2 熱血レッドは生意気ブルーに、お兄ちゃんと呼ばせたい
2-1 悪の幹部、集合 陰謀は眠らない
「パラノイア、今月の定例会を始めようではないか」
怪しげな部屋に響いたのは、威厳を感じさせる堂々とした一声だった。
重苦しい真紅のカーテンが昼夜を問わず室内を暗くさせ、紫やオレンジのサイケデリックな灯りが天井を照らす。
ドクロの置物や角を生やした悪魔の彫像が飾られているが、パラノイアはべつに悪魔崇拝の組織ではない。
パラノイアとは。
かつてパラノイアを作り出したとされる始祖、カオス。
始祖の唱える『世界を混沌に堕とす』を合言葉に、時代、場所を越えて活動してきた秘密組織である。
誰もが知ってるような歴史的な事件も、パラノイアが裏で手を引いていたという噂があったりなかったりする。
由緒正しい危険思想の破壊活動組織、それがパラノイアである。
――が、その活動が本格的だったのは昔の話。
数百年の時が流れ、始祖は滅び、組織が消滅した今となって、ひょんなことから三人の怪人が現代に復活した。
怪人たちは現代を再びパラノイアの手で混乱させようとしたが、魔法少女ピンキーハートによって阻まれたのだった。
それから三年間、両者は激しい戦いから激しくない戦いまで繰り広げ、それはもう硬直した状況となっているのである。
「ダウト、まだノワールが来てないざます」
アンダス婦人が帽子についた派手な花飾りを弄りながら、真向かいに座るダウトにバッドノワールの不在を伝える。
ダウトはパラノイアの幹部の一人。長身痩躯でヴァンパイアのように青白い顔をしている。
胸元にフリルのついた燕尾服を着用し、上流階級のような出で立ちである。
神経質そうに揺らぐ瞳は眼光鋭く、ノワールが居ないことに眉をひそめた。
「遅刻か? 定例会の便りは出したのであろう」
「もちろん出したざます。いつもどおり二週間前にはポストに……あぁっ!」
「どうしたのだ?」
「その後、華麗なる作戦を思いついてポストをヤングレーにしたざます!
……そして、手紙ごとピンキーハートにやられたんだったざます」
ダウトはこめかみを押さえながら、苦汁を飲み干したように顔をしかめる。
「パラノイアともあろうものが、魔法少女に振り回されるとは、なんてザマだ。
……今は亡きカオス様が見たらなんと言うか」
パラノイアの権威失墜を嘆くダウト。
そこへ重厚な雰囲気を吹き飛ばす無遠慮な発言が投げられた。
「死んでるからバレないんじゃね? とりま、大丈夫っしょ!」
場違いに明るく能天気なキンキン声を上げたのは、これまた場違いのような服装の娘だった。
白シャツにニットベスト、ミニスカートという女子高生のようなスタイル。
短めの茶髪には金色のメッシュが混じり、不気味なクマの髪留めをしている。
だるだるのルーズソックス以上に緩みきった目つきのギャルは、ダウトに向けて批判するような口振りで言った。
「てかさー、手紙やめない? メールでいいじゃん」
「パニィ、お行儀が悪いざます! 会議中は携帯電話から手を離すざます!」
「えー? ノワっちと連絡とってあげてんじゃん……っと、来るってよ?」
パニィがそう言ってからすぐに扉が開き、そこには不愉快そうに部屋を見回すノワールが立っていた。
「相変わらず趣味の悪いところね……遅れてごめんなさい?」
社交辞令にもならないほど謝意が感じられない態度で、ずかずかと扉に一番近い椅子に座る。
ダウトはやや面食らった様子で眉間にしわを寄せながら、ノワールにたずねた。
「……不手際で便りが届かなかったようだが」
「いや、べつに手紙なんかなくたって来るわよ。
二年以上、飽きもせず変わらず、月末の火曜、夜九時じゃない」
「……そうか。アンダス、今後は手紙での連絡はもうよい」
「わかったざます」
(まぁ、悪の組織が社会インフラ使ってんのはどうかと思ってたわよ……)
面子が揃ったところで、ダウトが仕切りなおすように咳払いをする。
アンダス婦人がキリッと姿勢を正し、パニィも携帯電話をいじる手を止めた。
若干、厳かな雰囲気が出てきたところで、ダウトがゆっくりと口を開く。
「今月は惜しくも勝利を逃した一戦があったようだな」
「強化型ヤングレーを差し向けたときざます。
ピンキーハートをあと一歩というところまで追い詰めたざますが、最後の一押しが足りなかったざます」
追い詰めたというよりは、ピンキーハート側に劣勢の理由があっただけだ。
そうとは知らないダウトは、深く考え込むように唸り声をあげた。
「ふぅむ……下手に特徴のある戦闘員より、純粋な力技のほうがよいということか?」
「それがパワーアップした巨大ヤングレーは倒されてしまったざます」
敗因はその巨大化がパワーアップを通り越して、歩くこともままならない重量級ヤングレーになってしまったことだ。
更に計画性のない分裂により、唯一の個性を失わせてしまった。
ノワールは冷静に分析していたが、それを口にすることはない。
ピンキーハートの味方ではないと自負しているが、パラノイアの味方というわけでもないのである。
「……ねぇねぇ、ノワっち」
「……何よ」
ダウトとアンダス婦人が真面目に議論する中、早くも飽き始めたパニィがノワールに声をかける。
「おニューの作戦思いついちゃったんだけど聞いてくれるー?」
「あなた、いつも考えるばかりで実行しないじゃない」
「やぁ……春眠暁を覚えずって言うじゃん?」
「意味わかってるの?」
「春にサボれる系の言い訳だってコトは知ってる」
(……来月は五月病だと言い出しそうね)
定例会がこうなるのは毎度のことなので、ノワールは溜息をこぼしつつもパニィの言葉に耳を傾けた。
「今度はどんな作戦よ?」
「ウチってば気付いちゃったんだケド、ピンキーハートって一人じゃん? お一人様じゃん?」
「そうね」
「マジ単純にヤングレーでチーム作ってガチればイケんじゃねってコトで、試しに五体作ってみたワケ」
そう言いながらパニィが口笛を吹くと、五体のヤングレーがサッと現れた。
赤、青、緑、黄、桃に色分けされて、統一感のあるデザインが特徴的である。
どこかで見覚えのある並びに、ノワールはなんとも言えない気持ちになった。
「うわぁ……」
「どうよ? ヤングレンジャーって言うんだケド」
「……ピンキーハートへのいやがらせにはなるわね」
ノワールはハートのことを哀れに思いながら、ちょっと見てみたくもあった。
パニィと雑談しているうちに、真面目なほうの議論が終盤に近づいてきた。
「――では、次は安定感のあるヤングレーを作るということだな」
「そうざます。転んだりしないやつがいいざます」
「転倒防止か、それも一つの安定感だろう」
「……ハッ、閃いたざます! 補助輪ヤングレー!
あらゆるものに補助輪をつけて、真の実力を評価させないざます!」
(……また、地味にいやらしいヤングレーね)
もっと本質的な改善部分があるような気がするノワールだったが、余計なことは言わない。
ノワールにとって大事なのは、ハートとの戦いを続けていくことである。
それにはパラノイアが強すぎても駄目だし、弱すぎても困るのだった。
「さて、今宵も実に良い結論に至ったところで解散とする。
……我輩は夜のジョギングに赴くとしよう」
「ダウト、これからどんどん日が長くなるざますから、気をつけるざます」
「うむ、重々承知である」
(悪の幹部が健康的な身体作りしてんじゃないわよ)
ノワールがハートとの戦いを続けるため、色々と誘導していることは確かだ。
しかし、パラノイアの幹部たちには、それ以前に残念なところがあった。
アンダス婦人は勘違いや早合点が多く、すぐに頭に血が上るので、いつも作戦がうまくいかない。
意識は高く、やる気も出撃回数もダントツなのだが、負けた回数もダントツである。
パニィは奇抜で突飛な作戦を思いついてはノワールに披露しているが、その中で実行されたのは数えるほどしかない。
世界を混乱させるという欲望はあるらしいが、それよりも流行や物欲などの世俗的な欲望のほうが勝っている。
ダウトは比較的まともで、パラノイアの理念を大事にしているが、体質が致命的だった。
日中の活動に支障があり、夜間しか外出できず、ノワールと活動時間が被らない。
無理をすれば昼間でも出られなくはないのだが、無理ができる年齢ではないようだ。
(悪の組織って、もっとこう……ねぇ?)
パラノイアとの付き合いも長いので口には出さないが、気疲れをしてしまったノワールはグッと伸びをした。
ふと振り返ると、呼び出されて放置されたままのヤングレンジャーが居づらそうにもじもじしていた。
パニィは紹介できたことに満足したらしく、それ以上の指示は出さないようだ。というか、携帯電話に夢中だ。
(帰してやりなさいよ……)
視線で帰るように促すと、ヤングレンジャーは感謝するように部屋を後にした。
溜息をつきながら、もう一つの戦いを始めることになったハートを思い、更に溜息を重ねた。
(あっちの敵はこうはいかないでしょうね)
春先早々、とんでもない厄介ごとを抱え込んだ魔法少女で戦隊ピンクのライバルに、ノワールは微かな憐憫の情を抱くのだった。
+ + +
青とも緑ともつかない色調一色で染められた、温かみも冷たさも、何も感じられない空間。
無機質と表現するには生々しく、酷く退廃的なものを想起させる雰囲気が漂う。
その不思議な空間にサイケシスの幹部であるオーバードは呼び出されていた。
「……椅子の一つも無ェのか? 居心地の悪ィ場所だな」
「ボクのアジトを悪く言わないでほしいなぁ」
この何もない、ただ広々とした場所はホロウの空間だ。
オーバードの研究室と同じく、現実とは違うところにあるサイケシス幹部のアジトである。
ここへ来ることが初めてだったオーバードは、得体の知れない圧迫感を空間から感じ取っていた。
飾りのない仮面をつけたホロウのことは、オーバードにとっても謎が多い。
必要以上の干渉をしてこなかったので、存在や正体のことは詳しく知らないし、興味もなかった。
ただ、サイケシスの首領メンタルとコンタクトがとれるのはホロウだけらしく、おとなしく会話している理由はそれだけだった。
「呼び出した理由はなんだ」
「心当たりはあるんだろう?」
「……ブレイブレンジャーのことか」
苦々しい口調で苛立ちをにじませながら呟くオーバード。
それを見てホロウはけらけらと楽しそうに笑った。
「負けたことは口にしないんだね!」
「……黙れ」
「まぁ、今日はそんなことで呼び出したんじゃないけど」
「てめェ!」
オーバードが掴みかかろうと手を伸ばしたが、ホロウは幻のようにするりと宙へ抜けた。
仮面の裏側の笑顔が透けて見えるほどの笑い声で、馬鹿にしたように忠告する。
「あはは、落ち着きなよ。キミはメンタル様に選ばれたんだ。
成果を出せば、今以上の力を得られると約束されている。
そのチャンスをふいにしたくないだろう?」
ホロウの言葉にオーバードは怒りを抑えるように歯を噛み締めた。
「……メンタル様に近いテメェをヤるのは、おイタが過ぎるってか?」
「そういうこと」
「チッ、お気に入りだか知らねェが、面白くねェ話だ」
吐き捨てるように舌打ちしたオーバードをニヤニヤした雰囲気で見ながら、ホロウはスッと後ろを指差した。
「そんなキミに朗報だ。
厄介な相手が現れたということで、こちらも手数を増やすことにしたよ」
「ハァ?」
オーバードが振り向くと、そこには一人の女性がうつむいた姿勢で佇んでいた。
白いワンピースに白いつば広帽子、靴下から靴まで身につけた何もかもが純白である。
身なりの清楚な雰囲気とは裏腹に、前かがみで姿勢が悪く、目元は帽子と髪に隠れていて、陰鬱な印象を持たせている。
「あの……はい、よろしくお願いします……」
「彼女はサイケシスの幹部候補さ。
仲良くしてやってね……なんて無茶は言わないから、せいぜい邪魔しあわないでね」
オーバードは不審げな目つきで彼女を見下し、陰気な女だなと毒づいた。
「メリー・コラン、です……オーバード、さん?」
「……ああ、そいつが言うように余計なマネはすンじゃねェぞ」
「は、はい……」
気弱そうな振る舞いからは、心のエナジーを奪い、ブレイブレンジャーを倒す光景は想像もつかない。
メリーを見ていると、幹部扱いをされているはずの自身の評価が低く見積もられているようで、オーバードは不愉快だった。
そんな思いを知ってか知らずか、ホロウはいつものような煽り口調でオーバードにたずねる。
「ところで、今後の方策は当然あるんだろうね?」
「いちいち癇に障る聞き方すンじゃねェ」
「どうなんだい?」
オーバードの威嚇をさして気にも留めずに問いただすホロウに、オーバードは軽い舌打ちをしてから説明した。
「ブレイブレンジャーの主力はピンクだ。
実力、参戦率、戦闘の指揮系統、どれをとっても主軸となってやがる。
だが、裏を返せばそこが崩れりゃ、ヤツらは脆い……イチコロだ」
「ふーん、ピンクを集中狙いするってことだね」
「確かに厄介な相手だが、ヤツらはまだチームじゃねェ。
第一、いまだに全員揃うほうが珍しいときてるからな」
オーバードの言い方がおかしかったのか、ホロウはククッと笑い声を漏らした。
「面白いよねぇ……彼らが現れてから、キミはイライラしっぱなしだし」
「おちょくってんのか?」
「とんでもない、面白がってるんだから!
だけど、エナジーを集めることも忘れないでおくれよ?」
散々、オーバードをイラつかせて、ホロウは姿を消した。
残されたオーバードはむしゃくしゃして壁でも殴りたかったが、ここには壁すら存在しない。
同様に取り残されたメリーをひと睨みすると、ビクッと身体を震わせていた。
怒る気も失せたオーバードは、さっさと帰ろうと歩き出す。
「あの……オーバードさん」
帰ろうとしたオーバードを、メリーが弱々しく引き止めた。
「なんだ」
「その、ピンクだけを狙うっていうのは……どのように……」
「てめェには関係ねェだろ」
「あっ、はい……そうですね……」
声をかけたわりには主張がなく、あっさりと引き下がったメリー。
その態度にオーバードは苛々させられたが、付き合うだけ無駄だと立ち去った。
(コイツらも、ブレイブレンジャーも気に食わねェが、それよりもアイツだ……!)
オーバードはピンク色の魔法少女が引き起こした、暴走とも言えるほどの超火力が気になっていた。
ブレイブレンジャーのピンクと関係があるのかはわからなかったが、魔法少女が戦隊のピンチに駆けつけてきたことは確かだ。
(ヤツらを叩きのめせば、アイツが現れる可能性がある)
オーバードは今日初めて愉快な感情が湧き、口元を不敵な笑みで歪ませていた。
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