クリフとの再会
カミュは廃屋を後にして、ミダス三番街のカイザス工房へ向かった。
五年程ミダスで暮らしていたが、三番街は職人たちの店が多く、あまり出向いたことはなかった。
カイザス工房はすぐ見つかった。
看板は鎧の上に剣と金づちが交差して描かれており、その上に屋号であるカイザス工房の名が刻まれていた。
ドアを開き中に入ると所狭しと武具が置かれている。
閉店間際だと思われるのに、店内には武具を見ている人が大勢いた。
奥のカウンターで中年の恰幅のいい女性が店番をしている。
「いらっしゃい、何かお探しかい?」
「すみません、買い物じゃなくて人を訪ねてきたんです。クリフいえクリフォードさんはいらっしゃいますか?」
「おや、クリフにこんな別嬪の知り合いがいるとは、あの子も隅に置けないねぇ。呼んでくるからちょっと待ってな」
女性はカミュを残し店の奥へ入っていた。
「クリフ! あんたにお客さんだよ! 赤い髪の美人さん!」
店の奥から何かが倒れる音と男性の罵声が聞こえる。
「クリフ!! いくら美人が会いに来たからって、道具を粗末に扱うんじゃねえ!!」
「すんません! 親方!」
「客を待たせんな、早くいってこい!」
「はい!!」
バタバタと足音がして店の奥から青年が顔を出す。
背が伸びて体もたくましく成長しているが、人懐っこい顔は変わらない。
「久しぶりね、クリフ、背が伸びたわね」
「久しぶり、カミュ。……君はとても綺麗になったね」
「あら、ずいぶんとお世辞がうまくなったのね」
「お世辞じゃないよ、本当に綺麗になった」
クリフが真面目な顔で言うので、カミュは少し顔を赤らめた。
「きょっ、今日は相談があって来たの、ここじゃ何だから外で話せない?」
「わかった。もうすぐ店の営業も終わるから……そうだな斜向かいの酒場、木漏れ日亭で待っててくれ」
「木漏れ日亭ね、わかったわ」
「すぐ行くよ」
クリフは店の奥に引っ込み代わりに先ほどの女性が出てきた。
「あわただしくて御免なさいね。戦争の影響でうちも結構いそがしくてねぇ。もうすぐ閉店だからすぐ向かわせるよ」
「いえ、わざわざありがとうございます」
「クリフももうすぐ十八歳になるのにちっとも女気がなくて、心配してたんだよ。こんな綺麗なお嬢さんが知り合いにいるなら安心だね。で一体クリフとはどういう仲なんだい?」
「クリフとは友達で……」
「友達って言ったって、男と女なんだちょっとぐらいあるだろ?」
「いえ私は……」
女性の勢いに押されカミュがあたふたしていると、着替えを終えたクリフが出てきた。
「女将さん、そのぐらいにしてやってよ。カミュが困ってるよ」
「あらそうかい。でもお似合いだと思うんだけどねぇ」
「行こうか、カミュ。女将さん、ちょっと出てきます」
「はいはい、行ってらっしゃい。じゃあまたねカミュちゃん」
「はい、お邪魔しました」
クリフと二人で店をでて木漏れ日亭に向かう。
「助かったわ」
「女将さんはすごくいい人なんだけど、話し出したら止まらないんだ」
木漏れ日亭に入り二人は奥のテーブル席についた。
店内は落ち着いた雰囲気で、時間が早いせいか客もまばらだ。
二人はエール酒を注文し、酒がテーブルに置かれしばし沈黙が流れた。
クリフは真剣な顔になり少しためらった後に口を開いた。
「ジョシュアさんのこと、聞いたよ。大変だったな」
「うん……」
再びの沈黙の後、空気を変えるように明るい口調でクリフが言う。
「で、相談ってなんだい?」
「実は、剣の事なの」
「剣?」
「ねぇクリフ、一般的な鉄の物よりも、もっと強い剣の作り方をしらない?」
「強い剣?」
「ええ、いまある技を練習してるんだけど、鉄の剣じゃ技に耐えられないのよ」
「う~ん、別の金属を混ぜれば、ある程度の強度は持たせられるけど……どんなことをしたいの?」
「鎧を切りたい。その鎧は普通の鉄の鎧じゃないみたいだった。それを切りたい」
「普通の鎧じゃない? 特徴はわかるかな? 色とか質感だけでもわかれば材質を特定できると思う」
「色は黒で、でも塗ったとかそういう感じじゃなかっわ。宝石みたいな透明感をもった黒」
「宝石みたいな透明感……多分だけど黒鋼だとおもう……まさかカミュ、黒鋼騎士団に復讐するつもりか!?」
「そうよ」
「何を考えてるんだ! 相手は軍隊だぞ!?」
二人は押し黙り互いを見つめた。
先に目を逸らしたのはクリフだった。
「カミュは昔から一度言い出すと聞かないからな。わかった協力するよ」
「ありがとうクリフ」
「でも無謀な戦いは容認できない。きちんと作戦を練るんだ」
クリフはカミュを見つめそう語った。
「分かったわ。今はまだ思いつかないけど方法を探してみる」
その言葉を聞いてクリフは笑顔になった。
「よし! じゃあ剣に話を戻そう。団長ジャハドの鎧はおそらく黒鋼で作られている」
「黒鋼って?」
「黒鋼は大陸の北で産出される希少金属さ。鉄より強固で軽く粘りがある、武具を作るには最適の素材だね」
「じゃあ同じ黒鋼で剣を作れば、切ることは出来るってこと?」
「それは可能だと思うけど、素材が手に入らないよ」
「何故?」
「黒鋼は主にエディル帝国で産出されるんだ。戦争前は少しはこっちにも流れてきてたみたいだけど、戦争が始まってからはほとんど見ることはなくなった」
「そんな……。他に強い剣を作る方法はないの?」
カミュはいきなり道が閉ざされたように感じ落胆した。
「緑光石って鉱石で作った剣は、鋼鉄の鎧を真っ二つにしても刃こぼれ一つしなかったって、何かの文献で読んだ記憶はあるけど」
「それを見つければ強い剣が作れるのね!」
「そんな簡単な話じゃない、そもそも緑光石自体あるかないかわからないんだ」
「その文献はどこで見たの?」
「確か店にある鍛冶関係の本のどれかだと思う」
「お願いクリフ、その石について調べて」
「協力するって約束したからな。出来る限りのことはするよ」
「ありがとう」
その日は食事をしながらお互いの近況を話し、クリフにお勧めの宿を聞いて解散した。
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