2-10 単純明快 紅月ヒナタは諦めない
次第に狭くなりゆく空間の狭間。
そこに落とされたイズミとヒナタは、背中を密着させた体勢のまま動けずにいた。
もはや身じろぎ程度のスペースしか残されておらず、荒くなる呼吸が顔で感じられるほどに壁が近づいている。
「やばい……マジ無理、どうしろっての……」
「イズミちゃん。オレに案があるんだが」
「言ってみて」
「爆発で空間に亀裂ができたのならば、同じことをすれば出口が作れるんじゃないか?」
死ぬでしょ、無茶でしょ、という言葉をグッと呑み込んで、イズミはひとまず可能性を探った。
スーツの耐久性能を信じて、ヒナタのボルカノンモードをこのような密閉空間で発動させた場合。
果たして無事でいられるのだろうか、そもそも脱出できるほどの穴は開けられるのだろうか。
「無駄ですよ……」
イズミが到底、無謀としか思えない検討を重ねていたところへ、メリーが申し訳なさそうに呟く。
「あなたがたの攻撃ではビクともしませんから……」
「そんなの、やってみなきゃわかんないでしょ」
「……まぁ、可能性を否定することはできませんが」
無理だとはっきり言わないあたりが敵として情けなくもあり、残酷でもある。
限りなく低いと考えている可能性に挑戦させようとしているのだから、バッサリ切られたほうが清々しい。
それでもイズミは諦めることなんてできるわけもなく、たとえ可能性だろうと賭けるしかない。
「……ヒナタ、準備して」
「いいのか?」
「やるしかないでしょ!? 空間を傷つけられるのは、あんたしかいないんだから!」
無謀な賭けはイズミの信条に反するが、この期に及んでは他にとるべき手段がない。
そう覚悟しての決断だったが、メリーからは絶望するような言葉が告げられた。
「あぁ……勘違いをさせてしまったようですみません。
人間二人分の隙間を作るほどの爆発は、あなたでは起こせません」
「えっ……だって、さっき」
「あなたが来る前に大爆発の音が聞こえませんでしたか?」
そういえば、空間を震わすほどの爆音によって敵襲に気付いたのだとイズミは思い出した。
そのわりに町が崩壊した様子はなく、ノロイーゼの大群に気を取られてばかりだった。
幾らノロイーゼが多いとはいえ、爆発で町が壊れていれば気付いたはずだ。
メリーはお詫びのように丁寧に説明しだした。
「あれはわたしが空間に亀裂を入れるためにやりました。
あくまで空間の断裂を引き起こすことが目的だったため、物理的な破壊は最小限にして」
イズミはメリーの台詞がすんなりと頭に入らないほど、ぽかんとしてしまった。
ゼロに近い可能性をマイナスにされたかのような、あまりに残酷すぎる発言。
「……うそ」
「爆発を利用したと言ったため、誤解させてしまいましたね……すみません」
愕然とするイズミの背後で、ヒナタが息を詰まらせる。
すでに空間の壁は頬にまで張りついていて、残された命の猶予は数分もなかった。
(こんな……たいした傷も、怪我もないのに……どうにも……?)
苦し紛れの威勢も、強がりも、悪あがきもできないほど、イズミは頭が真っ白になった。
ヒナタも口を開かず、空間の狭間には言い知れないほどの沈黙が訪れた。
間をつなぐかとでもいうように、メリーがおずおずと口を開いた。
「……最後まで、お付き合いいたします。
こんなことになったのはわたしのせいですから、一つ不愉快な話ではありますが、冥土の土産にでもしていただければ。
わたしはメリー・コランと申します、とすでに言いましたね。
敵対する相手に名を明かす必要があるかと思いますが、わたしは名乗るようにしています。
そうでなければ勝手な異名がついてしまうのです。
そう、たとえば――残酷令嬢、なんて呼ばれ方もされました。
罠を張り、策を弄して、確実に陥れる。
そんな弱い戦い方しかできないわたしを、どうして残酷などと呼べましょう。
そこまでしても、なお不安は拭いきれない性分で……だから、見届けるのです。
あなたがたが潰れるまで、ちゃんと、最期まで。
わたしのつまらない話でよければ子守唄にしてお眠りください……おやすみなさい」
黒に支配された空間の狭間で、イズミの思考は白んでいった。
メリーの声は、次第に遠のいていった。
「……どうして、あな――は、――です――?」
+ + +
ダイチはシューターを下向きにぶら下げ、脱力したように進み出た。
視線をメリーの足元へとやるが、そこに特筆できるような異変は見受けられない。
堂々と登場したダイチを、メリーは不思議そうに見ていた。
「……どうしてあなたは、出てきたんです?」
「気付かれていたんじゃあ、不意打ちにならないからさ」
飄々とした受け答えをするダイチ。
メリーは自信なさげに口元へと手をあてて、突如現れた目的を探るように目を伏せた。
「つい寸前まで、本気で不意打ちを狙っていたはず……ですよね?」
言葉の通り、ダイチは不意打ちを考えて、一度はシューターをメリーへと向けていた。
その後ですぐに判断を変えて、メリーの前に姿を現したのである。
「真っ向勝負じゃ勝てないと思ってるからな。
でも、あんた自分に自信がなさそうだったから、オレでもなんとかなるかなって?」
ダイチの言葉には軽薄さが透けて見えており、誰もが本気でないとわかるほどだ。
真実とも思えないし、虚構だとも見抜けない。
真意の隠された厄介な物言いに、メリーは眉をひそめた。
「あなたのような、態度と言葉が噛み合ってない人は、苦手です」
「そうかい。それは同族嫌悪って言うんだ」
実際、ダイチの目的は勝負することではなかった。
戦隊の目的は脅威の排除にあり、ダイチとしてもそこに異論はない。
ただ、単純な力比べで勝てる相手だとはダイチは考えていない。
スーツを着込んだだけの即席ヒーローに、純粋な悪を倒せるほどの力量が備わっているとは思わない。
「正面からでは勝てないと思って、不意打ちを狙った……しかし、気付かれていると感づいてやめた。
そこまでは理解できますが、どうしてそこでわざわざ出てくるのです?」
メリーが語るあいだ、ダイチを取り囲むようにしてノロイーゼたちがわらわらと這い出てくる。
しかし、すぐに襲いかかってくる様子がない。
「オレみたいななんでもない奴を警戒してくれるなんて、嬉しくて泣けてくるよ」
「……無策で踏み込んでくるような方だとはお見受けできません」
「そんなことないけどなぁ、逃げられないから逃げなかっただけだ」
勝てないからといって逃げたところで、脅威を放置していては自滅は時間の問題だ。
積極的でなかろうとヒーローの端くれなのだから、やれることはやっておこうというのがダイチの持論である。
ダイチは面倒くさそうな、のんびりとした語り口で喋りだした。
「あんたが下を向いて誰かに話しかけているのを見てた。
気が触れてるんじゃなきゃぁ、そこに誰かがいるんだろうってことだ」
「なるほど……誰だと思いましたか?」
「あんた、意地悪なこと聞くなぁ……
オレはだいぶ遅れてきたのに、他の戦隊メンバーの姿がない。
ってことは、あんたに捕まったんじゃないかと考えたわけだ」
「ご名答です……悲しんだりはしないのですね」
「悲しいってより、しんどいよ。
そんなのにオレが勝てるわけないし、できることなんて死ぬまでの時間稼ぎくらいだ」
メリーは、ダイチのヒーローらしからぬ口振りに共感するかのように微笑んだ。
「自暴自棄にならないでください……わたしはあなたのような考え、嫌いではありません」
「ありがとう、だがオレはオレの考え方が嫌いだよ。
どこまでも他力本願で、勝算がなければ姿を現さないようなずるいやり方は」
ダイチの不敵な笑みに引っかかりを感じたメリーは、地面の微かな震動に気付いた。
+ + +
「――イズミちゃん、試してみないか?」
黙り込んでいたヒナタの声が、イズミの真後ろから届いた。
真剣さを帯びた声色はいつものことのようであり、いつも以上に熱っぽくも感じられた。
「試すって何を……ていうか、まだ諦めてないの?」
「どうして諦めなくてはならないんだ?」
「だって、どうしようもないじゃない!」
ほぼ拘束状態で手も足も出ず、出せたところで密閉空間を打ち破る手段もない。
そんな状況で打ち出せる策などイズミには思いつかなかった。
しかし、ヒナタはそんなこと意にも介さず言ってのけた。
「それはサイケシスがそう言ったからだろう。オレはそんなの信じない」
「……え」
「イズミちゃんは一度、やろうと言ってくれただろうが。
それならやるだけやってみようじゃないか!」
これまでのイズミであれば、根拠もなしに何を言っているんだこいつは、と思ったことだろう。
しかし、今のイズミならヒナタの言葉の裏に並々ならぬ信念が込められていることを知っている。
「……わかった、やろう」
頭ごなしに否定するほど、浅い関係ではなくなっていた。
そうなれば見過ごせない性分なのは、イズミ自身がよく知っている。
一方、ヒナタは初めてイズミが素直に意見を聞き入れてくれたことで感動に打ち震えていた。
「お、おお……よし、いくぞ!」
「っと、待った。
ただ闇雲に撃つだけじゃ、あの女の言うとおりに意味はないと思う。
それにわたしたちも無事では済まない」
「そこは気合でカバーだ!」
「うっさい、調子乗んな、黙れ」
「あ、あぁ……」
「何か威力を増幅させるような……なおかつ、こっちのダメージを抑えられるような……」
そんな矛盾するような都合のいいものが、こんな極限状態であるわけない。
そう思いながら口走った言葉にヒナタが意外にも反応を示した。
「水蒸気爆発はどうだ?」
「は? 失敗してたじゃん」
「あれは外だったからだろう。
これだけの密閉空間なら、圧力は高まりやすいんじゃないのか?」
空間の狭間を水で満たし、そこでヒナタが超高熱攻撃を加える。
瞬間的に水蒸気が膨れ上がり、密閉された空間は圧力の逃げ場を求めて破裂――するはず。
思いのほか理屈の通った意見にイズミの決心がついた。
「……水中なら衝撃も少しはマシになるかもだし、それしかないか」
「ああ、絶対に大丈夫だ!」
イズミは溜息まじりに水を放出し始め、空間が足元から徐々に水で満たされていく。
不思議と恐怖や不安はなく、どうにでもなれといった奇妙な清涼感に包まれていた。
「ねぇ、ヒナタ」
「なんだ?」
「あんたは妹のこと放っておけないみたいだけど、妹の方こそあんたみたいな頼りづらい兄貴、放ってはおけないと思うよ」
「た、頼りづらい?」
「頼りにならないわけじゃないけど、頼りにするには単純すぎるの、あんたは。
だから、わたしはあんたを頼れる兄貴分としては絶対に見れないと思う」
背中越しにもわかるほど肩を落としたヒナタに、イズミは苦笑まじりに言った。
「仲間としては見限ってやらないから、せいぜい言うこと聞いてよね、お兄ちゃん?」
「えっ、ちょ――」
「あとは任せたから!」
ヒナタががばっと振り向こうとしたのが伝わるが、そのようなスペースは当然ない。
すぐに水が頭まで達し、空間はほぼ水で満たされた。
「がばごぼがばぁっ!」
(技名叫ぶなっつの……)
すぐ後ろで高まる圧力の気配を感じながら、イズミは衝撃に備えてギュッと目をつぶった。
+ + +
爆裂音とともにアスファルトが吹き飛び、ダイチは防御姿勢をとりながら後退した。
バラバラと落ちてくる瓦礫が収まった頃、その中心に赤と青の影を目にしたダイチはホッと胸をなで下ろした。
だが、そこにサクラの姿がなかったことで、ゆっくり落ち着いてはいられないと悟る。
(あの子が現場に来てないはずないもんな……)
メリーの注意をそらせば脱出しやすくなるかと考えての時間稼ぎだったが、これ以上は稼いだところで赤字のようだ。
ダイチは二人に駆け寄りながら、身体の具合をたずねた。
「大丈夫かい、二人とも」
「けほっ……なんとか、ね」
「ありがとう、ダイチさん! サイケシスの女は!?」
「復活早いなぁ……やつなら消えたよ」
メリーは震動を感知した途端、捨て台詞の一つもなく、暗い煙となって消え去った。
戦況が変わると見るや撤退するあたり、ダイチ個人としては好感がもてるほどの潔さだった。
「さて、そんなことより……サクラちゃんはどこで戦ってるんだ?」
「そうだ、急がなきゃ!」
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