2-2 イズミとヒナタ 赤と青は相容れない
本日は快晴。
うららかな春の訪れを告げる風が吹く街角。
雲ひとつない澄み切った青空を目にしながら、サクラはノロイーゼと戦っていた。
「もーっ、どうしてこんないい天気の日に戦わなくちゃいけないの!?」
「雨降ってるほうがイヤなんだけど、濡れるし」
「そういうことじゃなーいっ!」
魂の叫びを轟かせながら、ストレスをぶつけるようにノロイーゼをぶっ飛ばす。
そんなサクラの快進撃を冷めた面持ちで眺めつつ、イズミも控えめに援護していた。
「しかも、ゴールデンウィークだよ!?」
「だから何」
「パラノイアだったら大型連休初日から攻めてこないよ!」
「悪の組織に休日の概念なんてあるの?」
ぐっ、とサクラはのどを詰まらせた。
サクラの知る悪の組織パラノイアは、魔法少女バッドノワールの誘導により適度な休戦日を設けている。
サクラもノワールも当初は休日返上で戦いを繰り広げていたが、二年目も後半になる頃にはすっかりフレッシュな勢いを失っていた。
あるとき、ノワールがこぼした一言――
『連休初日くらいゆっくりしてもよくない?』
という意見は即座に可決され、利害の一致を見た両者はがっちりと握手を交わした。
そのため、サクラにとって連休初日は休日確定なのである。その心積もりだったのである。
休みだと思っていた日に出動するのは辛い。それはヒーローだって同じなのだ。
落ち込むサクラに、イズミは容赦のない指摘を叩きつけた。
「ていうか、ノロイーゼの特性上、人流が多くなれば出てくるでしょ」
「そんな流行り病みたいな……」
人からエナジーを奪い取るノロイーゼは、駅前や繁華街といった人混みに出現する傾向がある。
たとえ少数でも放置すれば大変なことになり、確実に倒さなければいけない敵だ。
それは高校生活初めてのゴールデンウィークだろうと関係ないのである。
「というか、ヒーローが休み希望なんてほざいていいわけ?」
「えっ……」
「グリーンに申し訳ないと思わない? 今日も仕事だってさ」
返しようのない高純度の正論に、サクラはまたも言葉を詰まらせた。
イズミとばかり話しているが、今日はなんとブレイブレンジャーが四人集まっている。
ヒナタとメイカも戦いに参加してくれており、少し離れた位置で懸命に戦っていた。
ダイチだけが仕事の都合で不参加となり、全員集合は惜しくも叶わなかった。
「も、文句くらいは言わせてよ」
「……いいけどね。わたしも文句や愚痴、我慢したくないし」
イズミが軽く共感を示してくれたことで、サクラはホッとした。
出会いこそ揉めた二人だが、今となっては話す機会は多い。
単純に顔を合わせる回数が多いこともあるが、お互いに意見をぶちまけたことで、干渉のラインが引き下がったのだろう。
気張らずに付き合えるというのは、サクラも嬉しく思っていた。
「イズミ、不満があったらいつでも聞くからねっ!」
「……まず、そういうノリがイヤ」
「えぇー……」
手が届いたと思いきや途端にハシゴを外された気分で、サクラは難しい顔をして首を捻った。
一方、イズミはたいして気にもしてないように振舞いながら、何か思い当たったように口を開く。
「あぁ、でも、アイツよりマシかな……」
「あー……」
そう言って戦闘の最前線を見つめるイズミに、サクラは気の利いた台詞を言えなかった。
視線の先で繰り広げられているのは、まさに激闘と呼べる熱戦だった。
「ウォォオオオッ! ソウルソード、エクスプロージョンモード!」
「ちょっと、ヒナタさん! 近い! 爆風が熱い! もっと離れてくださいまし!」
ノロイーゼを斬り伏せるたびに舞い上がる熱風が、敵陣だけでなくメイカのほうにまで飛び火していた。
熱血特攻、ド派手な戦いに定評のあるヒナタの戦闘スタイルだが、その動きには無駄が多い。
最初の頃は一体のノロイーゼを倒すことに張り切り、二体のノロイーゼに襲われるようなこともあった。
少しはマシになったとはいえ、基本的な性格や癖はそうそう変わるものではない。
「すまないっ、お嬢!」
「その呼び方もやめてくださる!?」
そこそこ距離があるはずなのにぎゃーぎゃーと耳に騒がしい二人の言い争いは、サクラの肩をガクッと落とした。
「ヒナタさん、悪い人じゃないんだけど」
「あれに悪意があったらわたしは戦隊辞める」
「それは困るよぉ……」
抗議の声を上げるが、サクラに覇気はない。
メイカはヒナタの言動にやかましく言い返すが、その場限りで後を引くようなことはない。
しかし、イズミはヒナタの言動、キャラ、存在すべてが気に障るらしく、相性は最悪だった。
イズミがヒナタのことを鬱陶しく感じていることにサクラも気付いてはいたが、それを強くは言い出せなかった。
サクラ自身、ヒナタの暴走しがちな戦闘には困っており、気持ちはよくわかっていたからだ。
それでも一つのチームとして戦っているからには、友好関係は大切である。
「仲良くしてよ、仲間なんだから」
「仲間ぁ?」
イズミは露骨に嫌そうな顔をして、苦々しげに口を尖らせた。
「あんなの同じグループに属するアカの他人だし」
「レッドだけに?」
「…………」
「ごめん、そんな目で見ないでよ」
春の陽気を拭い去るかのような凍てつく瞳を向けられて、サクラは素直に謝った。
そうしているうちにノロイーゼの集団は数を減らし、今日も無事に任務終了となった。
戦隊としてのチームワークはまだまだ課題が残るものの、やはり戦力が多いと戦闘にも余裕が出る。
サクラは戦闘後とは思えないほど心穏やかな気持ちで、かつての二人しかいなかった頃を思い出していた。
(ヒナタさんと二人の頃は大変だったなぁ……今なんて四人だもん、二手に分かれられるもん……!)
二人しかいないのに二手に分かれるのは、それはただ離れただけなのである。
改めて数の利点を噛み締めているサクラだったが、イズミの呆れた声にハッと前を見る。
そこにはヒーロー姿のヒナタとメイカが並んで立っていて、なんだか香ばしい匂いが鼻をツンとついた。
「ケホッ……なんなんですの! 敵より味方の攻撃のほうがダメージ残りましたわよ!」
「ありがとう、サイケシスよりオレのほうが強いということだな!」
「褒めたのではなくってよ!?」
どうやらヒナタの攻撃の影響でこんがりと生焼けしてしまったらしい。
ヒーロースーツの耐久性はなかなかのもので、見た目ほどのダメージは負ってないようだ。
「サクラちゃん! 今日はオレ、倒れてないんだぜ」
「あっ、そうですね! メイカさんのサポートのおかげでもあるけど……」
毎度のように力尽きて倒れていた当初からすると、サポートありとはいえ素晴らしい成長具合だ。
この際、その他の問題には目を瞑って褒めておこうと声を上げたサクラだったが、そこへイズミが鋭いトーンで切り込んだ。
「ていうか、メイカに迷惑かけすぎ」
「イズミちゃん?」
きょとんとした表情でとぼけた返答をするヒナタ。
それを見たイズミは、苛立ちを押し殺すように淡々とした低い声で話す。
「サポートされてなかったら、何回背後取られてたと思ってんの?」
「い、いいじゃない、戦闘後すぐにそんなこと言わなくたって……」
サクラは慌ててイズミをなだめようとするが、発言自体は同意見だったので語気が弱まってしまった。
「それより、ちゃん付けはやめてくれない?」
「えっ、呼び捨てでいいのか?」
「……それもムカつくけど」
ヒナタへの反発的な態度を隠そうともしないイズミに、サクラはあわあわとうろたえる。
一方、当事者であるはずのヒナタは堪えていない様子で、のんきに頭を掻いていた。
「うーん、年下の女の子は基本ちゃん付けだからなぁ……」
この場では大学生のヒナタは最年長であり、サクラもちゃん付けで呼ばれている。
イズミはちゃん付けも気に入らなければ、呼び捨ても癪に障るようだった。
二人の剣呑なやり取りを我関せずといった態度で聞いていたメイカが、ふと眉を持ち上げてヒナタにたずねた。
「……あの、わたくしも年下なのですけど?」
「でもお嬢はお嬢だろ?」
「なんでですの!?」
そのとき、メイカのスマホからメロディが流れ始めた。
自然と会話が途切れて、変身を解いたメイカがスマホを見ながら声を上げた。
「失礼、そろそろ時間ですわ」
「何かあるんですか?」
サクラがたずねると、メイカは軽く微笑みながら答えた。
「お父さまのディナーに同行するのよ」
「お仕事ですか? メイカさんも一緒に?」
「仕事じゃないけど……相手方がご子息を連れて参加されるらしくて、その釣り合いでわたくしも、ってところかしら」
メイカの口振りからは物憂げなニュアンスが感じられ、気楽なものでないことがうかがえた。
なんだか想像するだけで息が詰まりそうな食事会に、サクラは気の抜けた声が出る。
「はぁー、大変なんですねぇー」
「何その間抜けな庶民台詞」
「す、素直な感想でしょ!」
つんけんとしたイズミをよそに、ヒナタは朗らかな笑顔でメイカのことを見送った。
「お疲れさま、お嬢。
ところで、連休中にまた集まりたいんだが予定は合うか?」
「何かありますの?」
「親睦会を開こうかと思うんだ」
「親睦会? へぇ……」
ヒナタの提案に小さな驚きを返しつつも、メイカは関心を示したようだった。
親睦会、という単語にサクラとイズミも両者極端な反応を見せる。
「いいですね!」
「イヤなんだけど」
サクラとイズミは打ち合わせもなしにタイミングよく発言を被らせたが、内容までは一致しなかった。
お互いに顔を見合わせると、イズミがさらりと言った。
「戦うのに馴れ合う必要ある?」
「ある程度の信頼関係は、戦闘においても役立つと思うんだけど……」
「サクラの意見はなんかガチすぎて怖い」
「怖い!?」
言われたことのない評価にショックを受けるサクラ。
メイカは苦笑しながら、発言に区切りをつけた。
「まぁ、スケジュールが合えば参加しないこともないですわ。それでは、ごきげんよう」
メイカが立ち去ると、ヒナタも続けざまにビシッと手を振った。
「よしっ、オレも帰るよ。遅いと妹を心配させるから」
「お疲れ様でした、ヒナタさん」
「サクラちゃんも親睦会、考えてくれよな」
「はいっ……!」
元気よく答えるサクラだったが、一方でイズミのことが気にかかった。
イズミは挨拶する気はさらさらないといった様子で、むすっとしている。
「ははは、そういう態度。うちの妹にそっくりだ」
「……にやけた顔で言わないで、妹バカ」
「むむ、その言い方は妹がバカにされたようでよくないな」
「じゃあ、バカ兄貴」
一方的な売り言葉を安値で叩きつけまくるイズミだが、ヒナタは堪えるどころか嬉しそうですらあった。
「兄貴呼びは嬉しいなぁ、助かる」
「勝手に助からないで」
心底しんどそうな顔をするイズミ。
辛辣な言葉も暖簾に腕押しとなれば、嫌気も差すことだろう。
ヒナタは感慨深い表情で、何かを思い出すように目を細めた。
「妹も昔はお兄ちゃんと呼んでくれたんだが……」
「どうでもいいんだけど」
「イズミちゃんさえよければ、オレをお兄ちゃんと思ってくれてもいいんだぞ?」
瞬間、イズミの表情がピキッと凍った。
「はぁ!? ありえない、無理、帰る」
己の中の限界値を超えたらしく、イズミは早足で歩きだした。
呆気にとられるサクラとヒナタを置いて、数秒後には曲がり角まで離れていた。
姿が見えなくなる寸前、イズミが振り向いた。
「あと、イズミちゃんって言うな!」
随分と乱暴な言葉遣いで捨て台詞を残し、イズミは去っていった。
前々からキツイ物言いをするところはあるが、ああまで感情をはっきりと示すことはサクラにはなかった。
見るからにへこんでないヒナタの態度がそうさせるのだろうな、とサクラはイズミに心を寄せた。
「怒らせちゃったな」
「というか、その前からだいぶ怒ってましたけど……」
さすがのヒナタもイズミを怒らせたことは悪く思っているようで、神妙な顔つきだった。
ヒナタは暴走しがちな面はあるものの、他人の心情を慮れないような人物では決してない。
はっきりした性格をしているだけで、それはイズミも似たところがある。
(だからこそ、反発しちゃうのかなぁ……)
どうにかできないかと頭を悩ませるサクラのもとに、ヒナタの気合を入れる声が聞こえた。
「よし!」
「どうしたんですか?」
「決めた! 親睦会、イズミちゃんも絶対に呼ぶぞ!」
やや強引な前向きさではあるが、そうでなければ何も始まらない。
サクラも思うところはあるが、本質的には前向きな楽観ヒーロー主義者である。
「……うん、わたしも賛成っ」
できることがあれば協力しようと思った矢先、ヒナタの続けた言葉はサクラを驚かせた。
「そして、イズミちゃんにお兄ちゃんと呼ばれるくらい頼りになる!」
「うんうん……えっ!?」
一瞬、聞き間違いかと疑ったが、何度記憶を繰り返しても発言は変わらないし、裏もない。
ヒナタがとんでもない方向へ暴走しつつあるのを感じて、サクラはどうにか押しとどめようと必死に叫ぶ。
「そ、それは無理じゃないっ!?」
「そんなことないさ。やり遂げるまでやり続ければ、無理なんてことはないんだ」
「そういう理論って他人を巻き込んじゃ駄目じゃないかなっ!?」
サクラが何を言おうと、ヒナタの熱量は治まることはなかった。
こうなれば、この熱意が良い方向へ導くことを信じつつ見守るほかない。
また頭が痛くなりそうな日々が始まる予感に震えていると、ヒナタが思いついたように言った。
「そうだ、サクラちゃんもオレのこと――」
「無理です」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます