弟子になる

 村に向かう道すがらカミュは老人にいろいろ話を聞いた。


 彼の名前はジョシュア。

 昔話に出てくる剣聖が確かそんな名前だったが偶然だろう。

 老人は腰に剣を提げていたが、村人が遠出する時に持っている大量生産品の鉄の剣だったし、歩く速度は普通だったが、相変わらず左足を引きずりながら歩いている。


 ルカス達を叩きのめしたのはすごかったが、剣は使っていなかった。


「村に着いたら儂の仕事を手伝ってもらおうと思っとる」

「仕事って何をすればいいんだ? 俺は腕っぷしには自信はないぜ」


「儂はこう見えて剣にはいささか覚えがある。剣術を学べば、害獣退治や道中の護衛で食っていけるようになるじゃろう」

「戦争は嫌いなのに剣術を学ぶのはいいのか?」

「力は使いようじゃ、他者から奪うために使うのではなく、守るために使うべきだと儂は思っておる」

「守るためねぇ」


「それにお主の瞳の力があれば、儂よりずっと強い剣士になれるじゃろう。実は一剣士としてそちらの思いのほうが強いんじゃ。儂もまだまだ修行が足りん」


 そう言って老人は笑った。



 ■◇■◇■◇■



 十日ほど街道を南に歩いてジョシュアの村に着いた。

 村の名前はコリーデ村、聞いていた通り何の変哲もない田舎の農村だ。カミュは少し故郷の村の事を思い出した。


「まずは買い込んだものを村長のところへ持っていこう。お前さんも紹介しておかねばならんしな」


 カミュはジョシュアと一緒に村長の家に行き挨拶をした。

 村長は人の好さそうな中年のおじさんだった。


「カミュです。村長さんよろしくお願いします」


 カミュは村長に頭を下げた。


「はい、よろしく。村長のロブといいます」


 ジョシュアはカミュを弟子だと紹介していた。

 村長は荷物を受け取りながら珍しそうにジョシュアを見ていた。


「しかしジョシュアさんが弟子を取るとはねぇ。いままで弟子にしてくれ言ってきた若者は何人もいたけど、みんな門前払いだったのに」

「まあ儂も年じゃしな。儂の創ったものがこのまま消えてゆくのが、少し寂しくなったんじゃよ。そういうことじゃからよろしく頼む」


「……わかりました。ジョシュアさんにはいろいろ世話になってるし、問題ないですよ」

「ふむ、ではな。儂の家は村はずれじゃ、カミュ行こうか」


 村長の家をあとにしてジョシュアについていくと、こじんまりとした家が見えてきた。

 家の中は小さいが掃除が行き届いており清潔だった。

 意外そうにジョシュアを見ると、


「隣の奥さんが留守の間は家を見てくれているんじゃ」

 と説明してくれた。


 食堂兼居間には暖炉があり、壁には紋章の着いた剣が飾ってあった。

 ジョシュアが腰に提げているものとは違い、高価な装飾がされている。


「ジョシュア、あの剣はなに?」

「あれは身分証みたいなもんじゃ」

「いつもは使わないのか?」

「あんな派手な物を持ち歩いていたら目立つからの」

「そんなことより、まずは風呂に入って旅の垢を落とそう」


 家に入るとジョシュアは薪で風呂を沸かし始めた。

 道中は村があれば納屋等を一晩借りて宿替わりにしていた。

 だが風呂には入れず、湿らせた布で体を拭くぐらいしかできなかった。


 風呂には入りたかったが女であることがばれそうで尻込みしていると、ジョシュアが沸いたぞとカミュに声をかけてくる。

 ジョシュアはすでに服を脱いで風呂に向かっている。


「何をしとるんじゃ? さっさと来んかい」


 そう言って手をつかまれた。

 服を脱がされ帽子を取られ丸裸にされた後、まじまじと体を見られた。

 ジョシュアは目を丸くして驚いている。


「カミュ……お主、女の子じゃったんか」

「そうだよ……悪かったな男じゃなくて」


 ジョシュアは後ろを向くとばつが悪そうにいった。


「すまん、全然気が付かなったぞい。わしは後で入るからとりあえず先に風呂に入れ」

「……わかったよ」


 風呂に入り体を洗っているとジョシュアの独り言が聞こえる。


「一人称が俺というのがいかんのじゃ。それに胸もペッタンコで仕草も粗暴じゃし……うむ、儂は悪くない」


 汚れを落とし風呂から上がると着替えが置いてあった。

 ジョシュアの物だろうか、カミュにはかなり大きいが綺麗に洗濯されている。

 袖を折り無理やりサイズを合わせた。

 清潔な衣服に着替え部屋に戻るとカミュはジョシュアにいった。


「胸がなくて粗暴で悪かったな」

「聞こえとったんかい!?」


 そういいながらジョシュアは改めてカミュをみた。

 赤い髪は汚れが落ちて艶々と輝いている。銀の瞳につんとした小ぶりな鼻、痩せてはいるが将来は美人になるだろうとわかる容貌だった。


「確かに汚れを落とせば、女の子にしか見えんわい」

「うるせえ! ジョシュアもさっさと風呂にはいれよ!」

「はいはい」


 風呂から出たジョシュアは食事の支度をした。

 男の一人暮らしで手馴れているのだろう。

 パンにオムレツ、野菜サラダにベーコンのスープがテーブルに並んだ。


 旅の間は保存食の干し肉とパンがメインだったので新鮮な野菜はうれしかった。

 オムレツは具のないプレーンオムレツだったが、母のキノコオムレツを思い出し少し悲しくなった。


「どうした食わんのか?」


 急に黙り込んだカミュを心配してジョシュアが声をかける。


「何でもないよ!いただきます!」


 カミュは思い出を振り払い勢いよくオムレツにかぶりついた。


「慌てて食べんでも誰も取りゃせんわい」


 ジョシュアは笑いながら食事を始めた。


 食事も終わり人心地ついたところでジョシュアが話を切り出した。


「カミュよ。儂はお主が男の子だと思い、弟子にしようと村に連れて来た」

「女だと問題あるのか?」

「男ならこの村で用心棒のようなことをすれば、暮らしも立つと考えておったんじゃが……女の子なら、農家の嫁になったほうが幸せかもしれん」


「嫌だ!! 農家の嫁になっても戦争に巻き込まれれば抵抗も出来ずに殺されちまう……そんなのは御免だ!」

「ふむ……儂の弟子になって剣術を学びたいか?」

「学びたい!! 頼む、ジョシュア俺を弟子にしてくれ!! いや、して下さい!!」


「儂は剣術しか知らん。普通の娘のような育て方は出来んが……それでも良いか?」

「それで構わない。俺に剣術を教えてください」

「……分かった。今日、今この時よりカミュ、お主は儂の弟子じゃ。ちなみに修行は厳しいぞ」

「望むところだ」


「……一つ条件がある」


 ジョシュアが真剣な顔でカミュの目を見る。


「……なんだよ?」

「言葉遣いを直せ。女の子なんじゃからもう少しお淑やかに話せ」

「うっ……努力する……します」

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