第5話

天国と地獄



十思は昇降口の奥にある階段を登って二階にある四組の教室に向かった。


自宅から学校までは10分程度で着くが、一刻も早く祖父母たちから逃げたいために、朝の六時半に家を出た。


十思の席は窓際の最後尾だった。窓からは、桜の木が立ち並んでいるのが見えた。


席に荷物を置くと、腹がなった。


昨日も祖父母たちは何も食べさせくれなかったし、冷蔵庫に入っている食べ物を食べようとすると、ライターで背中を炙られた。だから昔から生ゴミみたいな残飯しか食べれなかったし、それも3日に1回だ。


腹を満たすために、水道の方へと行き腹を満たした。


教室に戻ると舞が俺の席の前に座っていた。


舞は携帯をいじっていたが顔をあげて、こっちを見て驚いた顔をした。


「あ、昨日の」


俺は頭を下げて、お礼を行った


「昨日はありがとうございました。」


「あ、別にいいよ!あのぐらい」

「それよりも体調は大丈夫?」


「はい、おかげさまで」

十思は席に座った。


「それは良かった!」

「そういえば、名前聞いてなかったね」

こっちを向いてとても優しく柔らかい笑顔でそう言った。


十思は直視出来なくて、下を向きながら名乗った。


「佐藤十思です…」


「じゃあ、じゅっくんね!」


「え?……」


「だって佐藤君はなんか違うし、じっし君は言いにくいから」

舞は笑いながらそういった。


「私のことは舞って呼んで」

「後、タメでいいよ!同い年なのに、敬語使われるとムズムズしちゃうんだよね」

舞はそう言って頭をかいた。


「わ、わかった」


「なに~?その自信なさそうな言い方」


十思はこの時間が永遠に続けばいいのにと、舞の笑顔を見てそう思った。


「だって、人のこと呼び捨てしたことなくて…」


「そうなの?」


「うん」


「じゃあ、私が初めて奪っちゃたんだね」


十思は鼓動が大きくなり、舞に聞こえるんではないと思うほどにドキドキした。


舞とそんな天国みたいな時間を過ごしていると、いつの間にか二人の声が響いていた、教室は生徒の声で満たされていった。


そして宇土正真が教室に入ってきて、ニヤニヤしながらこちらへ向かってきた。


「よう!サンドバック君、楽しそうに話してるじゃん、いいな~俺も混ぜてよ~」


ニヤニヤしながら宇土が話しかけてきた。


「なに?サンドバックって……酷くない?」


舞は宇土を睨みつけた。


「こいつはいいんだよ」

「なぁ~」

宇土はそう言ってこっちに同意を求めてきた。


「…」


「まぁ、いいや、また楽しくやろうぜ!サンドバック君」

「とりあえず、今日の昼休みよろしくな!最近溜まってるんだよ、色々と」

表情を細かく動かしてそう言うと、宇土は自分の席に座り周りの人と喋った。


「あんな奴の言うことなんか聞かなくていいんだよ。」

舞は宇土をまだ睨んでいた。

「舞も知ってると思うけど、あいつの父親、政治家なんだ、だから言うこと聞かなかったら退学にされるかも…」


「そんな…」



❁.

四時間目の授業が終わり昼休みを告げる鐘がなった。授業中は舞が近くにいたおかげで、とても幸せな気分になれたが鐘の音を聞いて、天国から地獄に一気に叩き落とされた気分になった。


胃が痛み始めた…


宇土がこっち見て恐怖を煽るように名前を呼んできた。

「さ~と~う」

呼ばれた瞬間、全身が硬直して胃の中にハリセンボンがいるんでは無いかと思うほど痛かった。


宇土と中学が一緒だった加藤啓介加藤啓介かとうけいすけがこっちに来て、十思が逃げられないように挟んだ。


そして宇土と加藤が肩を組んできた。


「じゃあ、佐藤行くぞ」


不敵な笑みを浮かべ脅すように言ってきた。


二階にある男子トイレに連れて行かれると、加藤はスマホを取り出して動画を取り始めた。


宇土と加藤が十思を個室に押し込んだ。

個室には三人も入った訳であるから、狭かったが、そこで宇土はベルトを緩め、ズボンを脱ぎ始めた…


そこからは地獄だった……

殴られる、蹴られる、口の中にぶち込まれるの三拍子だった。


加藤と宇土はスッキリした顔をしてトイレから出て行った。俺は生臭くなった口の中に自分の手を入れて便器の中に吐いた。


「また同じ生活を送るのか…」


十思はぐちゃぐちゃになった便器の中を見て呟いた。


トイレから教室に戻ると、宇土と加藤がスマホで先撮った動画を大音量にしてクラス全員に見せてこういった。


「俺たちに逆らったらこうなりますよ!」


そして教室に戻ってきた俺を指さしながら、加藤が続けた。


「あいつみたいになりたい奴いる?いないよね」

「あいつみたいになりたくなかったら逆らわないでね!」


宇土が補足するように付け足した。

「ちなみに教師にチクるのは無駄だからな」

「多分みんな知ってると思うけど、俺の親父、政治家なんだわ、だから、息子がいじめをやってるなんて悪評つけたくないわけなんだよね!」

「まぁ、そもそもいじめがあったなんて学校側も認めたくないしな」


宇土と加藤は大笑いしながら、クラスを恐怖で支配しようとしていた。


舞が立ち上がって言い放った。


「そんなことが本当に許されると思ってるの?」


クラス中が一気に舞に注目した。


宇土と加藤が馬鹿笑いした。


「お前さ、先の話聞いてた?頭悪いんでちゅか?」


「聞いてたよ、ちゃんとね」

舞はニコッとしながらスマホを取り出した。


「ちゃんと録音もしてね!」

「これが、世間に拡散したら、流石に政治家のお父さんでも、やばいんじゃないかな?」


加藤は焦っているのか、顔を青くして宇土の方を見た。

宇土は堂々としていた。

「やれるならやってみろよ!」

「マスコミに圧力かければ1発で終わるぜ」

宇土は鼻で笑った。


加藤も安心したのか、先程の威圧的な態度に戻った。


「分かった」

そういうと、舞はボタンを押し、匿名で全世界の人が見れる、nasaというSNSに投稿した。


「あ~あ、やっちゃったね、今後、自分がどうなるかも考えないで」

「まぁ、いいや」

そういうと、宇土と加藤は教室から出ていった。


❁.

舞が投稿した動画は瞬く間に、世界へと広がっていき、1時間で十万回再生になっていた。


十思は自宅にはテレビは無いし、携帯も持っていないので、知る由がなかったが、夜には、生放送で宇土の父親、宇土健介うどけんすけが記者会見を開いて、事実無根であると主張した。


「今、nasaで公開されている、録音データは私のことを陥れようとしている方のフェイクニュースです。なので、私の息子が虐めをしていたなどの事実はありません。」

「既に私の元には、フェイクニュースを投稿した犯人も判明しており、逮捕したという情報が入っております。」

健介は力強く言い放った。


記者たちは騒がしくなった。


そして、健介は力強く拳を机に叩きつけ、間を置いて発言しだした。


「しかしながら、あのような出来事は例え、フェイクニュースでも、許されるおこないではありません。犯人には途方もない怒りを感じております。」

「そこで、実際に、あのような悲劇が起こされないように、私、宇土健介はいじめ撲滅政策を宣言します!」

そういうと、バリカンで頭を丸め始めた。


騒がしかった、会場が一瞬で静かになり、バリカンの機械音だけが響いた。


丸め終わるとこう言い放った。


「口だけでは、なんとでも言えます!頭を丸めるだけでは、皆様に信用して貰えないことは重々承知の上です。なので、半年間で虐めを撲滅出来なかった場合は、辞職致します!実際に辞職届けも書いてきました。」

そういうと、記者達に辞職届けと大きく書いてある、白い封筒を見せた。


この記者会見以降、誰も宇土家族を責める物はいなくなり、フェイクニュースを上げた犯人に矛先を向け始めた。


そして、速報でフェイクニュースの犯人が逮捕された人物がとりあげられた。犯人は以前から宇土健介のことをインターネット上で、批判する書き込みを大量に書いて、健介がいる事務所にも迷惑行為を幾度なくしてきた、35歳、クリエイターの女性だった。


❁.

舞は父親が家に帰ってきた後に、いじめの詳細を相談していた時にテレビでちょうど会見がおこなわれたのである。


舞は会見の一部始終を見て驚いた。まさか自分がやった事で他人が逮捕されるなんて、想像もしていなかった。


父親が舞に言った。

「きっと舞を逮捕してしまったら、フェイクニュースの信憑性もかけるし、未成年を逮捕してしまったら少年法で守られて名前や顔も公開されないから、世間の怒りの矛先を向けさせるのにイマイチだから、自分のことを批判している方を逮捕した方が色々と都合がいいからね」


舞は自分がやった事の大きさに恐怖を感じた。














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