第二章 傭兵ギルドと初仕事

再びミダスへ

 事件から一週間程してカミュはジョシュアの家に戻った。

 それから毎日のように剣の修行に明け暮れた。

 体を動かしている間は悲しみをほんの少しだけ忘れられた。

 何よりジョシュアとカミュの繋がりは、師匠と弟子として剣によって結ばれたものだったからだ。

 剣によって奪われた家族を剣によって再びを得て、そして剣によって失った。

 複雑な思いを抱いたままカミュは剣を振るい続けた。


 二年が経った。

 カミュは村の仕事を手伝いながら、表面上は以前と同じ快活さを取り戻していた。

 だが黒鋼騎士団のことは片時も忘れたことはなかった。

 両親とロイとジョシュア、彼女の大切な人たちは全て、ジャハドという男に奪われてしまった。

 あいつだけは許せない。


 カミュは何度もジャハドとジョシュアの戦いを思い出していた。

 彼女の銀の眼は二人の動きを正確に捉えていた、その中で気付いたことがある。

 ジョシュアがジャハドに打ち込んだ時、左足には力が掛かっていなかった。


 右足のみでの打ち込みでは、満足な斬撃は行えないはずだ、しかしジョシュアの剣はジャハドの鎧に浅くない傷を残していた。

 もし左足が万全の状態なら鎧を切り裂きジャハドに勝利していたのではないか。


 あの剣技を身に着け再現することが出来れば、仇を討てるかもしれない。

 カミュはこの一年程はジョシュアの剣を正確になぞり、さらに左足の力ものせ完璧な技の再現に注力していた。

 一年に亘る鍛錬の結果、カミュの剣はジョシュアの技を完全に再現できるレベルに至っていた。

 正確を期すなら、全身を使い放つ斬撃はカミュが見たジョシュアのものを超え完成形といえる物だった。


 カミュは練習のために買い求めた、分厚さが通常の三倍の特製の鎧を的に剣を振るった。

 技は完璧だった、しかし剣が持たなかった。

 鎧に傷をつけることは出来たが、剣が力に耐えきれず折れてしまったのだ。


「普通の剣では奴の鎧を切ることは出来ない。……どうすればいいの……」


 ふとミダスに行ったクリフの事を思い出す。

 彼が村を出て黒鋼騎士団の事件が起こった。

 それ以来カミュは村から出ることなく過ごしていた。

 買い出しに出た村人から、彼の話を聞くことはあったがもう二年以上顔を見ていない。


 鍛冶屋に弟子入りしたクリフなら、剣について相談に乗ってくれるかも知れない。

 カミュはミダスに向かうことに決め、村長に挨拶し翌朝旅立つことにした。


 いきなりの事だったので村長は慌てたが、彼女の決意が固いと知ると快く送り出してくれた。


「カミュ、ここはもうお前の故郷だ。疲れたらいつでも帰っておいで」

「ジョシュアさんの家は私がきちんと見ておいてあげるから安心おし」


 村長のロブや隣の奥さん、大勢の村人が見送ってくれた。


 ジョシュアが普段使っていた剣とつば広帽、濃緑色のマントを身につけ、ロイがくれたお金を背嚢につめて、カミュは五年ぶりにミダスへ向けて旅立った。


 ミダスには街道を歩き五日ほどでついた。

 以前この道を通った時は倍の時間が掛かったことを考えると、ジョシュアが自分の足に合わせて歩いてくれたのだなと気が付いた。


 五年ぶりのミダスはあまり変わっているようには見えなかったが、兵士の数が増え戦争の影がこの街にも及んでいることを感じさせた。

 カミュはクリフと会う前にロイと暮らした廃屋へ立ち寄ることにした。


「変わってしまうものね」


 廃屋は変わらず存在したが、五年の間誰も住んでいなかった場所は荒れ果てていた。

 ロイと一緒にパンを食べたテーブルは厚く埃がつもり、冬にお互いのぬくもりを求め抱き合って眠ったベッドはカビで黒ずんでいた。


 感傷を振り切り廃屋を後にする。

 貧民街から三番街へ向かっている途中で、なにやら言い争う声が聞こえた。

 気になったカミュはそちらに足を向けた。

 ガラの悪い男数人が子供二人を取り囲んでいる。

 囲まれているのは幼い男女で、男の子は男たちから女の子を庇うように立っている。


「これで全部か? これじゃ一日分には足りないぜぇ?」

「これ以上渡したら俺たちの食い扶持がなくなっちまう」

「んなことは知らねぇよ。俺たちが守ってやってるから、お前らみたいなガキでも暮らしていけるんだろうが」


 ニヤついた顔でそう話す男にカミュは見おぼえがあった。

 絡まれている二人がかつての自分と重なり、見かねたカミュは声をかけた。


「ルカス、まだこんなことをしているの?」


 リーダー格の男はかつてカミュに絡んで金を巻き上げようとしていたルカスだった。


「何だてめえ! なんで俺の名前を知ってる!? ジャッカルのまわしもんか!?」

「ジャッカル?」

「とぼけんじゃねぇ! この街で俺たちワイバーンに歯向かう奴らはジャッカルだけだ!」

「チンピラ同士の縄張り争いねぇ……。残念だけど私はそのジャッカルとかいう連中とは関係ないわ。貴方達もう行きなさい」


 カミュはルカス達が自分に気を取られているの見て、子供たちに言った。


「姉ちゃんありがとう!!」


 男たちの警戒が緩んでいたのもあって、子供たちは路地裏に走り去った。


「おい!! 待たねぇか!! クソふざけやがって……てめえこんなことしてタダで済むと思ってんのか!?」


 カミュはルカス達に囲まれる。


「……よく見ると上玉じゃねえか? こりゃ俺たちが楽しんだ後娼館送りだな。お前ら押さえ込め!」


 ルカスが号令をかけると周りの男たちが獲物を手に襲い掛かってきた。


「荒事は苦手なのよ」


 カミュはナイフで襲い掛かってきた男の手を捻り、勢いのまま地面に叩き付けた。

 そのまま流れるように掌底で隣の男の顎先をかすめるように打ち抜く。

 顎を打たれた男が昏倒するのを見ることもなく、三人目の男から棍棒を奪い鳩尾を突く。

 更に棍棒で四人目の男の右手首を砕いた。

 一瞬で四人を戦闘不能にされたことで、最後の五人目は尻もちをつき後ずさりカミュを怯えた目で見ている。


「何なんだてめぇ!?」


 ルカスは腰の剣に手をかけた。

 カミュの銀の瞳がルカスを射抜く。


「それを抜くんなら殺されても文句は言えないわよ……」

「……クソッ! ワイバーンを敵に回してタダで済むと思うなよ!」


 ルカスは捨て台詞を残し走り去った。

 他の男たちも仲間を連れてルカスを追った。


「あいつ、全然成長してないわね」


 呆れたように言うとカミュは棍棒を投げ捨てクリフが修行している鍛冶屋に足を向けた。

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