1-8 やっぱり限界! 正義と正義の二重生活

「だいじょーぶ?」

「えっ、何が?」


 午後の授業が終わり、生徒たちがパラパラと散りゆく中、サクラは数分ぼーっと席に座ったままだった。

 心配したシオンに声をかけられるまで放課後になったことにも気付かず、今の授業の科目すらあやふやだ。

 サクラはシオンに迷惑をかけまいと誤魔化したが、そんな対応はすぐさま見破られた。


「サクラちゃん、顔色悪いよー?」

「そ、そうかな」

「授業中も上の空だし、なんかあった?」


 シオンには魔法少女を明かしたときも心配させている。

 掴みどころのないふわふわした性格のシオンだが、サクラが魔法少女として戦っていると知ったときは本気で止められた。

 サクラが必死に魔法少女を続けさせてほしいと説得して、応援してくれるようになったのである。

 それをまた繰り返したくないサクラは、シオンの追究をのらりくらりとかわし続けた。

 シオンはサクラに言いたいことははっきり言うが、無理やり聞きだすことはしない。

 それでも何かを隠していることは感づいており、不満そうに頬を膨らませた。


「むぅぅ……言えないなら仕方ないけど、パンクしそうなら早めに言ってねー?」

「な、なんでもないったら……あはは」

「そこまで頑固になることなら、べつに駄目って言わないのに」


 シオンの不満顔はレアだなぁ、と場違いに呑気なことを考えつつ、サクラはなんだかホッとしていた。

 こういう日常を守りたいと思うとき、正義の味方であることが強制ではなく任意であり、自発的に選んだものだと実感できる。

 サクラは荒んだ心が癒されるのを感じつつ、シオンにたずねた。


「シオンちゃん、前に魔法少女だってバラしたとき止めたよね?」

「そんなこともあったねー。あれはサクラちゃんが流されるまま、魔法少女やってるように見えたから」

「まぁ、最初はね……」


 魔法少女ピンキーハートになった理由は、パートナーである妖精ムゥタンの予知夢で選ばれたからである。

 ムゥタンの口調がのんびりしていたり、パラノイアの計画がお粗末だったので緊迫感など皆無だった。

 だが、よくわからずにパラノイアとの戦いになだれ込んだ経緯を考えると、シシリィよりも酷かったかもしれない。

 今でこそ魔法少女に自負や誇りを持っているが、イズミに言わせれば強制的となるのだろう。

 複雑な思いを抱えていると、シオンが懐かしむように言った。


「流されるまま魔法少女になるのは反対だけど、流されると決めてからは応援してるよ」

「……なんか違うの、それ?」

「流されたって、逆らったって、何かを決断して進むってのはいいことだよ。

 流れに乗って進んでるなら、きっとすごい遠くまで行けるしね」


 そういう考え方もあるのかと、サクラは傷ついた自尊心を撫でられているような、くすぐったい感じがした。

 同じような出来事でも見る人や角度が違えば、見え方は変わってくる。

 そんな当たり前のことを再認識したことで、少しだけ元気を取り戻した。

 帰り支度をして、靴を履き替えて玄関を出ると、シオンがのほほんと手を振った。


「それじゃあ、わたしは部活見学に行ってくるからー」

「えっ、あっ! ごめんね、一緒に行く約束だった!」

「そんな疲れた顔した人と行きたくないよぉーだ。ゆっくり休んでね?」


 最後に笑顔をサクラに向けて、シオンはゆったりとした足取りで部活棟へと歩いていった。

 気遣ってくれた友達の背中に感謝しながら、サクラも帰路へとついた。



     + + +



 帰り道の途中にある図書館内には、日常的に通っているカフェがある。

 サクラはそこのミルクティーがお気に入りで、中でもプラス百円で頼めるはちみつミルクティーが大好物だった。

 サクラ専用裏メニューとして、もう五十円追加で払うと、はちみつマシマシミルクティーになる。

 飲むのは自分へのご褒美か気合いを入れたいときと決めており、本日の理由は後者だった。


「ぷはぁっ、やっぱ効くなー!」

「また甘ったるいの飲んでるのね」

「あっ、黒咲さん」


 後ろから声をかけられて振り向くと、アンニュイ気味の表情で薄らと微笑むリンネが立っていた。

 特に会う約束もしていないのに会えるなんて、とサクラは嬉しくなった。


「やっほー、黒咲さんも飲む?」

「遠慮するわ。そんな糖分の甘煮みたいなドリンク」


 何も言わずにサクラと同じテーブルにつくと、慣れた仕草でコーヒーを注文した。

 品物が来るまでのあいだ、リンネはジッとサクラを見つめて、さらりと呟いた。


「お疲れのようね」

「……わかる?」


 サクラは無意味な抵抗は消耗するだけだと思い、あっさりと心情を吐いた。

 シオンが包容力のあるお見通しタイプなら、リンネはやたら鋭く看破してくるタイプだ。

 中学当時、クラスで孤高の存在だったリンネに魔法少女だと見破られたのは、サクラにとっても衝撃だった。

 両親やシオンほど近しいわけでもなく、縁遠い高嶺の花で、憧れの完璧少女という認識だったからだ。


「黒咲さんには隠し事できないね」

「桃瀬さんがわかりやすいのよ。あと、わたしがすごいの」


 そんな付き合いだから、いまだに呼び名を「黒咲さん」から「リンネちゃん」に切り替えるタイミングも逸している。

 サクラにとって、リンネは優秀を体現した人物であり、仲良くしているのが不思議なくらいだった。

 店員が愛想よく置いていったコーヒーを口に含み、一息ついたリンネは話し始めた。


「最近、パラノイアのやつら、おとなしいんじゃない?」

「えっ……あー、確かにそうかも」


 唐突に差し込まれた話題に驚きつつも、サクラはここしばらく魔法少女になってないなーと思った。

 べつになくもない話で、これまでもテスト期間や受験中など、ちょうどいい具合にパラノイアとの戦闘が控えめになる時期があった。

 今回は戦隊活動やメンバー説得に奔走していたため、パラノイアのことなど忘れかかっていた。

 サクラも気付かなかったことをリンネに指摘されるのも違和感があり、サクラは問い返した。


「よくわかったね?」

「週一以上は湧いてたやつらが静かだったら気付くわよ」

「そっかぁ……」


 リンネが言うことなら大体合ってるとの経験則から、サクラは思わず納得していた。


「それなら、ここしばらく魔法少女の活動はないのね」

「そうだね」

「ということは、桃瀬さんが疲れているのは魔法少女のせいじゃないわよね」

「うっ」


 ここで反応するのを抑えられるほどサクラは器用でない。

 だが、強情にはなれる。サクラは残っていたはちみつミルクティーを一気に飲み干して、口を固く閉じた。

 サクラの口内籠城の構えに呆れた表情を返すリンネ。

 しばし、考えを巡らすかのように目を伏せて、諦めたように口を開いた。


「……わたしには相談できないことかしら?」

「ごめん。今はまだ、友達に話せることじゃないんだ」

「そう、友達にね。紫波さんにも?」

「うん」

「……それなら聞いても無理そうね」


 引き際を心得ているのがリンネの良いところだと、サクラは心の奥底で手を合わせた。

 話が終わるなり支度を始めたリンネを見て、サクラは慌てて引き止める。


「わっ、ゆっくりすればいいのに」

「それはあなたが言われるべき台詞ね。

 わたしはコーヒー飲み終わったから帰るだけよ」

「うわ、本当だ。いつの間に」


 リンネのカップは綺麗さっぱり空になっており、使い捨てのマドラーやペーパーが行儀よくまとめられている。

 鮮やかな手際の良さにサクラが感心していると、リンネが語気を強めて言った。


「何をしてるのか知らないけど、一つ忠告しておくわ」

「な、何?」

「わたしの勘だと、そろそろパラノイアが動き出すわよ」


 とんでもない内容にサクラは咳き込み、思わず腹に収めたはちみつミルクティーを台無しにするところだった。


「わかるの!?」

「あくまで勘よ。でも、よく当たるの。だってわたし優秀だから」


 呆気にとられるサクラと不吉な予言を残して、リンネは颯爽と去っていった。


「……当たんないよね?」


 そう口にした後で、言葉にしたことを後悔した。

 こういう台詞はフラグでしかないことを、サクラは三年間の魔法少女活動で嫌になるほど知っていた。



     + + +



「本当に出たし……」

「どうざます!? 出撃できない鬱憤を溜めこんで完成したヤングレーヤングレーは!」

「……弱そう」


 とうとうネタが尽きたのか、ヤングレーを取り込んだヤングレーという強化されたんだかされてないんだかわからない敵を繰り出すアンダス婦人。

 通学かばんヤングレー、郵便ポストヤングレーの法則にのっとり、ヤングレーのヤングレーだから、ヤングレーヤングレーである。

 外見は一回り大きくなったヤングレーといった感じで、相変わらずくねくねしたこんにゃくのような動きをしている。


「見た目に惑わされるとは愚かざますね、ピンキーハート!

 このヤングレーヤングレーは通常ヤングレーおよそ十六体分のパワーを持っているざます!」

「そんなに!? …………すごいの?」

「疑問を感じるんじゃないざます! 不揃いだったヤングレーたちの攻撃が一体に集約されることで、とてつもない破壊力になるざます!」


 疑わしくても自信満々に理屈っぽく説明されると、そんな気がしてくる。

 サクラは油断は禁物と気を引き締め、ヤングレーヤングレーと構え合った。


「オーッホッホッホ! さぁ、ヤングレーヤングルっ……」


 噛んだ。

 サクラも実は言いづらいと思っていたので、口に出すまいとしていた。

 アンダス婦人は悔しそうな顔で、仕切り直しに派手な日傘を開いてポーズを決めた。


「……強化型ヤングレー! ピンキーハートに倒されまくった恨み、今こそ晴らすざます!」


 アンダス婦人は○○ヤングレーという呼び名を諦めたようだ。

 サクラもどうでもいいのでツッコミはせず、からだ全体でのしかかろうとする強化型ヤングレーを迎え撃つ。

 グッと両足を踏ん張り、強化型ヤングレーを押し返そうとした途端、全身に悪寒が走った。


(あれっ?)


 想定通りのパワーが出ず、ググッと押し負けるサクラ。

 焦って全力で腕を伸ばしてはね飛ばすが、強化型ヤングレーはすぐに体勢を立て直した。

 ふらつくサクラめがけて強化型ヤングレーの太い腕がぶるんと大きく振るわれた。

 弾力のある打撃を喰らったサクラは背中を地面に叩きつけられ、苦悶の表情を浮かべる。


(嘘でしょ……力負けした? いや、なんとか押し返せたし――――やばい来た!)


 思考を中断し、強化型ヤングレーの追撃をかわす。

 バックステップをして距離をとり、頬についた砂を払いながら心を静める。

 久しく感じてなかった対パラノイア戦でのピンチに動揺し、あれこれと考えが止まらない。


(サイケシスの集団戦に慣れ過ぎて、力加減の感覚が狂った?

 まさか、そんな、ヤングレーも吹っ飛ばせないほどに?)


 戦いに集中できず、魔力を溜められない。

 必殺のサクラメントシュートが撃てなければ、さすがのサクラも強化型ヤングレーは倒せない。

 落ち着かなくてはと思えば思うほど、心は乱れていくばかりで、サクラは焦燥に支配されつつあった。


 瞬きも呼吸も忘れて、眼球やのどがひりついて焼けるように熱い。世界が引き伸ばされるように長く、遠く感じる。

 見慣れたはずの灰色の人影が、巨体を震わせて宙へと舞い、サクラを押しつぶそうとしている。

 逃げなければやられるとわかっているのに、思考に身体がついていかない。




 ――空が、視界が灰色に染まる。




「――――ピンキーハート!!」


 鋭い誰かの呼び声にハッとしたサクラは、魔力をハートスタイラーに急速充電し、強化型ヤングレーに突き刺した。

 野太く濁音混じりの『ヤ゛ーン』という声とともに、強化型ヤングレーは分裂し、ただのヤングレーとなって消滅した。


「ああっ! 合成鍋での煮込みが足りなかったざますか!?

 きぃぃっ! 次は百体は入る大型の鍋を用意して、もっと巨大なヤングレーを作るざますー!」


 わりと自信作だった強化型ヤングレーを倒されて、アンダス婦人は日傘を振りかざして姿を消した。

 退却してくれたことに胸を撫でおろし、サクラは先程の声の主を探した。


「……ノワール」

「あらあら、無様なものね」


 漆黒の衣装を身にまとい、不敵な笑みを湛えるバッドノワール。

 サクラはとっさに身構えたが、ノワールが解放した黒い魔力のオーラに慄き、しりもちをついてしまった。

 見上げる形でノワールの顔を見つめるサクラ。

 ノワールは不遜な表情ながらも、どことなく演技がかった口振りで話し始めた。


「わたしとあなたの優劣は明らか、この状況でまだ抵抗しようというのなら、パラノイアを呼び戻すわ」

「くっ……」


 言うとおりおとなしくしているわけにはいかないが、今ここで戦うにはサクラが不利すぎる。

 蓄積した疲労、解消されない苦悩、パラノイアにやられかけた衝撃。

 ノワールが何を言おうと聞く耳など持つはずもないが、サクラは聞かざるを得ない。


「……何をする気?」


 その言葉を待っていたとばかりに、ノワールの目が細くなり、口角が上がる。


「白状なさい」

「えっ、何を」


 ピンとこないサクラの顔面に息がかかるほど、ノワールは顔を近づけた。

 ノワールの強気な瞳がサクラの目一杯に映り、サクラの瞳はノワールの暗く深い眼に映された。


「あなたが、そこまで、頑張ってる、諸悪の根源を、教えなさいって言ってるのよ!」


 言葉が区切られるたびに、ノワールがサクラの額を指でつついた。

 痛くはなかったが、ノワールがそこまでして知りたがる理由がわからず、サクラはおでこを押さえながら困惑した。

 ノワールはフンッ、と鼻を鳴らし、腕を組んでサクラを見下した。


「イヤとは言わせないわよ」

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