1-7 絶対やらない! クールなあの娘のご機嫌はブルー

 戦隊メンバーの説得が難航するからといって、サイケシスの襲撃が控えめになるわけではない。

 むしろ、現れるノロイーゼの数はどんどんと増しており、五十から六十、七十と、このままでは三ケタに到達するのも時間の問題である。

 サクラはへとへとになりながら辛勝を続けていたが、限界を悟り始めていた。


(早くしないと、今度こそ……!)


 個人の負担が云々という話どころか、とにかく人手が足りない。

 ダイチやメイカからも参戦の積極的な回答は得られていない。

 せめて、あと一人。ブルーだけでも参加してくれるなら、ヒナタと組んで戦ってもらい、サクラが動きやすくなる。

 戦力バランス的な意味合いでも、説得活動は大きな局面を迎えていた。


「……それなのに、どうして会ってもくれないの!」


 シシリィによると、ブルーはサクラの一つ上の高校二年生であり、同じ高校に通う女子生徒だった。

 サクラが通う永華高校は近郊の公立では生徒数も多く、地元では『エーコー』の呼び名で浸透している。

 クラスも学年も異なるブルーのことをサクラは知らなかったが、探してみると意外にすぐ見つかった。


 魚住(うおずみ)イズミ。

 サラサラした黒髪を背中まで伸ばし、物静かな雰囲気で、一見するとやまとなでしこのような容姿をしている。

 しかし、黙っているのに本人から発せられる殺気じみたオーラは、他者を寄せつけない独特の空間を形成していた。

 素行はあまりよくないとの噂があり、教師への態度も頑ななところがあるらしい。

 そんな悪目立ちしていた彼女を、サクラはすぐに見つけることができた。


 しかし、それからが苦難の連続だった。

 話があると声をかけても無視され、強引に待ち伏せしてもかわされ、追いかけると睨まれる。

 会って話してくれるだけで有情であり、冷たく無関心こそが真の拒否なのだなと、サクラは肩を落とした。


(ちょっと強引でも、まず話さなきゃ……!)




 放課後。

 イズミは部活動をしていないのか、いつも一人で足早に帰っている。

 事情がない限りは基本的に全生徒が何かしらの部活に入ることになっており、帰宅部という部活は存在しない。

 何部なのかは知らないが、幽霊部員として名簿に名前だけある状態なのだろう。


 サクラは魔法少女に変身しており、屋根伝いにイズミをこっそりと追っていた。

 となりにはシシリィもついていて、今日は一緒にいてくれるようにサクラが頼んでいた。


「……他の二人は、できるかわからないって曖昧な返事だったけど、イズミさんはそれすらなかったんだよね?」

「ええ、拒否はされませんでした。同意もされませんでしたが……」

「わたし思うんだけど、それって無視されてたんじゃないかな」

「目は合いましたし、話は聞いてくれていました」

「うーん……」


 黒猫が人語で話し始めたら、見るし、話も聞くだろう。

 しかし、会話らしい会話はしなかったということから、まともに取り合ってもらえていない可能性が高い。

 数回、接触を試みただけのサクラでも、なんとなくイズミはそういうことしそうだと思った。


「まぁ、今日は無理にでも話を聞いてもらう覚悟でいくから。

 細かい説明はシシリィからしてもらったほうがいいだろうし」

「すでにお話したんですがねぇ」

「たぶん、ちゃんと聞いてないよ」


 強制するようなやり方では意味がないことはわかっているし、そのつもりもサクラにはない。

 それでも話すら聞いてもらえないのでは進展のしようがないことも事実で、焦りからちょっと強引な方法を取ることを決断した。

 ちょうどイズミの周囲にひと気がなくなったのを見計らって、シシリィがイズミの目の前に降り立った。

 不愉快そうに眉をひそめて踵を返すイズミだったが、後ろには変身を解除したサクラが立ち塞がった。


「お願い! 今日こそ話を聞いて!」


 バッと手を広げて行く手を遮るサクラに、イズミが首を傾げる。


「……これがお願い?」

「うっ、それを言われると痛いけど……」


 イズミはしばらく目を細めて不満を訴えていたが、やがて諦めたように嘆息を零した。

 挟み撃ちを押しのけてまで逃げる気はないようで、不服そうに腕を組んでいる。


「イズミさん。わたしは」

「サクラでしょ。前に聞いた」

「えっ、名前覚えて……」

「呼び捨てでいい。そのほうが楽」


 鋭い声で遮るように言葉を被せてくるイズミ。

 サクラは確かに一度名乗っていたが、あからさまに無視されたので覚えていないと思っていた。

 声色は刺々しいが、サクラは少しだけ期待を寄せた。


「えっと、イズミ、ちゃん?」

「ちゃん付けはナシ」

「あ、あんまり呼び捨てってしないんだけど……イズミ」

「はいはい。で、なんなの?」


 サクラは戦隊のことやサイケシスの説明から入ったが、すぐにイズミのストップがかかる。


「それ、そこの猫から聞いたけど?」

「えっ、じゃあ、サイケシスが侵略のために襲撃を繰り返してて、この星がピンチってことも……」

「知ってる」


 イズミは話を聞いてないようでいて、しっかりと聞いていた。

 その上で戦いに来ないということは、ダイチやメイカのように言い分や事情があるのかもしれない。


「戦いに来れないのは理由があるの? 忙しい、とか?」

「べつに。なんもないけど」

「……それなら、どうして?」


 特別な理由もなく拒否をする理由が想像できず、サクラは恐々とたずねた。

 イズミはキツめの目つきを面倒臭そうにうろうろさせて、唸り声の混じった溜息をついた。


「あー……ねぇ、なんか理由がないと駄目なの?」

「えっ」

「やりたくない、ってのは理由にならない?

 しんどそうだし、痛そうだし、なんの見返りもないんでしょ?」


 言葉の鋭さにサクラは怯んだが、言いたいことはわかる。

 ヒーロー活動は無報酬のボランティアのようなもので、実益という面で考えれば無いに等しい。

 戦いともなれば、身体機能が強化されるとはいえ、痛いものは痛い。

 体力面、精神面ともにボロ雑巾のようになるときもあるだろう。


 しかし、正義の味方というのはそんなことでは務まらないはずだ。

 サクラもやりがいと、正義感と義務感と責任感とあと諸々で頑張っているのだ。

 ただ、それをぶつけたところでイズミに届くとはサクラも思えなかった。


「……ど、どうしてもやらなくちゃいけないことだったら?」

「強要するってこと?」

「ち、違うっ! そうじゃないんだけど……」

「まぁ、こんなやり方で話し合おうとする人だしね」


 責めるというより皮肉げな口調だったが、サクラは反論できなかった。

 こうでもしなければ話し合うこともできなかったのだから仕方ないといえばそうなのだが、イズミからすれば話し合う気もないのに無理強いされた形になる。

 戦隊として戦うことまで強制することは、さすがに許されない。

 それでもサクラは戦隊の窮状を訴え、わずかでも振り向いてもらおうとした。


「今、戦ってるのが二人しかいないの。このままじゃ、きっと限界がくる。

 やりたくなくてもやらなくちゃ、サイケシスに侵略されちゃうんだよ」

「……だから、あんたは戦ってんの?」

「そ、そうだよ」

「ふーん」


 イズミは興味なさげに髪をいじり、フッと嘲るように笑った。


「わたしの気分に左右される世界なんか、もう滅んでるも同然じゃない?」


 カチン、とサクラの頭の中で何かが吹っ切れる音がした。


「そんなの……そんなのってないよ!

 戦う力があるのに、戦わないで諦めるなんて!」

「サイケシス? なんて災害みたいなもんでしょ。

 あんた、台風や地震を五割で消せます。でも五割で死にます、って言われたら行くの?」

「極端すぎるよ! ちゃんと戦えれば死ぬようなことなんてない!」

「ちゃんと戦うって何? 普通の人は戦わないんだけど」


 サクラは魔法少女としての経験がある分、敵と戦うという行為に対して慣れている。

 それがないイズミが得体のしれない敵組織との戦いに拒否反応を示すのは当然である。

 はっきり態度に出しているだけで、ダイチとメイカも多かれ少なかれ、同じことを思っていただろう。

 サクラの沸騰した頭が冷えていくにつれ、思わず固めていた握り拳に気付いて、慌てて手を開いた。


「……やりたくないから、放置すれば危ないってわかっててもやらないの?」

「わたしは安全なところにいたいって言ってんの。

 その結果、安全じゃなくなるとしても、侵略組織と戦うなんてリスク高すぎ」

「無責任、だよ……」

「それってわたしの責任?

 よく考えもせずに選んだほうが悪いんじゃないの」


 目頭が熱くなり、唇が震える。涙が溢れそうで、サクラは下を向いた。

 イズミがサクラの横を通り過ぎたが、引き止める力は残っていなかった。

 手を伸ばしても届かない距離まで離れたイズミが、疲れたように溜息をついた。


「……わたしに悪いところがあるとすれば、正義の味方ってやつが察し悪いことを知らなかったことくらい?」


 これまでより少しだけ柔らかい口振りで、イズミは去り際の台詞を吐いた。


「だから、はっきり言っとく。わたしはヒーローなんて絶対やらない」


 飾らない捨て台詞を残して、イズミはためらうことなく立ち去った。

 解釈のしようがないほどの明確な拒絶に、サクラは悲しさよりも先に割りきれない疑問を感じていた。

 そこに悪があり、自分に力がある。どうにかしないと終わるのに、どうにもしないのは何故。

 サクラにとってそれを理解することは、自身の存在意義をも否定しかねないことのように思えてならなかった。


「やりたくないからやらないって、そんなの……そんなのって!」


 理不尽だ、とサクラは怒りが抑えきれなかった。

 自分は世のため人のため、魔法少女をやりながら戦隊もしているというのに。

 自分がやらなくては世界が危ないから、必要だから、二つも正義のヒーローをしているのに。

 本当なら、魔法少女だけで精一杯なのに――――


「わたしだって、やりたくてやって」

「――サクラ!」


 ハッとして、視線の先でシシリィが悲しげにサクラを見ていることに気付いた。

 自分が口走ろうとした言葉に後悔して、サクラはグッと唇を噛んだ。


「シシリィ……ごめん」

「いいえ、わたしが至らないばかりにサクラには迷惑をかけました」


 少し前なら「ホントだよ!」と気軽に返せたかもしれない。

 しかし、サクラはすでに星霊戦隊のハートピンクとして戦っている。

 サイケシスの脅威も肌で感じており、シシリィが勧誘に気負っていた思いも理解している。


「戦隊をやめてもいい、とは言えないのが心苦しいですが、メンバーの説得活動は一時休止しましょう」

「でも!」

「説得はわたしのほうで続けます。サクラはサイケシスとの戦闘に集中するのです」

「……うん」


 シシリィに諭される形でメンバー説得作戦は失敗に近い一時休止となった。

 当初、心配されたようにサクラの負担を増やしただけの結果かもしれない。


「……これからどうしよう」



     + + +



「サクラちゃん、元気ないな?」


 ある日の戦闘後、力尽きて動けないヒナタが寝転がったまま不意に言った。

 彼が復活するまで一応、見守っているサクラは答えづらい質問に曖昧に頷いた。


「色々あって……」

「そっかー、まぁ色々とあるよなー」

「……ヒナタさんは、どうして戦隊になったんですか?」


 二つ返事でオーケーしたというヒナタは、イズミとは真逆の対応だ。

 何かの参考になればと、サクラは純粋な疑問も込みでたずねた。


「オレ? オレはサイケシスを許せなかったからだ!」

「それだけ、ですか?」

「もちろん! 悪がいる限り、オレは戦うぞ!」


 イズミもイズミだが、ヒナタもヒナタである。

 参考になりそうにない単純明快な回答に、サクラは思わず溜息をついた。


「世の中がみんなヒナタさんみたいだったらわかりやすくていいのに……」

「うーん……みんながオレみたいだったら、困ると思うぞ」

「わかってるなら無鉄砲に突っ走るのやめてください」

「ハッハッハ! すまないな!」


 余計に溜息ばかりがあふれて、のどの奥からネガティブが飛び出てしまいそうなくらいだ。

 持ち前のひたむきさとサイケシスの襲撃頻度が増して忙しいおかげで、なんとか意地を張り続けてられていた。

 サクラはぼんやりとした眼で遠くを見つめながら、口からこぼすように呟いた。


「わたしがなんとかするしかないのかな……」


 誰もやらないならわたしがやらなくちゃ、というサクラの奉仕精神。

 それを強制だとするならば、サクラは戦隊も、魔法少女すらも、無理強いされたことになる。

 そんなつもりはない。サクラにも譲れないプライドはある。それがサクラの正義だ。

 しかし、それがイズミの譲れない部分と相容れないならば、ぶつからざるを得ない。

 それがどういう意味になるのか、深く考えるのは気が滅入るだけだった。

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