3 お嬢さまは鉄火場で笑う
3-1 魔法少女おこづかい危機!
サクラのおこづかいはひと月三千円である。
同世代の平均と比べると少ないほうではあるが、労せずして貰えるお金に文句など言えない。
それに金遣いが荒くもないサクラにとって、この金額で不満は特になかった。
大きな出費といえばリンネやシオンと出かける際に使う交遊費くらいで、それもやりくりできる範囲内だ。
そもそも『休日にお出かけ♪』なんてイベント自体が月に一度か二度である。
何故なら、サクラは魔法少女であり、この春からは戦隊ヒーローでもある。
日々を忙しく戦うサクラには金を浪費する時間すらないのだった。
――そのはずだった。
「うわっ、わたしってお金なさすぎ……?」
桃瀬サクラ、十五歳。初めての金欠。
サクラは人生で初めて、己の財布の侘しさに気付いた。
ゴールデンウィークも終わり、一学期の中間テストも近づいてきた頃。
図書館併設のカフェで行う恒例のお勉強会。
サクラ、リンネ、シオンの三人はいつものように休憩がてらお茶にしようとしたのだが。
「今日ははちみつミルクティーはやめて、お水にしとくよ……」
「あら、無銭飲食はよくないわ」
「だよね……これも無銭飲食って言うの?」
「どうしたのー、サクラちゃん? おこづかい、ないの?」
サクラはハァーっと盛大な溜息をこぼして、重々しく口を開いた。
「さすがにワンドリンク分もないほどじゃあないんだけど……」
「ないんだけどー?」
「その、欲しいものがあって……節約しようかな、って」
興味なさげにミルクティーを啜っていたリンネが、サクラの言葉を聞いて目をぱちくりとさせる。
「へぇ、あなたが欲しいものねぇ……何かしら?」
「電子レンジ」
「は?」
「あ、ごめん。電子レンジ」
「いいえ、聞き取れなかったわけではないのよ。意味がわからないだけ」
「えっ? 食べ物や飲み物を温める家電の……」
「違うわ。あなたが電子レンジを欲しがる理由が皆目見当つかないという意味よ」
少々、圧のある口調でサクラに説明を求めるリンネ。
サクラは友人二人にお金の相談をすることに気後れをしてしまい、遠回しに話を切り出した。
「みんな、母の日にプレゼントってした?」
「わたしはお母さんにクッキーをあげたよー。家庭科部で初めて作ったんだー」
「クッキーかぁ」
「美味しいって言ってくれたよ。
お父さんも欲しいってうるさかったから、よしよしってしといたー」
(あげなかったんだ……)
シオンは武道の名門、紫波家のご令嬢。先祖は武家につながる歴史を持つという由緒正しい家柄だ。
界隈では武人といわれるほどのシオンの父親が、クッキーをねだって娘によしよしされる話は聞きたくなかった。
「黒咲さんは?」
「……そういう行事をする文化はうちにはないわね。母も興味ないだろうし」
「そ、そうなんだ」
「まぁ、わたしが優等生であり続けることが一番のプレゼントかしら」
シラフでそんな台詞がすらすらと出るのだから、皮肉でなく感心してしまう。
サクラは弱気な表情でテーブルに突っ伏すと、白状するように話し始めた。
「わたし、ここ三年間はマッサージ券をプレゼントしてるの」
「安上がりねぇ」
「でもでも、魔法少女のパワーで施す本格派だよ!?」
「パワーって……お母さん、大丈夫なの?」
「もちろん手加減してるよ!」
特技を活かした素晴らしいプレゼントだと自負していたのだが、つい先日に言われたことがサクラは引っかかっていた。
『ありがとう。でも、魔法少女じゃない普通のプレゼントでもいいのよ?』
それを聞いたサクラは雷に打たれたように放心して、母親を困惑させてしまった。
もしかして嬉しくないのかもと不安になっていると、そういうことじゃないとフォローまでされた。
結局、サクラはもやもやした気持ちを抱えたまま、母の日を終えたのだった。
「お母さん、今月が誕生日でもあるんだ。
そのときこそ、喜んでもらえるプレゼントがしたいな、って」
「別に喜んでないわけじゃないと思うけどー?」
「ふーん、でもそれがどうして電子レンジになるのよ」
サクラを慰めにかかるシオンに対し、リンネは話の先を促す。
「実はそのとき、魔法少女の状態でショックを受けたせいか、漏れ出た魔力で電子レンジが壊れちゃったんだよね……」
「何してんのよ!?」
「ちょうどお父さんが酢豚を温め直してて、なんか波長が良くなかったんだと思う」
「理屈がわかんないわ……」
こめかみを押さえながら引きつった顔をするリンネ。
ちなみにサクラにも魔法少女が電子レンジに与える影響の理屈などわからない。
「電子レンジにはわたしもお世話になってるし、新しいのをプレゼントしたいって思ったんだ」
「お世話って何よ」
「ほら……戦いで帰りが遅くなったときに食べそびれたご飯をチンするときとか……」
「……そうね」
やけに共感を示してくれるリンネに、サクラはしんみりとした気持ちで流れてもいない涙を拭う。
友情って素晴らしいなと思っていると、リンネがサクラにたずねる。
「話はわかったけど、ドリンク代を節約する意味があるかは微妙ね。
今の手持ちと電子レンジの予算は?」
正直、友人に所持金を明かすのは気が引けるのだが、教えなければ相談にならない。
サクラは細々とした声で、とぼけたように言った。
「あー……全財産は二千円くらいで、欲しい電子レンジは三万円くらいかな?」
「全然っ、足りないじゃないっ!」
「あうっ」
あまりに気持ちのいい正論パンチを喰らって、机に倒れ込むサクラ。
シオンはそんなやりとりに笑いながら、首をうーんと傾ける。
「そしたら、貸してあげようかー?」
「い、いいのかな……?」
「待ちなさい。借りる前によく考えなさいな。お金なんて友達から借りるものじゃないわ」
サクラはちょっと考えたが、答えは明白だった。
「そうだね」
「……あなたにしては少し考えたわね」
「いや、お金の理由がお母さんだから、ちょっとね?」
「あのねぇ、母親が病気とかならともかく電子レンジでしょう?
わたしだって緊急度が高いと思ったら、お金なんて貸すどころかあげるわよ」
「おぉ……!」
断言したリンネがあまりに格好いいので、サクラは思わず賛美の拍手を送った。
リンネはちょっと言い過ぎたと思ったのか、頬を染めて目をそらした。
サクラには最初から友人に借りるなんて選択肢はなかったが、改めて思った。
「うーん……プレゼントを借金してまで買うのは、なんか違うよね」
「そうね、お金の貸し借りなんて余計なトラブルの元よ」
「えぇー、サクラちゃん困ってるんだよー?」
「甘やかさないの。他にあるでしょう、ほら……アルバイト、とか」
リンネは少し言い淀んでから、一般的なお金を稼ぐ手段を提案した。
しかし、リンネもサクラも難しい表情をして固まっている。
シオンがそんな二人を見て、あっけらかんと言い放った。
「魔法少女にアルバイトする暇なんてあるのー?」
「うぐっ」
「はうっ」
サクラは本日二度目の正論がクリティカルヒットし、またもや倒れ込んだ。
何故かリンネもダメージを受けていたが、サクラは気付かずにアルバイトの話を続けた。
「アルバイトってどういうことするのかな……?」
「えーっ、わかんないなー……リンネちゃんは?」
「いえ、わたしも経験ないわね」
せめて大まかな雰囲気がわかればやりようもあるかと思ったのだが、サクラは困ったように頭を抱える。
「緊急時に数時間単位で抜けても大丈夫な仕事ってないかなぁ……?」
「そんなもんがあるなら、わたしにも紹介してちょうだい」
+ + +
場面は変わり、こちらも日常となりつつあるサイケシスとの戦闘タイム。
現状、サイケシスとの戦闘はノロイーゼたちへの対処という形がほとんどである。
オーバードやメリーといった幹部クラスが姿を見せることは少なく、数えるほどしかない。
しかし、戦闘員のノロイーゼだけは湧くように現れるので定期的に処理を余儀なくされる。
必ず幹部が出張ってくるパラノイアとは対照的だが、一つ一つの案件は軽い。
「……だからって、五人揃わないのはどうかと思うけどね」
「はっはっは、いつものことじゃないか」
「それが問題なんですー!」
戦闘後、壊れた町が修復されるのを眺めながらクールダウンしていたサクラが声を荒げる。
ヒナタは仰向けに倒れたまま完全燃焼しており、大の字に寝そべった状態でサクラに返事をしていた。
サクラは溜息を吐きつつ、振り返って遠くへ聞こえるように叫ぶ。
「メイカさーん! 大丈夫でしたー!?」
離れたビルの屋上で、サクラの声に応えるように手を上げる黄色い人影がいた。
軽やかな身のこなしで壁づたいに地上へと降りてくると、優雅な足取りでサクラへと近づく。
ピッタリとしたヒーロースーツに覆われたフォルムなのに、近づくにつれて大きくなる高笑いが、隠しきれないお嬢さま感を醸し出す。
「オーホホホッ! わたくしの華麗なスナイパーっぷりはどうだったかしら?」
「流石だぜ、お嬢!」
「当然ですわ! でも、まず起き上がったほうがよろしくてよ」
本日はサクラ、ヒナタ、メイカの三人体制である。
ダイチがなかなか来れないのはよくあることだが、今日はイズミも来ていない。
友達のアルバイト先でピンチヒッターを頼まれたそうで、ばつの悪そうな連絡をサクラ自身が受け取っていた。
今回はメイカがいる上に、対ノロイーゼ戦であればなんとかなるだろうと、イズミに無理はさせないことにした。
サクラからすれば事前連絡をしてくれるだけで、初期の頃に思いを馳せて涙が出てくるほどだ。
「こんな格好ですまない。起き上がろうにも力が入らないんだ」
「ヒナタさん、まだイズミがいないと全力出し切っちゃうみたいなんです」
ヒナタの暴走癖は改善されつつあったが、全力癖はまだまだ課題が残っていた。
とはいえ少しずつ良くはなってきているので、サクラはあまり心配していない。
それよりも戦闘を重ねるうちに、サクラはメイカの遠距離攻撃のセンスに驚いていた。
「メイカさんは狙撃の精度がすごいですね!」
「それほどでもないですわ!」
口ではそう言いながらも自慢げに笑う表情は素直そのものだった。
安全圏からノロイーゼを確実に仕留める戦闘スタイルは、護衛の必要が少なくてサクラとしても大助かりだ。
「チャンバラごっこのような野蛮な振る舞いより、スナイパーのほうがお嬢さまとして相応しいってことですわ」
(そもそも戦うお嬢さまがあんまりいないけど……)
それを口に出すことはメイカの機嫌を損ねてしまうかもしれないので、サクラは心に留めておいた。
何であれ着実に戦闘力が上がっていくことは喜ばしい。
サクラが感慨に浸っていると、ヒナタがややふらつきながらも上体を起こした。
「いやぁ、オレもお嬢を見習って遠距離攻撃を身につけるか!」
「え、ヒナタさんにできますか?」
「さらっと酷いことを言うなぁ、サクラちゃんは」
「あっ、いいえ、そんなつもりは! わたしも知りたいです、狙撃のコツ!」
サクラは半笑いで無理やり誤魔化しつつ、メイカに話を振った。
メイカは考えたこともなかったと難しい顔で悩みつつ、不意に口を開いた。
「メンタル、かしら」
「メンタル?」
「ええ、外すという可能性を視野に入れつつも、外すわけないと信じて撃つ鋼の精神力」
芝居がかったお嬢さま口調が多いメイカが真面目な顔をして真面目なことを言うと、なんだか割り増しで良いことを言っているように聞こえた。
「なんかカッコイイですね……」
「要はあれこれ考えつつも、最終的には何とかなるさと自分すら黙らせる強引パワーか!」
(ヒナタさんが言うとなんか泥臭いな……)
ただ、サクラが前に聞いたメイカの事情を考えると納得できるところもある。
生まれも育ちもお嬢さまそのものなのに、教育コンセプトがお嬢さま『らしく』あれ、というややこしい環境。
お嬢さまらしくありながら、お嬢さまではないと自認しつつ、普段はお嬢さまとして振舞う姿は、自己矛盾を抱えながらたくましく生きる鋼の精神と言える。
(まぁ、よくわかんないけど……)
サクラにはお嬢さまであることと、お嬢さまらしくあることの違いはよくわからない。
しかし、メイカ本人が認めていない以上は、サクラにはどうしようもないことである。
「お嬢、メンタルを鍛えるにはどうすればいいと思う?」
「社会の荒波に揉まれなさい。
自分自身のキャパシティを超えた経験をすればするほど、人は輝けるというものですわ」
「経験か……よし、海外の紛争地帯でボランティアとかだな!」
「あなたのメンタル壊れてますわよ……まずはアルバイトとかにしなさいな」
アルバイト。
突如飛び出したワードに反応しながら、サクラは二人の会話に耳をそばだてた。
「ふむ、前に警備員のアルバイトをしたことがあってな」
「何かありまして?」
「じっとしているだけの簡単な仕事だったんだが……」
「待って、もう聞かなくても大体わかりましたわ」
聞いていないのにお腹一杯といったように、げんなりとした顔をするメイカ。
そのとき、サクラが興味津々に話を聞いている様子に気付き、メイカはあらあらと口角を持ち上げた。
「あなたもわたくしに相談事かしら?
よくってよ、これも高貴なる者の務めというものですわ」
「実は、アルバイトに興味があって……」
「あらあら、お年頃ですものねぇ。お洋服や化粧品でも欲しいのかしら」
「いえ、電子レンジなんです」
メイカは困ったように眉を動かしながら、くるくると自らの髪をいじって言葉を捻りだした。
「……ブランドの?」
「なんですか、ブランドの電子レンジって」
サクラはかいつまんで事情を二人に説明した。
ヒナタは感心するように腕を組みながら頷き、よし、と声を張り上げる。
「サクラちゃん! オレに出せる金があればいくらでも出すからな!」
「あ、ありがたいんですが、プレゼントを借金で買うのは違うと思いますから……」
サクラとしても借りるつもりはまったくない。
自ら稼がなければ意味がないのである。
「サクラ、あなたアルバイトがしたいと?」
「はい、そうなんです」
「だけど、ヒーローをやりながらのアルバイトは都合が悪いのですわね?」
「そうなんです!」
メイカの言うとおり、緊急性の高いヒーロー生活とアルバイトは相性が悪い。
敵が現れるたびに仕事を抜け出していては、きっと仕事にならない。
ダイチがなかなか戦隊として活動できない理由がそれなのだから、簡単に解決できる問題ではない。
ヒナタがそうだ、と拳を打ちながらアイデアを出した。
「内職のような仕事ならいけるんじゃないか?」
「いけますけど、それだとお母さんの誕生日には間に合いそうにないです」
元々、電子レンジをプレゼントしたいという発想が思いつきのようなものである。
今月中に何らかの手段で稼ごうということ自体、無茶なのかもしれない。
サクラとヒナタが黙り込んでしまっていると、メイカがこほんと咳払いをした。
「アルバイト先に心当たりがあるのだけど、あなた……やる気はあって?」
「えっ!?」
サクラは思ってもいなかった言葉に驚きを隠せなかったが、目はキラキラと輝きだしていた。
実質お嬢さまであるメイカの紹介とあれば、下手なことはないだろうと大きく首を縦に振る。
「はいっ、やります! なんでもやります!」
「じゃあ、わたくしに雇われなさい」
「……え?」
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