4 正論でヒーローは動かない
4-1 気のせいだったらそれでいい
薄曇りの空に赤みが差し、カラスの鳴き声が四方から聞こえる。
一仕事終えたサクラはビルの屋上に降り立つと、ふうっと小さく息をついて座り込んだ。
「すっかり遅くなっちゃった。今日のパラノイアは大変だったなぁ……」
魔法少女としてベテランであるサクラにとって、そこらへんのヤングレーならばたいしたことはない。
しかし、今回は幼稚園バスをハイジャックしたアンダス婦人がバスそのものをヤングレーにしたのである。
乗客の園児を丸ごと人質にされたとなっては手出しができず、時間ばかりが過ぎていく。
サクラを袋小路に追い詰めたバスヤングレーは攻撃のため、なんと立ち上がった――!
『わぁっ、中にいる人は無事なのっ!?』
『まーったく、ピンキーハートはお馬鹿ざますね!
中に人なんていたらバランスが悪くて立ち上がれるわけがないざます!』
『……え、園児たちは?』
『戦いの邪魔だから、みんな置いてきたざます』
――無駄な時間を過ごしたサクラは普段よりも割り増しでサクラメントシュートをお見舞いしてやったのだった。
「はぁー……ん?」
――――チリン
ほんの一瞬。
それこそ気のせいかと思うほどの微かな反応が、ビートリングからサクラの胸に届いた気がした。
執拗な呼び出しも迷惑だが、一回きりというのもまた対応に困るものである。
サクラは目を細めながらビートリングを睨みつけるが、再び反応する様子はない。
(反応したならサイケシスが出たってこと? 誰かがそれを伝えようとした?)
伝えることが目的ならば、一瞬だけ、一回だけというのはおかしい。
誤作動でも起きたか、気のせいだったということにしたほうが妥当だろう。
それでもサクラはそわそわと目をうろつかせ、悩むように何度も唸った。
「……うーん、シシリィ! シシリィ、いるー?」
すでに徒労感たっぷりの夕暮れ。
これ以上の残業は御免であるというサクラの心情は嘘ではない。
しかし、困っている人がいるならば見過ごせないというサクラの信条もまた嘘ではなかった。
サクラはシシリィを大声で呼びつける。
程なくして現れたシシリィは不服そうにあくびをしながら、しゃがみこむサクラの膝へと飛び乗った。
「なんですか? せっかく気持ちよく居眠りをしていたというのに……」
「シシリィ……最近、本格的に猫になってない?」
「失敬な! わたしは星霊、星の代行者ですよ……ふにゃぁーぉ」
サクラは隠居状態にある妖精ムゥタンを思い浮かべながら、いずれこうなっていくのだろうなと生温い眼差しをシシリィへ送った。
「いやぁ、サクラたちが優秀ですから、サポートの必要性がないのですよ」
「もー、必要があるから呼んだんじゃない!」
「そうでしたね、どういたしましたか?」
「ビートリングに反応があった気がしたんだ。サイケシスが出たんじゃない?」
腕のリングを見せながらサクラは先程あったことを伝える。
シシリィは不思議そうにリングを覗き込んで、すぐに首を横に振った。
「故障や誤報などありえません。このリングはわたしの力で動いているのですから」
「……えー」
「なんですか、その反応は! 実際、この町にサイケシスの反応はありませんよ?」
「隠れてるってことはないかな」
「それならたいした活動はできません。エナジーが奪われるような被害はないでしょう」
問題ないと自信満々に言うシシリィに対して、サクラはいまいち納得がいかない。
平和なほうがいいことは確かなので隅をつつくような真似はしたくはないが――
「サイケシスの反応がわかるのはこの町だけ? それ以外は?」
サクラは更に質問を重ねた。
シシリィは食い下がるサクラに驚きつつも、質問されること自体は嬉しいようで意気揚々と説明する。
「そもそもこの町にサイケシスが現れる理由からお話ししましょう。
サクラ、サイケシスの目的はなんですか?」
「心のエナジーを奪うため、でしょ?」
「ええ、通称ココロエナジーとも呼ばれるその力は人々の心に宿っていますから」
通称と言われても聞いたことないけど、とサクラは小さくツッコミを入れる。
ふと、サクラはシシリィの話に違和感を覚えた。
「ねぇ、やっぱりこの町に限定される理由なんてないんじゃない?」
人間が住むところならどこでも戦場となる可能性があったのでは。
そう考えたサクラを否定するようにシシリィが即座に答える。
「簡単に言いますと、この町はココロエナジーの顕在化が激しいのです」
「けんざいか?」
「取り出しやすいというか、奪いやすいというか……とにかく、サイケシスが扱えるほどの形を保っている状態と考えてもらっていいでしょう」
これまでココロエナジーについてはしっかりと聞いたことがなかった。
ノロイーゼが現れるたびにしっかり対処していたからこそ、奪われるエナジーについて考える機会がなかったとも言える。
「なんでまた、この町はそうなってるの?」
「恐らくわたしたちやサイケシスの行動がココロエナジーへの刺激となっているのです」
「ふむ……って、それはこの町が戦いの舞台になった後でしょ? 原因じゃなくない?」
「えーと……あくまで可能性の話ですが」
シシリィにしては珍しく気を遣ったものの言い方をしている。
なんだなんだと身を強張らせるサクラを見ながら、シシリィは口を開いた。
「戦隊の素質を持つサクラが魔法少女として活動していたことが一因ではないか、と」
「……わたしのせいってことぉ!?」
「そうじゃありません! あくまで一因ですってば!」
シシリィは声を大にして取り乱したサクラをなだめる。
しかし、一因だとか、可能性だとか言われてもショックなものはショックである。
落ち込んだサクラを励ますようにシシリィは声色に陽気さを含ませた。
「素質を持つ人物が集まっていた時点で遅かれ早かれ内定していたようなものですよ」
「そんな内定、嬉しくなぁい……」
「ですが、サクラたちがいたからこそ戦えるということでもありますよ?」
星霊の力に適合する人物がいるからココロエナジーが顕在化しやすくなり、サイケシスの活動拠点として狙われる。
それは同時にサイケシスに対抗し得る地域でしか、サイケシスは活動できないということになる。
対立する関係であるのに相手がいなければ成り立たない。正義と悪の依存関係のようで、サクラはふん、と鼻を鳴らした。
「……何もなければ戦う必要はないもんね」
平和が一番であることは疑いようのないことだ。
ビートリングの一瞬の反応だって、サクラの杞憂で済むほうがいいに決まっている。
シシリィの話によれば、この町の範囲外でサイケシスが現れる可能性はほとんどない。
実際、これまでの期間でそんなことが起こったこともない。
(理屈じゃわかってるんだけど)
考えれば考えるほど何も起きてなどないように思える。
しかし、本当は誰かが困っていたら――と考えると、サクラはそれを無視できない。
責任はないとはいえ、戦いの起因が自分にあるかもしれないと聞かされてはなおさらだ。
「お願いシシリィ。ビートリングの反応について、もっと詳しく調べて」
「そこまで言うのならば仕方ありませんね、無いことを確認するのは不毛な感じもしますが……」
シシリィは口ではそんなことを言いつつも、尻尾をピーンと立てて嬉しそうである。
ビートリングに前足をあてながら唸っていると、唐突に不穏な声をあげた。
「まさか、これは……? 確かに反応があったようです……」
「ホント!? どこ! だれ!?」
「ええと、だいぶ西の方角……グリーン、ダイチから……?」
いまいち自信のない様子のシシリィ。どうやら反応は確認できたが詳細がぼやけるほどに薄いらしい。
サクラは気のせいではなかったことに衝撃を受けるとともに、その反応がダイチからのものであることに驚いた。
「すぐに行こう!」
「ですが、ダイチに連絡を試みているのですが応答がありません……」
「そんなのいつものことでしょ!」
「……確かに」
「何かあったのかもしれない、もうだいぶ時間が経ってる」
ピンチに陥り、助けを求めているのかもしれない。動けず、言葉も発せない状況下にいるのかもしれない。
誤報にしろ、そうではないにしろ、本人に直接会って確かめるのが確実だ。
間違いだったのならばそれでいい。徒労に済んでよかったねと笑って終わりだ。
「シシリィ、案内して!」
「……そうですね、わたしも気になりますから」
サクラの勢いに押され、シシリィは覚悟を決めた。
魔法少女の格好のままだったサクラは、ハートスタイラーを箒モードへと変形させて颯爽とまたがる。
先端にシシリィを乗せて上空へと飛び上がると、夕焼け空を西へと駆け出した。
「西って、どれくらい西?」
「ちょっとお待ちください。この世界の地理にあてはめると――――京都です」
「えぇっ!?」
あまりの衝撃にコントロールを失って、箒ごとガクッと揺さぶられる。
あわわわ、とシシリィが必死に掴まりながら叫んだ。
「なんですか! ちゃんと飛んでください!」
「京都なんて遠すぎるよ! なんでそんなとこにいるの!?」
「知りませんよ。わたしは情報をお伝えしたまでです」
「さっき、わたしたちの町以外にサイケシスは出ないって話したばかりじゃない!」
「べつに物理的な移動を制限されるわけではありませんから、単純にダイチとサイケシスが京都に行った可能性はあります」
「なんでさ!? 旅行でもしてるの!?」
「落ち着いてください! 一緒になんて言ってませんよ!」
ぜぇはぁ、と息を切らしてはいたが、サクラはひとまず安定飛行に戻った。
シシリィの言うとおり、旅行以外の目的でサイケシスが京都にいる可能性はある。
(……あるの?)
もしかすると、サイケシスなんて関係のない危機だろうか。
つい先日もメイカと、はた迷惑なヤングレーに関わったばかりである。
頭の中は疑問符でいっぱいだが、結局は現場に行かなければわからない。
「とにかく急ぐよ。全力出して二時間、いや一時間で行く!」
「それかなり早いのではぁぁああぁーっ!!」
考えるのを止めたサクラはトップスピードで茜空を切り裂くように飛んだ。
生身の人間なら耐えられないほどの速度だが、そこは魔法の箒なので防風、防寒などが軽減されている。
それでも揺れや振動は激しく、操縦するサクラですら吐きそうになるほどだ。
箒の先端に掴まるシシリィはというと――
「さ、さくら……すぴーど……」
「ゴメン! これ以上は上げられないの! 制御できなくて!」
「ちが……あ、しっぽが……しっぽのかんかくが……」
「安心して、新幹線よりは早いから!」
シシリィから返事はなかったが、サクラは気がつかなかった。
(……何もなければ、それでいい)
余計なことを考えないようにして、夜の色に染まりつつある薄暮の空を飛んでいった。
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