2-3 サクラの休日 紫波シオンは甘くない
「覚えてろざますーっ!」
アンダス婦人が繰り出したタイヤヤングレーとの戦いに勝利したピンキーハートこと、サクラ。
なんと相手は、春になって交換されたタイヤを人知れず冬用タイヤに戻してしまう恐ろしい敵だったが、ヤングレーを上回るサクラの高速ピットには敵わなかった。
アンダス婦人には退却されたものの、概ねいつも通りの勝利である。
一息ついたところで、サクラは立ち去ろうとしていたノワールに声をかけた。
サクラが真剣な顔で「相談があるの」と持ちかけるとノワールは足を止めたが、詳しく話を聞いていくにつれて、その表情は段々と渋いものになっていた。
ノワールは話が落ち着く頃を見計らった上で、疑問の声を上げた。
「どうしてわたしは戦隊の親睦会について聞かされているのかしら」
「えっ、相談に乗ってくれるんじゃないの?」
「それはあなたが真剣なトーンで……第一、わたし関係ないじゃない」
「それはそうだけど……あ、親睦会来ちゃう?」
「来ちゃわないわよ。しれっと地獄のような提案するんじゃないわよ」
ノワールは溜息をついて虚空を見据えると、赤子に言い聞かせるような口調で話し始めた。
「あのねぇ、わたしがあなたを助けたのは、あなたが魔法少女を続けられなくなるところだったからよ。
いつでも戦隊お悩み相談所を開いているわけじゃないの」
「わ、わかってるよ」
ノワールの手助けが特別だったことは、サクラも理解していたつもりだった。
しかし、その手腕がとても頼もしかったこともあり、つい相談したくなってしまったのである。
恥ずかしくなってしまったサクラは意地を張ってしまうが、ノワールは緩むことなく詰め寄った。
「いいえ、わかっていたらこんな話はしないのよ。
いい機会だから改めて言っとくけど、わたしたちは敵同士なのよ。
必要以上の慣れ合いはしなくていいの」
「そっかぁ……でも、戦隊の仲間同士なら慣れ合いも時には必要だよね」
「え? まぁ、連携強化にはいいかも……って、しれっと相談内容に入るんじゃないわよ」
意外としつこいサクラに乗せられそうになったのが悔しいのか、ノワールはしかめっ面で帰り支度をしだした。
「わわっ、待ってよ!」
「イヤよ、付き合ってられないわ」
去りゆく背中を引きとめようとサクラは手を伸ばすが、ノワールは意に介さず遠ざかっていく。
ガクッとうなだれたサクラは、地面を見つめながら後悔した。
「あぁ……ノワールと少し近づいた気がしてたのに……」
仲良くない相手に仲良くする方法が聞けるわけがない。
そのとき、盛大な溜息をつきながら落胆するサクラの頭上に声が降ってきた。
「アドバイスが欲しければ、戦隊側の誰かに聞きなさい。
共感してほしければ、お友達にでも頼ることね」
ハッとして顔を上げたが、そこにノワールの姿はなかった。
なんだかんだ言いながらも、最後には優しい言葉をくれる。
サクラは残された台詞の意味を飲み込みながら、複雑な感情に眉を寄せた。
「どうして、毎回捨て台詞のように言ってくんだろう……?」
+ + +
ゴールデンウィーク二日目の午後、サクラとシオンは商店街にある和菓子屋に来ていた。
店内にはイートインスペースが設けられており、作りたての和菓子とお茶を楽しむことができる。
いわゆる老舗だが、お店の三代目が考案した新作和スイーツが評判であり、密かなブームとなっていた。
「わぁー、可愛いイチゴ大福だねぇー」
シオンが手にしているイチゴ大福はぱっくりと切れ目が入っていて、そこからイチゴが顔を覗かせている。
ただ包まれていないだけなのに、何故か可愛さを感じさせるデザインにサクラは感心した。
「すごい、白い怪物がイチゴを丸のみしてるみたい」
「サクラちゃん、それ可愛くないー」
シオンが笑いながらイチゴ大福をほぼ一口でほおばる。
(イチゴを食べる怪物をさらに食べるシオンちゃん……)
「うん? じろじろ見てどうしたのー?」
「な、なんでもないよ!」
失礼な食物連鎖のイメージを頭から振り払い、サクラもイチゴ大福に口をつけた。
甘味と酸味のバランスがほどよく美味しい。
幸福感を味わいながらお茶をすすっていると、シオンちゃんが一息ついて言った。
「今日はありがとー、前から気になってて来たかったんだぁ、ここ」
「ううん、昨日行く予定だったのにドタキャンしちゃってごめんね」
「仕方ないよ、急用だったんでしょー? いつものアレ?」
「そ、そうだね、急に出てきちゃって!」
恐らくシオンは魔法少女のことだと思っているが、実際は戦隊活動のほうである。
想定外の出動という意味では違いはないので、サクラはさらっと誤魔化した。
「それより、まだ一人で出かけるの許してもらえないの?」
「うーん、ほとんど自粛みたいなものだけどねー。
お父さんはサクラちゃんと一緒なら、警護つけなくていいよって言ってくれるし」
シオンはサクラと同じ公立高校に通っているが、実家は武道の名門、紫波家のご令嬢という立場である。
紫波流と呼ばれる格闘術を継承する一族で、現在は民間の警備会社として要人の警護などに関わっている。
シオンの父親も武人と言われるほどの手練れだが、サクラの正体が魔法少女であることは知らない。
「どうしてお父さんはわたしが一緒ならいいんだろう?」
「サクラちゃんはタダ者じゃないと一目置いているみたい」
「武道の達人が女子高生に一目置いていいの……?」
「わたしはいいよー」
謎の信頼感を寄せられていることに困惑するサクラだったが、シオンのほんわかした笑顔に気が抜けてしまうのだった。
「はぁー、お茶が美味しいなぁ……」
喧騒から離れて友達とお茶を楽しむ。
そんなのどかな休日の過ごし方を満喫していると、シオンが嬉しげな視線をサクラへと流した。
「……ゆっくりできた?」
「うん……えっ、今日はそのつもりだったの!?」
「違うよー、わたしがサクラちゃんと来たかっただけー」
のほほんと喋りながら朗らかに笑うシオン。
サクラは掴みどころのない笑顔に戸惑いつつも、心の中で感謝した。
ふと、シオンが視線を窓の外へ逸らした。
「でも結局、高校でも部活動は無理そうだねー」
「そういえば、バタバタして見学もしてなかったなぁ」
「中学でもせっかく一緒にテニス部入ったのに辞めちゃうし」
「それどころじゃなかったからね……」
魔法少女になったサクラは部活動に専念する時間が作れなかったので、迷惑をかける前にきっぱりと辞めていた。
残されたシオンも抜群の運動神経で活躍が期待されたが、サクラが辞めたと同時に揃って退部したのだった。
テニス部からはシオンに戻るよう説得してくれと頼まれ、他の運動部からはシオン引き抜きを打診されるなど、サクラには苦い思い出である。
「魔法少女生活も慣れたもんだし、高校こそはと思ったんだけど……」
「やっぱり忙しい?」
「うん……」
まさか、戦隊との二重ヒーローになるとは思ってもなかったので、サクラとしても残念だった。
しかし、せっかくの楽しい休日をヒーロー悲話で費やすわけにはいかない。
サクラはシオンへと話題を振った。
「シオンちゃんは何部にするの?」
「家庭科部だよー」
「えっ、運動部じゃないの?」
「色々と疲れるからねー」
中学では巻き込む形で部活を辞めさせてしまったとサクラは思っていたので、シオンには自分自身のために部活に打ち込んでほしいと考えていた。
運動部ではないことを意外に感じたが、のんびりとした口調で答えるシオンからは気負わないオーラのようなものが出ている。
本人が何かしらの理由をもって選んだのであれば、口を出すようなことではないとサクラは思った。
「そっか、頑張ってね」
「うん、美味しいご飯とか作れたら食べてくれる?」
「当然! むしろ、食べさせてほしいよ!」
「えっ、あーんとかすればいいのー?」
「そこまで言ってないよ」
そんな会話をしながら、サクラは自身の部活をどうしようかと悩んだ。
基本的に理由もなく部活動に入らない生徒は存在せず、入らない理由というのもアルバイトや塾通いなどが主である。
一部の生徒は実質的帰宅部となることもあるが、教師の指導や評価は厳しくならざるを得ない。
もちろん、正義のヒーローたるサクラは不健全な学校生活を送るつもりは毛頭ない。
ない、が、そのヒーロー活動が原因で一般的な部活動を行えないことも、また事実だった。
(そういえば、イズミは何部なんだろう……?)
勧誘の際、しばらく行動を追っていたときは部活へ行く様子はなかった。
ただ、イズミが部活の皆と折り合いがつかず、帰宅部になっていく光景がありありと想像でき、サクラは呻いた。
「んー、なんか悩みごと?」
「あー……シオンちゃんは他の部員と仲良くやってる? やってるよねぇ……」
「うん?」
「えっと、例えば気の合わない人がいたらどうする?」
気性も穏やかで人当たりが良いシオンが他人と揉めるようなことがあるのか、サクラには想像もつかなかった。
サクラはシオンに、仲の良くない二人のことを相談してみたくなり、具体的な名前を伏せてたずねた。
シオンは少し考え込んだ後、ふにゃっとした表情で言った。
「なるべく距離をとるかなー。あとは、相手に合わせる」
思いのほかしっかりとした考えが飛び出してきて、サクラは小さく驚きの声を上げた。
「い、意外と現実的だね?」
「えー、だって気が合わないのに近づこうと思わないよー」
それもそうだ、とサクラは聞き方を変えた。
「じゃあ、その人と共同作業をしなくちゃいけなかったら?」
「意地悪な質問だなぁ、それサクラちゃんの役に立つ?」
「ごめんごめん、すっごく役に立つ!」
「ならいいけどー」
シオンが軽く拗ねた顔で聞き返してきたので、サクラは大げさに頷いてみせた。
すると不満気な顔をころりと変えて、なんだか得意げな表情でニヤリとした。
「そういうことなら、その人とたくさん話すかな」
「気が合わないのに?」
「それで避けてたら、ますます気が合わないでしょー?」
「大丈夫? 余計にお互い、嫌いになっちゃわない?」
「なるかもねー」
「えぇっ!?」
それでは困る、とサクラが素直な反応をすると、シオンはけらけらと笑った。
「そんな悲しい顔しないでよー、悪いことじゃないよ?」
「いや、でも……」
「よく知らないけど気に入らない相手、から、あいつのことはよく知ってるが気に入らないに変わるんだよ」
「……それっていいことなの?」
「少年マンガのライバルとか、少女マンガのヒーローとか、大抵そういう感じでしょ」
そういう例え方をされると、なんだか良い関係性のように思えてくる。
サクラは納得できるようなできないような、煮え切らない気持ちで頭を抱え込んだ。
シオンはフッと笑いながら席を立つと、グッと伸びをした。
「難しい話してたら肩こっちゃった。先に外出てるね」
「あ、すぐ食べちゃうから!」
「ごゆっくりー」
イチゴ大福は少しパサついて、お茶はぬるくなっていた。
お茶と大福に心の中で謝りつつ、残りも味わっていただいた。
パパッと身支度をして外へ出ると、シオンが見知らぬ男に話しかけられていた。
「いやー、休みなのに暇でさぁ、お姉さんは何してたのー?」
あからさまなナンパだった。
シオンはつーんとした態度で無視をしているつもりだが、醸し出すのんびりオーラのせいで覇気が足りていない。
サクラを待っているから立ち去ることもできず、無視し続けるしかなかったのだろう。
慌ててシオンへと近づき、一人ではないことをアピールする。
「ごめん、待たせちゃって。行こう」
「うん」
足早に歩きだした二人をしつこく追いかけ、男はなおもシオンに話し続ける。
「あ、妹? 似てないねー」
サクラは否定したかったが、ナンパ男にいらない情報を与えるのも癪だったので我慢した。
「偉いなぁ、オレなんて妹いるけど放っといて遊びまわってたよ」
「サクラちゃんは、妹じゃないです」
「へぇ、サクラちゃんって言うんだ。お姉さんの名前も知りたいな」
ふと、シオンが足を止めた。
サクラは「あっ」と声を漏らしたが、それよりも早く、男がシオンの肩へと手を伸ばす。
「なになに、どうした――うわっ」
シオンは伸びてきた男の腕を掴んで引き寄せると、円を描くようにぐいっと捻った。
バランスを崩して後方へと倒れこむ男、その開いた両足の付け根スレスレを勢いよく踏み抜く。
冷や汗を流したまま固まる男を尻目に、シオンは颯爽と振り返ってサクラに微笑んだ。
「行こっ?」
「そ、そうだね……」
駆け足でその場を離れて、誰も追ってこないことを確認してから息を整えた。
「はーっ、ちょっとしつこかったから、つい手が出ちゃった!」
「ま、まぁ……向こうも手を伸ばしてたし、正当防衛じゃない?」
言っててサクラは苦しさを感じたが、友達贔屓でセーフにしておいた。
「バレたら、また外出禁止になっちゃうから内緒だよー?」
シオンは武道の名門、紫波家の令嬢である。
だから強いという道理はないが、それを抜きにしてもシオンは強い。
同世代はおろか、素人相手ならば大人の男が相手でも簡単には負けない。
こういったナンパな輩をばったばったとなぎ倒した過去から、外出禁止令が出るほどである。
本人に落ち度がないからこそ不憫であり、サクラはシオンのことを守ってあげようと思っている。
しかし、改めてこういう場面を見ると、守るって何からだと疑問を感じざるを得ない。
「どうしたの?」
「……シオンちゃんが魔法少女やってたほうが強いんだろうなぁって思ってさ」
「えー? わたしだと武道少女になっちゃうよー」
(……そう言われると、わたしも必殺技以外は殴る蹴るばっかのような気がする)
エネルギー弾を飛ばすサクラメントシュートを筆頭に、魔法らしい技もあるっちゃあるのだが、基本的には格闘スタイルである。
その後、しばらく「魔法少女とは……?」というテーマに頭が支配され、貴重な休日に集中できなくなるサクラであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます