孤児の少年

 街道を南に向かったカミュは途中、同じく南に向かういう荷馬車に便乗させてもらい、港街ミダスにたどり着いた。

 家の手伝いで馬の世話をしていたカミュは、旅の間馬の世話を行い重宝された。

 別れ際、荷馬車の主に下働きとして働かないかと誘われたが、北に行くのが嫌だったカミュはそれを断りミダスに残った。


 ミダスは王都からは離れているが、貿易によりなかなかに発展している。

 カミュは仕事を探して様々な店を巡ったが、七歳の少女に仕事は無く、僅かな所持金も使い切ってしまった。


 孤児院も訪ねてみたが、養う余裕は無いと門前払いされてしまった。

 当てもなく街角に座り込み、やはり荷馬車に雇われていたほうが良かったと後悔し始めた時、一人の少年が声をかけてきた。


「お前、ここらじゃ見ない顔だな?」


 声をかけてきた少年は年の頃は十二歳ぐらいだろうか。

 灰色の髪で青い瞳、少し汚れた服を着ていた。


「最近この街に来たばかりだよ」


 カミュは正直に答えた。


「行くとこないのか?」

「うん……」

「じゃあ俺のねぐらに来るか?」

「いいの?」


 少年はカミュの言葉に鼻をこすって答える。


「お前も孤児なんだろ。放っておいて死なれたら、気分がわるいからな」

「私、カミュ」

「俺はロイだ。よろしくな」


 ロイと名乗った少年はニカッと笑いながらいった。


 彼の家は貧民街にある廃屋だった。

 管理するものが居なくなった家は、ボロボロでお世辞にも快適といえるものではなかったが、野宿することを考えればずいぶんとましだった。


「ほらよ、腹減ってんだろ」


 ロイはカチカチになったパンをカミュに差し出した。


「くれるの?」

「空きっ腹は堪えるからな。遠慮すんな」

「ありがとう……。ねぇロイ、どうして優しくしてくれるの?」

「……妹がいた。死んじまったけどな。お前を見てるとあいつを思い出すんだ」

「そう…」


 そういうとロイは少し遠い目をしていたが、明るい口調でいった。


「湿っぽいのは止めにして、取敢えず食えよ」

「うん」

「あとお前、今日から男の格好しろ」

「なんで?」

「女とばれると色々厄介なことがあるからな」

「? ……わかった」


 ロイはスリで生計を立てており、裕福な商人の懐から小銭を失敬することで生きていた。

 カミュは盗みに対する罪悪感はあったが、空腹には耐えられず彼からスリの仕方を教わった。

 簡単にやり方を覚えたカミュに対して、ロイは驚いているようだった。


 カミュは幼いころから、一度見たことを何でもすぐ再現できた。

 人の動きが読めるというか、何故か次にどう動くのかわかるのだ。


 三年程、ロイと一緒に暮らした。

 二人は決して多くは盗まず、その日食べる食費の分だけ取るように心がけていた。

 少額ならばれても殴られるぐらいで済む場合が多いからだ。


 三年の間にいろいろあった。

 質の悪い連中に絡まれたりもしたが、ロイと二人で切り抜けた。

 ロイは意外と喧嘩が強く、何度か返り討ちにすることで絡まれることも無くなった。


 冬の間は隙間風の入り込む廃墟は寒く、二人は一つのベッドで抱き合って眠った。


「カミュと会う前は寒くて眠れないこともあったから、お前と知り合えてほんと良かったよ」

「むぅ、私は湯たんぽ代わりな訳」


 ロイの言葉にカミュは頬を膨らませる。


「まあそうむくれるなよ。二人でいると冬でも暖かいだろ」

「……うん」


 本当にあの日、ロイに会えてよかった。

 カミュはそう思いながら暖かさに包まれ眠りに落ちた。


 三年たったある日、ロイはカミュに街を出ることを告げた。

 この三年で成長したロイは、身長は大人と大差ない程になっていた。

 体つきもがっしりしている。

 貧しい食生活でよくここまで育ったものだと感心してしまう。


「カミュ、俺王国軍に入って兵士になるよ」

「兵士って、戦争に行くの!?」

「そうだ。俺の親父も兵士だった。いつまでもスリで生きていくわけにもいかないしな」

「駄目だよ、死んじゃうかもしれない!! 嫌だよロイ、行かないで!!」


 ロイは泣きじゃくるカミュの頭を撫でながらやさしく言った。


「戦場で活躍すればたんまり金が手に入る。そうすればこんな廃屋じゃなくて、綺麗な家にも住める」

「家なんかどうでもいいよ!! 死んじゃったら二度と会えないんだよ!!」


「カミュ、俺はお前に幸せになってもらいたいんだ。死んじまった妹の分までな、その為にはここでスリを続けていたんじゃ無理なんだよ」

「ロイ……」


「ちょっと時間はかかるかもしれないが、稼いで帰ってくるからよ。待っててくれるか?」

「お金なんていいから……必ず帰ってきてね。約束だよ」

「おう!!」


 ロイは出会ったときと同じように、ニカッと笑い旅立っていった。



 ■◇■◇■◇■



 それから一年後、ロイが死んだと知らせ来た。

 訃報を届けてくれたのはロイと同じ部隊にいた兵士だった。

 カミュは信じられず彼に何度も確かめた。


 しかし兵士がロイの遺髪である灰色の髪を差し出した時、それが紛れもなく彼の物であると確信した。

 カミュは遺髪を抱きしめ泣き崩れた。

 兵士は彼女が落ち着くのを待ってロイの事を話し始めた。


「あいつはいつも君のことを話していたよ。もし自分が死んだら、貯めた金をミダスにいるカミュって娘に届けて欲しいって」


 スミスと名乗ったその兵士は、ロイが死ぬことになった戦いの話を事細かに教えてくれた。

 その戦いでは序盤、王国軍は敵の帝国軍に対して優勢に戦いを進めていた。


「後から考えると、敵が脆すぎると疑うべきだったんだ」


 スミスは悔しそうにそう話した。

 王国軍は帝国軍を追い、進軍を続け、戦線が伸び切ったところで側面から挟撃された。

 部隊は分断包囲され、各個撃破されていった。


「俺は帝国軍の攻撃で矢を頭にうけた。兜で命は助かったが気を失ってしまったらしい。気が付いた時には戦闘は終わっていたよ」


 ロイは彼の傍ですでに冷たくなっていたらしい。

 スミスはロイの遺髪と手紙、彼が貯めた金をカミュに渡した。


「お金なんかいらない!! ロイが……ロイが生きていてくれたらそれでよかったのに……」

「あいつはいい奴だった。最年少だったけど気配りができて、戦場でもよく助けてもらったよ。ずっと言ってた、君には幸せになってほしいって」

「ロイ……」


「約束は果たした、俺はもう行くよ」

「待って、最後に教えて……貴方達が戦った相手は誰だったか解る?」

「聞いてどうするんだ? ……まあいいか、黒鋼騎士団だ。あいつらが出てきてから王国軍は負け続けさ。じゃあな」

「黒鋼騎士団……」


 スミスが去った後、カミュはもらった手紙を読んだ。

 内容はカミュでもわかる簡単な物だった。


 カミュへ

 この手紙を読んでるってことは俺はしくじったってことだな。

 必ず帰ると約束したのに破ることになって悪かった。


 送った金は生活費の足しにしてくれ。


 お前を幸せにしてやりたかったが、どうやら無理みたいだ。

 俺と死んだ妹の分まで長生きして、どうか幸せをつかんでくれ。


 ロイ


 追伸 お前のことは本当の妹のように思ってた。元気でな。


「うぅ……、ロイ……」


 泣き疲れたカミュはロイの手紙と遺髪を抱きしめ一人廃屋で眠った。

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