1-12 星霊戦隊集合! 第四週目の第一話
正義は絶対だ、なんて傲慢な考え方をしていたつもりはない。
できる善行はするべきだ、というのはポリシーとして持っていたかもしれない。
それでもサクラの根底に流れるヒーローとしての信念は、放っておけないから、それだけだ。
「オーッホッホッ――」
「サクラメントシュート!」
「――ギャァァァアアッ!? 何をするざます!
高笑い中の不意打ちなんて卑怯にもほどがあるざますっ!」
「うるさいうるさーいっ! こっちは急いでるんだから!」
現場へ駆けつけたサクラが目にしたものは、先日の五倍はあろうかという巨大ヤングレーの姿だった。
宣言通り、十六体分から百体分のパワーアップを果たしたらしい巨大ヤングレーはのっそりした動きで郊外の田園を踏み荒らしていた。
こんなものが市街地に乗り込んできては迷惑どころの騒ぎじゃない。
サクラはビシッと、ハートスタイラーを巨大ヤングレーに向けて突き出した。
「巨大ヤングレーなんて、ただの大きくなったヤングレーなんだから!」
「ふん、貴様の目は節穴ざますか? これは……」
アンダス婦人は巨大ヤングレーを見上げて、納得するように頷いた。
「……大きい、ヤングレーざますね」
「……チェリーボンバー!」
気合を込めたキメ台詞を素直に返され、サクラは釈然としない気持ちで乱暴に魔法技を繰り出した。
チェリーボンバーは小型の爆発する光弾を大量にばら撒く、普段は雑魚散らしに用いる技だ。
巨大ヤングレーの足元に転がったサクランボのような光弾は、一つ目の爆発を合図に次々と連鎖するようにはじけていく。
耐えきれなくなった巨大ヤングレーは、どってーんと地響きを鳴らしながら崩れ落ちる。
サクラの見立てたとおり、巨大になった分だけ鈍足で、バランスも悪かったようだ。
「嗚呼! なんてことするざます!」
「普段からぷるぷるして不安定極まりないのに、巨大化して動けるわけないじゃない!」
「それをここまで連れてくるのにどれだけ手間取ったと……許さないざます!」
そう言うとアンダス婦人は秘策とでもいうように、巨大ヤングレーに何かを振りかけた。
巨大ヤングレーの体表が泡立つようにぶくぶくと言い始め、サクラは距離をとって身構える。
「オーッホッホッホ! 覚悟するざます、ピンキーハート!」
巨大ヤングレーは煙を上げて溶けだし、液状化したヤングレーの中から通常サイズのヤングレーが続々と現れる。
その数は約百体。どうやら巨大ヤングレーは分裂をしたようだった。
サクラは経過を見届けながら、スッとハートスタイラーに魔力を溜めだした。
「安定性がないことはわかっていたざます!
その対策として、第二形態の分裂ヤングレーになる計画はばっちりざます!」
自信ありげに語るアンダス婦人に、サクラは淡々と言い返した。
「いつものヤングレーじゃないのこれ」
「だから、貴様の目は節穴ざますか? これは……」
アンダス婦人はヤングレーたちを見渡し、納得するように頷いた。
「……いつもの、ヤングレーざますね」
「チェリーボンバー! からの、サクラメントシュート!!」
必殺技の大盤振る舞いで、サクラはヤングレーたちを一掃した。
手駒を失ったアンダス婦人はわなわなと震えながら、日傘をばしばしと地面に叩きつける。
「どうして、こう、なるざますの!?」
「……ホントだよ、どいつもこいつもさ」
「ん? ――えっ」
サクラがトドメの一撃とばかりに魔力を充填し始め、サクラメントシュート発射体勢に入っていた。
アンダス婦人が驚きの声を隠せなかったのは、その魔力量が普段の数倍――否、数十倍にも膨れ上がっていたからだった。
「な、なな、なんざますのそれは! 調子が悪かったんじゃなかったざます!?」
「……放っておけない性分なのに、みんなが好き勝手やるから――――もうッ!!」
土壇場で湧いてきたこの力は、戦隊のピンチに現れたパラノイアへの怒りや焦りだけではない。
サクラはここ数日の激戦、連戦で疲労困憊を繰り返したことで、図らずもハードトレーニングをこなした状態になっていた。
ぬるま湯のようなパラノイアとの戦いが下地となり、魔法少女として急成長していたのである。
スーツによる能力の均整化などされていない魔法少女としてのサクラは、これまでよりも強くなっていた。
「しばらくおとなしくしてなさいっ――――サクラメントシュート!!」
「ギャアアアアアアアアアアアアアァァァアア!!」
桃色のエネルギーがハートスタイラーから一気に溢れ出し、光弾どころか光線となってアンダス婦人に直撃する。
しかし、傘でのガードがギリギリ間に合っていたらしく、悲鳴を上げながら空の彼方まで吹き飛んでいった。
サクラは遠い目をしながら、このパターンは再来週には出てくるな、と達観した思いで息を吐いた。
「遅かったようね……」
「ノワール!」
ノワールがやけに疲弊した顔で現れ、アンダス婦人が飛んでいった方向を冷めた目で見つめた。
「だから、わたし抜きでやるとそういうことになるのよ」
「ノ、ノワールもやる気……?」
本日は敵宣言をしているノワールが出てきたので、サクラはビクビクとした気持ちでたずねるが、ノワールはあっさりと言った。
「今日はパス。校舎裏でだいぶ消耗させられたし」
「……そうだ! いきなりあんなところでなんのつもり!?」
サクラは理不尽な襲撃を思い出し、問いただそうと鼻息を荒くする。
ノワールは興奮するサクラを真正面から見つめて、やがてフッと小さく笑った。
「あなたのお仲間の顔を見たかっただけよ。
それより、今は急がなくてはいけないんじゃないの?」
誤魔化されたような気もするが、ノワールの言うことは正しかった。
サクラはビートリングに呼びかけるが、イズミどころかシシリィすら応答しない。
現在位置を教えてほしかったのだが――と、そのとき。
『助けて!!』
真っ直ぐな願いがサクラの心をガツンと叩き、条件反射のようにサクラは叫んだ。
「あっちだ! 急がなきゃ……ノワール!」
「な、何よ……」
「ぶっ飛ばして! わたしのこと、あっちへ!」
「はぁ!?」
「早く!!」
突拍子もない頼みにさすがのノワールも困惑を隠せないが、サクラは本気だった。
最速で現場へ到着するにはそれしかないと訴え、真剣な瞳でノワールへと迫る。
ぶっ飛ばされてサクラは無事で済むのかとか、勘を頼りにぶっ飛ばして大丈夫なのかとか、そもそもそんな方法でいいのかとか。
ノワールは常識的に考えて悩むところだったが――
「早く、やって!」
サクラが執拗に言い寄るのが鬱陶しかったので、悩むのが面倒臭くなった。
「ったく、後悔すんじゃないわよ…………ダークネスキャノン!」
「来いっ、わっ、キャアアアアアアアアッ!!」
両手を広げて黒い光弾に立ち向かったサクラは、抵抗もせず綺麗に吹っ飛ばされていった。
ノワールは心配するような、あるいは馬鹿を見るような生温かい目でサクラを見送った。
「……あの格好のままでよかったのかしら」
+ + +
サイケシス襲撃の混乱により一台の自動車もない橋上。
オーバードの振りかぶる剛腕がイズミに襲いかかろうとした、その瞬間。
空から鳴り響く異音がオーバードの狙いを鈍らせ、イズミは間一髪で攻撃をかわした。
まさに紙一重の回避。頭頂部をかすめた衝撃は、直撃せずともイズミの脳内までをひりつかせる。
「く、ぅっ……」
「ちっ、なンだか知らねェが、終わりだッ!」
オーバードは空の異変を後回しにして、イズミへのトドメを優先した。
先程の攻撃を無理な姿勢で回避したイズミには、追撃をかわすだけの余裕はなかった。
今度こそ終わりだと目を閉じたそのとき――――
「させるかァッ!!」
何故か禍々しい黒いオーラを振り払いながら、空を切り裂いてピンクの魔法少女がオーバードにドロップキックをかました。
予期せぬ位置から、想定外に威力のある一撃に、オーバードは盛大に橋上を転がった。
イズミは待ち望んでいた相手への歓迎と、もっと早く来いよという感情がごちゃ混ぜになり複雑な心境だった。
しかし、この場合、素直になれないのはイズミの性格だけが問題ではなかった。
「お待たせっ、ハートピンク――」
「その格好で……?」
「――の、友達のピンキーハートですっ!」
サクラは人生最大の「しまった!」を全身全霊で軌道修正して誤魔化した。
大急ぎで慌てるあまりに魔法少女ピンキーハートのまま、サイケシスとの戦闘に参上してしまった。
すでに正体がバレているイズミはともかく、他のメンバーがいる手前で変身し直すこともできない。
元々、ノープランで駆けつけたサクラだが、余計に頭が真っ白になってしまう。
オーバードが体勢を整えているあいだに決着をつけるべきなのだが――
「なぁ! 五人いるってことは、ブレイブバズーカが撃てるんじゃないか!?」
明朗快活。戦場には場違いとさえ思えるほど勢いのある――あるいは勢いしかない発言に、周囲の視線が一気に集まる。
注目の先には、ブレイブバズーカを一人で発射用意するヒナタがいた。
「……まだ諦めてなかったの?」
「なんだか知らんが、それ戦隊が五人いないと駄目なんじゃないのか?」
「あのレッドのお方、熱血バカの匂いがしますわ……」
イズミはもちろん、グリーンとイエローの二人ですら、ヒナタの発言に戸惑っていた。
だが、サクラはそこに可能性を見出した。
(ハートピンクって、わたしなんだし、きっと撃てるよね。
それに一直線の橋の上、ダメージを負った相手なら、今がチャンスだ)
戦隊四人と魔法少女一人の組み合わせではあるが、実質は戦隊五人揃ったと言っても過言ではあるまい。
ブレイブバズーカを最高出力で発射できる見込みは充分であり、地形、敵の状態ともに好条件が揃っている。
「いけるよ! ブレイブバズーカ、配置について!」
サクラは号令をかけて行動を促す。
困惑しながら全員がバズーカの周りに集まったものの、イズミが口を差し込む。
「……配置って?」
「えっ、戦隊活動計画のフォーメーションの項目に書いてあったでしょ!?」
「ごめん、そこまで読みこんでない」
がっくしと膝から崩れ落ちそうになるサクラだったが、なんとか持ちこたえて配置を指示した。
無事に発射用意が整っていく中、ヒナタが感心した様子で声を上げた。
「君は戦隊でもないのに詳しいんだな」
「ハ、ハートピンクに教わったんだよ、友達だからね!」
「なるほど!」
イズミが仮面越しでもわかるほどの視線をサクラに送りつけていたが、サクラは勇気を持ってそれを黙殺した。
ヒナタが準備をしていたおかげで、エネルギー充填は急速に進んでいった。
(よし、最後はわたし……!)
サクラがバズーカに添えた手に力を込めると、するすると面白いように魔力が吸われていった。
順調、と思いきや予想外の事態が起きた。
魔法少女から戦隊兵器へのエネルギー供給ペースは、戦隊としての兵器の設計を軽く超えていた。
一気にパンク寸前となり、一刻も早くエネルギーを放出しないと危険な域にまで達した。
(ピンキーハートの状態で本気出すと、こうなるのっ!?)
このままではバズーカごと、戦隊全員で爆発自滅オチになりかねない。
不穏な警告音と怪しい震動を起こすブレイブバズーカを力任せに抑えつけ、サクラは狙いも定まらないまま、真正面に向けて引き金を引くしかなかった。
「発射ァッ!!」
閃光と爆音。
視覚と聴覚を塗り潰され、前後不覚になるほどの衝撃をサクラは味わった。
サクラ以外の四人は気絶しており、固まった位置で無雑作に寝転んでいる。
意識があることを確認できるまで絶望の予感に震えたが、無事であることに安堵した。
威力は凄まじいものだったが、この攻撃は危険すぎて二度と使うことはないだろう。
(サイケシスは……?)
肝心のオーバードの所在は不明で、倒せたのか、そうでないのか判然としなかった。
ただ、ひとまず危機は去ったというところで幕が引けるのならば上々である。
突貫集結戦隊ヒーローの初戦としては、派手な白星を打ち上げられたのではないだろうか。
「……四月も終わるってのに、初戦かぁ」
溜息を漏らすサクラだったが、その横顔は疲労と勝利の開放感に満ちていた。
+ + +
(ヤベェ……ヤベェヤベェヤベェ……!)
オーバードは自身のアジトである研究室へと転がり込むなり、机上の紙束や薬瓶を払い落とした。
余白の残った紙片を荒々しく掴み、記憶に残った戦闘の情報を書き記していった。
そこへ当然のようにホロウが侵入して、不満げな口振りでオーバードを詰める。
「逃げ帰るなりどうしたのさ。メンタル様への謝罪の言葉でも考えてるの?」
「うるせェ! それどころじゃねェ……あのピンクの女ァ、とんでもねェ……」
オーバードはホロウのことを無視して思考に没頭し、ホロウは呆れて姿を消した。
薄暗い研究室に残されたのは、ガツガツとやかましく鳴る筆記の音だけである。
(最後の攻撃……直撃したらどうなってたか……
あンだけのエネルギー、数千人分の心のエナジーでも再現できるかどうか……)
正確な狙いができなかったブレイブバズーカの一撃をオーバードは回避していた。
しかし、その余波だけで体力を著しく消耗し、戦闘継続は不可能と判断して帰還したのだった。
――だが、撤退の理由はそれだけではなかった。
(あのチカラの源は……どういう理屈であれほどの威力に……)
オーバードの関心は、戦隊が繰り出した最後のとてつもない威力の攻撃、その根源にあった。
(……ピンクの女。不在だった戦隊のピンクと関係があるのか?)
荒れ狂うように紙片を叩き、黒く染めていくペン先の音律。
それは次第に興奮と情熱のメロディを奏でるように、暗き研究室の奥底で響き続けていた。
+ + +
『サイケシスが現れました!』
星霊戦隊のメンバーが全員集合し、幹部クラスの敵を撃退したとはいえ、ノロイーゼの襲撃はたびたび発生していた。
出現数は以前ほどの桁数ではなくなっていたが、パラノイアとの戦いもあるサクラには当然しんどい。
ダイチとメイカは私生活の都合があるので、気軽に参戦してくれるわけではない。
またしばらく、サクラとヒナタのコンビ戦隊になるかと思われた。
ところが――
「ブルー! もうちょっと前に出てよ!」
「イヤ」
後方支援というには後方すぎる位置から水鉄砲を飛ばすイズミ。
数体のノロイーゼを怯ませ、倒す手助けにはなっているのだが、いかんせん離れすぎだ。
「むしろ、余計に守りにくいよ!」
「……ギリギリに守られても怖いんですけど?」
「うぐっ」
イズミのことを守ると宣言した当日から、ギリギリ危ういラインでの宣言実行となってしまったサクラ。
そのことをチクチクと責められ続けており、サクラはそのたびに言葉を詰まらせている。
「ヒ、ヒーローは遅れてやってくるものだから……」
「……そういうとこだよね」
「違うから! わたしが悪いから! ヒーローにがっかりしないで!」
集団戦闘の中間と後方で二人が揉めている頃、ヒナタは端へ端へとノロイーゼを追い込んでいた。
追い込むというより突撃を繰り返して戦闘地域をいたずらに広げているようにも見えるが、とにかく追い込んでいた。
「うおおおおおおっ! ソウルソード、クライマックスモード!」
研ぎ澄まされた一閃で敵陣を大きく切り裂く必殺技を繰り出し、前方のノロイーゼを全滅させるヒナタ。
しかし、ノロイーゼは後方にもいる。
「ああっ! 連続では出せない、ピンチだ!」
「もう……周りをよく見て――」
頭を抱えながら助けに向かおうとするサクラの耳に、イズミの冷静な声が響く。
「――マインドシューター、バブルガンモード」
ノロイーゼの集団に向けて破裂する泡の弾丸が放たれ――ヒナタもろとも大打撃を与えた。
「ちょっとぉ!」
「いや、技名叫んでるのに逃げないほうが悪くない?」
「……うーん」
それもそうなのだが、あまりに連携が悪すぎる。
戦隊とはなんぞや、と答えの出ない自問自答に突入しそうになるサクラ。
そのとき、ハートスタイラーが緊急信号を響かせる。
パラノイア出現の合図だ。
「うげっ、パラノイアだ……」
イズミが微笑まじりで残念そうな声を上げる。
「あーぁ、行かなきゃ……やっぱり守れそうにないね」
「ちがっ、そのっ……あーっ!!」
一時期の戦隊結成も不可能かという状態からは脱却し、戦隊側の戦力は増した。
しかし、サクラが魔法少女に注力できるかというと、そうはなっていない。
毎回、イズミの溜息とキツイ視線を浴びての早上がりである。
「まぁ、イイとこ片付くし……早いとこ、魔法少女にでもなんでもなったら?」
何故だろうか、悪と闘いにいくというのに、休日のパパが仕事の飲み会へ行くのを責めるかのような物言いである。
果たして、サクラが自身の正義を両立させ、本当の意味で、魔法少女が戦隊ヒーローのピンクになれる日は来るのだろうか。
「こんなの……なれるわけないでしょっ!!」
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