
「孤児院? それと劇場が何の関係があるの?」
「孤児院が出来ても維持にはお金が必要だわ。そのお金を併設する劇場で賄いたい。孤児たちもそこで働けば、盗むのではなく、自分でお金を得ることの大切さを知ることが出来ると思うの。もし協力してくれるのなら、貴方達のことも子爵様に話してみるつもりよ……どうかしら?」
ウォードは少し考え答えた。
「そんなに上手くいくとは思えないけど……もしその話が実現出来るのなら協力してもいいわ」
「上手くいかせるわ……今日の所はここまでね。じゃあねウォード。また近いうちに会いましょう」
「ええ、またね」
「アイン行きましょうか」
「おっ、おう」
アインは話の流れについて来れていないようだ。
二人は丸椅子を管理室に戻し、地下の留置所から詰め所ロビーへ移動した。
「カミュ、お前あんなことを考えていたのか?」
「劇場を作る事はウォードとの話の中で閃いたことだけど、維持費用のことは気にかかっていたの」
「孤児院を建てるだけじゃ駄目なのか?」
「私は入れなかったけど、孤児院の子たちにも何人か知り合いはいたわ。みんないつもお腹を空かせてた。その孤児院は寄付で運営されていたみたいだけど、それだけじゃ食べていくだけで精一杯。孤児院を作っても、なにか他の資金源が必要だとずっと考えていた」
「それで劇場か」
「ウォードは一座の花形だったって話だし、彼女には人を引き付ける魅力があるわ。うまく行くと思うのよね。ジャッカルのメンバーも彼らが望むなら働いてもらおうと思っている」
「あの連中に劇場の運営なんて出来るのか」
「それはこれからの話。みんな最初は素人よ。やってみなくちゃ解らないわ」
「まあ全て仮定の話だからな。子爵様が許可されるかどうかも解らんし」
「ねぇアイン、明日の謁見の時は一緒にいてくれるの?」
「ああ、今回の件の担当者だからな。一緒に謁見することになるだろう」
「うまく話を合わせてくれない?」
「ジャッカルのメンバーの調書を読んだが、粗暴ではあるが極悪人と呼べるものはいなかった……いいだろう。協力しよう」
「ありがとう」
その後、アインと謁見について軽く打ち合わせをして、カミュは詰め所を後にした。
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