1-11 サイケシス幹部 オーバード襲来

 恐れていた事態だった。しかし、いつかは起こり得ることだった。

 パラノイアとサイケシスの出現がまる被りしてしまい、町は同時多発的に危機に見舞われた。

 サクラは段々と状況が呑み込めてくるにつれ、あわあわと口が震えだした。


「ど、どどど、どうしよう!?」

「ちょ、何、落ち着いて」


 慌てふためくサクラをなだめるイズミは、ふと視線を下に向ける。

 がさごそと茂みをかきわけて一匹の黒猫が――シシリィが飛び出してきた。


「お二人とも、緊急事態です!」

「あのときの猫じゃん。なんでここに」

「お二人が心配で近くにいたもので……それより、サイケシスです!

 それも幹部らしき男の姿が確認できています」


 最悪の展開だ。とうとう幹部クラスの敵が出現してしまった。

 サクラは頭を抱えてしゃがみ込み、直面する問題に悩むことしかできない。

 イズミは緊迫した空気の中、戸惑いの残る面持ちでサクラにたずねる。


「……行かないの?」

「行かないと……! レッド一人だけじゃ、戦うどころか持ち堪えることも厳しいと思う。

 だけど、パラノイアも放ってはおけない。何よりパラノイアと戦ってるのは、わたしだけなんだから!」


 ああぁ、と声にならない声をもらし続けるサクラだが、選ぶべき選択肢は見えている。

 レッドだけでもいる戦隊とサクラしかいない魔法少女では、とりあえず魔法少女を優先するほかないのだ。

 しかし、レッドだけではノロイーゼの大群さえ、サクラのフォローなしでは処理しきれなかった。

 それを幹部まで現れたというサイケシス相手にレッド一人で太刀打ちできるはずもない。


「それなら魔法少女やるしかないんじゃない?」

「だけど、レッド一人だけじゃ――」

「わたしが行けばいいんでしょ」


 吐き捨てるように力強く言い放ったイズミの顔は、心地よい諦めにも似た覚悟が浮かんで見えた。

 サクラは一瞬すがるようにイズミと目を合わせたが、ハッとして目をそらす。


「でも、こんな状況で頼むのは……」

「この状況で、こうするしかないってだけ。

 もし後で後悔するにしても、やらなかった後悔よりはマシって考えるしかない」


 きっぱりと言い切る姿は頼もしくもあるが、サクラにはその心境の変化についていけなかった。

 一度は戦隊入りを拒否したイズミに、このような状況で戦いを迫るのは卑怯とすら思える。


「どうして……」

「だって目の前で露骨に困ってる子、見捨てられるほど薄情になんかなれない」


 口をついて出た疑問のサクラの言葉に、イズミは淡々と、それでいてはっきりとした口調で答える。


「……それがあんたの正義に反するって言うなら悪いけどさ」


 そう言うとイズミは露骨に顔をしかめて、余計なことを言ったと後悔していた。

 サクラはそんなイズミの機微を完璧に察することはできなかった。

 環境も経験も異なる相手の考え方を、すべて理解できるほど人間は賢くない。


 それでも、例えば、握り締め合った手と手の重なりくらいの価値観なら共有できる。

 再び問題も衝突も起こるだろうが、そんなことは当然なのだから、そのときに解決するしかない。

 サクラもイズミも、魔法少女も戦隊も、二つのものを一緒にするということは、そういうものである。


「ありがとう。わたし、全力で魔法少女やってくる!」

「早く、助けに来てよね」

「もちろん、魔法少女で戦隊ピンクだからね!」


 サクラは威勢よく声を上げて一直線に駆け出していった。

 イズミはそれを満足気に見送ると、足元のシシリィに気だるげなトーンで言った。


「ほら猫、わたしたちも行くよ。案内して」

「はい。ちなみにわたしにはシシリィという名前があるのですが」

「そういうファンタジーな名前を呼ぶのはなんかまだイヤ」

「そうですか……」



     + + +



 押し寄せるノロイーゼの大群は、絶望の色をした津波のようにソウルレッド、ヒナタを呑み込む。

 得意の突撃作戦も、この物量の前にはまったく意味を成さず、ひたすら後退し続けるしかなかった。

 攻撃をしのぎながら下がることしかできない状況は、むしろヒナタを延命させたかもしれない。

 だが、それもここまでだった。


「やれやれ、追いかけっこもここまでだな」

「くっ……」


 ヒナタの背後には幅の広い川が流れており、対岸までは数百メートル以上ある。

 河口にほど近いこの場所では水深も深く、攻撃を防ぎながら泳ぎ切ることは厳しかった。

 サイケシスの幹部オーバードは白衣をはためかせ、獲物を捕らえた狩人のように愉悦を見せた。


「元々、ノロイーゼたちは統制がとれるような代物じゃねェが、環境への適応力は目をみはるものがある。

 挟み撃ちや包囲のような陣形には向かねェが、単純にターゲットを追い詰めるだけなら、水中だろうと砂漠だろうと関係ねェ」


 余裕を見せるオーバードに対し、ヒナタは必死に打開策を探していた。

 しかし、逃げ場もなければ、強行突破するだけの力もない。

 時間を稼げばサクラが来てくれることは信じていたが、タイムリミットは目前だ。


(一匹でも多く道連れにして託すしかないか……?)


 ソウルソードを構えるヒナタを見て、オーバードが嘲笑する。


「やる気か? 面白ェ……何秒持ち堪えるか計ってやんよォ!」


 その声を合図に一斉にノロイーゼたちがヒナタに飛びかかる。

 グッと踏み込む足に力を込めたヒナタ――――そこに鋭い制止が響いた。


『伏せて!』


 ヒナタは直感でその声に従い、倒れ込むようにして地面へと伏せる。

 頭上を激しい音が通り過ぎ、顔を上げるとノロイーゼの集団が一塊やられていた。

 何が起こったかを理解するよりも先に、助けられた、負けていないという喜びが込み上げた。

 そのとき、水面から勢いよく飛び出した人物が、狙いすまして追撃を放った。


「マインドシューター! アクアジェットモード!」


 発射された超高圧水がノロイーゼの集団を切断するかのように吹き飛ばす。

 かすっただけでも致命傷を与えかねない威力に、ノロイーゼたちは成すすべもなく消滅した。

 オーバードは腹立たしげに睨みをきかせると、怒鳴るように問いただす。


「誰だ、テメェは!」

「研ぎ澄まされし静謐のマインド……マインドブルー」


 スン、と冷え切った口調のまま口上を述べるマインドブルー、魚住イズミがそこにいた。


(えぇ……何これ、フッと思いついたら口に出てた……怖っ)


 シシリィに言われるまま星霊戦隊の変身や武器を扱わされたイズミは、自分の対応力に洗脳染みたものを感じてビビっていた。

 ここまでの道のりも、変身した今なら走るより障害物のない水中を進むほうが早い、とシシリィに言われてのことである。


(……でも、意外とわたし強いじゃん)


 しかし、窮地にあったヒナタを助けたことや、ノロイーゼたちに圧勝した快感で少し調子に乗った。

 イズミは倒れ込んだまま呆気にとられていたヒナタに手を伸ばす。


「マインドブルー、よろしく」

「お……おお! オレはソウルレッドだ! よろしくな!」


 がっしりと握られた手は力強く、イズミはレッドに熱血の気配を感じて若干引き気味に頷いた。

 ヒナタは単純に仲間が増えたことを喜ぶように、ぶんぶんとイズミの腕を振り回していた。

 星霊戦隊に新色が増えた。そんな光景を見せられたオーバードは苦々しげな笑みを浮かべた。


「……よかったじゃねェか、少しはマシは配色の戦隊になれてよォ」


 そう言いながらオーバードは、ピンクがなかなか現れないことを不審に思った。

 常に指揮を執っていたピンクが不在なことはサイケシスには好都合だが、理由もなく不在なわけがない。


「おい、ピンクはどうした」

「はぁ? 言うわけないでしょ」

「……そうかよ」


 バッサリと言い切ったイズミに苛立ちを覚えるオーバードだったが、すーっと大きく息を吐いた。

 突如、凄まじいスピードで大地を蹴ったオーバードが二人に迫り、巨体から繰り出される暴力がイズミをめがけて振り下ろされる。

 とっさのことで反応できなかったイズミだが、ヒナタに突き飛ばされて辛うじて攻撃をかわした。


「何すんのよっ!」

「質問タイムが終わったんだ。

 出揃うまで待とうかという紳士的な提案を台無しにしたのはテメェだろ?」


 今の一撃で戦力差を確信したオーバードは、ゴーグルの奥に猟奇的な瞳をぎらつかせている。

 対してイズミは調子も余裕も消し飛び、攻撃で大きく抉られた地面を見て戦々恐々としていた。

 ノロイーゼのような戦闘員はともかく、オーバード相手に勝ち目は見えない。

 イズミが恐怖と絶望に支配されていると、となりでヒナタが小さく呟いた。


「ブレイブバズーカしかない……」

「えっ?」

「最終兵器ブレイブバズーカだ。あいつと戦うにはそれしかない!」


 ブレイブバズーカは高威力だが五人用の武器である。

 それも戦隊全員で支えなければ発射も命中もままならない最後の手段だ。

 明日の体調を犠牲にしたサクラでさえ、百パーセントの威力で使うことはできない。

 イズミとヒナタの二人だけで扱えるような武器ではない。


「無理、そんなことしたって自滅するだけ!」

「どのみちこのままではやられてしまう! 一か八かだ!」

「勝ち目のない賭けは一か八かって言わない!」

「可能性はゼロではないはずだ!」


 無謀とも思える一発に望みをかけるヒナタ、勝算のない博打には絶対乗りたくないイズミ。

 両者の意見は真っ向から対立した上、この二人は根本的にそりが合わない感じがした。

 イズミは無茶な作戦よりもサクラが来るまで時間を稼ぐほうが分があると判断し、オーバードに意味ありげな視線を送った。


「い、いいの……? ピンクがどこにいるかもわからないのに、わたしたちと遊んでて」

「……確かに、リスクを抱えたまま事を進めるのは性に合わねェ」


 イズミは緊張で心臓が張り裂けそうになりながら、一秒でもこの場を引き伸ばすべく口を回した。

 今だけはヒーロースーツの仮面に感謝した。得意の仏頂面も冷や汗と涙で崩壊寸前だった。


「わたしたちにトドメを刺そうとした瞬間、他の仲間があんたを後ろから襲う……としたら?」

「ハッ、不意打ちを明かすバカはいねェよ。それを言った時点で仲間が来るアテはねェってバラしたようなもんだ」

「わたしがそんなバカに見える?」


 オーバードは思考を巡らすように黙り込み、イズミは動悸を抑えながら次の展開を考え続けた。

 しかし、状況は長くはもたなかった。


「……ヤメだヤメだ。三分の二だけでも仕留めちまったほうがいい」

「そ、そんなことで満足なんだ?」

「オレとしちゃあ不満だがな、組織は成果主義ときてる」


 オーバードが一歩ずつ、確実に歩みを進めて近づいてくる。

 剛腕をボキボキと鳴らし、威圧するような気迫を放っていた。


(嘘……来ないで……)


 力量差は圧倒的で、安い挑発も、陳腐な時間稼ぎも通じない。

 イズミが後悔の悲鳴を上げる間もなく、オーバードが襲いかかる。



 ――――ズドン!!



 稲光と轟音がオーバードの身体を貫き、感電したように痙攣させる。

 イズミは雷撃にくらくらしながら、攻撃が来た方向を向いた。

 二つの人影がぼんやりと見える。


「あれは……グリーンとイエローか?」


 ヒナタが希望に満ちた声で人影を捉え、イズミも段々と視界がはっきりしてくる。

 ここよりも下流にかかる橋の上に、ヒナタが言うとおりグリーンとイエローの二人がいた。

 そのとき、ビートリングを通してシシリィからの交信が入った。


『ブルー。無事ですか? 救援を呼んできましたよ!』

「まさか……わたしみたいに戦隊を拒否ってたんじゃなかったの?」

『あなたと同じですよ。サクラの話を聞いたら放っておけなくなったんですよ』


 堂々と言い張るシシリィの後ろで、グリーンが腕を組んで首を傾げている。

 そう単純な心持ちで来てくれたわけではなさそうだが、大筋でシシリィの言うことに間違いはないのだろう。


(わたしだって……)


 ホッとしたのも束の間、全身から煙を立てながら起き上がるオーバードに、ギョッとしてイズミが飛び退く。


「あーぁ、新顔が三人も……だから、焦りは禁物だったんだ……」


 愚痴るように頭を掻き毟るオーバード。

 明らかに人間の耐久力ではなく、筋力も異常なまでに発達している。

 そもそも外見が人型だからといって人間とも限らない。

 イズミが攻撃に備えていると、オーバードはイズミをまるで無視して、標的を遠くに見据えた。


「だが、威力が足りねェ……仕留めるなら一撃でやるんだったな!」


 オーバードは遠隔攻撃をしたグリーンとイエローを先に始末しようと、橋のほうへと駆けていった。

 その速度は走って追いつけるようなものではなく、イズミはとっさに川へと飛び込んだ。

 イズミなら水中を移動すればギリギリ間に合う。しかし、間に合ってどうする。


(勝てるわけないのに……)


 そう頭では思っていても身体は止まらない。

 ぐんぐんとスピードを上げて、勢いをつけてオーバードの前へと躍り出る。

 背後のグリーンとイエローが息を呑む音がする。

 景色がスローモーションに見えて、オーバードの振るう右腕が視界の中で大きくなる。

 よく見えるが、身体は鈍い。避けられようのない事実が脳へ届いたとき、イズミは心から叫んだ。



「助けて!!」

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