2-11 ヒナタはイズミに、お兄ちゃんと呼ばせない
(――押されてる)
実力差が感じ取れるほど、緊迫した戦闘が続いていた。
サクラは徐々に力負けしてきており、体力を確実に削られていた。
わかりやすいクリーンヒットが入らないのは、バランスが少しずつ傾いているからである。
均衡が崩されれば、一瞬にしてサクラは滅多打ちにされるだろう。
だからといって逃げるわけにはいかない。
正義でもプライドの問題でもない。退けば、それが隙になる。ただそれだけのこと。
「オラオラ、どうしたァ!」
オーバードの猛攻がやまない限り、抜け出す手立てはない。
仕切りなおすことができないのであれば、このまま敗北を待つしかない。
(負けて、たまるかっ――!!)
「粘るじゃねェか、もうとっくに限界のくせによォ!」
サクラが劣勢に立ったことは、オーバードにも見抜かれていた。
それでいてサクラを突き崩すほどの攻勢に出ないのは、オーバードもそれなりに死力を尽くしているということである。
あと少し、ほんの少しの力の差。その絶対的な差が、サクラの背中を敗北へと押していた。
(――でも)
気持ちだけは負けられない。
培ってきた魔法少女としての誇りは、戦隊ヒーローであっても変わらない。
ここでサクラが諦めれば、終わるのはサクラだけではない。
サクラは渾身の力を絞り出し、わずかな隙間を縫って、オーバードへと拳を突き出した。
(っ、届か――――)
「ハートピンク!!」
届いた。
声が、拳が、届かなかったはずの距離を奇跡的に凌駕した。
たった一撃に過ぎない。
それなのにオーバードは手を止めて、夜が明けるかのように戦況が塗り変わるのを眺めざるを得なかった。
「……ドコにそンな力が残ってたンだ、アァ?」
極限の戦闘の中で、お互いの力量を理解しかけていたからこその疑問。
プラスになるような要素など何一つないと、オーバードは発狂しかねないほど苛立ちが募っていた。
サクラは堂々たる仁王立ちをかまして、オーバードに言い放った。
「戦隊なんだから、みんなで戦うほうが強い……当然でしょ!」
そう叫んだサクラの後ろには、イズミ、ヒナタ、ダイチが揃っていた。
「……四人だけど、星霊戦隊ブレイブレンジャー!」
ビシッとポーズを決めるサクラ。
続いてくれたのはヒナタだけで、イズミとダイチはノーリアクションだった。
若干の物足りなさを感じながらも、サクラはぐんと力が湧いてくるのを感じていた。
やはり、戦隊が全力を発揮するには一人では不十分。
揃ったときこそ、真価を見せられるということなのだろう。
「だけど、今日のところは――っ!!」
サクラは拳を固めて飛び出すと、オーバードに正面から仕掛けた。
お互いに先程まで死闘を繰り広げていたはずで、サクラは明らかに劣勢だった。
そのはずだったが、オーバードに猛烈な拳の連打を浴びせるサクラからは、疲労の色は見られない。
それどころか回復さえしているような勢いで、満身創痍なオーバードを追い込んでいる。
「なっ、テメェ、急に動きが――!?」
「これでトドメだぁーっ!!」
サクラが拳を叩き込んだ瞬間、ぼふんと暗い煙が辺りを包み込む。
(――えっ、これって)
この手応えのない勝利の訪れは、サクラにとってものすごく覚えのあるものだった。
「……逃げられたーっ!?」
まさか、パラノイアだけでなくサイケシスでも、このパターンを味わうとは。
サクラは打ちひしがれるように崩れ落ち、呆気ない幕切れに涙するのであった。
+ + +
不機嫌を隠さないオーバードを不安げに見つめるメリー。
オーバードはベッドに横たわっており、まぶた一つ動かさずに天を睨みつけている。
「……オレは今、肉体の酷使と投薬の影響で動けねェ。
そんな状態のオレになんの用だ」
「い、いえ、同意も得ずに撤退したことを怒っているのではと……」
「……望んじゃいねェが、結果的に助かったことで文句を言うほど馬鹿じゃねェ」
悔しいが、あのままでは致命傷を受けていたことは事実だった。
振る舞いこそ粗野なところがあるオーバードだが、思考は至って理性的である。
「……ピンク以外の足止めを引き受けておきながら、果たせなかったわたしの責任です」
うなだれるメリーのことを鬱陶しく感じながら、オーバードは舌打ちをした。
「怪我人の横で卑屈になるンじゃねェ……治りが遅くなりそうだ……」
「すみません……」
「だが、テメェのおかげでわかったことがある。
戦隊のパワーは集団性によるところが大きい」
「そうですね……わたしもレッドとブルーをまとめて捕らえたのは失敗でした。
……それに、あの緑の彼」
ぼそぼそと小さい声になっていったメリーの言葉を無視して、オーバードは考え込む。
(……面倒臭ェことになった)
オーバードはサイケシスとして、戦隊を排除するために戦っている。
しかし、前の戦闘で目にしたとてつもない威力の根源を調べたいという欲求もある。
(各個撃破じゃあ、ピンクの実力はわからねェってことか……)
とはいえ、各個撃破が有効と判明した以上、わざと戦隊が揃うのを待つのも不自然だ。
メリーはともかく、ホロウに感づかれては立場が危うい。
オーバードは苦々しげに顔を歪ませると、この先の展開に頭を悩ませるのだった。
+ + +
「それでは星霊戦隊の結成を祝して……乾杯っ!」
ヒナタの威勢のいい音頭とともに、ジュースの注がれたコップを掲げる。
まさか、サクラもこんなに早く親睦会が開かれようとは思ってもみなかった。
悲しいことに我らが戦隊は緊急時だろうとプライベート優先。
親睦会を理由に集まる日が来るなんて、数ヶ月は先だろうと思っていたのに――
「――って、三人だけじゃないっ!」
「猫もいるけど」
「三人と一匹だけじゃないっ! ダイチさんとメイカさんは!?」
「都合が悪いって」
「もーっ!」
スケジュールを確認したところ、都合がつくのは本当に数ヶ月先になりそうだった。
そこでヒナタがとりあえずの一回目親睦会をやろうと言い出し、イズミがいいんじゃないと適当に同意した。
(この二人、ケンカしなくなったのはいいんだけど……)
イズミはヒナタの言うことがよほど問題なければスルーするようになったので、止め役がサクラ一人になってしまった。
基本的にはこの三人での活動が多いので、多数決では負けてしまうのである。
「親睦会なのに、わたしのうちだしさぁ!」
「戦隊の親睦会なんだから仕方ないでしょ」
「お菓子とジュースだよ!?」
「経費なんて出ないし、そのお菓子もヒナタの奢りだけど?」
「あっ、どうもです」
我関せずな態度を崩さないイズミをよそに、ヒナタは最初の一杯とでも言うようにゴクゴクとジュースを飲み干していた。
「ん、気にしないでくれ、たいした値段でもないからな」
「いえいえ、ありがとうございます」
「フツーのお菓子だけどね」
「イズミぃー……!」
「わたしも出した」
「ありがとうございます」
サクラ宅、お菓子とジュースによる戦隊親睦会。
あんまりだと思ったサクラだが、準備も実施も二人に任せきりで、サクラは場所の提供くらいしかしていない。
そう考えると途端に文句を言っていた自分が恥ずかしくなり、縮こまってしまう。
「わ、わたしも少しならおこづかいが……」
「サクラは肝心の戦闘で頑張ってんだからいいの」
「そうだ、サクラちゃんが功労者だからな!」
魔法少女のときは一人だったので、ここまではっきりと持ち上げられたことはなかった。
どうもむずがゆくなってきてしまい、サクラはとっさに話題を変えた。
「そういえば、イズミ。演劇部に復帰するって本当?」
「裏方作業を少し手伝うだけだけどね」
どうやら心境の変化があったらしく、少しずつだが部活を再開するらしい。
投げ出した交友関係を修復するのはいいことだと思い、サクラも応援した。
「戦隊には影響出さないようにするし」
「気にしないで、イズミが劇に出るときは教えてね」
「出ないし、絶対教えない」
本人に言ったら怒るだろうから言わないが、イズミのお姫様役はさぞかし似合うだろう。
サクラはもったいないなぁ、と思いつつ、クッキーを口に運ぶ。
「いやぁ、イズミちゃんがお姫様とかやったら似合うだろうなぁ!」
ガクッ、と思わずサクラは椅子から転げ落ちそうになる。
慌ててイズミのほうを見ると、意外にも素知らぬ顔で聞いていた。
「……本気で言ってんの?」
「ああ、ちょっとわがままなところとか、ピッタリだと思うぞ」
「フツー、そういうのは面と向かって言わないの」
イズミの地雷を踏まないかと冷や冷やしていたサクラは肩透かしにあったように口を開けていた。
それを見たイズミは、軽く目を細めながら言った。
「何、サクラ。わたしが怒ると思った?」
「あ、いや、その……」
「こいつがこういうこと言うやつだってのはわかってんだから。
印象で決めつけて機嫌悪くなるのはやめたの、それだけ」
サクラはイズミに何があったのだろうと気になったが、それを詳しく聞きだすのは野暮だと思った。
ヒナタとの関係が丸くおさまったのであれば、サクラから言うことは何もない。
「……ヒナタ」
「うん?」
「あんたはこれからも無茶するだろうけど、わたしはそれを見過ごせない。
妹さんのためだろうと、私の目の前で無茶することは許さない」
「お、おう……」
力強い宣言にややヒナタが気圧される。
現場となるとヒナタの勢いは火がついて止まらないが、こういう場の言い合いならイズミのほうに分がある。
「どんな正義や信念があろうと、ヒーロー本人が死んだら周りはお通夜でしょ」
「……そうだな、無謀なことはしないさ! ……極力」
不安だ、とサクラは顔を覆った。
関係性は少しばかり改善されたようだが、根本的には変わっていない。
これで上手いこと回るのだろうかと思っていると、イズミが言った。
「あんたのこと、妹さんの代わりに見といてあげる。
だけど、わたしはあんたの妹ではないから、あんな呼び方、その場のノリで言ってみただけだから」
(なんて呼んだんだろう……)
気になったサクラだが、今ここで聞くのはそれこそ野暮である。
「ああ、わかっているとも」
「ホントに? 妹扱いとかしたら……」
「大丈夫! イズミちゃんのことは、イズミちゃんとして扱うさ」
決めつけや、○○扱いが嫌いなイズミには効きそうな台詞だと、サクラは様子を見る。
だが、イズミはクールな表情を保ったままだ。
ゆっくりと息を吐き、間をたっぷりと空けてから口を開いた。
「……アツいんだけど、この部屋」
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