ジョシュアの死
クリフがミダスに旅立ってしばらくしたある日、村に見慣れない男たちがやってきた。
五人ほどの集団で全員が馬に乗り、黒いマントにフードで顔を隠している。
一人だけ頭一つ抜けた大柄な男がいて、その男がリーダーのようだ。
男たちは村を素通りし真っすぐジョシュアの家へ向かってきた。
ドアが乱暴に叩かれる。
「剣聖ジョシュア! ここにいることは解っている! 大人しく出てこい!」
ちょうど食事時で二人とも家に戻っていた。
カミュが不安げにジョシュアを見る。
「大丈夫じゃ、ちょっと話をしてくる」
ジョシュアがドアを開け尋ねる。
「ずいぶん乱暴じゃな。剣聖とは懐かしい響きで呼ぶもんじゃ」
「貴様がジョシュアか?」
大柄な男が尊大な態度で尋ねる。
「そうじゃが。何の用じゃ?」
「俺はエディル帝国黒鋼騎士団、団長のジャハドだ。貴様の持つ剣聖の称号を頂きに来た」
「剣聖の称号なんぞ何で今更欲しがるんじゃ?」
「王国じゃ貴様はまだ英雄みたいでな。帝国に支配された地域でも抵抗勢力のシンボルとして利用する輩が多い。要するにお前に生きていられちゃ迷惑なんだよ。殺すついでに剣聖の称号も奪っちまえば奴らの士気もダダ下がりで、俺の仕事もやりやすいって訳よ」
「勝手な理屈じゃな」
「じじい一人殺したところで自慢にもならんが、そういう訳なんで死んでくれ」
ジャハドはそう言うと背中に背負っていた大剣を抜き、いきなりジョシュアに向けて斬撃を放った。
ジョシュアはかろうじて避けたが、大剣により玄関のドアは破壊されバラバラに吹き飛んでいた。
突然の出来事にしばし茫然としてしまったカミュだが、バラバラに吹き飛ぶドアと男が口にした黒鋼騎士団という名前が遠い記憶を呼び起こす。
かつて故郷を蹂躙した黒い影、そしてロイが死ぬことになった原因。
「うわぁぁぁ!!」
二つがつながった時、カミュは自分でも意識しないうちに剣を持ちジャハドに切りかかっていた。
正確な攻撃は確かに男の急所を捉えたが、鎧によって弾かれる。
カミュはその後も素早く何度も剣を振るったが、すべて男の黒い鎧によって阻まれてしまった。
「なんだぁ、この小娘」
ジャハドはカミュに向けて大剣を振るう、攻撃をカミュは咄嗟に防御したが、いなしきれずそのまま吹き飛ばされ動けなくなった。
「カミュ!!」
ジョシュアが駆け寄りカミュを抱き起す。
彼女は命に別状は無いようだか、衝撃で意識が朦朧としているようだ。
ジョシュアはカミュの手からから剣を取りゆっくり立ち上がった。
「……解った。相手をしてやろう」
ジャハドは感じたことのない威圧感に一瞬たじろいだ。
しかしこんな老いぼれに負けるわけがないと思い直し剣を構える。
二人は村はずれの小さな家の前で対峙した。
ジャハドは今にも襲い掛からんとするような上段の構えだ。
対するジョシュアは剣をだらりと提げたまま特に構えなどは取っていない。
「くたばれ老いぼれ!!」
舐められたと激高したジャハドは一気に踏み込み剣を振り下ろす。
恐ろしい速度だ。
しかしジョシュアはそれよりも速く、ジャハドの大剣にそっと触れるように剣を振るった。
大剣の軌道が逸れ、ジャハドがたたらを踏む。
ジョシュアは一歩も動いてはいない、対峙した時と変わらず剣もだらりと下げたままだ。
ジャハドは大振りをやめ、小さく剣を振るい連撃をジョシュアに放った。
先ほどの一撃より早い、大剣を普通のロングソードのように扱っている。
しかしジョシュアはその全てをいなしていく。
カミュは朦朧とした意識の中、二人の戦いを見ていた。
訓練でいつも見ているジョシュアの動きとはまるで違った。
いや動き自体は同じだが、スピードと繊細さが段違いだ。
カミュは手加減されていることは感じていたが、ここまで実力に差があることを知ってショックを受けた。
ジャハドは己の剣が全ていなされることに憤りを感じたのか、連撃をやめ下から剣を逆袈裟に振り上げた。
その軌道がジョシュアによってそらされる、ジャハドの剣は勢いのままに天を指す。
ジョシュアはその一瞬出来た間隙を突き剣を素早く鞘に戻し抜き打った。
振るわれた刃はジャハドのがら空きの胴を薙ぎ払う。
「固いのう。今まで生きてこれたのはその鎧のお蔭か?」
ジャハドの鎧は黒鋼と呼ばれる希少な金属を使うことで並みの兵士では傷一つ付けられないものだ。
騎士団の名前も彼が身に着けている鎧から名づけられたものだ。
鎧は貫かれはしなかったが、打たれた脇腹には深い傷がついていた。
「畜生!ふざけやがって!」
「団長、急がないと王国軍に気づかれます」
後ろに控えていた団員がジャハドに声をかけた。
その一言でジャハドは冷静さを取り戻し少し間合いをとった。
「しゃーねぇ、じじい一人簡単に殺せると思っていたが、剣聖の称号は伊達じゃねぇってことか」
ジャハドは団員たちに号令をかけた。
「後ろの娘を弩でねらえ」
団員たちが一斉に弩を構える。
それを見てジョシュアが声を荒げる。
「貴様それでも騎士の端くれか!?」
「悪いな爺さん、俺は正々堂々の騎士道ってやつにはまったく興味がないんだ、勝てりゃそれでいいのよ」
ジョシュアは男たちを睨みつけ思惑を巡らす。
彼の足ではカミュを守ることは位置的に不可能だろう。
「……解った儂の首はくれてやる。だが娘は見逃してくれ」
「ジョシュア……駄目……」
「カミュ……幸せになるんじゃぞ」
ジョシュアはカミュを見て優しく微笑んだ。
そして剣を捨てジャハドの前に立った。
「剣聖の首があれば小娘なんぞどうでもいい。有難くいただくぜ!」
ジャハドの剣がジョシュアの首めがけて振るわれた。
首が宙を舞いジョシュアの体は崩れ落ちる。
「嫌ぁ!! ジョシュア!! ジョシュア!!」
泣き叫ぶカミュを無視して首を袋に詰め団員に渡すと、ジャハドは家に入り、暖炉の上に飾ってあった紋章の着いた剣を奪い家から出て部下に告げる。
「剣聖の剣も手に入れた、わかりやすく飾ってくれてたお蔭で家探しせずに済んだぜ。仕事は終わりだ。ずらかるぞ」
「ハッ!」
男達は来た時と同様に村を素通りし走り去った。
残されたカミュはしばらくして動けるようになると、ジョシュアの亡骸に縋り付き泣き続けた。
異変を感じた村長たちが様子を見にやってきて、彼女を亡骸から離れるよう説得したがカミュは聞き入れなかった。
村長は村人たちに、彼女が落ち着くまで注意深く様子を見るよう指示した。
彼女はその後、三日三晩泣き続け疲労により意識を失った。
カミュが意識を失ったこと聞いた村長は彼女を保護し、ジョシュアの遺体を埋葬した。
二日後、意識を取り戻したカミュは村長にジョシュアが埋葬されたことを聞き、彼の墓の前でまた泣いた。
村長は家にカミュを連れ帰り、面倒を見ることにした。
奥さんが心配して、食事の世話を焼いていた。
カミュは食べることはするのだが、心此処にあらずといった様子だった。
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