老人との出会い
ロイの訃報を聞いてから一年がすぎた。
カミュは変わらずミダスで暮らしていた。
ロイからもらったお金には手を付けず、スリや窃盗を生業に隠れるように生きてきた。
「さて、今日の獲物は誰にしようか」
彼が王国軍に行くことにした二年前から、格好だけでなく言葉遣いも変え、カミュが女だと知るものは誰もいなくなった。
帽子を深くかぶり、髪と瞳が目立たないよう俯きがちに、歓楽街に近い街道沿いの壁にもたれて、道行く人々を観察する。
一番いいのは商業区の商人の懐から小銭を失敬することだ。
商人たちはレストランで食事をする際などにチップをばら撒いているので、銅貨2、3枚であれば気づかれることはほぼない。
銅貨3枚で、パンだけではなくスープにもありつける。
だがその日、街は兵士で溢れていた。
どうやらまた戦争が起ったらしい。
港から船で戦地に向かうようだ。
商人たちは揉め事を嫌ったようで、街には出ていないようだった。
「だめだな。今日は飯抜きか……」
ロイの事を考えると、兵士から盗むことは出来なかった。
ため息をついて、今日はもう帰るかと考えていると、濃緑色のマントと同じ色のつば広帽を目深にかぶった老人が目に止まった。
膝が悪いのか左足を引きずるように歩いている。
マントの間から腰に下げた皮袋が見えた。
袋は大人の拳ほどだが、パンパンに膨れていた。
「爺さんには悪いが生きるためだ」
カミュは気づかれないよう人混みに紛れて近いた。
老人は露店で商品を見るため足を止めている。
カミュは老人が鍋を手に取り品定めをしている隙を見計らい、腰の袋から銅貨を抜き取り素早く離れた。
離れた場所から老人を見ると店主と値引き交渉をしている。
気付かれてはいないようだ。
カミュは足早に廃屋に向けて足を進めた。
その背中を老人が見ているのも気づかなかった。
ねぐらにしている廃屋でパン、それにハムと屑野菜で作った塩見の薄いスープを食べる。
今日はハムが入っているのでごちそうだ。
老人から掏った金の中に、大銅貨が混じっていたので奮発してしまった。
久々のハムの味を堪能していると表から呼ぶ声がする。
「カミュ!! いるんだろう!? さっさと出てこい!!」
窓から外見ると見たくない顔が見えた。
この辺を牛耳っている孤児たちのボスであるルカスが、ニヤニヤしながら叫んでいる。
ルカスの後ろには二十人程の孤児たちが、ナイフや角材を手にこちらを見ている。
全員カミュより年上で十三から十六歳ぐらいだろうか。
ルカスは金髪で、他の者たちより頭一つ抜き出ている。
他の連中と違い一人だけ腰に剣を提げて身なりも小綺麗だ。
煮炊きする煙を見られたんだろう。
カミュは覚悟を決めてドアを開け、廃屋の前でルカスと対峙した。
「やっぱり戻ってたな」
「俺になんか用」
「お前、今日も仕事をしただろう。だったら出すもん出してもらわねぇとな。他の奴らに示しがつかねぇ」
ルカス達は孤児から上納金という名目で金や食料を奪っていた。
ロイが居た頃は彼を恐れてあまり近づいてこなかった。
彼が居なくなった後もしばらくは何もなかったが、ここ最近は何かにつけて絡んでくるようになっていた。
カミュも何度か殴られ、金や食料を奪われたりしていた。
「金なんて持ってねぇよ。全部使っちゃったから」
「ふざけんじゃねぇぞ!! 毎日仕事してんだ幾らかため込んでんだろう!!」
ルカスが仲間に支持を出す。
「囲んで捕まえろ! 痛めつけて金のありかを吐かせてやる!!」
カミュは廃屋に逃げ込もうとしたが、裏口にも仲間が張っていたようで取り囲まれてしまった。
まずい…… ルカスたちは私を男だと思っている。
殴られるだけならまだいいが、女とバレれば売り飛ばされるかもしれない。
こんなことなら髪を切っておけばよかった。
ある程度まとめて売ると金になるので、伸ばしておいたのが今になって悔やまれる。
じりじりと包囲が狭まる中、カミュは必死に頭を巡らせていた。
「ちょいと邪魔するよ」
緊張感のない場違いな声が聞こえる。
先ほどカミュが金を掏った老人がグループの後ろに立っていた。
「なんだぁジジィ!! 今、取り込み中だ!! 引っ込んでろ!!」
メンバーの一人が老人の胸倉をつかみながら吠えた。
次の瞬間、老人をつかんでいた男が、宙を舞い地面に叩き付けられる。
男は気絶しているようだ。
ルカスも含め周りの人間は何が起こったか理解できていないようだが、カミュには胸倉をつかんだ腕を持ち、そのまま捻るように投げ飛ばしたのが分かった。
ポカンと口を開けていたルカスが我に返り号令をかける。
「ジジィからたたんじまえ!!」
「荒事は苦手なんじゃが……」
男たちはそれぞれの獲物で老人に襲い掛かるが、投げ飛ばされたり殴られたりして次々と倒されていく。
動きが異常だ、早すぎる。
カミュには見えていたが、他の連中は何が起こったか解っていないようだ。
グループのうめき声が聞こえる中、最後の一人はルカスだった。
「何なんだてめぇ!!」
若干及び腰になりながらルカスは腰の剣を抜く。
それを見た老人の眼光が鋭く尖りルカスを射抜く。
「お前さん、そいつは完全な殺しの道具だ。人に向けるってことは、殺されても文句は言えんぞ……」
「クッ、畜生!! 覚えてろ!!」
月並みなセリフを残し、老人の言葉と殺気に完全に怖気づいたルカスは、剣を捨てて逃げだした。
ルカスが逃げ出したのを見て、座り込みうめいていた男たちも、動けない仲間を連れて逃げ去った。
残ったのはカミュと老人の二人だけ。
「俺も叩きのめすのかい?」
「そんなことはせんよ、さて……金を返してもらおうかいのう」
「……使っちまったよ…」
「困ったのう、あれは儂の金ではなく村の金なんじゃ、代表で儂が日用品を買いに来たんじゃよ」
「此処に来たってことは、掏ったときに気づいていたんだろう? なんでその場で捕まえなかった?」
「あの場で騒ぎを起こして目立ちたくなかったんじゃ……。しかし旅費も含めてカツカツじゃからな、頼まれた品物を全部購入するのは無理かもしれん」
「う~ん……俺も調子にのって全部使っちまったしな……しょうがねぇ、爺さん俺が安い店を紹介してやるよ。なにが必要なんだい?」
カミュは普段自分が買い物をする穴場を、老人に教えてやることにした。
盗品なんかも混じっているが、固いことは言いっこなしだ。
「ふむ、これで全部じゃな……。だいぶ安く調達できたわい、助かったぞ」
そういいながら老人はパンパンになった背嚢を叩く。
「いいってことよ」
「調子のいい奴じゃ。お前さんこれからどうすんじゃ?」
「お前さんじゃなくてカミュだ。爺さん」
「ではカミュ、改めて聞くがどうするんじゃ? ごろつきに目を付けられてはこの街では生き難いじゃろう」
「まあ、何とかするよ」
老人はしばらくカミュを見つめ何かを考えているようだったが、おもむろに言った。
「もしよければ、儂らの村に来んか? ……カミュ、お主、儂の動きが見えておったろう」
「だったら何だよ!?」
「原因はおそらくお主の瞳にある」
「……俺の目が特別なのか?」
「昔、お前と同じ眼をした男にあったことがある。凄腕の剣士じゃった。王国最強と言われていた剣士がすべての攻撃をつぶされて降参したんじゃからな……男が言うには動き自体をとらえているのではなく、体を動かすための信号をとらえているらしい」
「で、その眼の力と、あんたの村に行くことが、どうつながるんだ?」
「カミュ。帽子で隠しているつもりだろうが、その眼は目立つ。見るものが見れば気付くこともあるじゃろう……この国は今戦争をしておる。優秀な戦士は国が囲い込もうとする。それが子供でもじゃ……訓練され前線へ送り込まれる……大きな街におれば見つかる可能性は高まるじゃろう……儂は年端もいかん子供が、戦場に立つ姿は見とうないでな。村におればその危険も減るじゃろう」
老人は悲しそうな眼をしてそう話した。
カミュは少し考えた。
街にいても、もうロイは帰ってこない。
この街も兵士の姿をよく見るようになった。
戦争に巻き込まれるのは二度と御免だ。
それにこの老人も悪い人間ではなさそうだ。
「……そうだな、この街も暮らしにくくなってきたしそれもいいかもな」
カミュがそう言うと老人は破顔した。
「そうか! では善は急げじゃ。早速荷物をまとめよう」
老人に急かされるまま、カミュは廃屋にあった荷物をまとめた。
ロイの遺髪は、小さな袋にいれ首から下げた。
床下に埋めておいたロイの金と手紙を取り出した時には、老人に訝しげに見られた。
「そんなにあるなら、そこから掏った金を返してもらえばよかったんじゃが」
「この金は使えない。とても大事な金なんだ」
老人はカミュを見つめたが何も言わなかった。
準備が整ったカミュは、老人と共に街を後にした。
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