3-3 残されたのはスリーカード
サクラは鏡に映る華奢な体型を見て、本日何度目になるかわからない溜息をついた。
手にしている服はピンクを基調としたフリルたっぷり激甘ロリータファッションで、およそ普通の女子高生が着ることのない服である。
大きめのリボンがついた衣装に袖を通してカーテンを開けると、興奮したメイカが歓喜の声を上げた。
「お似合いですわ! まるで普段から着こなしているかのようですわ!」
(そりゃあ、魔法少女のときはこんなんですから……)
魔法少女としての衣装なら気にしないが、私服としてお似合いと言われると複雑な気持ちになってしまう。
嬉しくないことはないのだが、子供っぽい印象がつくのがどうも気に入らないのである。
同年代の友人であるリンネやシオンはスタイルが良いので、こういう系統の服を着ている姿は想像もつかない。
(魔法少女って成長を阻害する悪影響でもあったのかな……でもノワールは出るとこ出てるし……)
すでに入店から一時間。
似たような服をとっかえひっかえ試着させられたサクラは、いい加減にうんざりしてきた。
「あの……ブランドショップってこんな服ばかりなんですか……?」
「うん? まぁ、ロリィタファッション専門店ですからね」
ガクッと放心するサクラは、気力を振り絞ってメイカにたずねる。
「あ、あくまで盗難事件の囮であって、これが目的ではないんですよね……?」
「当然ですわ」
「よかった……」
「さて、試着した服すべていただけるかしら?」
「メイカさーん!?」
安心したのもつかの間、メイカは財布から金色のカードを取り出して、数十着の服を一括購入した。
一つ一つがそれなりのお値段である。サクラはめまいがするようだった。
「メイカさん! わたし、こんなに服貰えません! 置くとこないし!」
実際、サクラの家のクローゼットでは仕舞いきれないだろう。
それに魔法少女みたいな服で魔法少女に変身するところをノワールに見られでもしたら――
『何それ、変身したかしてないか、わからなくさせる作戦?』
などと笑われるに決まっている。
ぎゃあぎゃあと騒ぐサクラに対し、メイカは落ち着き払った様子で言った。
「わたくしが買った服よ? わたくしのものに決まっていますでしょう」
「……はい?」
「マンションの一室を衣装部屋にしますから、いつでも遊びにいらして?」
メイカの余裕たっぷりで含みある笑顔にサクラは戦慄が走る。
何故だろう。メイカに誘われたことは嬉しいはずなのに、背筋が寒くなる。
「あ、遊ぶのはまた今度にします……」
「……仕事として来てもいいですわよ?」
「余計に怖いです!」
金銭が発生する着せ替えなんてこりごりである。
サクラの頑なな主張にメイカは目を丸くして、口元を押さえて疑問を口にする。
「そんなに嫌かしら?
確かにわたくしの趣味八割なところはあるけど、色んな服を着られてお金が貰えるなんて役得ではなくって?」
「趣味の割合が多いです、せめて半分にしてください……」
「失礼。それで、どうなんですの?」
「そりゃあ、わたしだって女の子ですから嫌いじゃないですよ?
だけど、こういう服は子供っぽく見られるというか、新鮮味が薄いというか……」
まさか魔法少女の服に似ているから味気ない、なんてことは言えない。
それでもメイカはある程度の意思は汲み取ってくれたようで、納得したように慈愛に満ちた目をした。
「似合うとはいえ、うんざりすることもありますわよね……わたくしもお嬢さまファッションに飽きた時期もありましたもの」
「あ、いえ、そういうことじゃなくて……」
「安心なさい。明日のテーマはシンプルな大人コーデですわー!」
「そうじゃなくってぇ!」
ボディガード兼雑用、の雑用部分がこんなにしんどいとは予想外だった。
サクラは仕事の大変さを痛感すると同時に「でもこの辛さ、なんか違う」と本日何度目になるかわからない溜息をつくのだった。
結局、大量購入された服たちも配送されることになり、両手両脇に荷物を抱え、驚異的なバランスで荷物を運ぶシミュレーションは無駄に終わった。
帰りの車内ではメイカが満足そうにスマホで写真を眺めており、サクラは横目にちらちらと映る自らの写真が気になってしょうがなかった。
「メイカさん……本人を前に観賞会するのやめません?」
「あら、写真に嫉妬?」
「違いますよ!」
声を大にして抗議するサクラを愉快そうに見つめるメイカ。
「ふふ、冗談ですわ。囮作戦だというのに、楽しんでしまって申し訳ありません」
「もーっ……メイカさんにこんな趣味があるなんて意外でした」
「そう? お金持ちのお嬢さまっぽい趣味だと思いますけれど……」
悪戯っぽく小さな笑みを浮かべながら、メイカは窓の外に視線を流す。
「でも、楽しかったですわ。これまでわたくしに似合う服しか選んでこなかったから」
その横顔はサクラが思わず見惚れてしまうほど、理知的で、微かな寂しさを感じさせた。
そう感じる理由はわからなかったが、そのような顔をさせたくはないと思った。
サクラはわざとらしく声のボリュームを上げた。
「そういえば、カード払いなんですね! わたしてっきり『キャッシュでお願い』とか言いながら札束バーンするものかと思ってました!」
「どこのお嬢さまのイメージですの、それ」
「ブラックカード? とかもあるんですか!?」
「あるけど……黒ければブラックカードというわけではありませんのよ?」
メイカはかばんから財布を取り出すと、カードをサクラに見せた。
シルバー、ゴールド、ブラックの三種類のカードがあり、そのどれもがサクラには輝きを放っているように見える。
「全部わたくし名義ですけど、三枚とも口座から引き落とす機能しかありませんわ」
「えーと、なんか違うんですか?」
「そうですわね……まず後払いや借金はできませんわ。口座にある分でしか利用できませんから」
(口座に……)
メイカの口座には電子レンジ何台分の金額があるのだろうと、思わず身構えてしまうサクラ。
サクラの神妙な表情で察したメイカは、やれやれと苦笑しながら答えた。
「顔に出すぎですわよ、あなた。
シルバーは月の小遣い用、ゴールドは貯金用ですわ。
ひと月三万円として、余った分はゴールドカードの口座に移してますわ」
「三万円……わたしの十倍……あれ? カードは三枚ありますよね?」
「それは……」
メイカは少しのあいだ言葉を区切って、溜息まじりに口を開いた。
「ブラックは……貯金用ですわ」
「え、ゴールドと役割被ってません?」
「……少しばかり複雑なのだけど、まずブラックの口座に元となるお金があるのですわ。
そこからシルバーに毎月三万円移して、余ったお金をゴールドに貯めてますの。
基本的にはシルバー、大きな買い物をするときはゴールドというように使い分けていますわ」
「……ブラックは?」
「未成年に常用させるにはちょっと頭おかしい金額だから使ってませんわ」
「お、おかしくなるほどの……?」
「失礼、言葉が乱れましたわね」
実際、どれほどの金額なのだろうかと気になるサクラだったが、そう何度も顔に出してはいられない。
しかし、気持ちとは裏腹にしっかり顔に出てしまうので、深々と頭を下げながらお礼を言って誤魔化した。
「貴重なものを見せてくれてありがとうございます」
「大げさですわ、カードを見せただけ……で…………っ」
メイカの言葉が途切れ、目がきょろきょろと忙しなく動き回る。
焦りや不安を感じたサクラは顔を上げてたずねた。
「どうしました?」
「手元にあった財布が見当たらなくて……かばんにしまったかしら……」
かばんを探るメイカの表情は少しずつ不穏の色を濃くしていく。
勘違いならばそれでいいというように、一つ一つ丁寧にかばんの中身を座席に並べた。
しかし、淡い期待をあざ笑うかのようにかばんは空っぽになった。
「……ありませんわ」
「まさか、そんなこと、だって……」
困惑の度合いはサクラも同じだった。
走行する車内。財布はカードを取り出した瞬間までかばんの中にあったはずだ。
「ちょっと路肩に停めてちょうだい」
メイカの言葉に運転手はすぐに応えて、近くの路肩に停車させた。
二人はシートベルトを外して腰を浮かせ、財布をお尻の下敷きにしていないか、足元に落として踏んづけてはいないかとくまなく探した。
それでも財布は見つからず、サクラは途方に暮れた。
「嘘……だって、となりに座ってたのに……?」
「これは、盗難というより消失ですわね……」
「……ごめんなさい、ボディガードだったのに」
ショックを隠せないサクラに対して、メイカはやけに落ち着いていた。
メイカは手元に残された三枚のカードを見つめながら、深い溜息をついた。
「気にすることないですわ。囮のつもりでしたから、財布には買い物用の現金とカードしか入れてませんでしたわ。
カードは無事でしたし、たとえ盗まれたとしても利用停止の準備は済ませていましたわ」
「……発信機とか仕込んでないんですか?」
「わたくしは警察や探偵ではなくってよ?
まぁ、噂が本当だったということがわかっただけでも充分ですわ」
メイカは慰めるように言ってくれたが、まんまと財布が消えてしまったことがサクラには悔しかった。
絶対に捕まえてやると意気込んでいたのに、まさか気付くことすらできないなんて思わなかった。
姿さえ現していれば全力で戦ってやったのに、とサクラは歯をかみ締めた。
「お役に立てなくて、申し訳ないです……」
「何を仰るの、あなたの本領発揮はこれからではなくて?」
「えっ……」
予想外の言葉にサクラは驚き、メイカの顔をまじまじと見つめた。
メイカは財布がなくなったというのに微塵も落ち込んだ様子を見せず、不敵な表情で言った。
「走行中の車内で財布が消えるなんて、明らかに物理的な犯行じゃありませんわ。
こんな異常事態、通常ならばどうしようもありませんが……わたくしたちはそうではないでしょう?」
鼓舞するようなメイカの語調に押され、サクラはその通りだと元気が湧いてきた。
戦隊としてサイケシスという恐ろしい集団と戦うサクラたちは、超常現象にただ怯えるだけの一般人じゃない。
対抗する力を持った選ばれしヒーローであり、必要なのはやる気と勇気だけだ。
「そう、ですね! その通りです! 絶対に犯人を捕まえてやりましょう!」
「その意気ですわ。それで犯人はサイケシスの仕業だと思いまして?」
うーん、とサクラは首をひねる。
これまでサイケシスは戦闘員ノロイーゼを使って、不特定多数の人々からエナジーを奪うことを主目的としてきた。
それがいきなり特定の、それも財布を奪うようなやり方をするだろうか。
(どちらかというと……)
回りくどい手段を用いて社会を混乱に陥れるやり方は、魔法少女ピンキーハートの宿敵パラノイアを思わせる。
尻尾すら掴めていない現状では確定はできないが、サクラもやつらの仕業だという予感はしていた。
敵がパラノイアとなればサクラの出番である――サイケシスだったとしても出番なわけだが――――とにかく。
「わたしに任せてくださいっ」
ドン、と胸を叩いたサクラは自信満々に誇ってみせる。
「あら、どうするつもりかしら?」
「わたしに心当たりがあります。
数日中には敵をやっつけて事件解決してやりますよ!」
「急にすごい自信ね……結構なことですわ! 楽しみにしてますわよ、サクラ」
「はい!」
パラノイアが犯人ならば、のこのこ現れたところを叩きのめして事件のことを吐かせればいい。
もしもパラノイアと関係がなかったとしても、それを確認するだけで大きな前進となる。
ひとまずパラノイアの対応にかけてサクラの右に出るものはいないのだから、ようやく活躍のチャンスである。
「ただし、何かあればすぐに言うのよ? いいですわね?」
「はい!」
メイカからすれば、唐突に過剰な自信をつけたように見えるサクラを心配して当然だった。
心苦しいがメイカにもサクラが魔法少女であることは内緒にしている。
(待っててくださいメイカさん! パラノイアさえ出てくればすぐに――)
+ + +
翌週の月曜日。
「……出てこなぁぁああーーい!!!」
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