村での暮らし
弟子になった翌日から訓練は始まった。
訓練といってもやる事は走り込みと農作業だった。
ジョシュア曰く
「まずは体力作りから始めんとのう。そんなヒョロヒョロではまともに剣も触れんじゃろう?」
午前中は朝食前に走り込みをして、食事が終われば昼まで村の農家の農作業を手伝った。
午後からは自由時間だったので近所の子供たちと遊んだりした。
ジョシュア曰く
「人は他者と触れ合うことで、付き合い方や思いやりを学んでいくもんじゃ」
それはカミュにとっては五年ぶりになる子供らしい時間だった。
夕方に食事を終え、その後就寝するまでの時間、ジョシュアはカミュに読み書きと計算を教えた。
カミュにとって勉強が一番つらかったが、読み書き計算が出来なければ、買い出しの際に
その日の午後も近所の農家の三男坊クリフォードと、裏山を散策していた。
茶色い髪と青い瞳のクリフォード(みんなはクリフと呼ぶ)は人懐っこく、カミュにとっては村で初めてできた友達だった。
「カミュ、お前だけに俺の秘密の場所を教えてやるよ」
「ずいぶん勿体ぶるじゃない。どうせ大したこと無いんでしょ?」
「なんだと!? 見てたまげるなよ!!」
クリフに案内された場所は洞窟だった。
草が生い茂りよく見ないと洞窟は確認できない。
「真っ暗だよ、クリフ」
「へへッ、任せとけって」
そういってクリフはカバンからランタンを出し火をともした。
「よし、行こうぜ。見せたいものは奥にあるんだ」
クリフは躊躇なく奥に進んでいく。
カミュは少し尻込みしたが、怖気づいたと思われるのも癪なので後に続いた。
しばらく進むと広い空間に出た。円形で天井はドームのように丸みを帯びている。
「こっちだ、カミュ」
クリフがドームの中心あたりでカミュを呼んだ。
「一体何があるのよ?」
「いいからこっちに来て寝っ転がってみろよ」
「ほんとに何なんだか」
カミュは言われるままクリフの傍へ行き横になる。
カミュが横なったのを確認してクリフはランタンの傘部分を取り外した。
放射状に放たれた光が天井を照らす。
「わぁ…」
カミュは思わず声を漏らした。
ランタンの光を受けてドームの天井一面にエメラルド色の光の線が反射する。
まるで流星雨のようだ。
「綺麗…」
「なっ! 凄えだろう!」
「うん! 凄い!」
周りを見渡すと地面にも団栗ぐらいの大きさの石が落ちている。
ランタンにかざすと天井と同じようにエメラルドグリーンの輝きを放つ。
宝石のように透明ではないがとても美しい石だ。
「綺麗……天井にあるのも同じ石かな?」
「多分な。洞窟の事は他の奴には言うなよ」
「分かった」
「記念にその石はお前にやるよ」
「ありがとう、クリフ」
カミュがお礼を言うとクリフは顔を赤くしていた。
カミュは石を見つめ、そっと首に下げた袋に入れた。
「今日は何をしていたんじゃ?」
家に帰ったカミュにジョシュアが尋ねる。
ジョシュアはカミュが村に馴染んでいるか気になるようで、時々こんな風に聞いてきた。
「今日はクリフと遊んだよ。この石をくれたんだ、綺麗でしょう?」
そう言って袋から石を取り出した。
ジョシュアは石をみて驚いた顔をしたが、すぐ笑顔になりカミュに言った。
「そうかそうか、それはよかったのう。友達は大事にの」
「うん!」
■◇■◇■◇■
開始から半年後、基礎体力もついてきたとジョシュアに言われ素振りを始めた。
「思った通り筋が良いのう」
「ほんとに!? じゃあいよいよ剣術を教えてくれるの!?」
「いや筋力が足りん、剣がぶれておる。しばらくは素振りのみじゃな」
「え~!!」
更に半年が過ぎるころには剣の振り方も様になり、二年目はより実践的な模擬戦が訓練の主流になった。
模擬戦では剣のみでなく、素手での格闘術も教わった。
三年目からはジョシュア相手にも十本に一本は取れるようになった。
これにはジョシュアも驚いていたようだった。
「カミュ、練習では中々よい動きが出来るようになってきたな」
「ジョシュアが誉めてくれるなんて珍しいわね」
「しかし練習は練習じゃ、実戦は訓練とは違う、命のやり取りじゃ」
「なにか私の剣に問題があるの?」
「お主の剣は早いが軽い。甲冑を着込んだ相手や大型の獣には通用せんじゃろう。そこで明日からの訓練には座学を取り入れる」
「座学って、お勉強ってこと…」
「そうじゃ。人の体や鎧の構造、獣の種類や体の仕組みを知ることで、的確に急所を突くことが出来るようになるじゃろう。そうすれば非力なお主でも渡り合えるようになる」
「勉強は苦手だよぅ」
カミュはかなり落ち込んでいる。
「修行は厳しいと言ったじゃろう?」
ジョシュアは少し意地悪い顔をして笑った。
それから一年は正確に剣を振ることと、座学で知識を得ることに費やされた。
村の仕事を終え一人、剣を振るうカミュのもとに一人の青年が訪れた。
「カミュ、またやってんのか?」
「クリフ、何度来てもあなたの嫁になるつもりはないわ」
クリフもカミュも十六歳になっていた。
男女を意識するようになってもおかしくない年頃だ。
もっともクリフは出会った当初からカミュのことが気になっていたようだが。
カミュも剣術に打ち込んでいたとは言え年頃の娘だ、しかも成長しその美しさは村の中でも際立っていた。
言い寄ってくる男は何人もいたが、彼女に何度断られようとも声をかけてくるのはクリフだけだった。
「相変わらずつれないねぇ……でも今日は求婚に来たんじゃないんだ」
「じゃあ用心棒の依頼かしら?」
「別れの挨拶に来たんだ」
「別れ? ……村から出るの?」
「ああ、ミダスの街で鍛冶屋の修行をすることになった。親方の家に住み込みで働かせてもらう予定だ」
「ミダス……」
「三男坊じゃ大して土地も貰えないし、家も裕福とは言えないからな」
「そう……。寂しくなるわね」
「嬉しい事言ってくれるねぇ。まあミダスに買い出しに来ることがあったら寄ってくれ。三番街のカイザス工房って店だ」
「カイザス工房ね、ジョシュアと一緒によらせてもらうわ」
「保護者同伴かよ、色気ねえなぁ」
クリフはぼやきながら去っていき、その数日後ミダスへ向けて旅立った。
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